論考

Thesis

域内連携実証事業からみる成果と課題

 本稿では、筆者が現在研修を行っている株式会社トライアングル(https://www.tryangle-web.com/)が事務局となっている東京湾海堡ツーリズム機構(https://daini-kaiho.jp/)が行った事業について、その成果と課題、感じ取ったポイントについて記していく。

1.海堡(かいほう)について

 はじめに、海堡についての説明をしたい。海堡とは海上に人工的に築かれた要塞としての島のことで、明治から大正にかけて首都・東京の防衛のために神奈川の横須賀と千葉の富津をつなぐような形で3か所(第一海堡・第二海堡・第三海堡)造成された。自然島である猿島と合わせてこれらは東京湾要塞と呼ばれ、運用されるようになる。このうち第三海堡は関東大震災の影響もあり現在撤去されているが、第一海堡および第二海堡は現在も東京湾に残っている。

 長い間立ち入りが禁止されていた海堡であったが、第二海堡については当時の安倍晋三政権による方針「魅力ある公的施設・インフラの大胆な公開・開放」[1]もあり、2019年より観光目的での上陸が可能となった。[2]この第二海堡に関するツアーなどの窓口となっているのが、東京湾海堡ツーリズム機構である。

図1 海堡の位置関係(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42716470Q9A320C1L71000/より
2022年4月7日最終アクセス)

2.現状と事業概要

 本稿において記すのは私が関わった事業である、東京湾海堡ツーリズム機構が行った『日本最古の人工島「第一海堡」「第二海堡」をめぐる新たなインフラツーリズム』についてである。この事業は2021年度の観光庁の補助事業『地域の観光の磨き上げを通じた域内連携促進に向けた実証事業』に採択された。この補助が設定された背景には「新型コロナウイルス感染症により観光地が多大な影響を受けている中、今後、失われた観光需要を回復していくためには、地域に眠る観光資源を磨き上げ、より一層地域の魅力を高める」[3](観光庁HPより)とあり、筆者の考えとも共通する部分の多い取り組みである。

 第二海堡は上陸が解禁されてまだ日が浅いということ、また建設当時の造りが比較的残っているという安全性の課題もあり、その滞在には非常に制約が多い。たとえば島内にトイレは無く、飲食は禁止、かかとの高い靴の着用禁止などの事項が挙げられる。ガイドツアーは行っているがまだまだその活用方法にも限りがあり、「行って、見て、帰る」というツアーがほとんどである。このツアーも抽選になってしまうくらいの人気を得ていることからも歴史的価値や唯一無二の存在であることが観光客に訴求されているといえるが、より多くの方に知っていただき、触れてもらうということを考えればコンテンツの拡大や充実が必要になってくる。こうした点から次の3点につき、実証事業が行われることとなった。

①第二海堡における防災サバイバルキャンプ

②第二海堡でのスキームを用いたツアーを現在上陸が禁止されている第一海堡で行えるかの調査

③海堡活用のためのルールブックの策定

 重ねての記述になるが、これまで第二海堡では上陸や見学については行われてきたものの、その他の行為は基本的になされてこなかった。2021年には人気アーティストのシークレットライブが第二海堡で行われたが、これは特例であるといえる。今回の事業、特に①において企画されたのはこうした音出しに加え、火気使用や調理と飲食といったこれまで認められてこなかったコンテンツである。今回はこの①の事業について詳しく触れたい。

具体的には、①の事業は第二海堡が位置する富津市の山海の幸を使ったバーベキュー、災害時に夜を明かすコツを学ぶ防災ワークショップ、星空観察、そして焚き火にあたりながらジャズの演奏を堪能するといったものである。第二海堡は陸から離れた無人島であるが故、大音量を発することや暗闇を楽しむことと親和性が高い。こうしたコンテンツをイベントとして盛り込み、横須賀市や富津市の各事業者と自治体が連携していくモニターツアーとして2022年1月10日に実施した。

図2-4 バーベキューに使われた富津産の鯛、猪(ジビエ)、イチゴ

図5 早稲田大学モダンジャズ研究会によるジャズコンサートの様子

(図2~5は2022年1月10日に第二海堡においていずれも筆者撮影)

3.成果

 新型コロナウイルス感染対策として人数を絞っての開催になったが、参加者アンケートによる満足度は非常に高く、運営の面からもこうしたコンテンツは第二海堡の新たな過ごし方・楽しみ方として十分実現可能なものであると感じた。加えて、今回の企画により事業者間の協力体制が構築できたことも大きい。船舶運航事業者、農家、漁師、自治体等多くの官民、また垣根を超えた連携を形とすることができた。地域における魅力を最大限伝える、価値を大きくしていくという視点に立った時、この連携のスキームや関係性があるのとないのでは今後の事業構築や新しいツアーづくりの進め方が大きく変わってくるといえる。各地でこうした連携が課題になる中、県境をまたいでも密に連携をとりながら一つのイベントをつくりあげることができたことは今後の財産になるだろう。

4.今後の課題

 こうしたコンテンツがこれまでツアーとしてなされてこなかったひとつの理由は「前例がなかった」ことであるといえる。第二海堡の所有者は国土交通省であり、これまで誰もしたことのない取り組みについてそう簡単に許可を出すことはできないのは当然のことである。それが第二海堡のような歴史的な価値の高い場所をフィールドとするものであればなおさらである。一方で事業者としては訪問と見学にとどめたくない、顧客ニーズとしてはもっと違う楽しみ方もしたいということがあり、この着地点を見出すのが非常に難しくもあり、今後の成功のカギにもなると感じた。

 そして、上述の②③の事業においてはより構造的な、大きな課題があると感じた。結果から記せば②の調査事業は実施することができなかった。第二海堡は国土交通省が所有者であるが、第一海堡の所有者は財務省である。これまで一度も関わっていない方々に対して事業の意義や観光で活用していくことへの考え方など、すり合わせているうちに事業実施期間の終わりが来てしまったのである。国有地をはじめ、こうして国や行政の物や土地を活用したコンテンツづくりをしていくうえで事業者側からよく聞かれるのが「縦割り批判」である。関わるアクターが多岐にわたり(今回の事業でいえば国土交通省や財務省、海上保安庁、横須賀市、富津市等。これらの組織の中でも〇〇課と△△課への説明が必要、など)、意思決定や計画の実行に時間がかかってしまうのである。域内の事業者間の縦割り解消よりも、事業目的の異なるセクター間での連携はより難しい。こうした点からどこの誰に、何を共有・相談、手続きすればいいのかという③のルールブック策定の事業が生まれたが、このルールブックをつくるうえでのアクターが多いなどの課題がある。

 もちろんもっとシンプルに、簡潔に手続きができないものかと個人的には思ってしまうが、ある意味これは事業者側に現在いる者としての物の見方であるともいえる。こうした点を解消していくことができれば事業者の商品造成にも、行政の業務負担の軽減にも、そして顧客満足度の上昇にもつながるのではないだろうか。現在は民間の事業者の立場に立って研修をさせていただいているが、より多角的な視野から事象をとらえられるよう、今後も研修先や考え方にとらわれずに学びを続けていきたい。

[2]https://daini-kaiho.jp/spot(2022年4月7日最終アクセス)
[3]https://www.mlit.go.jp/kankocho/topics08_000183.html(2022年4月7日最終アクセス)
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小林祐太の論考

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Yuta Kobayashi

小林祐太

第40期

小林 祐太

こばやし・ゆうた

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