Thesis
日本は超高齢化社会となり、将来GDPの落ち込みが予想され、産業構造の転換期を迎える。GDPの落ち込みを回避するには、今から日本の在るべき姿を予想し、産業の軸を決める必要がある。
2030年には、日本は、65歳以上の人口が3割を超す超高齢化社会を迎える。2020年の日本の完全失業者は、現在のほぼ2倍の658万人と想定され、失業率は10.1%になるとされている。本当に日本はこのままでいいのだろうか。経済同友会の調査によると、日本はこのまま何も新しい打ち手をせずに進んだ場合、GDPは、2018年度をピークに後は右肩さがりになるという。この状況を回避するためには、全要素生産性を上げることが不可欠とされているが、今までの人口が増え続けていた若者の多い時代のように、農業、林業、漁業、水産業、製造業、サービス業といったすべての産業に力を入れて世界と競争することが困難になる。超高齢化社会に向かう上で、日本が現在の経済水準を維持するためには、力を入れるべき産業を絞る事で生産性を上げる必要がある。
企業の寿命は30年といわれている。30年以上生き残っている企業は、ビジネスモデルを時代に合わせて変化させ、新しい形に会社を変身させて生き延びてきた。なぜ、ビジネスモデルを30年で変化させなければならないのか。それに影響を及ぼすのは経営理念であると考えられる。創業者(経営者)は、経営理念を持ってビジネスを行っている。しかし、創業者の理念は、時間が経ち、経営者が変わることにより、創業者の経営理念と会社の方針は、社員や事業の外部環境の影響により変化する。そして、30年近く時が経つと創業者の経営理念の影響も弱まり、ビジネスモデルの転換期がくる。日本経営者には、ドラスティックな変換を得意としない企業も多い。そのため、ソニーや日産のように、従来のビジネスモデルに限界を感じ、その変換をするために外国人経営者を招へいし、その危機を乗り切ろうとした。日産のカルロス・ゴーン社長が行ったV字回復手法は、決して特別なものではなく、何年も前から経営陣の中では、経営回復手法として検討されていたものであった。だが、今までの経営者はその解決案を知りながらも、ビジネスモデルの転換を実行できずに会社を衰退させてしまった。そこでカルロス・ゴーン氏を社長に招きビジネスモデルの転換を図ったのだ。現に日産が生き残っているのは、V字回復手法を早急に進め、自社内で削れるものは削り捨て再浮上したことが大きく影響している。また、「経営の根幹は人にあり、ものをつくる前に人をつくる」という基本的な考え方を持つパナソニックでさえも、この不景気で人員削減を行った。創業者松下幸之助の示した基本的な考え方も犯さざるをえなかったのだろう。このように、どの企業であれ同じビジネスモデルを30年以上継続することは難しい。
日本の政治は1955年から始まる55年間もの間、政権与党であった自由民主党(以下自民党)が同じ政治モデルを行ってきた。55年の間には、1993年に新党ブームが起こり、「55年体制の崩壊」と言われた時期があった。一旦は政治モデルが崩れたかのように思われたが、実際は古い政治モデルを保ったまま2009年の第45回衆議院議員総選挙まで国家をけん引してきたといえる。しかし、今回の選挙で自民党は下野し、次なる政党として民主党が第一党となった。これから民主党が日本の政治を担っていくのか、はたまた下野した自民党が再び政権与党に返り咲くのかはわからない。いずれにしろ新しい政治モデルが必要であろう。日本が生き残るためには、長年続いた政治モデルを転換し実行しなければならない。日本の政治モデルの欠点は、「国家ビジョン」と「国家戦略」を持たないことである。持たないどころか、議論をする場がみえないのだ。参議院が形骸化していることが原因で、政治家同士の目先の論争ばかりが目につくのが現状である。先の衆議院選挙において、民主党は政権構想に国家戦略局の設立を宣言した。もしも民主党が提案する国家戦略局が国のビジョンを議論する新しい場として機能し始めたならば、民主党も自民党も関係なく党の垣根を越え、さらに解散というリスクを負わない参議院議員の立場が活かされるであろう。未来を設計し、国家・国民をその方向に基づき繁栄に導いていくのは国の企業家である政治家にある。今こそ全ての政治家が国の置かれている立場を把握し、新たな政治モデルを構築する時である。
1980年台初頭、塾主・松下幸之助(以下塾主)が塾生に対して、次のような言葉を語った。
「だからね、100年の計な、50年の計というものな、逐次できなきゃいけないわけや、政府で。それが立ててないわけやな、いまだに。21世紀の計はどうやこうやちゅうことを国民に発表してへんわけやな」
また、塾主は「私の経営哲学」として「適切な経営者が国を経営する場合には、その国が繁栄し、国民が幸福になる」、「経営者は自己評価ができることが必要である。そのために、正しい経営理念を持たねばならないが、それには正しい人生観に立ち、かつ社会観、国家観、世界観、そして自然の摂理までも同時に勘案することが大切である」とも述べた。当時の日本の経済発展や人口動態から日本の未来を懸念し、国家ビジョンの必要性や国を運営する政治の重要性を訴えていた。それから30年経った今、その懸念は見事に当たった。国家ビジョンなき日本は国家の為ではなく利己的な政治家によって経営された。その結果、約900兆円もの借金を背負うなどの問題を抱えた国家となってしまった。
今後日本というこの堕落した国家を経営する上で、打開策の一つになるべく「ハイブリッド経済」という考え方がある。現在の資本主義は、マネタリー経済の経済原理を前提としている。マネタリー経済とは、貨幣の獲得を目的として人々が行う経済活動である。一方で、逆の精神からなるボランタリー経済がある。これは精神の満足を目的として人々が経済活動を行うものである。つまり、善意や好意によって人々が協力し合い、知恵を出し、自発的に動く経済活動である。このマネタリー経済とボランタリー経済が融合されて生まれた経済原理が「ハイブリット経済」である。ある利益を目的とする企業が、社会貢献を重要視する時には、「マネタリー経済」から「ボランタリー経済」へ動く。一方、ある社会貢献を目的とする企業が、活動継続のために事業利益を重要視する時に、「ボランタリー経済」から「マネタリー経済」へ動く。今まで日本の企業は「マネタリー経済」の原理で成長してきた。しかし、「マネタリー経済」のみでの成長を貫くには限界にきている。マネタリー経済によって、貨幣の獲得を目的とした人々は、自己の欲望(利己心)を増幅させサブプライムローンなどの経済に混乱を及ぼす金融商品を生んだ。現状にボランタリー経済の理念を取り入れてハイブリット経済へ転換できないものか。
塾主も「欲望それ自体は善でも悪でもなく、生そのものであり、力だといってよい。だからその欲望をいかに善に用いるかということこそ大事だと思う」と述べており、欲望という利己心の使い方を示唆していた。欲望だけを求めるマネタリー経済の原理のみでは経済の混乱を生むなど、今後も持続することが困難である。また、ボランタリー経済だけでは、人間の欲望に結び付かないこともあり、なかなか担い手が現れず持続することが困難である。ゆえに、利己心のみに偏って経済成長をするのでなく、今後日本の在り方として、ハイブリット経済が適切な方向性であると考える。
現時点での日本のハイブリット経済原理に沿った政策を挙げるならば、環境問題であろう。第15回締約国会議(COP15)で鳩山首相が声明したCO2の25%削減がある。京都議定書の時に決められた削減目標は、6%であるにもかかわらず、日本はそれを大幅に上回る数字を発表した。これを実行するために国はグリーン・ニューディール政策を策定した。その一つとして、「エコカー購入補助」や「家電エコポイント制」がある。これは、国の姿勢は環境問題に取り組むことを示したものだ。企業は地球に対するボランタリー精神を持ち、地球に優しい新しい商品の開発を行う。消費者は、環境に良いということでその会社の商品を購入し、企業は売り上げを伸ばす。つまりこの状態は「ハイブリット経済」になったことを示す一例である。
超高齢化社会が進む中で現在のGDP水準を維持するには、就業を希望しているが仕事に就けない370万人の女性や高齢者の雇用を確保する必要がある。前項で記した通り、日本では新たな産業として環境関連産業に力を入れている。しかし、環境関連産業は、日本のみならず、世界各国でも力を入れている。たとえ日本が世界で市場を獲得しても、やがて競争過多な市場(レッドオーシャン)となり、それほど長期にわたって利益を享受することができないと考えられる。
そこで、今後の大きな課題である超高齢化に向けた経済の発展が望ましい。国がまずその方向性を示すべきである。その一案として政府が超高齢化社会に合わせ、社会システムを高齢者基準へと導く「シルバー・ニューディール」の施策を打つべきであると考える。シルバー・ニューディールとは、高齢者に配慮した製品やサービス、インフラを整える事業に対し国家として支援を行うものである。政府が率先して取り組めば、企業は超高齢化の問題をネガティブに捉えるのではなく、そこに新たな商品価値を見出すことができるのではないだろうか。高齢者向けの商品やサービスを提供する企業が新たに進出したり、高齢者が働く場が増幅するかもしれない。シルバー・ニューディールにより高齢者を基準とする事業を確立させ、高齢者の社会参加を促す事ができれば日本独自の「ハイブリット経済」が生まれる。
今世界には、「社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)」という社会貢献を行う企業に投資するという考え方が広まっている。NPO法人社会的責任投資フォーラムの「日本SRI年報2007」によると、日本のSRI市場は、2007年9月末時点で、公募型SRIが50本で7470億円、企業年金の運用が855 億円、合わせても8300億円程度に留まる。米国市場は、2007年末で、2兆7千億ドル(270兆円)、欧州市場も2006年段階で150兆円規模に上っているのと比較すると、日本市場の小ささが目立つ。日本には、1400兆円にも上る個人金融資産がある。しかし、現在はこの資産の多くは将来に不安を抱え、リスクを担保するために貯蓄されていて新たな経済効果を生んでいない。この資金を動かす方法としてSRIの仕組みを用いる。国が個人金融資産を企業へ投資する事を促す施策を打ち出すのだ。資金が巡れば、投資先となり得るシルバー・ニューディール事業を後押しするだろう。
ゆえに、これから求められるのは、社会の問題を敏感に捉えて社会貢献となる事業を行う企業であろう。そして政府は、そのような企業に対して手厚く支援する仕組みを取り入れるべきだ。日本は超高齢化に向かっている現実から目を逸らしてはならない。世界に先駆けて高齢化するという事が日本の特色となる。この独自性を活かせば高齢者基準の製品やサービスが生まれ、新たな事業開拓となろう。日本が得意とする精密な製品の開発、きめ細やかなサービスが期待され、それらは「思いやりのある商品やサービス」であってほしい。今後、日本に続いて高齢化していく先進国をはじめとした海外(中国、インド、シンガポール、韓国など)へ広げていくべきである。オバマ大統領がグリーン・ニューディールを声明したように、日本も国家としてシルバー・ニューディールについての声明をすべきである。日本は今後シルバー・ニューディールとグリーン・ニューディールの二本柱で国策を進めていくことが得策と考えられる。シルバー・ニューディールが実現できれば、高齢者基準の物が生まれ、高齢者となっても生き生きと暮らせる物心一如の繁栄した社会こそ、今後の日本が目指すべき国家の在り方である。私自身今後は、シルバー・ニューディール政策の具体的打ち手について考えていきたい。
参考文献
『企業の社会的責任とは何か?』松下幸之助 2005年 PHP研究所
『子どもの社会力』門脇 厚司 1999年 岩波新書
Thesis
Masato Ishii
第30期
いしい・まさと
Mission
持続可能な活力に満ちた地域社会の実現