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2015年12月21日の中央教育審議会答申[1]によると、これからの学校と地域の目指すべき連携・協働の姿の一つに地域と一体となって子供たちを育む「地域とともにある学校への転換」を掲げた。私は松下政経塾に入塾する前は公立の小学校の教員として勤務していたが、現場目線でこれを実現することは難しいと感じていた。新米教師の一例だが、教員は児童が登校して帰るまではずっと児童に付きっきりだ。そして放課後も提出物の確認、会議、保護者とのやり取り、次の日の授業準備で勤務時間は過ぎてゆく。ほとんど時間の余白がない現制度の中で、日常的に地域とつながりながら授業を組み立てるなどといった「地域とともにある学校づくり」を実現することは難しいのではないか、そんなことを肌身で感じていた。
そのようなことを考えていた私だが、今回、鹿児島県で廃校になった小学校を私立の小学校として新しく再生させる「新留小学校プロジェクト[2]」が始まると聞いて2024年7月時点で約3ヶ月間、プロジェクトメンバーに加わり設立までの準備に関わらせていただいている。このプロジェクトには「小学校が地域の生態系の一部であり、ハブとなる」という目標がある。まさに私が、現役教員時代に難しいと感じていた学校と地域とのつながりにチャレンジできるプロジェクトだと感じた。
新留小学校は、鹿児島県姶良市蒲生町の新留地区にある。姶良市は鹿児島市と霧島市の間にあり、ベッドタウン的な地域で人口が微増しているが、新留小学校がある新留地区は限界集落のような地区で30世帯、60人ほどしか住んでおらず、地元の方に話を伺うと若くて60代といったようにかなり高齢化が進んでいる地域だ。新留小学校は18年前の2006年、生徒数の減少により休校が決まった。このように人口減少・少子高齢化の影響で学校の統廃合が進んでいるのは新留地区だけではない。令和二年度の公立学校の廃校数は335校で、2002年から2020年の廃校延べ数は8,580校である[3]。このプロジェクトが成功すれば統廃合が進む全国各地の自治体の希望となり、小学校をハブとした地域コミュニティというモデルが全国展開されるのではないだろうか。私はそのような期待を持って、プロジェクトに参画した。
私の役割は「地域学校協働室長」。主な業務は地域資源を開拓することと、地域の方との関係性を創ることだ。本稿では学校と地域をつなげる役割として奔走する私から見た学びを主軸としたまちづくりについて述べたい。
文部科学省の「これからの学校と地域 コミュニティスクールと地域学校協働活動[4]」には下記のように記載されている。
近年、急激な社会の変化に伴い、学校と地域を取り巻く課題はますます複雑化、多様化しています。 学校は、いじめや暴力行為等の問題行動の発生、不登校児童生徒数の増加、特別な配慮を必要とする児童生徒数の増加など、多様な児童生徒及び保護者等への対応が必要な状況となっています。また、そのような学校の役割の拡大により教員の業務量が増加しているといった課題も出てきています。 一方、地域においても、家族形態の変化、価値観やライフスタイルの多様化等により地域社会における支え合いやつながりが希薄化することによって、地域社会の停滞や教育力の低下などが指摘されています。
学校と地域の複雑化・多様化する課題の両面を解決するために、相互の連携・協働が求められていることがわかる。文部科学省では、学校と地域が連携をするために、地域住民等が学校運営に取り組む「コミュニティスクール」、学校と地域が相互にパートナーとして行う「地域学校協働活動」の一体的な実施を推進している。しかし、自治体の関係者にヒアリングをしたところ、会議のみ行うだけなど形だけの連携になっているケースや地域住民で毎年同じ人しか関わりが持てないなど固定化された地域住民しか関わっていないケースなど課題があるようだ。
学校と地域には連携が求められているが、どのようにしたら連携できるのだろうか。私は「学び」とは何か、人類学的視点から問い直すことが鍵になると思っている。
霊長類人類学者の山極壽一教授は、人間は本来言語を話す前は音楽的・身体的コミュニケーションをベースに「共感」に重点を置き、集団を形成してきた[5]と述べる。今はボタン一つで欲しいものが何でも手に入る世の中になった。しかし、表情やリズムなど身体感覚を伴ったコミュニケーションが希薄になってしまったのではないだろうか。自分自身が幸せに生きる上で、本来人間がDNAレベルで大切にしてきた身体的コミュニケーションを地域で育むことが今一度求められているのではないだろうか。
そう捉えると「学び」を学校という閉じられた空間だけで行うものではなく、もう少し広く定義していく必要があるかもしれない。学校だけが学びの場ではない。地域住民の生活の場を丸ごと学びの場として再定義し、小学校を地域の生態系の一部として在る状態にしていくことがこれからの学校と地域社会の両者にとって必要な点ではないだろうか。
また学校が地域の生態系の一部になると教育効果以外の分野横断的な効果が副次的に波及することが期待されるだろう。例えば、地域住民の立場で考えてみると役割の実感、多様な居場所の確保といったように福祉的な効果も期待されるだろう。他にも、給食を地元の生産者さんと繋がることで農家さんにとっては長期販売ルートの確保に繋がる。さらに長期的視点で考えてみると市全体の関係人口が増加する効果も期待できる。より広い視点で考えてみると、地方分散の一つの糸口になるかもしれない。このように学校と地域の連携が分野横断的な効果を発揮する可能性に溢れている。
このように学校が地域コミュニティのハブになるためには学校と地域をなめらかに繋げる役割が必要だ。文科省が行うコミュニティスクール構想では地域から「地域学校協働推進員」という立場の方を配置し、地域と学校をつなぐパイプのような役割をしている。現在の私の役割である「地域学校協働室長」も呼び名が異なるだけで同じことを行なっていると認識している。ただ公立の学校だと自治体によって配置が任意であること、また実際に活動する推進員はボランティアの場合が多いことなど様々な課題がある。教員にこれ以上負担をかけることはできない中、このような学校と地域を滑らかにかき混ぜる役割は一つの専門職だ。多様な視点を兼ね備え、学校と地域を繋げる「地域学校協働推進員」の育成や待遇を明確にすることが今後の課題になるだろう。
学びを主軸に据えることで学校が地域の生態系の一部になり、ハブとなり、相互補完的な効果に波及していくことを述べてきた。今回のケースはあくまでも新留地区といった過疎地域の話になる。コミュニティにはそれぞれの事情や特性がある。ベッドタウン、都市部ではどうなのか、異なる事例から学びつつ学校が地域の生態系の一部である事例を全国に波及させるためにはどうすれば良いのか今後も考え続けていきたい。
[1] 文部科学省 中央教育審議会答申(2015年12月21日)「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/02/08/1365791_2_2.pdf
[2] 私立新留小学校プロジェクトについて想いや構想が書いてある公式noteページ(2024年7月16日現在)
https://note.com/niidome
[3] 文部科学省(2022年3月30日)「令和3年度公立小中学校等における廃校施設及び余裕教室の活用状況について」(2024年7月16日現在)
https://www.mext.go.jp/content/20220331_mxt_sisetujo-000021567_1.pdf
[4] 文部科学省(2020年3月)「これからの学校と地域 コミュニティスクールと地域学校協働活動」(2024年7月16日現在)
https://manabi-mirai.mext.go.jp/upload/korekaranogakkoutotiiki_pamphlet2020.pdf
[5] 山極壽一(2023)『共感革命:社交する人類の進化と未来』河出新書
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Ryota Akagi
第43期生
あかぎ・りょうた
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公教育改革を軸とした大らかな心で満ち溢れる共生社会の実現