論考

Thesis

オンブズマン制度と理念

政府や議会、マスコミなど社会的権力を持つ組織を、市民の立場から監視し、政策提言する「オンブズマン」。言葉そのものはようやく定着した観があるが、その機能はどうだろう。スウェーデンの例を参考に本格的な導入の可能性を問う。

オンブズマンとはスウェーデン語で「代弁者」の意。中世ゲルマン時代に紛争の被害者に代わって加害者から賠償金を取り立てるために中立の団体から任命された代理人制度があり、この代理人のことをオンブズマンと呼んだところからきているという。
 オンブズマンを正式な機関として、1809年に世界で初めて設立したのがスウェーデンである。「国会・正義のためのオンブズマン(J.O.)」がそれにあたる。それから約190年、オンブズマン制度は世界各国で導入され、その力を発揮している。
 現在、スウェーデンには7つのオンブズマンがある。1809年に制定されたJ.O.は、形を変えながら今日に受け継がれている。現職の判事が4人、4年の任期で選出され、憲法や国会法、J.O.に関する指示法に基づき、官僚、自治体職員、教師、警察官、裁判官や公立病院の医師など、「公務サービス執行に携わる者」すべてを監察する。彼らは公共機関をいつでも令状なしに査察でき、重要国家機密も含めて公文書の閲覧ができる。そして国民は行政によって不利益を被ると電話や手紙で訴えることができる。1993年には4300件以上の訴えがあり、内2700件に対し強制調査を行った。その結果、特に悪質だった裁判所・検察各1件、警察2件の関係者を起訴または懲戒処分にし、500件に警告措置が取られた。
 このほかスウェーデンには6つのオンブズマンがある。まず「公正取引オンブズマン(略称N.O.)」。競争法に基づいて活動する。次に「消費者オンブズマン(K.O.)」。マーケティング法と不当契約条項禁止法を根拠としている。3つめは「プレス・オンブズマン(P.O.)」。法律ではないがスウェーデンのマスコミ業界団体であるプレス評議会協約に基づいて活動する。4つめは「子供のためのオンブズマン(B.O.)」。国連子供の権利条約と子供のためのオンブズマン法に基づいている。さらに人種差別禁止法に則った「人種差別禁止オンブズマン(D.O.)」と、男女雇用平等法に即した「男女雇用平等オンブズマン(jam-O)」がある。
 これらオンブズマンは、スウェーデンでは苦情処理、行政救済システムとして有効に機能している。なかでも1986年に制定された「人種差別禁止オンブズマン(D.O.)」は、人口の1割が移民のこの国では重要な働きをしている。これには8名の弁護士があたる。主な仕事の内容は①人種差別を受けたという訴えがあると話を聞き、職権調査を行う。問題が見つかった場合は警告を、改善の余地が無い場合には訴追を行う。②人種差別事件に関する問題を政府、企業、組合と協議し、これらを指導する。③反差別政策に関する立法措置を議会に政策提言する、などである。彼らのもとへは絶えず「雇用差別を受けた」とか「レストランで入店を断られた」などという苦情が寄せられる。最近も、一部の職業安定所が数年間にわたって企業の強い依頼により社員募集の案内を有色人種に紹介しなかったという訴えがあり、D.O.が調査し訴追した。
 D.O.の仕事にはこのほか、難民や移民排斥を訴える右翼政党やスキンヘッズ、極右暴力集団などの監視もある。最近、アフリカ系難民に対する暴力事件が頻発しており、こうした事態にスタッフの一人、女性弁護士のウルリカ・ダーレンさん(38歳)は実在するネオ・ナチグループの名前を挙げて、法廷での対決も辞さないと決意を語っている。
 また「男女雇用平等オンブズマン(jam-O)」も労働面での女性の救済に役立っている。この国では専業主婦は全女性人口の7%で、残りの女性はなんらかの職に就いている。彼女らの働く権利を守るためjam-Oはなくてはならない。1980年代に労働裁判所に提訴された40件の裁判のうち約3分の2がjam-Oによる告発である。
 以上のようにオンブズマン制度はスウェーデンでは有効に機能しているが、日本でその力を発揮するためにはどうすれば良いのだろう。
 日本のオンブズマン制度は総務庁に行政監察の権限が一部あり、地方自治体に監査委員会が設置されている。しかしオンブズマンである監査委員会そのものが「カラ出張」や過剰な「官官接待」、公費による「観光旅行」を行い、それを一般市民の有志でつくる「市民オンブズマン」などボランティア団体に指摘されるという事態が起きている。これは、国会、行政、司法はじめ、地方自治体と地方議会、会社と株主、企業と監査する会計士、マスコミなど、互いの行動を見張り、牽制しなければならない関係にある者同士が馴れ合いもたれ合い、チェック機能を失った日本社会そのものを象徴している。
 現在、参議院の行財政機構・行政監査調査会は、日本版「議会オンブズマン」制度の検討をしているが、それには法律に基づいた強力な権限と独立性を保証すべきである。そうでなければ、いずれチェックされる側の官僚機構の中に取り込まれ、第2の「監査委員会」になるのは目に見えている。しかし、今の参議院での議論を見る限り、どこまで日本社会の不透明な体質にメスを入れる決意があるのか不明である。
 日本にオンブズマン制度が必要なことは否定しないが、脆弱な制度は「オンブズマンが機能しているか監視するためのオンブズマン」を必要とすることになるだろう。これは笑えない冗談である。

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平島廣志の論考

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Koji Hirashima

松下政経塾 本館

第15期

平島 廣志

ひらしま・こうじ

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