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日本各地で人口減少と高齢化が進む中、地域社会の持続性は深刻な課題となっている。とりわけ中山間地域では、生活機能の維持すら困難になるケースが増え、行政主導の施策だけでは十分に対応できない状況が続く。こうした課題に対し、島根県雲南市は全国に先駆けて「小規模多機能自治」[1]を制度化し、住民主体の地域運営を15年以上継続してきた自治体である。本稿は、2025年7月に市内複数地区で実施した現地調査と、地域住民・行政・専門家へのヒアリングをもとに、その実践の本質と可能性を考察するものである。調査で得られた知見は、単に地方の個別事例を超え、地域の持続性をどのように創るかという日本全体の構造的課題への示唆を含んでいた。
雲南市の地域運営を貫く思想は、「行政が住民にやらせる」のではなく、「住民が課題を自分事として捉え、意思決定する」ことである。人と組織と地球のための国際研究所代表の川北秀人氏は、「小規模多機能自治の本質は、制度ではなく関係性の再構築にある」と指摘する。[2]住民が主体的に動くためには、まず地域の現状を直視できる可視化が不可欠であり、雲南市では人口構成・健康指標・防災情報などをまとめた「地域カルテ」がその役割を果たしている。住民の主体性は、いきなり生まれるものではない。買い物支援、見守り、福祉送迎といった「見える小さな成功体験」を積み重ねることが、「ありがとう」が返ってくる実感を通じて住民を動かす力となっている。新市地区では、高齢者の安否確認・買い物支援などを継続し、地域の孤立を防ぐ取り組みが着実に根づいていた。こうした小さな活動ほど、地域の信頼関係を再生する上で本質的な意味を持つ。
川北氏が強調したのは、「拠点が人を惹きつけるかどうかは、どんな機能があるかではなく、誰がどんな思いで始めたかだ」という視点である。雲南市の拠点形成には、共通して物語性と感情の共鳴が存在していた。たとえば波多地区では、廃校となった小学校を住民自らが改修し、買い物機能・健康支援・交流スペースを備えた生活複合施設へと発展させてきた。[3]行政が設計した計画ではなく、住民が「使い倒し」、必要な機能を重ね、不要なものを間引きながら拠点を成長させてきた点に特徴がある。この「重ねる・間引く」という思想は、拠点運営に住民の覚悟を育む仕掛けでもある。また、中野地区や鍋山地区では、廃校や旧公民館を再活用した交流拠点が、世代間交流や健康づくり、伝統行事の継承を担う場として機能していた。いずれの拠点にも共通するのは、「立派な箱」を整備したから人が来るのではなく、「この場所を守りたい」「活かしたい」という住民の思いが、拠点に物語を与え、人を惹きつけている点である。
雲南市の小規模多機能自治の強みは、行政が住民の活動を指示・管理するのではなく、対等なパートナーとして伴走している点にある。地域振興課の大谷氏は、「住民が“何とかしたい”と思える仕組みを整えることが行政の役割」と語った。[4]市は地域自主組織に年額約1,000万円の交付金を提供する一方、使途を細かく縛らない。重要なのは、「自分たちで必要なものを判断し投資する」という経営者的な視点を育むことである。波多地区の「はたマーケット」は、まさに連携の象徴的事例である。[3]地域唯一の商店がなくなった後、住民が主導して開設した小売拠点であり、買い物支援・交流・福祉・移動を一体化した生活インフラとして機能している。全日食チェーンのノウハウ提供、市の制度支援、外部専門家による助言、地域住民の運営参加が重なり合い、多層的な協働の仕組みを形成していた。連携力は、単なる役割分担ではなく、「地域生活を守る」という共通目的に全員が目線を合わせることで生まれる。雲南市の実践は、行政と住民が上下関係を超えた協働をどのように制度化しうるかを示す先進例である。
調査した全ての地区で共通していたのは、担い手の高齢化と若者の参画不足である。役員の多くが60〜70代であり、このままでは活動の継続が困難になるという危機感が広がっていた。しかし一方で、いくつかの地区では、若年層が関わりやすいように「イベント単位の短期参加」「役割の細分化」「LINEグループによる案内」など、柔軟な参加設計が始まっていた。重要なのは、「一気に若者を巻き込む」のではなく、関わり方の選択肢を用意し、住民が“できることを、できる範囲で”担える状態をつくることである。これは、地域運営の民主化であり、同時に文化の継承でもある。黒岩氏が語った「特別なことはしていない。でも、ここに住んでいてよかったと思える地域にしたい」という言葉には、地域の未来に向き合う静かな情熱があった。[5]雲南市の各地区は、人口規模に関係なく、地域をあきらめずに工夫と挑戦を続けている。
最後に、雲南市が示す“小さくても確かな自治”の可能性について言及したい。雲南市の小規模多機能自治は、単なる地域活動の体系ではなく、住民が地域を経営する仕組みとして長期間運用されてきた稀有なモデルである。その本質は、拠点のハード整備でも、制度の設計でもなく、「住民同士が信頼し合いながら、地域の未来を自分たちで決めていく」文化を育ててきた点にある。人口減少という構造的課題は避けられない。しかし、雲南市の事例は、人口が減っても、地域が縮んでも、関係性を紡ぎ、生活を守り合う自治は可能であることを証明している。地域拠点が物語を持ち、住民が主体となり、行政が伴走し、多様な主体が連携する。その積み重ねこそが、これからの日本に必要な「小さくても確かな自治」の姿であると私は確信している。
[1] 小規模多機能自治について(2025年11月27日時点)
https://pficenter.furusato-ppp.jp/wp-content/uploads/2016/06/%E3%80%90%E9%9B%B2%E5%8D%97%E5%B8%82%E3%80%91%E5%B0%8F%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E5%A4%9A%E6%A9%9F%E8%83%BD%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E4%BD%8F%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%BD%93%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%A5%E3%81%8F%E3%82%8A-.pdf
[2] 2025年7月21日 人と組織と地球のための国際研究所代表川北秀人氏と筆者面談時より
[3] 雲南市地域自主組織波多コミュニティ協議会の取り組みについて P.83-87
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[4] 2025年7月23日 島根県雲南市役所地域振興課大谷吾郎氏と筆者面談時より
[5] 2025年7月24日 地域自主組織『雲見の里いいし』事務局長と筆者面談時より
・飯盛義徳, 2015, 『地域づくりのプラットフォーム』 学芸出版社.
・神尾文彦編・相馬祐・浅野憲周, 2024, 『デジタルローカルハブ 社会課題を克服する地方創生の切り札』 (株)中央経済社.
・広井良典編・小林正弥, 2010, 『コミュニティ 公共性・コモンズ・コミュニタリアニズム』 勁草書房.
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Taro Endo
第44期生
えんどう・たろう
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故郷福島の復興を実現し、子どもたちが誇りを持てる未来志向の町づくりの探究