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「政治家の自己保身」を生み出す構造分析
〜地方政府形態に着目して〜

はじめに

 私は政治に対して絶望すら感じた。

「経営の観点からすれば、どうにも理解できない考えや動きをする。なにが正しいかも考えん。なにが国民の喜びにつながるのか考えん。国家国民のことを考えるより、自分の選挙や名誉や立場にとらわれる。[1]

 政治について松下幸之助塾主が述べたこの言葉を痛感したからだ。

 2023年8月27日愛知県長久手市長選挙が行われた。私は政治未経験の新人候補、義理の母でもある「岩岡ひとみ」の選対に3ヶ月入り、現役政治家・キーパーソンとの出馬調整、対抗馬との差別化を図った戦略策定、選対のマネジメントなど中心メンバーとして選挙に携わった。しかし結果は残せず1750票差で敗退。政治未経験の新人候補には数多くの壁が立ちはだかった。中でも感じたのが「国家国民のことを考えるより、自分の選挙や名誉や立場にとらわれる」こと、つまり「政治家の自己保身」だ。日本財団の18歳の男女1000人を対象にした意識調査[2]によると、国会議員について「他の政治家の批判や自己保身のために時間を費やしている」といった印象をもつと回答した割合は53.8%である。選挙権を持ち始めた若者ですら半数以上が「政治家の自己保身」を感じているのである。

 擁護するわけではないが「政治家の自己保身」は必ずしも当人のせいだけではない。地方政府のシステムが「政治家の自己保身」を生み出していると私は感じた。本レポートではこの地方政府形態の問題に着目し、実際に新人候補の選挙の中心に入った私が「政治家の自己保身」を生み出す構造を分析する。

政治「によって」生きる政治家

 マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』[3]。では、支配者の仕事を補佐する必要のために「職業政治家」が生まれたと言われている。この「職業政治家」には2つのパターンがあり、政治を恒常的な収入源にしている「政治によって生きる」パターンとそうではない「政治のために生きる」パターンがある。金権的に政治が行われないためには「政治によって生きる」方法で定期的で確実な収入が得られるようにしなければならない。確かに政治家の秘書は「政治によって生きる」ことで生活の心配をせずに政治家を支える秘書業務に従事できる。しかし、現状の数多くの政治家も「政治によって生き」ているのではないだろうか。政治家の職を失ったら無職になり収入がなくなってしまう。だからこそ、特に生活できる議員報酬がある場合は、国家国民のことを考えるよりも、自らの生活を優先的に考え、選挙に通るためにどのようにしたらよいかといった権力にしがみつく構造、つまり「自己保身」が生まれるのではないだろうか。

首長と議会の権限

 「自己保身」を生み出す構造は経済的な問題だけではない。首長と議会の権限の側面からも考えたい。現状、日本の地方政府形態は、予算提案権や執行機関を担う住民から直接選挙された長と、地方公共団体の意思を決定する機能及び執行機関を監視する機能を担うものとして同じく住民から直接選挙された地方議会議員と互いに牽制し合うことにより、地方自治の適正な運営を期する[4]二元代表制になっている。
 しかし、実際は長の権限が強すぎるとの声が上がっている。NHKの全国二万人の地方議員にとったアンケート[5]で40代男性議員は
「首長と議会は『車の両輪』に例えられ、形式的には対等・平等とされます。とはいえ実際には、予算や条例の提出権があり、強大な権限を持つ首長が圧倒的に強いのが実情です。・・・特にトップダウン型の首長の場合、首長を批判すると自分の質問に対して前向きな答弁が出ず、議員としての実績が作りづらくなります。そこから議会側の忖度オール与党化も生まれてきます。」
とコメントを残している。要するに、二元代表制が形骸化し、首長優位の構図を指摘しているのだ。もちろん首長の暴走を止めるために議員は首長提出議案の修正や否決をする権限をもっている。しかし、朝日新聞社がとった全国地方議会アンケート[6]では「首長提出議案の修正・否決がない議会」が2011年調査では50%、2015年調査では62%、2019年調査では56%になり、首長の議案に従い続ける議会が近年の調査では毎年半分以上だというのがわかる。

 また、議会が対案を提出して成立させる権限がないため首長と議会の間でネジレの関係ができてしまう二元代表制の原理的な矛盾があるのも問題だ。首長には予算提案権があり、議会の議決を経なければ予算は成立しない。首長と議会多数派の方針が対立し妥協が成立しない場合は、首長の予算案は否決されるが、議会はその対案を提案して成立させる権限はないという事態が起きうる[7]。このように予算提案権を持たない地方議会議員は、自発的に国家国民に働きかける権限がそもそも少ないと言えるだろう。さらには、地方議会議員の仕事を監視するチェック機関もないため、地方議員の成果はブラックボックス化されている。仕事ぶりは自主性に任されている制度の中で国家国民のために働いても、反対に働かなくても成果が見えづらい。ヴェーバーは政治家に必要な3要素の一つに「責任感」を挙げた[8]が、このような制度だと「責任感」が醸成されにくい。首長優位の構図では地方議員では自主的に変えることが難しく、政治へのエネルギーがいつの間にか選挙へのエネルギーに転換してしまうからだ。このような地方政治の制度によって、地方議員が「自己保身」に走ってしまうのではないだろうか。

終わりに

「政治家は、国家国民、世界人類の幸せを実現せんといかん。そういう尊い使命があるんや[9]。」

 塾主はこのように述べている。もちろん、地方議会議員の全員が「自己保身」を優先して行動しているわけではない。国家国民のために実直に使命を果たしている地方議会議員もいるだろう。しかし、情熱をもって政治の世界に飛び込んだ人間も制度に染まり、次第に本来の情熱を見失い「自己保身」が生み出されてしまう可能性も十分考えられる。また、志をもって国家国民のことを本気で思う新人候補が出馬しようとしても「政治家の自己保身」に邪魔をされ潰されるケースも考えられる。
 この現状を打破するためには、二元代表制、首長と地方議会議員の権限、兼業の有無、地方議会議員の評価など地方政府形態を見直すことが急務であると私は思う。2010年1月1日に、原口一博総務大臣の決定に基づいて、「地域主権の確立を目指した地方自治法の抜本的な見直しの案」を取りまとめるため総務省に「地方行財政検討会議」が設置され、首長と議員の権限を再検討するなどし、自治体の政府形態をめぐる議論が具体的に検討された[10]。引き続き首長と議員の権限を見直し続け、国家国民のために情熱に溢れ役割を全うする政治家を数多く生み出す土壌を整える必要がある。変化の激しい今だからこそ、政治に対して絶望ではなく希望を抱ける世の中に変えなければいけない。

[1] 江口克彦(1992年12月1日)『経営秘伝―ある経営者から聞いた言葉』PHP文庫

[2] 日本財団(2023年2月28日)「18歳意識調査「第54回 国会と政治家」調査書」
https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2023/02/new_pr_20230228_04.pdf

[3] マックス・ヴェーバー(1980年3月17日)『職業としての政治』岩波文庫

[4] 総務省「議会のあり方・長と議会の関係について」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000059438.pdf

[5] NHK(2019年4月12日)「首長が強すぎる!〜2万人議員にアンケート」
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/15937.html

[6] 朝日新聞デジタル(2019年2月21日)「議員提案の政策条例制定、14% 地方議員アンケート」
https://www.asahi.com/articles/ASM2N7FJZM2NULZU01G.html

[7] 後房雄(2023年2月20日)『地方自治における政治の復権 政治学的地方自治論』p99 北大路書房

[8] マックス・ヴェーバー(1980年3月17日)『職業としての政治』岩波文庫

[9] 江口克彦(1992年12月1日)『経営秘伝―ある経営者から聞いた言葉』PHP文庫

[10] 後房雄(2023年2月20日)『地方自治における政治の復権 政治学的地方自治論』p108 北大路書房

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