松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1999年3月

塾報

北海道経済の自立へ向けて
我孫子洋昌/卒塾生

「北海道の経済的自立」を目指して、現在、私は「北海道産業クラスター創造事業」にインターンとして参加している。北海道産業クラスター創造事業の現状と課題、そして今後の展望について報告する。

 
 北海道が本格的に開拓され始めてから約130年が経過した。この間、日本は中央集権的な国家運営のもとで明治以降の近代化や世界大戦、戦後の経済復興・高度成長など様々な体験をしてきた。しかし、この過程の中で北海道が果たした役割は、石炭・森林など一次資源の提供だけだった。この「資源供給型経済」は、日本経済の規模が拡大し、グローバル化が進むようになると北海道の競争力の低下を招き、海外との価格競争に敗れ、行き詰まりを見せるようになった。
 また、もうひとつ北海道の経済を特徴づけてきた「公共投資依存型経済」も、北海道開発庁や北海道東北開発公庫の改組など行財政改革により転機を迎えた。さらに地元経済を支えてきた北海道拓殖銀行(拓銀)の破綻という衝撃的な出来事も迎えることになった。北海道の資源に競争力がなくなり、企業誘致も生産施設のアジアへのシフトなど道内の工場団地の半分以上は未分譲のままという現状にあって、北海道は年約2兆5千億円に上る域際収支の入超という状態にある。
 こうした事態を北海道を愛する道民が憂えずにいられるわけがない。かく言う筆者もその一人である。故郷・北海道が、道内それぞれの地域が自立した経済基盤をもつ活気のあるコミュニティになってほしい、国の補助金頼みの現状から抜け出し、一国並みの存在感をもった地域として世界に認められようになってほしい。そのための方法を模索していたときに出会ったのが「産業クラスター」である。
 道内の経済4団体(北海道経済連合会、北海道商工会議所連合会、北海道経済同友会、北海道経営者協会)は1996年2月に「北海道産業クラスター創造研究会」を作り、北海道に産業クラスターの創出を試みた。そして98年4月に研究会を(財)北海道地域技術センターの中の「クラスター事業部&FC担当部」へと発展させた。私はここでインターンとして研修している。

■なぜ産業クラスターか

 先述したように、北海道は開拓の歴史が始まって以来資源供給地と位置づけられてきた。それは手足となって働くばかりで頭脳にあたる意思決定をずっと他者(具体的には本州企業、中央官庁)にまかせてきたということである。このことを指して、「茨城は鉱山の後に日立製作所が残ったが、北海道の場合は炭鉱が閉山になっても企業は残らなかった」とよく言われる。
 一方、経済のグローバル化の進展によって今後の経済発展モデルは「国家」でなく「地域」が単位となる。そのとき経済主体は「企業」である。そうするとこれまでの北海道では対処のしようがない。特徴ある中小企業が集積し、技術力の高い人材にアクセスすることが可能で、専門化された技術・ノウハウの結合がみられる「地域」を生み出さねばならない。そう考えた時、有効な方法と思われたのが「クラスター」である。

 クラスターとは「ブドウなどの房や魚などの群れ」を意味し、「産業クラスター」とは取り引き・技術・情報・資金・人材の面でつながっている産業の群れを指す。さまざまな面で連結しあうことで産業としての底上げを図る概念である。ハーバード大学ビジネススクールのマイケル・M・ポーター教授が、1990年にその著書『国の競争優位』(邦訳はダイヤモンド社)の中で、「世界各地の産業集積地で経験的事実として産業クラスターの形成が見られる」というように使った。現在、経営学の分野で使われている。
 産業クラスターの先進事例としては、フィンランド・オウル地区(EU北部のノウハウ集積地として知られる)や、デンマークなどが挙げられる。北海道経済の活性化の道を模索していた道内の経済団体が目を付けたのがこれだったのである。96年2月に「北海道産業クラスター創造研究会」を立ち上げると、翌年12月に「北海道産業クラスター創造―アクションプラン」を発表し、98年度から具体的な活動に入った。
 アクションプランは産業クラスター創造のための事業計画を4つの柱に分けて提示したものである。

1.産業クラスター創造の仕組みづくり
 事業化支援とクラスター創造に向けた環境を整えるための「プロジェクト事業」と「サポート事業」を行う(詳細は後述)。

2.産業クラスタープロジェクトづくり
 北海道が比較優位にある産業分野(食・住・遊)と、技術シーズの両面からクラスターの芽探しをする。「食・住・遊」とはクラスター創造の核となる産業であり、「食」は農畜水産業、農業機械、食品加工機械など、「住」は林業、製材業、木製品、住宅建築、家具、医療福祉など、「遊」は、観光、レクリエーション、マルチメディア、生涯教育などである。

3.産学官の連携の「場」づくり
 産業界、大学・研究機関、行政の機能を有機的につなぐための協働の場として「北海道産学官協働センター」(愛称:コラボほっかいどう)を北海道大学構内に建設する。

4.地域のクラスター展開
 道内各地域で自主的なクラスター創造活動を実施する組織・・団体との連携を図る。

■北海道産業クラスター創造活動の現状

 アクションプランの4つの柱にそって現状を説明する。

1.産業クラスター創造の仕組みづくり(推進組識)

 98年4月から、北海道における産業クラスター創造を具体的に推進する母体として財団法人北海道地域技術振興センター(Hokkaido Technology Advancement Center/HOKTAC)内に「クラスター事業&FC担当部」を設けた。HOKTACとは、86年に北海道の地場産業の技術振興を目的として設立された財団法人である。FCは北海道産学官協働センターの仮称で融合センター(Fusion Center)の頭文字である。運動論・政策論・ビジネス論の組み合わせを特徴とする。官製の産業政策にはビジネス論の見地が欠け「絵に描いた餅」多かったが、「これは本当に売れるのか」という見方で判断することで、単なる技術振興、設備開発とは異なる産業振興策となっている。

2.産業クラスタープロジェクトづくり

 クラスタープロジェクト開発事業とサポート事業を柱にしている。クラスタープロジェクト開発事業では、1、2年で事業化が可能なプランを公募した。現在までに30件近い応募があったが、HOKTACの審査を経て財政支援が受けられるプロジェクトかどうか判断する。現在4つのプロジェクトが立ち上がっている。
 サポート事業では、筆者も担当した起業家育成支援事業(北の起業家ファーム)が、将来のクラスターの芽になる事業化のアイデアを持った起業家・担い手探しを含め始まった。しかし、これまでの金融政策のためか、融資制度も担保を重視するあまり起業資金がなかなか得られないという問題が横たわっている。

3.産学官の連携の「場」づくり

 成長の源泉となる知識・技術・ノウハウの地域集積のためには、研究開発のより一層の促進と地域の大学、公的研究機関、高専などとの連携・協力が必要不可欠だ。そのため産学官協働センターが97年に道、札幌市、道内経済界の負担により建設されることに決まった。この協働センター設置のために98年5月には研究交流促進法が改正され、建設に向け動いている。これまでに前例のない施設で、かつ北海道大学構内という国有地に建設するため、大蔵省との折衝や文部省、道庁、札幌市役所、道議会、市議会などの対応に追われている。

4.地域のクラスター展開

 クラスター創造の主役は地域と企業である。その産業おこしが実現することで、新たな雇用が生まれコミュニティの醸成と地域の活力を引き出すことができる。現在までに道内9地域に産業クラスター創造推進組識が立ち上がっている。98年9月には、「地域クラスター・ネットワーク会議」を開催して地域間の意見交換の場を設け、各地域の抱える課題や問題について議論した。

■クラスター今後の展望

 これまでインターンとして携わってきて強く感じたことは、産学官が共に変わらなければならないということである。産業界は「起業が大事だ」とか、「新しい動きが必要だ」などと言っているが、いざ、実際に何かをやろうとすると既得権に縛られて身動きのとれないことが多い。また、新規事業化の話をしている時に、いつもは「若者は起業すべきだ」と言っている人が消極的な発言をすることがある。やみくもに起業させる危険性を心配しているのかどうか真意はわからないが、起業しやすい文化を創り出そうとしているように思えない。
 食品衛生管理システムの展示会が行われ、HOKTACも出展した。本州の大手企業は高額のプラントや装置を懸命に売り込んでいたが、それが地元の中小企業が購入可能な額なのかどうかといったことは念頭にないようだった。もっと北海道の現状の力を正しく認識したビジネスをしてほしいところだ。逆にいえば、そういった装置等を安価で製造できる企業が北海道に育っていないということでもある。このような産業群が食品加工業の周囲に発生し、発展することが、産業クラスターの形成ということになる。
 大学・研究機関との連携は、強化の大前提として大学にいる人間の意識改革が不可欠である。研究室に閉じこもってばかりいると視野が狭くなりがちである。よく「地域活性化のために大学設置を」という意見を耳にするが、いくら地域に大学があっても地域と大学が有機的に結ばれていなければ意味がない。さらに大学内での評価システムや、国立大学では中央からの人事権の統制など、意識以外の問題もある。また公設の研究機関では予算・財政部門の頭が固すぎる。民間の動きに合わせた研究をしたくても、前年度の夏までに次年度の研究の計画書を出さなければならないというのでは外部の動きについていけない。

 一方、行政はその役割はサポート、アドバイスだと意識転換すべきであろう。産業界主導に対する不審感からなのか、監視しているとも受け取れるケースがある。またトップはOKなのに事務レベルはNOということもある。「国有地=天領」という感覚や、民間に対する信頼のなさなどいろいろと問題点を感じる。
 政治やマスコミの対応にも変化を望む。「なぜクラスター事業が必要なのか」、地域からの産業おこしについて理解されていないと感じることが度々あった。議会での質問項目も、研究交流促進法の改正を議論した衆議院の委員会も、本質を突いているとは思えない。

 現在、北海道各地に産業クラスター創造推進組織が立ち上がっている。活動状況は組織ごとにばらつきがあるが、実際にプロジェクトを進めるうちに解決するだろう。今は多くの成功事例を示し、「クラスター事業とはこういうものなのだ」と道民に理解してもらうことが先決である。公共事業の先行きが望めない今、税金によって延命を望めば、地元から産業が消え雇用が失われ人が出て行き、コミュニティそのものが崩壊に向かう。
 先日訪問したドイツでは、地域内の技術をビジネスにする活動が積極的に試みられていた。指摘されたのは、札幌(HOKTAC)中心で全ての案件を審査しプロジェクトを進めるという形では早晩行き詰まるだろうということだった。彼らは各地域に事業部隊を置き、それらが主体的に事業を実施できるようにしている。
 産業クラスター構想を提唱している北海道経済連合会の戸田一夫会長が常々口にするのは「北海道は、いままで『自ら考え、行動する』ことをしなかった。昔ならそれで中央が面倒を見てくれた。開発庁が統合されることが決まり、拓銀が経営破綻した今、中央の態度は『もう、北海道を特別扱いしない』とはっきりした」ということだ。「変わらなければならない」「新しい北海道の創出」「自主・自立」「試される大地」「改革」など、変革を訴える言葉が氾濫する北海道経済だが、変化には痛みが伴う。北海道を変革させるための議論は出尽くした。後はどれだけ辛抱強く「べき」論を実行できるかどうかだ。
 平均搭乗率8割を越す北海道国際航空(エア・ドゥ)や、サッカーのコンサドーレ札幌ほどの派手さはないが、HOKTACクラスター事業部は、力強く、時に悩みながらも、北海道経済の自立に向けて着実に歩を進めている。

1999年3月 執筆
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