松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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2000年1月

塾報

松下政経塾20周年記念式典
甲斐信好/卒塾生

 昨年、松下政経塾は創立20周年を迎えた。それを記念して去る11月20日に設立以来の塾員、役員が集まり、設立20周年記念式典・パーティが催された。その様子を報告すると共に、式に参加した人々から寄せられた祝辞、並びに激励の言葉を紹介する。

 
政経塾の成人式

 松下政経塾が財団として認可されたのは、1979年(昭和54年)6月21日。翌1980年(昭和55年)4月1日に第1期生を受け入れ、昨年には20期生を迎え入れた。20周年を記念して、11月20日に記念式典・パーティが行われた。式典・パーティには合わせて55人の財団役員や来賓、123人の塾員(塾卒業生)・現役塾生が集まった。
 式典は午前10時30分から松下政経塾講堂で行われた。まず、松下塾主が政経塾に託した基本精神である「塾是・塾訓・五誓」を参加者全員で唱和した後、松下正治理事長が「20年前、松下幸之助は真に国家と国民を愛し、21世紀の日本を良くしていこうとする有為の青年を募り研修の場を提供すべく、松下政経塾を創設しました。世界の大きなうねりの中で日本がそのアイデンティティを失うことなく、重要な役割を果たしていくための人材育成は以前にも増して大きくなってきています」と式辞を述べた。
 その後、来賓の中から緒方彰松下政経塾監事(国際問題評論家)が「人間の欲望には限度がない。エネルギー問題、食糧問題など際限のない欲望を政治がどのようにコントロールできるか。その方法は今、どこにも見出されていない。国民国家を超えて進むこの現象に対して、目先のことでなく、地球というこの惑星をどうするかという政治家が出ることが重要だ。塾を卒業した人はそういう気持ちを奮い起こしてほしい」と促した。

 続いて高木文雄監事(弁護士、株式会社横浜国際平和会議場社長)が「この暗い時代に卒塾生がともしびとなるように」と祝辞を述べた。
 政経塾から巣立った卒業生は169人。うち、国会議員16人、市長・東京の特別区長3人、地方議員23人、これに次の選挙への立候補予定者を加え42%が政治関連に、35%がビジネス・研究に、17%がシンクタンクなどに携わり、その活動は多岐にわたる(松下政経塾平成11年版パンフレットより)。

 宮田義二塾長は、20年間の松下政経塾の歴史を振り返った上で、「政治の改革とは既得権益の放棄だ。それは既得権益を持たない若い世代の力によらねばできない。そのような若い世代の力、人材育成が強く求められている。塾の責任は極めて大きい。今後さらに精進し、社会の期待に応えていこう」と決意を述べ、併せて塾を支えてくださった役員・関係者に感謝し、一層の協力をお願いした。

 塾員からは、政経塾OB・OG会の仲野豊会長(第1期生、読売新聞社)、塾出身政治家で構成される青年政治機構(SSK)の逢沢一郎会長(第1期生、衆議院議員)、現役塾生を代表して関口博喜塾生(第17期生)が式辞を述べた。
 仲野塾員は「政経塾で得られた最も大きなもの、それは建塾の精神とそれを共有する仲間の存在だ。苦しいとき、悩んだときに、あいつはもっと大きな困難に耐えているじゃないか、とそう思ってがんばることができた。『素志貫徹の事』『万事研修の事』など建塾の精神から教えられたことも多い。これからは卒塾生として塾に何が出来るかを考えていきたい」と述べた。逢沢塾員は「塾は自らを鍛える道場のようなものだった。ここでかけがいのないたくさんの仲間を得ることができた。20周年のこの機会に、思い出話に花を咲かせるだけでなく、『今』と『未来』について語ろう。『政治を正さなければ日本はよくならない』という松下塾主の憂いに思いを深くし、今日を新しいスタートとしよう」と塾員・塾生に呼びかけた。関口塾生は23人の塾生を代表して「次世紀に通用する日本の形を考えよう」と決意を述べた。

 式典には、関根恒雄評議員(松下興産取締役社長)の他、張 薀嶺中国社会科学院日本研究所所長、台湾洪建全教育文化基金の簡 静恵理事長、陳怡安顧問教授など、海外からもゲストが駆けつけた。また多くの方々からも祝電が寄せられ披露された。最後に塾歌「噴きあがる」を斉唱し、式典の幕を閉じた。

噴きあがる夢を

 午後からは会場を藤沢市内のホテルに移し、記念パーティが行われた。パーティでは政経塾役員の中から加瀬英明評議員(外交評論家)・蒲島郁夫評議員(東京大学教授)・曽根泰教評議員(慶應義塾大学教授)・長崎和夫評議員(毎日新聞社論説委員長)が祝辞を述べた。

 加瀬評議員は、1939年にアンドレ・モロアが著した『フランス敗れたり』を例に引き、「第2次大戦でフランスはドイツに占領されたのに、イギリスはなぜ持ちこたえることができたか。フランス人であるモロアは考え抜き、『フランスではエリートがエリートである責任を取らなかった。イギリスではエリートが誇りを持って責任を果たした』と断言した。皆さん、誇りを持って責任を果たしてください」と、蒲島教授は「政治家になってそれで終わり、では、めざしている時のほうが楽しかったということになりかねない。「政治家」でなく「政治道」の世界で自分自身との戦いをめざせ」と、それぞれ塾員にエールを送った。

 曽根教授は「政治は衰退産業といわれるが、市場経済では決定できないこと、つまり政治が決めることはまだまだたくさんある。塾出身者にとってはビジネス・チャンスがころがっているということだ」と、長崎評議員は「政治の世界は人材難が続いている。政経塾は人材の宝庫としてホップ・ステップ、そしてジャンプを果たしてほしい」と期待を述べた。

 最後に塾歌の作詞者である宗左近評議員(昭和女子大教授・詩人)が登壇し、乾杯の音頭をとった。

 「松下幸之助さんは多くの素晴らしいことを成し遂げました。しかし成し遂げなかったこともあります。『無税国家構想』です。税金のいらない国家というのは夢です。そのような不可能へも挑戦した松下さんを心から尊敬しています。
 作詞を引き受けたときに、松下さんにご希望を伺うと、『何もありません。お任せします』と言われました。そのとき、松下さんの瞳の中にほのぼのとした夢が噴きあがるのが見えました。そこから生まれたのがこの歌です」。

 「どんなに悩みが強くても
 遠い青さへ噴きあがる 虹

 嘆きを希(のぞ)みの光に変える。
 透明 泉 塾 いのちの
 夢は夢を染めないだろうか」

 (塾歌「噴きあがる」最後の5行)

 嘆きを希望の光に変える。政経塾の夢が、日本の21世紀の夢を染める。21世紀の理想の日本と世界の探求、という言葉が設立趣意書には記されている。松下政経塾はいよいよ一人前の大人として21世紀を迎えようとしている。


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