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地域づくりにおける市民の主体性と行政、事業者の関係性
~ひたちなか市・ひたちなか海浜鉄道㈱・おらが湊鐵道応援団の実践から~

 地方における公共交通の衰退は、人口減少や高齢化と並行して、全国各地で進行している。
利用者の減少や経営悪化を理由に、鉄道路線やバス路線が廃止される事例は後を絶たず、その多くがやむを得ない判断として受け止められているのが現状である。しかし、公共交通が一度失われた後に、その代替手段を整備することは容易ではない。とりわけ鉄道のように、大量輸送を可能とし、通学・通勤・観光など多様な役割を担ってきたインフラは、廃止後に同等の機能を持つ仕組みを再構築することが極めて困難である。公共交通は単なる移動手段ではなく、地域の生活や経済活動を下支えする基盤であり、その存否は地域の将来像に直結している。こうした問題意識のもと、本レポートでは、公共交通をどのように維持するか、という問いを、誰が、どのように関わることで、地域の中に価値として根付かせることができるのか、という観点から捉え直すことを試みた。筆者は、2026年1月下旬から2月中旬にかけて実施した、茨城県ひたちなか市役所での研修の一環として、同年2月3日にひたちなか海浜鉄道株式会社代表取締役・吉田千秋氏との面談および現地視察を行った。本レポートでは、当該研修および面談で得られた知見を基に、茨城県ひたちなか市におけるひたちなか海浜鉄道湊線の取り組みから考察する。

1.ひたちなか海浜鉄道湊線の概要と存続の経緯

 ひたちなか海浜鉄道湊線[1](以下、湊線)は、JR常磐線勝田駅から阿字ヶ浦駅までを結ぶ、全長約14.3kmの地方鉄道路線である。現在は第三セクター方式で運営され、株主構成はひたちなか市[2]が約51%、茨城交通が約49%となっており、市が実質的な経営責任を担う公共交通として位置づけられている。同路線は、過去に茨城交通が運営していた時代に利用者数の減少が続き、2000年代半ばには廃線の可能性が現実的な課題として浮上していた。特に、沿線に位置する旧・那珂湊地区は、市町村合併による中心機能の移動や産業構造の変化により、人口減少と地域の衰退が進んでおり、「鉄道まで失われれば、那珂湊という地域の存続そのものが危うくなる」という強い危機感が共有されていた。こうした状況の中、ひたちなか市は「市は公共交通をないがしろにしない」という明確な意思を示し、鉄道事業者任せにするのではなく、官・民・市民が一体となって路線の存続と活性化に取り組む方針を打ち出した。2007年に第三セクター化が決定され、2008年4月、ひたちなか海浜鉄道[3]として再出発するに至った。この時点で湊線は、単なる経営再建の対象ではなく、地域再生を担う存在として位置づけられることとなった。

2.湊線ならではの取り組み

 ひたちなか海浜鉄道株式会社代表取締役・吉田千秋氏(以下、吉田社長)に直接お話を伺い、湊線の運営における考え方や姿勢について理解を深めた。面談を通じて強く印象に残ったのは、「鉄道がなくなった後に代替手段を考えるのではなく、鉄道があるうちに、その価値をどう育てていくかが重要」という視点である。[4]吉田社長は、補助金に過度に依存するのではなく、事業者として主体的に経営努力を重ねることの重要性を繰り返し強調されていた。一方で、湊線の特徴は、事業者単独での工夫にとどまらず、市民から寄せられる多様なアイデアを柔軟に受け止め、『まずはやってみる』姿勢を貫いてきた点にある。市民からの提案に対して、制度や前例、鉄道会社のルールを理由に否定するのではなく、『小さく試し』、続けられる形で定着させていく。その積み重ねが、結果として湊線を『移動手段』にとどまらない存在へと広げてきた。面談を通じて、湊線の取り組みは、鉄道経営の工夫であると同時に、市民の主体性を引き出す関係性の構築そのものであると感じた。

3.おらが湊鐵道応援団という実働する市民

 ひたちなか海浜鉄道の取り組みを理解する上で欠かせない存在が、『おらが湊鐵道応援団』[5]である。おらが湊鐵道応援団(以下、応援団)は、市から自治会連合会へ廃線問題が提起されたことを契機に、沿線自治会長を中心として結成された市民組織であり、現在に至るまで湊線の運営を側面から支え続けている。特徴的なのは、その活動が単なる『応援』や『声援』にとどまらず、実務を伴う点にある。応援団は、那珂湊駅での観光案内やイベント対応、駅構内での朝市の運営、団報(写真1)の発行など、行政や鉄道事業者の手が届きにくい領域を自ら担ってきた。特に、団報は約20年にわたり継続して発行され、自治会回覧を通じて地域住民に届けられている。これは、市民自らが鉄道の状況や取り組みを『自分たちの言葉』で共有し続けてきたことを意味している。また、応援団の内部には広報委員会が設置され、月2回の頻度で会合が開かれている。そこには鉄道会社の職員も参加し、情報共有や企画の検討が行われている。このような場の存在は、市民と事業者が対等な立場で意見を交わす関係性を支える重要な基盤となっている。

[写真1.]おらが湊鐵道応援団が発行する団報
おらが湊鐵道応援団ホームページより

4.駅、鉄道を『場』として使い倒す発想

[写真2.]駅のプラットフォームで行われる朝市の様子
おらが湊鐵道応援団Facebook写真より

[写真3.]レールを鳥居に見立て、車両を御神体として祀る鐵道神社
マイナビニュース記事より

 湊線の取り組みの中でも特に印象的なのは、駅や鉄道を移動のための施設に限定せず、人が集い、関わる『場』として柔軟に活用している点である。例えば、駅のプラットフォームでは月に一度、朝市が開催されている(写真2)。JAや漁協の女性部などが出店し、地域の日常の延長として自然に人が集まる空間が生まれている。鉄道施設をイベント会場として活用するこの発想は、制度や前例に縛られない、市民ならではの生活感覚から生まれたものである。また、使い終わった車両についても、廃棄するという選択肢を取らなかった点は象徴的である。車両の廃棄には数百万円単位の費用がかかることから、「それならば、別の形で活かせないか」という市民の発想が生まれた。その結果、レールを鳥居に見立て、車両を御神体として祀る『鐵道神社』が誕生した(写真3)。これは、遊び心を含みつつも、地域の記憶や愛着を形にする試みであり、全国的な話題にもなった。これらの取り組みに共通しているのは、『失敗しにくい規模』で始め、小さな成功体験を積み重ねている点である。大きな投資や制度変更を伴わずとも、発想次第で公共空間の価値は拡張できることを、湊線の実践は示している。

5.行政・事業者・市民の関係性の構造

 ひたちなか海浜鉄道の事例を通じて見えてきたのは、行政、事業者、市民がそれぞれの役割を明確に分担しながらも、固定化されすぎない『ゆるやかな関係性』を築いている点である。行政は、鉄道を公共交通として位置づけ、広報や教育委員会との連携、補助制度の活用などを通じて基盤を支えている。一方で、企画や運営の細部にまで過度に介入することは避け、市民や事業者の主体的な動きを尊重している。事業者であるひたちなか海浜鉄道株式会社は、最終的な判断と責任を引き受ける立場として、経営改善やダイヤ調整などに取り組むと同時に、市民からの提案に対して柔軟な姿勢を持ち続けている。『まずやってみる』ことを許容する文化が、市民の関与を継続的なものにしている。そして市民は、与えられた役割をこなす存在ではなく、自ら考え、動き、楽しみながら鉄道に関わっている。三者の関係は、上下関係ではなく、互いの役割を尊重し合う水平的な構造として成立している点に特徴がある。

6.市民主体性が機能する条件とは何か

 ひたちなか海浜鉄道の実践から得られる最大の示唆は、市民主体性は『意識の高さ』だけでは生まれないという点である。むしろ重要なのは、市民が関われる余地を制度や運営の中に意図的に残し、失敗しても致命的な影響が出ない範囲で挑戦できる設計がなされていることである。また、公共交通を移動手段としてのみ捉えるのではなく、人と人との関係を生み出す装置として再定義している点も重要である。駅や鉄道が、日常的に人が集まり、語り合い、試すことのできる場となることで、地域における存在感は大きく変わる。一方で、この事例をそのまま他地域に横展開することは難しい。地域性や人材、歴史的背景といった条件が異なるからである。しかし、市民の主体性を引き出すための考え方や関係性の築き方は、多くの地域にとって参考になり得ると私は考える。

 最後に、本研修を通じて、公共交通の存続は、財政や制度の問題にとどまらず、地域にどのような関係性を築けるかという問いと深く結びついていることを実感した。今後は、本事例で得られた視点を踏まえ、市民主体性が持続的に機能する条件について、他地域の事例とも比較しながら研究と実践を重ねていきたい。

【引用文献など】

[1] ウィキペディア, 2026, ひたちなか海浜鉄道湊線, <参照2026-2-5,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AA%E3%81%8B%E6%B5%B7%E6%B5%9C%E9%89%84%E9%81%93%E6%B9%8A%E7%B7%9A

[2] ひたちなか市, 2026, ひたちなか市役所ホームページ, <参照2026-2-5,
https://www.city.hitachinaka.lg.jp/

[3] ひたちなか海浜鉄道, 2026, ひたちなか海浜鉄道株式会社ホームページ<参照2026-2-5,
http://hitachinaka-rail.co.jp/about/

[4] 2026年2月3日 ひたちなか海浜鉄道株式会社代表取締役・吉田千秋氏と筆者面談時より

[5] おらが湊鐵道応援団, 2026,  おらが湊鐵道応援団ホームページ<参照2026-2-5,
http://minatosen.com/

[写真1.]おらが湊鐵道応援団, 2026, おらが湊鐵道応援団団報<参照2026-2-5,
http://minatosen.com/wp/wp-content/uploads/2026/01/9032694cc81b0578c0ab1ca25a83578e.pdf

[写真2.]おらが湊鐵道応援団, 2026, おらが湊鐵道応援団Facebook<参照2026-2-5,
https://www.facebook.com/MinatoLineSupporters

[写真3.]マイナビ, 2024-1-1, マイナビニュース,<参照2026-2-5,
https://news.mynavi.jp/article/20240101-hitachinaka/

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