Thesis
生産性という言葉は一般的に経済界・産業界において用いられ、政治に対して使われる言葉ではない。いったい「政治の生産性」とは何なのか。各企業はより良いものをより安く販売するため、製造コストを下げるべく各面での効率化を図っている。つまり、より良い製品をより少ないコストで生産することが企業における生産性といえよう。政治についても同じことなのだ。より良い政治をより少ない国費で生み出すことが「政治の生産性」の向上である[1]。ただし松下幸之助塾主(以下、塾主)のいう「政治」は広義である。国会だけでなく行政機関や裁判所を含んでいる。
かつて日本では伝達手段として早馬を走らせていた[2]。現代ではメールがある。電話がある。その伝達コストは技術的な発展によって何百万分の一となっている。しかしながら税金は減るどころか増えている。まさに政治の生産性が低いからなのである。
塾主は政治について語るとき、「国家を経営する」という言葉をよく使っていた。1979年に設立された松下政経塾の設立趣意書の中にも「(前略) 日本の伝統精神とは何かなど、基本的な命題を考察、研究し、国家の経営理念やビジョンを探求しつつ、実社会生活の体験研修を通じて政治、経済、教育をはじめ(後略)[3]」とあり、国家の経営理念やビジョンを探求することを塾生に求めた。政治について国家を経営することとみれば、企業経営とその本質は同じであり、その理念をもって行うことができるのである。
ところで、塾主の真使命は「物心ともに栄える楽土の建設[4]」である。楽土とは「だれもが各々与えられた天分を自由に生かすことのできる社会[5]」だ。これらを目指すことこそ、塾主の理想とする国家の経営理念といえよう。
松下政経塾の塾是には「(前略) 新しい人間観に基づく、政治・経営の理念を探求し(後略)[6]」とある。政治・経営の理念に基づくとは先に述べた通りである。次に新しい人間観とは何なのかを説明する。
塾主の考える人間は宇宙根源の力によって生命力を与えられ、天地自然の理の中で繁栄・平和・幸福を実現する力を持つ万物の王者である[7]。ただしその本質を発揮するためには、衆知を集め、主座を保ちながら、和を貴び平和を愛好する精神を持たなければならない。これが塾主の提唱する新しい人間観だと私は考える。すなわち塾主にとっての政治とは人間の本質を発揮させるように国家を経営することなのである。
塾主の考える政治の要諦とは次の二点である。「人間の本質に基づいて共同生活を高め、その意義を全うさせること[8]」と「天与の人間性に磨きをかけ、人間の本質をより高く発現させていくこと[9]」である。塾主は政治というものが誰かによって“私”されてはならないと考えていた。すなわち個人にしろ、集団、国家にしろ政治を私物化してはならず、国民の共同生活を向上させ、人間の本質を発現させなければならないのだ。
日本は「ほぼ一民族一国家」である。塾主はこれを日本の利点と考えていた[10]。文化的な相違や言語の障壁がほとんどなく、政治の理念や政治そのものが浸透しやすく共通の認識を形成しやすいからだ。また、他の大国と比較しても国土面積が小さく、人口が密集しているのも政治が行き届きやすいという点で長所であるといえよう[11]。さらに日本には2000年の歴史の中で受け継がれる精神と道義道徳がある。日本国民の良識をもってすれば、米国のような複雑な法に頼ることのない、いわゆる「法三章」の国家を実現できるのである[12]。
生産性を考える上で、現状のどこに課題やムダを抱えているのかを見極めることは重要だ。塾主は日本の政治のムダとしていくつかの例を挙げた。一つは議会のムダ[13]である。日本は他国と比較しても人口に対する議員数が多い。それでいていたずらに議論が長引き、調和していないことは問題である。適切な人数を再検討し、場合によっては議員数を減らす。また無意味に議論を重ねることを避け、互いに調和し協調する議会の姿を目指すべきだと塾主は考えていた。
二つ目は国鉄の運営だ[14]。当時国鉄の大阪京都間の電車運賃は440円で年々一兆円近い赤字を出していた。赤字を回収するために値上げするという悪循環だった。対して京阪や阪急は250円運賃で、黒字決算だった。当然利益の一部は税金として国に納められていた。つまり国営よりも民営の方が経営をうまくできていたのである。もちろん消防や道路整備など国家が取り組むべき事業もある一方で、民間に替えることで競争市場に置き、値下げやサービスの向上を図った方がいいものもある。塾主は国鉄を例にあげ、国家事業の民営化を行うことで政治のムダを減らせることを唱えた。
塾主が「政治の生産性向上」を行うために考えたものの一つは「政治生産性研究所」の設立である[15]。企業が利益の数%を投資して生産効率の向上を研究させるように、政治も生産性の研究を行い提案できる場所がなければならない。最も基礎的な研究対象として「人間の本質」がある。政治の要諦が人間の本質を発現させることにあることからしても、「人間の本質」を研究することで政治の生産性向上の理念や具体的方策を生み出せるのだ。
また、この研究所には政治家及び政治関係者、官僚出身者が三割、民間各界の実務経験者が七割のバランスで所属している[16]。そのため政治の各面の実情や考えた提案を行うことができるのだ。
現代の日本政治の生産性は依然として低いままである。塾主の描いた21世紀の日本の理想像とは程遠い状況にあるのではないだろうか。私は政治の生産性向上によって、経済面では国費のかからない政治を行うことで、減税を行い国民に潤いを与えたい。国民の意識という点では、より良い政治を行おうとする姿勢により、国民の政治に対する信頼を回復させたい。そして、私は「政治の生産性向上」を実現するため、「政治生産性研究所」の設立を行う。塾主の考えたものと同じではあるが、私も現代日本における政治のあるべき姿を研究、提案する場所が必要だと考えるのだ。
しかし、現代日本に「政治生産性研究所」を設立しても塾主の考えるような効果は期待できないかもしれない。研究所内で意見が異なった場合にその意見が単純に却下される、あるいは権限の問題で上層部の考えしか提案に反映できない可能性があるからだ。この懸念を解決するためには塾主の考えが浸透しつつ、他分野にわたって活躍している人々が必要である。つまり松下政経塾の卒業生をはじめとして日本において政治の生産性の重要性を理解する人々が必要なのだ。
私は国民・政治そして政治生産性研究所の三つのセクターが互いに影響しあい、歯車として回り始めることで、政治の生産性は図られ、より良き政治、そして国民の生活も実現されるだろう。政治生産研究所が政治に提案・研究成果を報告する。実際の政治はその提案・理念を国民に対して提言する、それによって国民は豊かな暮らしを送ることができ、さらにその先にはより強固な道徳を持った日本人が出現することとなるだろう。
以上のような構想で私は政治の生産性研究所を提案したい。
[1] 松下幸之助(1976年11月)「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」p447-449.株式会社PHP研究所
[2] 10MTV(2016年1月25日)「日本でも経済を追求すれば、もっと政治がうまくいくはず」
(日本でも経済を追求すれば、もっと政治がうまくいくはず | 松下幸之助 | テンミニッツTV (10mtv.jp))
[3] 松下政経塾HP(2024年6月10日現在)「財団法人松下政経塾設立趣意書」
(https://www.mskj.or.jp/about/setsu.html)
[4] 百年史編纂委員会ブランドコミュニケーション本部歴史文化コミュニケーション室(2019年11月27日)「パナソニック百年史」p72-78.パナソニック株式会社
[5] 松下幸之助(1952年9月発表)「PHPのことば その42」
[6] 松下政経塾HP(2024年6月10日現在)「塾是・塾訓・五誓」
(https://www.mskj.or.jp/about/oath.html)
[7] 松下幸之助(1975年)「PHPのことば その37」
[8] 松下幸之助(1951年9月発表)「PHPのことば その38」
[9] 同上。
[10] 松下幸之助(1976年11月)「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」p464-465.株式会社PHP研究所
[11] 同上。
[12] 松下幸之助(1980)「松下幸之助対談集 経営静談」.株式会社PHP研究所
[13] 松下幸之助(1976年11月)「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」p453-454.株式会社PHP研究所
[14] 松下政経塾 塾長講話録」p93-95.松下政経塾編
[15] 松下幸之助(1976年11月)「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」p447-452.株式会社PHP研究所
[16] 同上。
・松下幸之助「日本をよくするために…政治を見直そう」.株式会社PHP研究所
・松下幸之助「私の夢・日本の夢 21世紀の日本」.株式会社PHP研究所
・松下幸之助「PHP 新しい日本のために」抜粋
・松下幸之助塾主政治理念研究資料「松下幸之助が考えた国のかたちⅡ」.松下政経塾編
・松下幸之助「PHPのことば その38」
・松下幸之助「PHPのことば その42」
・松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』.株式会社PHP研究所
・「松下政経塾 塾長講話録」.松下政経塾編
・百年史編纂委員会ブランドコミュニケーション本部歴史文化コミュニケーション室「パナソニック百年史」.パナソニック株式会社
・松下幸之助「松下幸之助対談集 経営静談」.株式会社PHP研究所
Thesis
Taiyo Katayama
第45期生
かたやま・たいよう
Mission
人的資源の再配分を軸にした経済大国の実現