Thesis
持続可能な社会、人類が繁栄を続けるためにはどうしたらいいのか。人間とは何か、日本人とは何かを学ぶ中で、自然の中で生きてきた自分の経験と学びを重ねあわせ、「自然と人との繋がり」に着目し、そこに解決策を考える。
「こぎゃん政治にこん国ば任せとられん!今、立ち上がらんでどぎゃんすっとか!」―― 3.11の東日本震災以降、そういう強い思いが抑えきれない自分がいました。
「私たち庶民が安心して暮らせる世の中に」、「世界に誇れる日本に」――何とかこの国を良くしたい、どぎゃんかせんば、やっぱり政治ばかえんといかんばい、その気持ちで立ち上がり、今までは魚釣りと食べ歩きばかりしていた私ですが、今日、この場に立たせていただいております。
以上は、私が松下政経塾の入塾式の決意表明で、口にした最初の言葉である。
日本全国で疲弊する地方を目の当りにし、地球の医者を目指した民間の技術者として、その取り組みの中で感じた社会の数々の矛盾。そこの疑問と憤りからの言葉だった。
私は、熊本県南部の芦北町で生まれ育った。“自然豊かな”と言えば聞こえがいいが、いわゆる田舎町で、日本各地の多くの地方同様、過疎化、高齢化が進み、若者が働く場所も少なく、疲弊している街の一つに挙げられるだろう。芦北、水俣、天草地方を中心に高校生までを過ごした私には、水俣病も大きな影響を与えてきた。単なる公害や環境破壊としての環境問題でなく、地域社会の対立、不信感、何とも言えないどす黒い空気が立ち込めているのを感じていた。
こう言うとマイナス面ばかりだが、自然豊かな街には、私の大きな体を育んだおいしい食べもので溢れ、古き良き日本の素朴で暖かな営み、その中で育まれた素晴らしい知恵、地域で支え合う人の心の豊かさも残っていたように思う。また、今は絶滅危惧種となった“川ガキ”を育む川があった。私は、周囲の大人たちから、“佐敷川の主”と言われるくらい、近所を流れる川で物心ついた時から、大いに遊んだ。その川を中心とした遊びの中で、漁や食べることをはじめ、色々な生きる知恵を周囲の大人たちに教えられた。
私は、このような地域の良い部分、利点、さらには短所を長所に変えられるような、まさに松下幸之助塾主が言っておられた万物すべてを活かすような社会づくりを実践したいと考えた。そのためには、将来はリーダーとして政治の道から取り組み、地方からこの国を良い方向へ変えていく――「真の地域主権国家とエコ大国日本の実現」を目指し、敬愛心と生きがいに溢れる自然豊かな社会の実現に向けての取り組みをしたいと決意したのだった。地方に溢れる自然を地域資源として、経済を活性化し、そのお金でまた自然を保全と活用するシステムをつくり、地方再生を行うという考えだった。つまり、EcologyをEconomyに転換するというシステムや技術的な解決策をとるという考えであった。
「こぎゃん政治にこん国ば任せとられん!今、立ち上がらんでどぎゃんすっとか!」――その憤りは、静かなるものに変わっているが、今も変わっていない。
「政治ば変えんといかん」――それも変わらない考えである。
松下政経塾での学びでは、人間とは何か、日本人とは何かを学ぶにつれ、政治というものを今までより身近に感じるにつれ、心は政治家という職業から離れていく。
現在の日本の政治家は、選挙に選ばれるということを考えた時、ポピュリスト(大衆迎合主義者)にならざるを得ない。それは、政治家個人のばかりのせいでもないと思う。支援者、他の政治家、一般の国民、そしてマスメディア…皆が自己の利益を求め、害を抑えようと、いわゆる“利害”で動くからである。今の世の中を動かしているのは、公的な意見である輿論ではなく、大衆的な気分である世論である。これでは、どうしてよりよい世の中など生まれようか。大衆的な気分に基づく政治で、良い政治がおこなわれたためしなどなく、単に利害の対立を深めている。利害の対立を、数的優位や見せかけのテクニック、根回しで解決するのが民主主義なのか。日本には“和を貴ぶ”、“一円融合”、“世の中は一つ”という日本式民主主義の根源があったのではないか。
松下幸之助塾主は、「対立のみで調和のない姿」と題して、次のように述べている。
対立のみがあって調和のない姿というものは、政治の面ばかりではなく、教育なり道徳なりといった面でも、少なからず混乱や停滞の現象をひき起こしている。そういう事態を見ていると、“いったいなぜわれわれには国民共通の基盤がないのだろうか。お互いともに日本人であり、この日本の国をよくし、ともに幸せになりたいと願っているはずなのに、なぜその願いの達成のためにみんなの力を結集できないのだろうか。長い歴史、伝統と、豊かな国土に培われてきた日本人としての国民意識、同胞意識といったものはないのだろうか。もしあるとすれば、それがお互い共通の基盤とはなりえないのだろうか”といった考えが次々に湧いてくる。*1
この国民共通の基盤、しかも長い歴史、伝統と、豊かな国土に培われてきた日本人としての国民意識の醸成がなければ、いくら政治の体制やシステムを変えたところで、何の解決にもならないのではないか――そこから、日々何を為すべきか、どう取り組んでいくかの悩める塾生活が始まった。
何故、こんな世の中になったのか。現代人は、何を以て利害をはかっているのか。
答えは「カネ」であると言わざるを得ないだろう。
今の政治や経済界を見ていても、未だイノベーションによる経済発展の一本足打法である。もちろん、今までの日本の発展を考えれば、重要なことだろう。しかし、それで成果が残せていない部分、失った部分も考慮するのが、政治であり、経済であり、そのリーダーたちではないのか。
技術の力の発達に夢中になって、現代人は資源を使い捨て、自然を壊す生産体制と人間を不具にするような社会を作りあげてしまった。
富さえ増えれば、すべてがうまくいくと考えられた。カネは万能とされた。正義や調和や美や健康まで含めて、非物質的な価値は、カネで買えなくても、カネさえあればなしですませられるか、その償いはつくというわけである。*2
イギリスの経済学者、シューマッハーの1973年に刊行された著書『スモール イズ ビューティフル』の中の言葉である。この時代と比べ、日本は、世界はどう変わってきたのか。このような考え方に、拍車がかかってさえいないか。
これらの変化点、疑問を、人間として、日本人として遡れば、辿り着いた先は“自然(しぜん)”であった。そして、変化を説明するならば、自然(じねん)の無視であった。自然の中での営みがまだ残されていた故郷での生活を中心に振り返りながら、世直しを考えたい。
先のシューマッハーの「非物質的な価値は、カネで買えなくても、カネさえあればなしですませられるか、その償いはつくというわけである」という言葉に、今の現代社会は集約されているように感じる。前職の環境コンサルタント時代は、常に矛盾との闘いとも言えた。開発と環境保全において、環境保全型の開発、環境に配慮した開発や自然再生事業を行うのだが、人間が手を入れるほどに自然や生物というのは、コントロールできないものだと感じた。すばらしい科学的技術が日進月歩の世の中なのにである。一方、そう技術が発達していない太古からの日本人の営みは、水田を広げながらも、二次的自然というものをうまくつくりだし、多くの生物の共存をはかってきた歴史がある。それを鑑みれば、科学的技術ばかりを追い求めても、答えはないのである。
答えは、シューマッハの指摘する「非物質的な価値」にあるのではないか。現代社会では、この「非物質的な価値」が、全てカネによって捨てられている状況ではないか。日本人は、この「非物質的な価値」、特に自然や人間同士の見えない繋がりをお蔭様と大切にし、祭りや祈りに感謝の念を伝え、大事にしてきた。つまり「見えないもの」の価値を伝統の上に大事にしてきたのである。
トレードオフとは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態や関係のことである。現代社会では、このトレードオフの多くの場面で「カネ」を追求してきた。このカネ至上主義のトレードオフからどう脱却するかが一つは重要であると考える。
そこには、退歩の進歩を学ぶことが重要ではないか。このままでは行き過ぎて先がないということは、縮小経済を経験していない日本人、これからの途上国にはなかなか理解されない考えだとは思うが、その正しさは伝統文化や歴史が証明してはいないだろうか。
現代人は、自然の中での営みをはじめ、地域社会、家族、伝統文化…今まで築き上げてきた多くのものと切り離されてきた。あたかも根無し草のような人々が多くなったためか、今の世の中は、三面護岸が施された川のように流れる。
ちょっとまとまった雨が降れば、行き場のない水が流れ込み、一気に濁流となって海を汚染してしまう。このような川では、多様な生物が棲む場所も、水を浄化する時間さえもままならない。ここで言うまとまった雨とは、先の世論であり、声の大きな人の意見である。
今、大事なことは、行き場を失った水が集まった大衆社会という川に、何とか傍流や反転流、伏流水という主流でない流れをつくりだす“石”という価値を置くことである。そして、健全な命を育む現世の川にし、次世代の海に適度に浄化した水、豊富な栄養塩である知恵を送り込んでいく――そうすれば、時代の流れという川は、永遠に流れ続け、そこに人類を育んでいくのではないか。
そのために、過去という山や森から恩恵を正しく受け取れるよう英知の保全、未来から蒸発して降り注ぐ希望という雨、全ての循環を考えた川づくりを私は行っていきたい。実際の森里川海の繋がり、良好な水の循環が保たれた川づくりを通じて、時代や多様な人々を串刺しにする根源的な価値を築いていくのである。
人間は自然無しでは、生きていけない。自然も人間の無茶な活動の上には存続し続けられない。そこで、自然が存在するために、人類が繁栄し続けるために、それぞれの生存基盤として、良好な水の循環を維持する川づくりと、多様な人々が共有できる価値づくりに取り組みたい。
現段階では、以下のような項目案での取り組みを考えている。
①森里川海の繋がりを重視した街づくり
象徴種を軸としたモデルづくり
②人と自然との繋がりを育む啓発活動
環境教育(自然の中での学習会などの実践、媒体としての本とeco土産の開発)
世界で共有できるツールを介した取組み
③世界が共有できる価値、文化の発掘と伝道
“人と自然、田舎と都市、日本と海外を繋ぐ”価値、文化の発掘調査、その伝道方法の検討
これらの具体化に向けては、以下の点を考慮しながら進める予定である。
①適した象徴種は何か
それぞれのエリアで、生物の生活史、人の親しみやすさ、地域の生態系を考慮
②効果ある環境教育とは何か
参加し易さ、持続性、学びの定着性を考慮
③様々な価値を串刺す活動
掛け値ないものに基づき、楽しさを共有できるなど、皆が受け入れられるものを
これらの活動を通じて、人類の営みが地球を守りながら続くよう、これまでの人生や実践活動で得られた知恵、人間関係等、あらゆるものを生かしながらさらに取り組みの輪を広げていきたい。また、活動に際しては、適した団体を立ち上げ、教育、実践的な取組みを継続、拡大していく予定である。
今は、まだまだ漠とした活動ではあるが、この活動を通じて、政治家以外の立場から、政治を変えたいと考えている。あの中国の孔子の教えであっても、時々では厳しい現実を突き付けられたとは思うが、何千年という広大な時の土壌に種を蒔くことはでき、時々で芽吹き、実っているのではないだろうか。私の活動も、子や孫、さらにその先の世代であってもいいので、小さな実を一つ実らせたいとの長い想いで行いたい。
人と自然を繋ぐこと、そこに共有される伝統に基づく新たな価値が現代には必要であり、これを発信、実践していくのは、長い期間を争いや収奪の歴史から離れ、人間の力ではどうにもならない自然と真摯に向き合いながら日々の営みを歩んできた日本人の使命とも考えている。また、過去と未来を繋ぐ今を生きる人間としての責務とも考えている。
その始めとして、水の循環を生かした街づくりと日本的な矛盾へ対処できる価値、英知を発掘、伝道し、持続可能な社会づくりに取り組んでいきたい。
川は地球の動脈――この動脈を巡って、世界での争いは益々激化すると考えられる。
ここを一つの利害で占有すれば、必ず毛細血管は破損し、心臓は止まるだろう。一方で、広く多様な価値観で共有できれば、かつて文明が起こったように、恩恵をもたらすはずである。行き過ぎた文明の過ちを修正できるならば、必ず人類は繁栄し続けられると信じ、私の実践活動も行っていきたい。
注:
*1 松下幸之助 「あたらしい日本・日本の繁栄譜17 国是が忘れられている」 『実業の日本』昭和四十一年(一九六六)六月十五日号
*2 エルンスト・フリードリヒ・シューマッハ 小島慶三・酒井懋 訳 『スモール イズ ビューティフル』 講談社 1973年
Thesis
Hidemasa Shione
第33期
しおね・ひでまさ
百姓/地域&自然おこし団体 自然処 代表
Mission
自然の恵みを生かした持続可能な社会づくり