論考

Thesis

基地問題と沖縄の今後

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共同研究

1997/11/28

95年9月に起きた少女暴行事件に端を発した沖縄を取り巻く政策の変化を、事件発生から97年6月までの地元紙『沖縄タイムス』の記事を追って時系列・利害関係者ごとに整理・分類し、その施策決定過程を分析した。

◆沖縄の怒り、日米政府を動かす

 事件直後の95年10月、日本政府は米国に対し日米地位協定の改善要求を積極的に行う意思は希薄だった。しかし、沖縄県民総決起集会や、沖縄県知事の未契約軍用地強制使用の代理署名拒否により、沖縄の怒りを突き付けられた日本政府は、米軍の日本駐留に強い危機感を抱いた米国と歩み寄り、日米地位協定の運用改善の実現に漕ぎ着けた。

 ここで国際交渉の重要なアクター(政策決定における利害関係者)である外務省は、米国への配慮をにじませる発言を繰り返すばかりで、問題の解決にイニシアチブを発揮できなかった。むしろ頻繁に発言したのは防衛庁で、こちらの方が安全保障に関する交渉の前面に出てきた。

 また、日米地位協定の問題と同時期に、基地整理・縮小への取り組みがスタートしている。95年11月、沖縄県は「基地返還アクションプログラム」(以下、基地AP)と称する、2015年を目途とする基地の全面返還計画を作成した。同月、「日米特別行動委員会(SACO)」が日米政府間に設置され、基地返還協議がスタートした。翌年4月の中間報告では11施設の返還が認められた。しかし返還の具体化作業は最終決着を見ていない。基地返還の象徴とも言える普天間基地は、96年4月の日米首脳会談で返還の再確認されたが、移転先の決定で難航し、現在名護市のキャンプシュワブ沖に海上ヘリポートを建設する方向で調整が行われている。97年10月時点でも沖縄県内の基地の全面返還実現の見通しはまったく立っていない。

 一方、米国の動きを見ると、95年10月~12月の発言は、同年2月に発表された「東アジア戦略報告(EASR)」に沿った10万人兵力を維持する立場を堅持しており、基地の縮小ではなく本土移転で対処しようとする意図が見てとれる。

◆沖縄の将来を築くプラン

 基地の整理・縮小をめぐり、沖縄県は米国楚辺通信所の用地の公告・縦覧拒否をしていたが、96年9月の沖縄県民投票により状況が変化する。投票結果(投票率59% 基地の整理・縮小に賛成89%)の賛成票の多さからは、沖縄県民の米軍基地返還にかける強い要望を国に示すことができたが、投票率からは沖縄県民は必ずしも一枚岩でないことが明らかになった。このことが、国・県双方に事態を収める動きを起こさせたと言える。基地APが実現したとしても、基地関連産業に働く8,000人の雇用が確保できなければ、沖縄経済への打撃となる。そのため基地撤廃後を睨んだ産業振興政策が必要である。

 投票に先立つ96年5月、沖縄県は国際都市形成構想(素案)を発表した。この構想は基地APの実現を前提とした沖縄の21世紀ビジョンである。沖縄県経済は、県内全産業における製造業比率が低く(全産業中の6%程度、全国平均21%)、財政支出に依存した他立的な経済構造にある。この状況から脱け出すため沖縄県は、同年8月、衆院「規制緩和に関する特別委員会」に規制緩和要望書を出している。しかし具体的な進展は見られていない。

 県民投票後の96年11月、国際都市形成構想のグランドデザインが県庁内で了承され、翌97年4月、田中直毅氏を委員長とする「産業・経済の振興と規制緩和等検討委員会」が沖縄県によって召集されるなど、経済・産業振興に関する積極的な動きが見られる。「産業・経済~委員会」の最終報告は、全県を対象としたフリートレードゾーン(以下FTZ)を提唱した。この全県FTZは国際都市形成構想のシンボル的な存在となるが、FTZが全県対象となった理由や、県庁内の合意形成過程などは不明なままである。

 もう一つ、沖縄の将来に影響を持つと考えられるものに台湾がある。95年10月、台湾の中琉文化経済協会が、沖縄県にノービザ制度の導入と沖台間の飛行機の増便を要請した。翌96年12月には、台湾国民党が1,000億円規模の対沖投資計画を発表し、台湾の経済視察団が沖縄を訪れ、規制撤廃を申し出た。台沖間の関係が強まっていることが分かる。1,000億円という額も基地経済が年間1,600億円であることを考えると、この計画にかける意気込みを感じさせる。

◆これからの展望

 少女暴行事件からしばらくは、日米地位協定や基地返還など安全保障問題が大きな争点であったが、96年9月の沖縄県民投票を契機として県の政策の軸足は経済・産業政策へと転換していったことが分かる。経済・産業政策への転換後は、非常に速いテンポで沖縄都市形成構想や全県FTZを打ち出している。これは沖縄に対して政府が高い関心を持つうちに将来への道筋をつけておこうという戦略であろう。

 しかし、基地AP、国際都市形成構想、全県FTZ、規制緩和等、いずれの構想もクリアーにしなければならない問題を多く抱えている。にもかかわらず、どれも解決の見通しは立っていない。ならば、解決されるまでの中期的産業振興政策を策定しておく必要があるだろう。97年10月17日、沖縄県議会は吉元副知事再任案を否決。沖縄基地・経済を実質的にリードしてきたアクターが県政の前面を退くという事態となり、基地AP・国際都市形成構想の展望は非常に厳しいものとなっている。再任案の今後の動向も含め、沖縄の政策の展開を注視したい。


(松下政経塾第18期アソシエイト共同研究グループ/我孫子洋昌石川武洋籠山裕二岸川健吾張佑如、趙允鴻、森本真治矢板明夫

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