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手を差し伸べ続けてくれる社会〜社会民主主義国家スウェーデンの子ども・若者を対象にした教育・福祉政策を事例に〜

1 社会民主主義国家スウェーデン

 どのような環境で生まれ育とうと誰もが平等に公平に生きることができるために手を差し伸べ続けてくれる社会を我々は創っていく必要があるのではないだろうか。私はスウェーデン社会がその一例になり得ると感じた。アンデルセン[1]が提唱した国家、市場、家族の間に配分される総合的なあり方である福祉レジームによると、スウェーデンは普遍主義を基本理念とし、国家の役割が大きい社会民主主義レジームだと分類される。つまり、個人の努力ではなく国家が包括的に人々の生きるニーズを満たす機能を築いているのだ。この社会民主主義という考え方の大きな転換点となった要因に1928年にPAハンソンが提唱した「国民の家」構想がある[2]。1932年のPAハンソン内閣以降、1976年までの44年間、社会民主党による長期政権の土台が築かれ、今に至る。その間、第一次世界大戦と第二次世界大戦の時に中立であったこと、物資を供給して富を蓄財したことも社会民主主義国家としてのスウェーデンを支える要因の一つであるだろう。そして今でも国家が国民に誰もがアクセスできる形で教育や福祉の生きるために必要なサービスを保障しているのである。言い換えると、人間が人間として生きるために国家が手を差し伸べ続けてくれる社会なのである。それでは具体的にどのようなサービスを供給しているのか。筆者は2024年10月4日から11月15日までの間、スウェーデンに滞在し教育・福祉・政治に関わる様々な団体やその代表者に直接話を伺った。

 スウェーデンの子ども・若者を対象とした教育・福祉政策

(ア)公教育でのサポート体制 
 スウェーデンの学校にはいじめや精神的不安等子どもの多様な問題に対応するサポート体制が整備されている。それが「子ども健康チーム(Elevhälsoteam)」である。スウェーデン学校法[3]では、教育を受けるすべての子どもが目標に向かって成長できるよう、問題が深刻化する前に早期介入する形で医療、心理、心理社会、特別教育の支援をするために各学校に設置が義務化された。チームには、担任教諭、学校心理士、学校看護師、学校医が含まれるべきだと規定され、定期的に会議を開き子どもに関わる様々な問題に対して支援を具体化する役割を担う。実際は地域の実情に合わせてどの専門家を配置するかは異なっている[4]。予算が潤沢にありかつニーズがあるとみなされた学校であれば、特別支援教育専門家、ソーシャルワーカー、社会教育士、言語療法士、作業療法士、理学療法士、生徒アシスタントなど様々な専門家を配置することができる。しかし小規模自治体の場合は、コミューン(日本でいう市町村)として中央子ども健康チームを整備して、コミューンが雇用した専門家の巡回訪問で各学校における支援を提供している[5]。日本でも、様々な子どものニーズに対応するため、スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーの登用が進められている。しかし、一人の専門家が何校も兼任しているケースが多く子ども一人ひとりのニーズに迅速に対応しているとは言い難い。学校を起点に多様な専門家集団で子どもを見守る体制を義務化することによって、子どもの困りごとを早期発見し、家族といった取り巻く環境も改善できるように整備しているスウェーデンから学ぶことができるのではないだろうか。

(イ)インフォーマルな学びの整備
学校といったフォーマルな学びの場だけではなく、インフォーマルな学びの場も充実している。その代表的なものがフォルケホイスコーレ(以下フォルケ)と呼ばれる民衆大学だ。これは形式的な学位取得を目的としない学びの場で、民主主義の発展や生涯学習の促進において重要な役割を果たしている。1868年に始まり、2023年には151の自治体で運営されている。授業料は全て無料である。このフォルケには高校または義務教育を修了していない学生を対象とした一般コースと特定の分野や芸術形式に焦点を当てた専門コースの2つのコースがある。
 今回は一般コースについて述べたい。2014年から2021年の期間中、約17,700人が一般コースに通い高等教育(大学)または職業訓練校への進学資格を取得した[6]。このうち23%が他国で生まれた人、また2018年から2021年の間に資格を取得した人の約42%が何らかの障がいを持つ人であったと報告されている[7]。幅広い背景やニーズを持つ人々に教育機会を提供していることがわかる。また、2014年から2021年のうちコース修了後3年以内に46%が大学や専門学校に進学し、26%が労働市場に定着している。
 しかし、ただ単に大学進学や労働市場への接続としての役割を担っているわけではないところがこのスウェーデンにおけるフォルケの最大の特徴である。フォルケは、個人の学びを通して社会参加を促進することを目的としているのである。実際に現場はこのように社会参加を促しているのだろうか。筆者はこのことを確かめるために、赤十字社が運営するフォルケホイスコーレ(Röda Korsets folkhögskola)に訪れた。校長先生はフォルケの役割について「民主主義を練習する場だ」と答えた[8]。様々な背景を抱えた生徒が学習プロセスを通して関係性を構築し、社会参画へと向かっていく場だということが強く意識されている。フォルケに通う25歳の女性の生徒は、15歳の頃通っていた高校で移民二世であることが理由でいじめに遭い高校を中退し、その後はサービス業で10年間勤務をした。さらに自らを注意欠陥/多動性障害(ADHD)の傾向をもち、話し出したら止まらない性格だと語る。彼女は、「このフォルケは様々な背景の人がいて多様性に富んでいるので楽しく、フォルケを卒業後は目標の資格を取るために大学進学したい[9]」と笑顔で明るく話してくれた。
 フォルケはただ単に移民・難民の社会統合、教育格差の解消、労働市場への移行、大学進学といった目先の課題を解決する一装置として求められているのではない。多様な背景をもつ仲間と共に学習に向かうプロセスの中で主体的に社会に参画していくことが第一に求められているのである。その結果、個人が社会の中で自立していくことによってスウェーデン国家の課題を解決しているのだ。

(ウ)アウトリーチ政策
 上記2点は教育の観点からの施策を述べたが、もちろん福祉政策も充実している。とりわけ、日本と異なるものが、問題を早期発見、予防を行うためのアウトリーチ政策だ。それを担っているのが自治体ごとに配置されているフィールドキュレーター(fältkurator)だ。この役職はスウェーデンの児童福祉法[10]や教育法[11]に基づく取り組みの一環として位置付けられ、青少年が健全に成長し、社会に積極的に参加できるよう直接子どもたちに支援する役割を果たしている。最大の特徴は支援の仕方である。学校や地域、家庭を巡回する形で活動し、子ども・若者に対して直接接触して支援を働きかける、いわば移動型の支援をしている。そうすることで、自ら助けを求めることが難しい対象者に働きかけることができる。
 私は人口約5万人のリディンゲ市で働くフィールドキュレーターにインタビューをした[12]。彼らは13-18歳の若者を対象に活動を行なっている。未成年飲酒やオンラインギャンブルが最近のこの町での若者の課題だそうで、そうした課題を早期発見や未然に防ぐための取り組みの一つとして巡回活動をしている。具体的には、学校、地域の若者の居場所施設、地域のフットボールの試合、ショッピングセンターなどにフィールドキュレーターが直接足を運び、そこで出会う子どもたちと信頼関係を築く。そうするうちに気になる子ども・若者が見つかれば、その親に働きかけ、その子ども・若者に合った自治体が提供しているスポーツや文化の機会といった地域資源を紹介している。このようにして、青少年の健全な成長、社会への参画を促しているのである。

 変わりつつあるスウェーデン

 このようにスウェーデン社会に生きる全ての人を対象に、人間として生きるためのニーズが国家による多重なサービスによって保障されているのである。またそれらのサービスは困ってからの支援ではなく「困りごとが表出する前」の支援なのも特徴的だ。
 しかし、このスウェーデン社会も少しずつ変わりつつある。2022年9月11日に実施された総選挙では右派連合が勝利した。政策も今まで行なってきた移民に対する人道的支援路線から制限を持った路線に変わりつつある。その影響もあって、特にインフォーマルな学びにおける予算が削減されている。実際に、赤十字社が運営するフォルケホイスコーレでは予算が削減され家賃を支払うことが厳しい状況になり、経営に大きなダメージがあると語っていた。
 時代によって求められる思想は変わる。しかし、人間が生きるために基本的に必要なサービスは蔑ろにできない。何が必要なサービスで何が必要ではないのか。変わりゆく社会のもとで議論を続け、どのような環境で生まれ育とうと平等に公平に生きることができるために手を差し伸べ続けてくれる社会を我々は創っていく必要がある。そう私は信じたい。

[1] 著G・エスピン-アンデルセン 訳林昌宏(2008)『アンデルセン、福祉を語る-女性・子ども・高齢者』NTT出版

[2] 岡沢憲芙(2009)『スウェーデンの政治―実験国家の合意形成型政治』東京大学出版会

[3] SVERIGES RIKSDAG(2024年11月27日現在)「Skollag(2010:800)」
https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/svensk-forfattningssamling/skollag-2010800_sfs-2010-800/#K2

[4] スウェーデンの小学校で勤務している特別支援教育専門家に対して、2024年10月31日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

[5] 是永かな子、石田祥代(2019)「スウェーデン・トッメリラコミューンにおける中央子ども健康チームの取り組み」北ヨーロッパ研究

[6] Folkbildningsrådet (スウェーデン成人教育全国評議会) の広報担当官および国際調整官とフォルケホイスコーレ担当官に対して、2024年10月29日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

[7] 同上

[8] Röda Korsets folkhögskolaの校長先生に対して、2024年11月14日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

[9] Röda Korsets folkhögskolaの生徒に対して、2024年11月14日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

[10] SVERIGES RIKSDAG(2024年11月28日現在)「Socialtjänstlag (2001:453)」
https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/svensk-forfattningssamling/socialtjanstlag-2001453_sfs-2001-453/

[11] SVERIGES RIKSDAG(2024年11月28日現在)「Skollag (2010:800)」
https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/svensk-forfattningssamling/skollag-2010800_sfs-2010-800/

[12] リディンゲ市で勤務するフィールドキュレーター(Faltkurator)に対して、2024年11月13日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

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