Thesis
本稿では現在筆者が行っている神奈川県横須賀市の無人島・猿島周辺での「ブルーカーボン」の取り組みについて記していく。
はじめに、ブルーカーボンについての説明をしたい。ブルーカーボンとは海草等の海洋生態系に貯留される炭素のことである。海草等の生態系の光合成活動により水質や大気質の改善、カーボンニュートラル実現への貢献が期待される。森林等に貯留される炭素を指すグリーンカーボンはよく知られた存在であるが、その海洋版として、2009年にUNEP(国連環境計画)によって命名・定義された。[1]光合成による二酸化炭素の吸収というと陸上の緑を思い浮かべがちだが、海においても当然この生態系の活動は行われており、陸とは違い枯れた海草等がほぼ無酸素状態の海底に沈むことで分解が長期化し、それだけ長い期間二酸化炭素が貯留されるなどその効果は大きい。
しかし、自然に生えている海草がどれだけの二酸化炭素を吸収しているのかの数値化やどの機関がそれを認証するのかというスキームが確立しきれていない点や、沿岸開発やそれによる水質の悪化等でそもそもの海洋生態系が破壊されはじめているという課題が発生している。
図1 国土交通省港湾局によるブルーカーボンのメカニズム
こうした背景の中、私はこれまでの研修でお世話になった株式会社トライアングルにてブルーカーボンに関する取り組みを行うことを提案した。トライアングルの持つ航路が就航している猿島の周辺ではワカメやアマモが豊富に育っており、良質な藻場である。そして先述の吸収量の測定やその効果測定がうまくいけば猿島に行く船が出す二酸化炭素や観光客が猿島で出す二酸化炭素との相殺(オフセット)といった先進的な姿が将来的に図れるのではないかと考えたからである。これに教育の目線を加えた企画が調査研究と教育ツアー化を目指す取り組みとして観光庁「看板商品創出事業」に採択され、実際に2022年7月より実現に向けた動きが始まった。今回の企画ではトライアングルに加え、各地で教育プログラムを展開する一般社団法人ウィルドア、一般社団法人環境パートナーシップ会議、ブルーカーボンの研究を行っている国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所などと連携し、私はディレクターという形で参画させていただいている。
具体的には
①若者たちがブルーカーボンを含む海の豊かさについて学ぶ講義やフィールドワークの実施
②猿島近海におけるブルーカーボンの調査、効果測定
③これらを実際に知るツアーイベントの実施
④今後の教育旅行や遠足に向けた新たなプログラムの開発
を行っていく予定である。
ブルーカーボンに関する取り組みは現状我が国においてまだ盛んとはいえず、役所や部署の管轄もあいまいな状態である。そんな中先進的な取り組みを行っている大阪府阪南市へ、2022年7月に訪問させていただいた。
阪南市は豊富な海洋面積・資源を活用したワカメやアマモの育成、カーボンオフセットの実施、市内学校との連携による海と環境に関する教育の実施といった取り組みを行っており、これにより内閣府からSDGs未来都市ならびにその中でも先進的な事業である自治体SDGsモデル事業に選定されている。[2]
図2 阪南市・西鳥取漁港のアマモ(2022年7月29日筆者撮影)
市役所の担当の方にお話を伺ったところ、課題として挙げられるのはやはり行政がどの部署を持って対応するのかということであった。阪南市ではシティプロモーション推進課が現在所管しているとのことであったが、環境なのか、港湾なのか、商工(漁業)なのか、また教育や観光にかかる側面もあり誰がどこまでやるべきかで頭を悩ます組織が多いという。それは国においても例外でなく、極めて省庁横断的なトピックであるが故の動きの遅さやスキームの未確立という大きな課題の原因にもなっている。一例として、クレジットの問題がある。すなわち、ある土地で1トンの二酸化炭素が吸収されたとして、どの組織がそれを1トンであると認証するのかという問題である。現在我が国においては国としてこの認証を行うスキームが存在せず、いちはやく取り組みをはじめてきた基礎自治体である横浜市がこれを行ってきたという一見不思議な流れがあるのだ。[3]
図3 カーボンオフセットの証明書
横浜市の認証として横浜市長印が押されている(2022年7月29日筆者撮影)
こうした仕組みについては少しずつ詳細なものができ始めているが、取り組みを広げていきたい自治体や企業にとって悩みの種であろう。
我が国においてまだまだこれから発展していくであろうブルーカーボンの分野であるが、理屈は多くの人が理解でき、また有効的であることはわかっているものである。しかし一方で環境の整備が進んでいないことも明らかになってきている。事業者側の立場で横須賀での企画の成功を目指しつつも、意欲ある人々を迷わせてしまっている行政側の仕組みの在り方や、今後動きを広めていく上でのハードルが下がるようなルール作りという側面からも研究を続けて参りたい。
注
Thesis
Yuta Kobayashi
第40期
こばやし・ゆうた
Mission
全ての人がその能力を活かすことのできる共創社会の実現