Thesis
私たち人間は一体何なのだろうか。そして、人間にとって、家族とは一体何だろうか。家族は身近な題材だからこそ、他者とは比較不可能な体験として私たちに語りかけ、それゆえ、水掛け論になりやすい。しかし、それは同時に、本人以外にも同じ絶対的な体験に裏づけられた家族が存在していることを意味する。そして、その家族のようなものは言葉の誕生する前から現代に至るまで、連綿と息づいてきた。そして、人類が発明したもののうち、ここまで普遍的に認められる組織は数が少ない。このことから私は、「家族が何かを問うことは人間が何かを問うこと」でもあると思うのだ。
しかし、その家族が終焉の危機にあると言われている。個人のライフスタイルが多様化し、社会全体の価値観も多様化しつつある現代において、家族生活における実践と理想の乖離により、私たちは「家族」を無条件に「よいもの」と感じられなくなってしまった。その内容や中身が何であれ、「家族」に生きづらさを感じている人々が非常な勇気と労力を持って自分自身の苦悩に向き合っている姿は想像に余りある。「毒親」や「子育て罰」に代表されるように、私たちの家族は、私たちの本当に大切なものの拠り所としての信頼を失ってしまったのだろうか。もしくは、失ってしまうのだろうか。
実は、「家族の終焉」という語句は1970年代から約50年もの間、言われ続けている。それどころか、「家族問題」自体、自由と抑圧、格差、戦争、混乱、動揺の近代日本史の中で、しばしば取り沙汰されてきた。それでもなお、「家族」は、カタチを変えながら私たちの側にあり続けた。私たちは、家族に一体何を託したのだろうか。何かを見落としてきたのではないだろうか。今こそ社会の風潮から独立して、私たちと家族がつながる回路を再発見し、人間の本音に耳を傾けることが求められていると言えるだろう。
本稿では、以上の問題意識に基づいて、まず「家族」をめぐる現状を概観しながら、「家族」の何が問題と言われているのかを分析する。そして、これまで家族がどのように捉えられてきたのか、家族論を概観したうえで、家族とは何かという問いに挑む。最後に、家族の問題をその文脈において捉え直し、私たちと日本の家族がどこに向かって歩みを進めるのかという方向性を示したいと思う。
右で述べた通り、家族とは私たちにとって絶対的な体験であることから、誰しも一家言持っている。家族に関わる現象は、常に肯定的、否定的な見方が存在するため、水掛け論になりやすく、結論を出すことが難しい。そこで、「家族」を議論するために、①家族は、社会的機能を果たしているかどうか、②家族は、個人的機能を果たしているかどうか、③家族は、人々の価値意識に合致しているのかどうか、という社会科学の3つの基準[1]を踏襲し、「家族」をめぐる現状を概観していく。
社会的機能とは、家族が社会にとって、その維持や発展のために何の役に立っているかということである。そのうち、現代社会において、問題と言われているのは、「子どもを産み育てる」機能の低下である。まず、少子化問題は、人間の誕生にまつわる人生や親子関係の開始という意味でも、また、子育てという社会文化的な行いの契機という意味でも、人々の感情や意識が交錯した結果として現れた人口動態の問題と言える。
数字を見てみると、1960年代以降、多産少死から少産少死への人口転換が進み、1975年前後まで出生率は2.1前後で推移していたものの、1970~74年の第二次ベビーブーム後、出生率が減少し、1975年には2.0を割り込む1.91に低下した。合計特殊出生率は、2022年は、1.26で前年の1.30より低下し、過去最低となるなど[2]、現在も人口置換水準との乖離が拡大し続けている。
このような出生率の急激な低下により、子どもや現役世代の人口が減少し、高齢化率が高くなる。高齢者を支える現役世代の変遷を見ると、1960年には11.2人であったが、2020年には2.1人となった[3]。将来的には、高齢者1人に対して現役世代が約1人になる「肩車社会」が現れる可能性がある。このような人口構成の歪みは、医療・介護費などの社会保障の給付と負担のバランスを崩し、続く貯蓄減少や財政赤字によって、社会保障の維持はもとより、国民1人ひとりの豊かな生活を損なう事態を招くことが予想される。
次に、子育てにおいても、悩みや困難は多岐にわたる。例えば、育児方法の違いに起因する「祖父母の干渉」やきょうだいや近所の子どもとの関係の変化を大きく受ける乳幼児期の「子どもの性格」、疲れや寝不足、イライラという「育児ノイローゼ」に関することなどである[4]。これら一つひとつが独立して存在しているわけでなく、複合的に絡み合っている背景には、現代子育ても親族・地域・公的機関に支えられて成立している事情がある[5]。また、そのようなネットワークから孤立した親は育児不安に陥りやすく、子どもの発達にも問題が生じる可能性があるとされている。
そして、こうした「孤立した家族」に代表されるような家族の子育て機能の低下という現象が社会的ネットワークと大きな関係があることが研究で明らかになってきた[6]。首都圏の郊外都市である埼玉県朝霞市と地方都市の山形県山形市で行われた調査を比較すると、山形では、夫方親族を中心とした近隣ネットワークの影響力が夫婦の助け合いなどの関係性に大きく影響する一方で、朝霞では、親族や近隣のネットワークが脆弱で、職場や近隣などの非親族的なネットワークの影響の多寡によって夫婦関係が変化することがわかる[7]。
ここで、時間軸を考慮に入れて考察してみると、増田らの調査から、1960年代に「孤立した」と言われる都市部の家族の近隣に対するプライバシーや「マイホーム主義」を背後で支えたのは、比較的強力な家族・親族ネットワークであったことが判明している[8]。その後20年の間にきょうだい数が減少したため、1980年代には、親族ネットワークの代わりとなる非親族ネットワークを広げる必要があった[9]。ここでは専業主婦の母親が大きな力を発揮したことは想像に難くない。
しかし、母親の有職化や、産業構造の変化や転職などの人材の流動性の増大、社会全体の出生率低下によって近隣に適当な年齢の子どもがいないことなどによって、現代の家族は、1980年代のような社会的ネットワークを近隣で十分に形成できていない恐れがある。また、子どもの学力について、一部の裕福でインテリの親が塾や私立高校に通わせられる一方で、負担が重く十分に教育費用を割けない親が増加しており、子どもに選択できない親の学歴や世帯年収、職業などの初期条件によって、二極化、かつ世代間で連鎖しているなど[10]、子どもの発達と親の持つネットワークの関係性に社会的な格差が見られる。
個人的機能とは、個人が家族に対して抱く期待に対して、家族は何の役割を果たす存在かということである。家族社会学者で「パラサイト・シングル」「希望格差社会」「婚活」などの造語を考案した山田昌弘は、個人が家族に対して抱く期待を、家事や養育などの具体的なサービスと慰めや遊びという広義のサービスを期待する「家族に求める欲求」と、存在としての家族が欲しいという「家族を求める欲求」に峻別した[11]。現代は、両者において、家族に関する様々な不満や不安が顕在化していると言える。
まず、「家族に求める欲求」について、たとえば「家事・育児の分担」があげられる。これまで、家族においては、女性が結婚して夫の扶養に入るとともに、子育てや介護といったケアを一貫して負担し続けてきたという背景がある。共働き家庭が1200万を超えるなど専業主婦の3倍に増加してもなお[12]、家事・育児分担割合の全体平均が男性:女性=3:7であるなど[13]、女性の就労にはケア責任の重さや労働慣行における男女格差の大きさから時間的・経済的に高い負担が求められている。
男性においても、2023年には育児休業取得率が84%で、そのうち9割以上が6ヶ月以上である女性と比べて、過去最高の30.1%となるものの、うち4割が2週間未満といった大きな差があり[14]、重い稼得責任から長時間労働を強いられている[15]。その結果、家族成員間の利害や価値観の衝突で妥協した方に「犠牲」という感覚がもたらされる。簡単に言えば「自分の方が損をしている」と心理的に不公平を感じてしまうのだ。
また、家庭内の虐待や暴力の増大も無視できない。家庭内暴力や虐待の内容は、物理的暴力、精神的暴力まで多岐に及ぶ。中でも、暴力行為以上に近年増加しているのは、教育を受けさせない、食事を与えない、子どもを放っておくなどの、ネグレクトと呼ばれる「子どもの遺棄」である。しかも、このような虐待は、親から子どもに対してのみ現れるのではなく、夫婦間や子から高齢の親に対しても表れていることから、家族自体が生活上のリスクになりえ、たとえ、問題なく生活している人々にとっても、家族への不安が増大していると言われる[16]。
そして、このような「家族に求める欲求」に対する機能不全の広まりが「家族を求める欲求」に影響していると言える。右に述べた、人々の感情や意識が交錯した帰結としての少子化は、人々の結婚や子どもを産むことをためらった結果とも言えるからだ。いわゆる晩婚化と未婚化である。
数字を見てみると、平均初婚年齢は、女性が29.5歳、男性が31.0歳、第1子出産年齢は、30.9歳と、1980年と比べても晩婚化と晩産化が一体となって進行している[17]。また、25-29歳女性の未婚率は、2015年には61.3%、30-34歳女性は34.6%。25-29歳男性の未婚率は、72.7%、30-34歳男性は47.1%となり、男女ともに20代で結婚しないことは、特段珍しいことではなくなった[18]。しかし、18-34歳の未婚者に対する調査において、人々が「結婚したくなくなった」とか「子どもを持ちたくなくなった」というわけでないことは明らかであるから[19]、家族を求めていたとしても得られないケースが増加していると考えられる。
こうした日本の未婚者の多数は、一人暮らしをしている単身者ではなく、親と同居している20歳から34歳までの未婚者、つまり「パラサイト・シングル」であるとされる[20]。パラサイト・シングルとは、経済的・精神的に自立している「おひとりさま」と異なり、経済的・精神的基盤の多くを親に依存して生活する者を指す[21]。横浜市における調査では、パラサイト・シングルは様々な面で生活を親に保障してもらっているため、その多くが結婚後、生活のゆとりを失い、家事負担が大幅に増えたと回答したという[22]。
日本において、生活水準を下げてまで結婚をしようとする人は少なく、かつて親と同居していた未婚の若者は、今や親と同居する未婚の中年となり、80代の親が50代の子どもの生活を支えるために経済的・精神的負担を強いられる「8050問題」へと発展しているとも考えられる[23]。
最後に、社会的・個人的にも機能する「家族」のあり方が人々の価値観を反映しているかという点において、現代日本の「家族」は、右に述べたことからも、「結婚すると損をする」というように、ある種の「リスク」を伴う存在として無条件に「よいもの」と感じられなくなってしまった。これは、社会や個人が前提としている「家族」のあり方と人々の置かれている状況に隔たりがあると考えることはできないだろうか。
日本社会の前提である伝統的な「家族」のあり方は、しばしば「標準的家族モデル」と呼ばれる。標準的家族モデルとは、夫が働いて収入を得て、妻は専業主婦、子どもは2人の4人世帯を指す[24]。家計に関する税金や社会保障の計算、年金制度、税制、住宅政策の設計のモデルケースとして用いられる家族のあり方だ。男女の性別分業に基づいた標準的家族モデルが成立できた背景には、人々が歩むライフコースが安定していたという過去、安定しているはずという希望があった[25]。
4人世帯で有業者数1人の標準世帯が主流となるきっかけは第二次世界大戦後から高度経済成長期にあるという。農業世帯が5割を超えていたように[26]、1950年代までは農業国だった日本において、GHQが主導した「財閥解体」「農地改革」の影響から守るべきイエが多く消滅したと言われている[27]。わずかな農地を相続するのは長男であり、その反対に、次男以降は、焼け野原から建設ラッシュで復興へと向かう都市部で大量のサラリーマンとして工場や企業で従事するようになり、高度経済成長を可能にしたのだ。
当時の生涯未婚率は男性で3.9%、女性で4.3%と、結婚しない人はごくわずかだった[28]。つまり、日本は、工業化によって、農家世帯から離脱した次男や三男たちが安定した職を得られるようになり、男性が誰でも結婚できる社会が到来したということである[29]。それは、高学歴・高所得者だけではなく、低学歴・低所得者であっても、正社員として真面目に働いてさえいれば、「今日より明日、明日より明後日の方が、生活が良くなる」実感を得られたというのだからすごい社会である[30]。
しかし、経済はここ数十年で「失われた10年」から20年、30年と低迷を続けた。特徴だった「終身雇用制」もその影を潜め、1989年には19.1%だった非正規雇用者の割合は、2019年には38.3%と増大している。もはや、今の日本に、「男性なら新卒で入社したら、後は定年まで安泰」「子どもを産み育て、成人するまで親の収入は安定している」などという「標準的」なライフコースの大前提は存在しない[31]。今や、人口動態や経済、男女の働き方や社会の価値観が変化し、標準世帯は4.6%のシェアしかない[32]。
これらの変化を体現する現象の一つが近年における離婚率の急増と言えそうであるが、社会が前提とする「家族」のあり方はことごとく変化していない。離婚というのは標準的家族モデルの「例外」とみなされ、こうしたことは「あってはならない」のであり、その場合は、個人の自己責任だから、社会が責任を負うべきではないと解釈され得る[33]。こうして制度が設計されるため、事実、日本の子供の約8人に1人がひとり親世帯で生活しており、また、ひとり親世帯の就業率もOECDで最も高いにもかかわらず、その相対的貧困率が先進諸国の中で群を抜いて高いということをしばしば耳にするであろう[34]。
また、個人における「家族」のあり方も、令和の学生でさえ「ある程度の年収の男性と結婚して、専業主婦になりたい」という一方で、あらゆる家事労働や育児、教育、果ては性交渉までもがすでにサービスとして商品化されており、生殖補助医療の発達によって、いよいよ妊娠や出産もその対象になる時代が私たちの目の前に迫っている。単身生活者や共働き家庭だけでなく、ペットを自分の家族と認知する例、家族認知の範囲が成員同士で一致しない例、夫婦別姓や同性婚など、個人の選択の問題として、多様な家族のあり方が拡張し続けている。
以上のことから山田は、現代の「家族問題」を社会的機能に適合していて、個人的機能も充足され、万人に実現可能な理想の家族のあり方が定まらず、家族として大切なものが何かわからず、先が見えない状況にあるとして、「迷走する家族」と評した[35]。社会学者の多くは、もはや全ての人が属する社会単位はなく、社会の基礎単位になりうるのは個人だけとし、社会システムを個人を単位として設計し直す必要性を訴えている[36]。
ここで、理想の家族のあり方を探求する前に、右の「家族」認識を分析する必要があるだろう。そのためには、そもそも家族とは何なのかという研究について、これまでの変遷を辿る必要がある。これまで家族の研究は社会科学を中心に多岐にわたる学問で取り扱われてきた。次節では、近代以降、社会科学において、家族がどのように捉えられてきたのかを概観する。
家族研究は、家族を(A)自然とする立場、(B)人間の合理的行動の所産とする立場、(C)近代社会の所産とする3つの立場に分けられる[37]。山田によると、これらは歴史的にこの順番で展開されてきた。しかし、今日の社会科学において、家族は客観的に定義できないとの見方が一定の支持を集めているようである[38]。
まず、(A)家族を自然とする立場は、ヘーゲルに代表されるような家族を近代市民社会とは異なる原理が働く領域と捉える立場である。ヘーゲルは『法の精神』(1821年)において、家族を「無媒介的で自然的な」ものとしている。つまり、親子や夫婦、きょうだいという関係性は自然的な情愛のもとに統一されていると考え、市民社会では、その統一は失われるとしている。家族という自然的な統一から、市民社会において自立的で自由な個人は分裂する、そして個人の意思により再び統一に向かうことで国家へと止揚されるということだ。
イギリスの政治哲学者エドマンド・バークもまた、家族を自然の秩序に基づき、人間が愛や責任を学ぶ基本的な単位として捉えたが、ヘーゲルが家族と市民社会の関係性は断絶していると考えたのとは異なり、家族の安定が社会の安定に直結するとした[39]。
1877年に『古代社会』を著したアメリカのルイス・モルガンは、家族が社会の進化段階(野蛮、未開、文明)に応じて変化し、原始乱婚の状態から一夫一妻家族への段階的変化を論じた。また、フリードリヒ・エンゲルスは、『家族・私有財産・国家の起源』(1884年)にて、モルガンの理論を基に、家族を経済体制と結びつけ、私有財産が家族の発展に影響し、特に資本主義社会における家族が不平等を再生産すると主張した。両者は家族を歴史的・社会的に変化する制度として捉えていた。ここで家族は未開のものと文明のものとで隔絶するほど、「進歩」してきたとみなされている。
次に、(B)家族を人間の合理的行動の所産とする立場は、ロックの『社会契約論』を思想の端緒として認められる。つまり、国家を含むあらゆる社会関係が自由な個人の契約と解釈できるならば、同様に「家族」さえも、個人の主体的な選択の結果として、家族そのものを他の社会関係の中から取り出して分析が可能のように思われるのである。その思想は、アメリカの社会人類学者であるマードックによって、1949年に「核家族論」として完成したと言える。彼は、膨大な数の民族史を統計的に比較することを通じて、核家族を男女の主体的な選択によって形成される市民社会の中の一集団として古い時代から認められる普遍的なものとして、社会科学的に分析してみせたのである[40]。
「核家族」は、一夫一妻制を奨励するキリスト教の倫理や20世紀の欧米先進諸国における産業化の進展にも役に立つ集団であったが[41]、人間の合理的行動の所産であるならば、それは、個人にとっても役にたつ集団である必要があった。20世紀半ばの家族研究は、パーソンズが「子供の社会化」と「大人のパーソナリティ安定化」という二つの機能を挙げたように[42]、「家族の機能」を主題に進んでいく。
最後に、(C)家族を近代社会の所産とする立場は、ある意味で、集団としての「家族」に対する批判的態度であると言える。先進資本主義国において、離婚の増大や同性愛者の同居などの多様な現象の出現やそれ以外の国におけるデータの集積も相まって、核家族のような「集団」としての定義の普遍妥当性に疑義が生じた[43]。
文化人類学では、夫婦が同居せず、母系的な血縁関係のある兄弟姉妹が役割を果たしているインドのナヤール人の社会や兄弟が1人の妻を共有するアジアの一妻多夫婚などの例から[44]、人類社会共通の普遍的な基本単位としての集団を構想することができなかった。また、すべての文化は対等であり、外から見た価値観によって優劣をつけられるものではなく、異なる文化的慣習をその文化的文脈の中で理解しようとする文化相対主義の登場によって、ますます家族概念を分析用具からはずすケースが多くなった。
そして、フランスの歴史学者アリエスによって、家族や子どもに対する意識は歴史的に変化することが示され、決して自然的なものではないと「家族」が相対的に捉え直される[45]。彼は、近代家族の特徴とも言える性別分業が近代社会の所産であることを示唆したのだ。ここで、「家族」が市民社会と影響しあっているという視点[46]は、フェミニズムによっても踏襲され、「家族」内の関係性に対する「家族」外の諸制度の影響を踏まえた上で、社会や家族をさらに切り分けて理解しようと試みた[47]。
しかし、家族における究極的な絶対性・個別性・多様性から、社会科学的にはそもそも客観的に定義できないとされてしまうに至る[48]。
研究対象が定義できないとすれば、家族研究者に一体何が研究できるのだろうか。私は、このような家族研究の停滞を然るべき帰結のように思う。この点につき、山田は家族現象のレベルを一まとめにしてしまい、明確に区分しなかった事にあるとした[49]。だが、私の考えはその反対だ。
これまでの家族研究は本来分解できないものを分解し尽くしてしまったのではないか。家族とは本来目に見えないものである。なぜなら、「誰が親で誰が子なのか」ということは当事者同士の関係の認知に他ならない。そして、認知は、決して言葉による説明や理解などではなく、ある時間、ある空間で起きたあるコミュニケーションによって、身体的に刻み込まれるものである。一つを分解したところで、ある一部分を理解することができたとしても、全体観を持って家族を有機的に捉えることはできないのではないだろうか。
では、なぜ家族は分解されてしまったのだろうか。その原因は、帰するところ、欧米の自然・社会科学的態度にあるのではないだろうか。事物を存在としてではなく、その表象とする欧米の伝統的な「視覚」中心的なものの見方もその一例である。この哲学的な祖であるデカルトは、事物を受け取る感覚の動きと表象を受け取る知性の働きが二分する際に「脱身体化された眼に重きを置く」と宣言するなど[50]、この姿勢こそ、自己の意識が世界を成り立たせているとする「われ思う、故にわれあり」という一節にも表れているように思われる[51]。
そして、知性をもつ人間とそれらを持たない自然や動物を対比し、こうした態度が近代欧米的な自然を単なる機械やものとみなす自然観や自然哲学の形成に大きな影響を及ぼすことになった。そして、最終的には物事が力学の法則に従っているとするニュートン力学へ展開したと言われている。このようなニュートン力学は、19世紀の科学者によって生命科学にまで適用されることになる[52]。
「核家族」は、一夫一妻制を奨励するキリスト教の倫理や20世紀の欧米先進諸国における産業化の進展にも役に立つ集団であったがつまり、生命現象を「分子の複雑な組み合わせとその運動」と捉えようとしたのである。生命科学は今や、大量かつ意味不明のDNA配列や機能不明のタンパク質に囲まれている[53]。重要分子を抽出することはできたとしても、それゆえに生命を本質的に理解することに近づくと言えるのだろうか。.
いささか単純化しすぎているようだが、このような「個体を対象に、さらに細分化し、それぞれの専門領域に振り分ける」自然科学の手法を社会科学はお手本にしてきたというのは疑いようのない事実であろう。例えば、日本の家族社会学が大きく影響を受けているアメリカにおいて社会科学が成立した19世紀後半は、科学者が専門家として認められ、職業になっていく時期だった。社会における立ち位置が問われる中で、社会科学もまた、自然科学的な意味においての「科学」であること根拠に成立してきたと言われている[54]。
しかし、人間の社会の様々な面を科学的に探究するには、社会を解剖するための道具が必要だ。それは「言語」だ。もっと言うならば、言語に埋め込まれたパラダイム、つまり世界の捉え方そのものである。日本語と英語の世界の捉え方は大きく違うことは有名だが、とりわけ英語では、認知主体である私が自他を区別し、世界を切り分け、カテゴリー化する側面が強調されている[55]。家族研究に新しい視点を提供したジェンダー論、ネットワーク論、ライフコース論はその代表と言えよう。このような欧米の言語的特徴と自然・社会科学的態度が全く無関係とは言えないだろう。
そうした言葉には、身体的感覚に名前をつけ、再生産し、本来異なるはずの事象や事物と結合させ、フェイクニュースのような虚構を作り上げることさえも可能だ。それが文字として飛び交うとき、そこにあったはずの生の体験は失われ、言葉だけが身体感覚を置き去りにして、一人歩きをはじめてしまう。これらが家族に向いたとき、そこにあるはずの身体的体験は分解され、その途端に家族としての姿を隠してしまう。私たちの家族体験と「家族」のあり方にギャップがあるのはこのためではないだろうか。欧米科学は、個々に個性豊かな家族を一つの定義に収斂できるはずもなく、バラバラの蛸壺にしてしまうのはもちろん、未来の家族のあり方を示すこともできないであろう。
しかし、これに反旗をひるがしたのが、第二次世界大戦後の日本から生まれた霊長類学である。欧米ではタブーとされた、人間社会や家族の起源を人間以外の霊長類の社会から探求しようとの試みが日本から生まれたのには、二つの理由が考えられる。まず、野生の霊長類を調査しようとする場合に、わざわざ熱帯雨林諸国に赴く必要がある欧米とは異なり、古くから土着のニホンザルが生息しており、身近な存在であった点[56]。そして、右に述べた通り、日本の仏教や神道といった宗教観は、欧米が人間と自然に明確な境界線を引くのとは異なり、その境界が明確ではなかった点がある[57]。
霊長類学の礎を築いた今西錦司は、人間の理性を第一とする近代欧米の理性中心主義について、「岐路に立つ人類」における一文で、
たしかに理性の存在は、人間を特徴づけるものであるが、理性というものも、もともとは人間が生きてゆくための適応として、発達したのであって、人間のために理性があり、理性のために人間があるのではない。(中略)生物の進化では、ある器官の発達が、はじめは生きてゆくための適応として有用であっても、発達しすぎると全体のバランスを破り、かえって有害となることがある。人間の場合、今日の文明とそれを支えている理性とは、このような直進進化におちいってゆくおそれが、ないとはいえない。
と指摘した[58]。そして、自然から距離を置き、要素に切り分け、機能を調べる欧米の自然・社会科学を『人間以前の社会』(1951年)や『人間社会の形成』(1966年)において、左のように批判した[59]。
文化科学者のとった態度は、一種の人間中心主義で、人間の地位を高めるために、動物から人間を切りはなし、人間自身を持ちあげたのであるが、自然科学者のやった擬人主義の追放は、むしろ、動物自身の能力に対する評価の切り下げであった。しかし結果は、ともに、人間と動物とのあいだに渡されるべき橋の存在を、無視したことになる。(『人間以前の社会』)
人間社会の成り立ちを解明するということは、いいかえるならば、人間以前の生物社会が、どのようにして人間社会にかわったか、ということを明らかにすることであります。いままでに人間社会の起源を説明しようとした人は、少ないのでありますが、そのほとんどすべてが、人間の立場にたって、人間社会の起源を説明しようとしている。しかし、こうした説明の根本的な誤りは、人間はどこまでさかのぼっても人間である、と考えて、人間の前身というものをすこしも考慮していない、という点にあるとともに、もう一つの大きな誤りは、まず人間というものがさきに存在していて、つぎにこの人間が人間社会をつくった、という考えに導かれている点にあると思います。(『人間社会の形成』第一章)
そして、物理学や生物学、社会学などの科学分野は現在、狭い方法論に基づいており、自然全体を扱うことが難しい。自然を氷山に例えると、現代科学はその一部しか扱えず、自然全体を論じるためには、生命の流動する関係性を部分に分けず、人と人、人と自然のつながりを再認識することで全体を丸ごと理解することが重要だと説いた[60]。そして、それは、今西自身の自然観に支えられている[61]。
われわれの世界はじつにいろいろなものから成り立っている。いろいろなものからなる一つの寄り合い世帯と考えてもよい。ところでこの寄り合い世帯の成員というのが、でたらめな得手勝手な鳥合の衆でなくて、この寄り合いを構成し、それを発展させて行く上に、それぞれがちゃんとした地位を占め、それぞれの任務を果しているように見えるというのが、そもそも私の世界観に一つの根底にあるらしい。(『生物の世界』冒頭)
そうした視点を持って、動物社会から人間社会の成立条件を論じた今西は、昆虫や爬虫類、両生類だけでなく、鳥類や哺乳類であっても多くの動物が共同的な群れ生活と排他的な家族生活を両立させることができていないことに目をつけた[62]。例えば、哺乳類では、群れ社会を形成するためには家族の絆が緩み、個体が自由である必要があるとされる[63]。鳥類も通常は群れで生活するが、繁殖期にはつがいを作り家族生活を営む。このように、家族生活を群れ生活に取り込むことは難しく、単独生活と家族生活を組み合わせるか家族生活の簡略化が必要となる[64]。
しかし、日本ザルの研究を通じて、類人猿と共通の祖先から別れた人間だけがその二つを両立させることに成功していると考えた。その条件として、外婚制、インセストの禁止、男女の分業、共同体の4つを挙げ、人間以外の類人猿には最後の共同体が成立していないとした[65]。人間が家族同士で独立性を保ちながら地域社会を協力して運営することができるのは、父親が娘と配偶関係を結んだ若者と共存する方法を学び、さらに多くの男性が互いの関係を侵害せずに共存する倫理を築くことができたことに由来している、と今西は考えた[66]。
これは、在来の社会学が項を考察して項の関係を考察しなかったと批判し、親族構造を解明したフランスのレヴィ=ストロースの、上位集団としての地域社会を前提に、男女の長期的な関係が保障される「相互的なきずなを持つ家族」像と共通点が多い。マルセル・モースの贈与論に影響を受けた彼は、異なる家族や集団間での結婚は、女性の交換という形で親族関係を築くことを可能にする交換システムの一部であり、それによって家族間の対立を避けるための社会における相互ネットワークが形成できると考えた[67]。
事実、その学統を受け継ぐ伊谷純一郎や山極寿一らによって、ゴリラは家族だけ、チンパンジーは共同体のような組織しか作れないことがわかってきた[68]。つまり、人間社会の特徴は「家族と共同体」という重層構造が成立している点にある[69]。ここに私は、欧米的な近代科学が見落としてきた家族の本質を日本的な自然観・社会観に立脚する霊長類学が掬い上げ、家族研究の静寂が破られるのを見るのである。次節で、詳しく見てみよう。
「家族と共同体」という重層構造の特徴の一つとして、「共同の保育」が挙げられる。かつて、森林から捕食者の多いサバンナへ進出した人間は、子どもの離乳を早めることで、母親の排卵周期を回復させ、多産化することで、その危機を乗り切った[70]。山極は、永久歯の生えていない段階で離乳した子どもを保護するためには、男が歩き回って、栄養豊富な食物を持ち帰り、離乳食を与え続けるというように、育児に積極的に参加する必要があったとし、ここに家族という子育て単位の創造をみる[71]。動物が仲間と鉢合わせないように分散して食べるのとは反対に、人間は仲間に食物を分かち合い、一緒に食べる文化を社会に備えている。
しかし、頭だけが大きく、成長に時間がかかる子どもを多く抱える中において、親だけでは育てきれず、他の仲間の協力が必要となり、家族が複数集まって子どもを一緒に育てる共同体がつくられていったと考えられる[72]。ただ、複数の家族が集まるとそれだけ異性との交流が増え、性的な競合が生まれる。ここで人間は、社会にもう一つの文化を備えるに至る。動物が交尾をみんなの見ている前で堂々と行うのとは反対に、性を隠匿することで、家族の性の独立を保障したのだ[73]。
ここでは「インセンスト・タブー」と「外婚制」がコインの裏表のような関係となっている。生物学的に決定される親子関係と異なり、恣意的な選択による婚姻関係において、近親相姦を意味するインセンストの禁止は同時に、「家族以外の者と婚姻すべし」という命令、つまり外婚制が含まれているからである。
実は、インセンストの回避は、哺乳類一般に認められる性質である。ウェスターマークに代表される、これまでの研究から、霊長類社会においては、育児や一緒に育った経験が子どもに親元からの移動を促し、インセンストの回避の要因になっている種が多いことが明らかになっている。人間の社会では、子どもを親から引き離してコミュニティで育てるキブツにおいて、育った子どもたちが大人たちの思惑とは逆に、一緒に育った異性の仲間を結婚相手とはみなさず、2769組中2756組がキブツ外の異性と結婚したという調査結果が好例といえよう[74]。
人間は、この「幼児期の親密な関係が後に交尾回避を引き起こす現象」を利用し、文化にまで押し上げたと考えられる。というのも、いくら能力が高くとも、夫婦関係をすでに結んでいる一方に手を出してはいけないとされるのはなぜだろうか。里親と里子といった義理の親子のように、血縁関係がない親子も性交渉が禁止されるのはなぜだろうか。これについて山極は、親和的な関係をもつ男女だけではなく、性交渉を回避する異性の対象が増えることはそれだけ、自分の娘で他人の妻というような複合的な関係を生み、性的競合を高めずに他者と共存・協力する機会を増えることにつながるとした[75]。
想像が難しいだろうか。だが、少し考えれば、私たちの体験と全く付合しているように思われる。まず、家族も共同体も関係認知の産物だという点。すでに述べたように、本来それらは、目には見えない関係性でしかないが、目に見えない関係性を認知するためは、自分は何者かというアイデンティティが必要不可欠であり、そのアイデンティティが家族との性交渉を回避させる。そして、それは、本能でも遺伝でもなく、親密な関係性の中に現れる。しかも、ゴリラやチンパンジーは一度に一つの集団にしか属せず、自由に出入りができないのとは反対に、人間は複数の集団に同時に属し、自由に出入りができるのも、アイデンティティが関係しているといえるだろう。
次に、家族と共同体はトレード・オンだと言う点。つまり、家族なしで共同体は機能せず、共同体なしで家族は機能しないということについて、例えば、全国で様々なコミュニティづくりが仕掛けられている中、なぜ、子ども食堂は一応の数少ない成功例の一つなのか。なぜ、あれだけ個人主義と言われるアメリカでキリスト教教会が存続し続けているのか。これらに共通する要因の一つは、そこに家族が入り込んでいるか否か、ではないかと思われる。また、なぜ問題を抱えている家庭の多くは孤立しているのか。なぜ、その臨床に家族内ではなく、叔父叔母の力を真っ先に借りる必要があるのか。このように、家族も共同体も相互関係を持っているのではないだろうか。
以上のように、子どもを一緒に育てるために必要だった複数の家族による共同体の関係性は、仲間との食の共同によって、さらに強固なものになったことだろう。一般の哺乳類の子どもが常に母親だけを通して世界に出会うのとは反対に、共同で保育される人間の子どもは、家族を通して世界を知るだけでなく、常に家族と共同体を行き来し、様々な人々と触れ合い、自分の存在を相対化しながら成長していった。これらのことから私には、家族が子どもを共同体へ、その重層構造が子どもを世界の水平線へ開く場であったのだと思われる。
これまで、人間が家族という場を通じて、他者や共同体と協力できる関係性を築いてきた背景を論じた。約200万年前、食と育児の共同によって、人間は家族と共同体という重層構造の社会を構築し、信頼できる仲間の数を増やす方向に進化してきた。だが、家族における親密な関係が共同体に滲み出ていくような複合的な社会の規模には上限があるとされ、イギリスの霊長類学者ロビン・ダンバーによると、霊長類も人類も脳の大きさは集団サイズに対応して進化し、人間の脳は150人を上限とした集団に対応しているという[76]。例えば、現代においても狩猟採集生活を営んでいる人々は、10~20家族が集まった150人ほどの集団で生活している。
そして、人間が現代のような言葉を話し始めたのは約7~10万年前とされており、人々の交流が増えたことにより脳の容量が増えた結果とされている[77]。つまり、私たちは言葉を用いることなく、人々と親密な関係性を築き、大きな社会力を発揮することができていたということになる。だが、統計数理研究所が行った調査によると、現代日本人の74%が「たいていの人は信頼できない」と回答している[78]。他にも、「他人は、隙があればあなたを利用している」47%、「たいていの人は他人の役に立とうとしている」19%など、枚挙にいとまがない[79]。なぜ現代の日本人はここまで他人を信頼しようとしないのだろうか。その要因が日本の家族構造と情報革命の二つで構成されているように私には思われる。
社会心理学者の山岸俊男は、日本人が他者を信頼しない個人主義者である背景には集団主義的な安心社会があるからだという。山岸によると、集団主義は、関係を外部に対して閉ざすことで関係内部に安心を提供する一方で、そうした関係の外部の人々に対する不信を生み、安心できる関係の外にある機会をリスクをとってでも求める傾向が抑制されるとした[80]。そして、人々が安心社会に閉じこもれば閉じこもるほど、安心できる関係から外に出るリスクが大きくなると考えた。
そこで、日本の家族構造を考えてみると、家族内において人々に内面化された価値観が社会や政治に無意識に影響を与えるとし、各国の家族制度をモデル化したエマニュエル・トッドによれば、日本は、歴史的に「直系家族」に分類され、長男が家を継ぐことが一般的で、これが家族内の序列意識や権威主義的な価値観を形成するとした[81]。そして、日本における「和」を重んじる集団主義や権威の尊重に反映されていると考えた[82]。
こうした特徴が歴史データから明確に確認できるのは、鎌倉時代の後半、それも統治層に限られるのだが[83]、明治維新によって、この武士階級の家族構造が日本を統一したことは疑いようがない。つまり、人口の9割を占めた平民は[84]、戸籍に収容される過程で同じ家族構造の価値観や行動規範を共有する「臣民」として統合された[85]。ここで、日本社会は、かつて武士たちがイエに忠誠を誓ったように、信頼できる範囲が自分の家族や親族に狭まり、それが「日本人」として全員同じである理由から、共同体に対する一種の安心が担保されていたとは考えられないだろうか。だが、これまで論じてきた通り、現代では、その家族さえもリスクと見做され、無条件に信頼できなくなっていった。つまり、他者を信頼するのも自己責任の社会になってしまったのである。
その原因一つは、情報革命によって、通信技術が発達し、コミュニケーションのあり方が大きく変容してしまったことに端を発すると考えられる。狩猟採集生活から農耕による定住生活へ、また、エネルギー革命などの様々な社会変革にあっても、人々は食や育児といった衣食住を共にする五感を通じたコミュニケーションを通じて、信頼関係を醸成してきた。高度経済成長期の若者たちも家族や親族、地元の同窓生グループ、青年団など、常に何かしらの集団の一員として存在するなど、無意識に一体感や連帯感が紡がれたのではないだろうか[86]。
しかし、携帯電話やSNSの登場によって、このような身体的なつながりや慣習的な関係から人々は解放され、共同体の外の人間と容易につながれるようになった。確かに、今の大人たちは外部化されたサービスによって、自由な生活と束縛の緩やかなネットワークを満喫できるかもしれないが、子どもたちはどうだろうか。子どもがそのようなサービスにアクセスするためには大部分を周囲の大人に頼らざるを得ない。
子どもを取り巻く現状を見てみると、子どもたちは極めて狭い社会で生きることを余儀なくされている。例えば、6割の母親が近所で子どもを預かってくれる人がいないと回答しているように[87]、親が周囲から孤立しており、同時にそれは子どもの孤立ともいえる。親が家族以外で子育てに頼れるのは保育園・幼稚園・学校が約半数を占めているように[88]、家・学校以外に居場所がないと答える子どもは平均で約2.5人に1人だ[89]。その学校や家が子ども達にとって安全な場所かといえば、いじめや虐待などの理由により必ずしもそうとはいえない。こうして、社会の中で孤立し、自分の位置を確認できないまま大人にならざるを得ない彼らは、自己の欲求を実現するために生きていくこととなる。
その結果、そうした社会は個人の損得勘定で相手と組むことが集団の編成原理になり、集団が利益共同体として閉鎖的となった自己責任社会が到来する。山岸が言うように、それはますます他者を信頼するリスクが増大する社会だからだ。これでは人間社会の「家族内においてアイデンティティを育む際に培われた共感や承認の態度が共同体に滲み出す」メカニズムが機能しなくなるのではないだろうか。
そのメカニズムがあるからこそ、そもそも人間の子どもは親以外の多くの人々によって育てられるように生まれている。例えば、生後すぐに泣くのは親からの分離を訴えるためであり、赤ん坊に話しかける声は言語を超えて共通の特徴を持つ[90]。特に、霊長類の子供は生まれつき親を認識できず、幼児期の親密な関係から親を認知する[91]。こうした関係性があるからこそ、思春期には異性の親への性的関心が減り、近親相姦が回避されるとともに、親も幼児期に世話した子供に対して性的関心を持たなくなるということは右ですでに論じた。
このことから、あらゆるものが外部化された未来の家族とは、子どもが最初に所属する環境だと考えられないだろうか。なぜなら、経済的格差などと異なり、家族の有無という格差は再配分が不可能だからだ。虐待した親から子どもを引き離し、経済的に育てることはできても、代わりに信頼できる親をあてがうことはできないからだ。その必要十分条件は自分を個別的存在として認めてもらい、かつ自分も誰かを認める存在となっていくことであり、その最小単位こそ日本の未来の家族のあり方と言えるだろう[92]。
そのために必要なのは、血縁でも、契約でも、言葉による説明でもない。時間と空間とコミュニケーション、これら3つが重なり合ったときに生まれる共感を継続的に共にすることではないかと考える。これまでの、子どもが養育者との間に形成する「愛着」が心理的な発達や対人関係に重要な影響を与えるとしたボウルヴィの「愛着理論」も、幼児期の男児が母親に対して愛情や独占欲を抱き、父親をライバル視する無意識の葛藤を通じて、父親の価値観を取り入れ、道徳や社会のルールを理解するとしたフロイトの「エディプス・コンプレックス」も、こうした相互承認の結果と考えられる。
家族が承認を育む場と解釈するならば、事実婚、共同親権、夫婦別姓、同性婚は認めても問題ないだろう。また、親以外に多くの人々の手で育てられるように生まれている子どもを、3歳までは母親が家庭で育てた方がよいなどということもない。家事育児を50%分担できるイクメンも同様にならないといけないとまでは必ずしも言えないのではないだろうか。そもそも親が二人である必要もないのではないか。このような親の責任と思われ、重荷になっていることの多くも家族が抱えるものではなくなるだろうと思われる。大切なのは、お互いの存在を承認しあえているかどうか、そして、お互いを通じて共同体に開かれているかどうかだ。
そして、未来の家族で子ども達がアイデンティティを育む過程で培われた共感や承認の態度が共同体に滲み出し、他者と協働するための諸改革の総体として、中核となる戦略は、「個人を単位として社会をデザインする」というものではないだろうか[93]。個人がどのような状況に置かれていても、人々と五感を通じて繋がることを促す社会をデザインする必要がある。アリストテレスが「人間が多様であるように家族も村落も多様であり、それらを上からの統制によって画一化するようなことがあってはならない」と説いたように[94]、税制や社会保障、雇用だけでなく、私たちを取り囲む都市空間や住空間に至るまで、全てをある特定の一つの家族モデルを想定して設計してはならない。
しかし、それは決して、家族が不要であるということを意味しない。むしろ逆である。エマニュエル・トッドが主張するように、家族構造が社会や政治に影響するならば、霊長類学が明らかにした「家族と共同体」という重層構造は、私たち人間に自由と平等を保障していると言えるからである。つまり、誰であっても平等に家族以外の誰とでも自由に家族になれることこそ、互いに社会の中で自由で平等な個人として協力し合う価値観を内面化する契機のように思われるからである。未来においても、個人は、他者や共同体に臨むために、承認を育む家族のようなメカニズムによって、アイデンティティを確立することが必要不可欠であろう。
ここにきて、個人単位の社会を提唱する家族社会学と家族と共同体の重層構造を人間性の根源とする霊長類学の結節点が見出せるのではないだろうか。
本稿の目的は、改めて「家族」をめぐる現状を概観しながら、それに対峙してきた家族論を批判的に検討し、霊長類学という視点でもって家族を論じることで、停滞をしている日本の家族研究や日本人の家族像に新たな視点を提供し、未来の家族のあり方を探るというものであった。
まず、家族研究が停滞する原因として、家族現象を無理に分解・分類しようとする欧米の科学的態度を挙げた。欧米の視覚中心主義が自然や生命を単なる機械的なものとみなし、細分化して分析する手法が広がった結果、日本の家族研究もその影響を受け、実体を欠いた分析のための分析に陥っているのではないだろうか。この点、戦後の日本で生まれた霊長類学は、人間社会や家族の起源を霊長類の社会から探るという試みで、欧米の理性中心主義と対照的なアプローチをとる。今西錦司が理性の過剰発展による人間中心主義を批判し、人と自然の関係性を再認識することが重要だと述べた点は、家族研究においても参考になると思われる。家族が客観的に定義できないというのであれば、なおさら日本的な方法によってどのように家族を捉えるのかを問われているといえよう。
次に、そうして発展してきた霊長類学の研究によって、人間社会の特徴が「家族と共同体」という重層構造にあることが明らかになったことは家族に新たな意味を付与し得る重要な発見だと考える。人間は複数の家族が集まることで共同体を形成し、育児を共同で行うようになる過程で、食の共同や性の隠匿が文化として成立し、複雑な人間関係が構築できるようになる。このような重層構造は、子どもたちが多様な人間関係の中で成長する基盤となっているという点も、欧米中心に展開されてきた従来の閉じられた家族像とは一線を画すものと言える。
結論として、未来の家族は、子どもが最初に所属しアイデンティティを育む場であり、血縁や契約に基づくものではなく、時間と空間、コミュニケーションが生む共感が重要と考える。であるならば、事実婚や同性婚、共同親権などの多様な形が認められるべきで、親が二人である必要もないだろう。家族こそ子どもが最初にアイデンティティや共感を育む場であり、そこで培われた信頼が共同体へ広がる社会をつくるためには、個人が五感を通じて、他者と繋がる社会のデザインを目指すべきであると考える。ここに、霊長類学と家族社会学の結節点としての仮説を提言することができたと思われる。
なお、本稿では、未来の家族のあり方の方向性は示すことができたが、それを阻む課題や乗り越える施策などについては触れられなかった。加えて、日本だけでなく、多くの国が少子高齢化を迎える中において、子どもの視点から家族を検討するばかりで、高齢者にとっての家族のあり方を検討することができなかった。理由は二点ある。
一点目は、子どもが外部化されたサービスにアクセスするための扉の開け閉め自体が親に依存するのとは対照的に、大人は自分の判断でアクセス可能と見做しうるのであれば、高齢者に必要なケアもまた、家族の中にではなく、外部サービスに求めることができるのではないかと考えたからである。急速に発展しているICTやAIを活用した嚥下しやすい介護食[95]や自動運転[96]、スマートシティなどにより、現在問題とされている生活課題の多くは解消されることが考えられ、高齢者を焦点に当てて、家族における必要十分条件を観念することができなかった。
二点目は、自分を個別的存在として認めてもらい、かつ自分も誰かを認める存在となっていく場としての家族において、個人はそれぞれ単独で世界に対峙しているのではなく、たがいに絡みあい交錯しあいながらはたらいて、共通な世界を成り立たせているのであって、親もまた子に育てられるというように、大人もまた包摂しうると考えたからである。この点、成年後見制度に代表されるように、高齢者においても、洞察を深める余地があるだろう。
最後に、本稿を「水平線の家族論」と題したのは、家族は川のようなものだという直感からである。かつて、厳しい時代を生き抜いてきた人類の家族は、大きな壁にぶつかれば流れを変え、果てしない上流から、たびたび支流に分かれながらも、各地域に、今の成熟社会まで降りてきた。その川は、一つの家族だけでなく、複数の家族を含むものとして、時には大河を形成したことだろう。だが、今や、家族は、さらに数多くの小川に分かれてしまい、その小川がこの先大洋に臨むことができるのか自ら確信を抱けない状況にある。
しかし、大河だろうと小川だろうと激流だろうと緩流だろうと川は川だ。その川に流れるのは、いつの時代も、そこで育まれる人々の五感を通じたコミュニケーションに基づく相互承認だったのではないか。それさえあれば、どんな川だろうと、大洋と言う名の市民社会に己を見失わず、望むことができる。水たまりのように周りと隔絶してしまった家族を水平線へと開き、子どもを大洋までつながなければならない。現代美術作家の杉本博司は水平線を数万年前の人々と私たち現代人が見られる共通の景色ではないかと夢想した。家族もまた、そのようなものなのではないだろうか。
[1] 山田昌弘『迷走する家族 戦後家族モデルの形成と解体』有斐閣、2005年、17項。
[2] 厚生労働省「令和4年(2022) 人口動態統計(確定数)の概況」2023年、4項。
[3] 内閣府「令和6年版高齢社会白書」2024年。
[4]落合恵美子『近代家族とフェミニズム 増補新版』勁草書房、2022年、184-186項。
[5] 落合恵美子、前掲注4)183項。
[6] 落合恵美子、前掲注4)233項。
[7]野沢慎司『ネットワーク論に何ができるか 「家族・コミュニティ問題」を解く』勁草書房、2009年、43項。
[8]増田光吉「鉄筋アパート居住家族のNeighboring」『甲南大学文学界論集』11、1960年。
[9] 落合恵美子、前掲注4)224-232項。
[10] 松岡亮二『教育格差』ちくま新書、 2019年。
[11] 山田昌弘、前掲注1)30項。
[12] 日経新聞「共働き世帯1200万超、専業主婦の3倍に 制度追いつかず」2024年。
[13] 株式会社リクルート HR 研究機構 iction!事務局「週5日勤務の共働き夫婦 家事育児 実態調査 2019 ~夫のホンネ、妻のホンネ~」株式会社リクルート、2019年。
[14] NHK「男性の育児休業取得率30% 過去最高 厚労省の調査」2024年。
[15] 畠山勝太「“ひとり親世帯”の貧困緩和策――OECD諸国との比較から特徴を捉える」2017。
[16] 山田昌弘、前掲注1)70 項。
[17] ニッポンドットコム「晩婚晩産―第1子出生時の母の平均年齢30.9歳に : 1980年の第3子出産年齢は30.6歳」2021年。
[18] 総務省「平成27年国勢調査」総務省統計局、2015年。
[19] 国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2015年。
[20] 山田昌弘『家族というリスク』勁草書房、2006年、49項。
[21] 山田昌弘『パラサイト難婚社会』朝日新聞出版、2024年、145-146項。
[22] 山田昌弘、前掲注20)55項。
[23] 山田昌弘、前掲注21)149項。
[24] 総務省統計局「家計調査 用語の説明」
[25] 山田昌弘、前掲注20)28項。
[26] 菅沼正久「兼業農家の統計的考察」長野大学紀要5(4)、1984年。
[27] 山田昌弘、前掲注20)45項。
[28] 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」1995年。
[29] 上野千鶴子ほか『非婚ですが、それが何か⁉︎ 結婚リスク時代を生きる』ビジネス社、2015年、37-41項。
[30] 山田昌弘、前掲注20)50項。
[31] 山田昌弘、前掲注20)57項。
[32] 是枝俊悟「総世帯数の5%にも満たない「標準世帯」」大和総研、2018年。
[33] 山田昌弘、前掲注20)31-32項。
[34] 畠山勝太、前掲注15)。
[35] 山田昌弘、前掲注1)59項。
[36] 伊田広行『シングル単位の社会論 ジェンダー・フリーな社会へ』世界思想社、1998年。山田昌弘「変わる家族像 社会保障制度を個人単位に」日本経済新聞、2024年。
[37] 山田昌弘「家族の歴史は、家族論の歴史である」山田昌弘編『家族本40 歴史を辿ることで危機の本質が見えてくる』平凡社、2001年、16項。
[38] 久保田裕之「家族定義の可能性と妥当性 非家族研究の系譜を手がかりに」社会学研究会ソシオロジ55巻1号、2010年、3項。
[39] エドマンド・バーク「自然社会の擁護」水田洋編『世界の名著〈34〉バーク,マルサス フランス革命についての省察 自然社会の擁護 人口論』中央公論社、1969年。
[40] ジョージ・ピーター・マードック『社会構造―核家族の社会人類学 (新版)』新泉社、2000年。
[41] 山極寿一『家族進化論』東京大学出版、2012年、19項。
[42] ルース・ヴェネティクト『菊と刀』講談社学術文庫、2005年。
[43] 山田昌弘「家族定義論の検討―家族分析のレベル設定―」社会学研究会ソシオロジ10巻、1986年、52-53項。
[44] 山極寿一、前掲注41)19-20項。
[45] フィリップ・アリエス『<子供>の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』みすず書房、1980年。
[46] エドワード・ショーター『近代家族の形成』昭和堂、1987年。タマラ・ハフレーン『家族時間と産業時間』早稲田大学出版、1990年。
[47] 目黒依子『個人化する家族』勁草書房、1987年。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』勁草書房、1989年。上野千鶴子『家父長制と資本制』岩波書店、1990年。
[48] 山田昌弘、前掲注43)60項。
[49] 山田昌弘、前掲注43)55項。
[50] Martin Jay, Downcast Eyes. The Denigration of Vision in twentieth-Century French Thought, University of California Press, Berkeley, Los Angeles, London, 1993, p-81.
[51] 山極寿一『森の声、ゴリラの目 人類の本質を未来につなぐ』小学館新書、2024年、108項。
[52] 米本昌平「今西錦司の思想と二一世紀の生命科学」今西錦司『岐路に立つ自然と人類 やま かわ うみ 別冊 「今西自然学」と山あるき』アーツアンドクラフツ、2014年、12項。
[53] 米本昌平、前掲注52)6項。
[54] 茢田真司「社会科学の理論はどのようなメカニズムで変化しているのか 社会科学と社会のつながりの歩みを紐解く」國學院大学メディア、2019年。
[55] 渡邊淳也、「認知モードの言語間比較」UTokyo Online Education、2020年。Angeles, London, 1993, p-81.
[56] 山極寿一、前掲注41)33項。
[57] 山極寿一、前掲注41)33項。
[58] 今西錦司「岐路に立つ自然と人類」今西錦司『岐路に立つ自然と人類 やま かわ うみ 別冊 「今西自然学」と山あるき』アーツアンドクラフツ、2014年。
[59] 今西錦司『人間以前の社会』岩波書店、1951年。今西錦司『人間社会の形成』NHK出版、1966年。
[60] 山極寿一、前掲注51)114項。
[61] 今西錦司「生物の世界」今西錦司『岐路に立つ自然と人類 やま かわ うみ 別冊 「今西自然学」と山あるき』アーツアンドクラフツ、2014年。
[62] 山極寿一、前掲注41)36-38項。
[63] 山極寿一、前掲注41)36-38項。
[64] 山極寿一、前掲注41)36-38項。
[65] 今西錦司「人間社会の起源−プライマトロジーの立場から-」民俗学研究25/3、1961年、121項。
[66] 今西錦司、前掲注65)132-134項。
[67] レヴィ・ストロース『親族の基本構造』青弓社、2000年。
[68] 山極寿一、前掲注41)159項。
[69] 山極寿一『共感革命 社交する人類の進化と未来』河出出版、2023年、111項。
[70] 山極寿一、前掲注69)114項。
[71] 山極寿一、前掲注69)197-198項。
[72] 山極寿一、前掲注69)114項。
[73] 山極寿一、前掲注51)177項。
[74] 山極寿一、前掲注41)156項。
[75] 山極寿一「インセストの回避がつくる社会関係」京都大学大学院理学研究科。
[76] 山極寿一「ジェンダーと家族の未来」学術の動向 = Trends in the sciences、日本学術協力財団、2019年、17項。
[77] 山極寿一、前掲注76)17項。
[78] 山岸俊男『日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点』集英社インターナショナル、2008年、111項。
[79] 山岸俊男、前掲注78)111項。
[80] 山岸俊男「安心社会から信頼社会へ: 日本型システムの行方」中央公論新社、1999年。
[81] エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上』文藝春秋、2017年。
[82] エマニュエル・トッド、前掲注81)134項。
[83] エマニュエル・トッド『家族システムの起源(上) 〔I ユーラシア〕』藤原書店、2016年。
[84] 関山直太郎『近世日本の人口構造』吉川弘文館、1958年。
[85] 遠藤正敬『戸籍と国籍の近現代史【第3版】――民族・血統・日本人』明石書店、2024年、123項-130項。
[86] 山田昌弘、前掲注21)53項。
[87] 厚生労働省「子育て世代にかかる家庭への支援に関する調査研究報告書」2021年。
[88] PIAZZA「子育て中の孤立や孤独に関する調査」2020年。
[89] 子ども家庭庁「こどもの居場所づくりに関する調査研究 報告書概要」2023年。
[90] 山極寿一、前掲注76)20項。
[91] 山極寿一、前掲注76)21項。
[92] 山田昌弘「家族のオルタナティブは可能か?」牟田和恵編『家族を超える社会学 新たな生の基盤を求めて』新曜社、2009年。
[93] 落合恵美子『21世紀家族へ — 家族の戦後体制の見かた・超えかた 第4版』有斐閣、2019年。
[94] アリストテレス『政治学』田中美智太郎ほか訳『世界の名著 8 アリストテレス』中央公論社、1979年。
[95] 末並俊司「3Dプリンターが担う介護食の未来」日経BP、2022年。
[96] 国土交通省「WISENET2050・政策集」2023年。
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・エマニュエル・トッド『家族システムの起源(上) 〔I ユーラシア〕』藤原書店、2016年。
・エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上』文藝春秋、2017年。
・遠藤正敬『戸籍と国籍の近現代史【第3版】――民族・血統・日本人』明石書店、2024年。
・落合恵美子『21世紀家族へ — 家族の戦後体制の見かた・超えかた 第4版』有斐閣、2019年。
・落合恵美子『近代家族とフェミニズム』勁草書房、1989年。
・落合恵美子『近代家族とフェミニズム 増補新版』勁草書房、2022年。
・茢田真司「社会科学の理論はどのようなメカニズムで変化しているのか 社会科学と社会のつながりの歩みを紐解く」國學院大学メディア、2019年。
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/117028
・株式会社リクルート HR 研究機構 iction!事務局「週5日勤務の共働き夫婦 家事育児 実態調査 2019 ~夫のホンネ、妻のホンネ~」株式会社リクルート、2019年。
・久保田裕之「家族定義の可能性と妥当性 非家族研究の系譜を手がかりに」社会学研究会ソシオロジ55巻1号、2010年。
・厚生労働省「子育て世代にかかる家庭への支援に関する調査研究報告書」2021年。
・厚生労働省「令和4年(2022) 人口動態統計(確定数)の概況」2023年。
・国土交通省「WISENET2050・政策集」2023年。
https://www.mlit.go.jp/road/wisenet_policies/pdf/wisenet2050_policy.pdf
・国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」1995年。
・国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2015年。
・子ども家庭庁「こどもの居場所づくりに関する調査研究 報告書概要」2023年。
・是枝俊悟「総世帯数の5%にも満たない「標準世帯」」大和総研、2018年。
https://www.dir.co.jp/report/column/20180710_010074.html
・菅沼正久「兼業農家の統計的考察」長野大学紀要5(4)、1984年。
・ジョージ・ピーター・マードック『社会構造―核家族の社会人類学 (新版)』新泉社、2000年。
・末並俊司「3Dプリンターが担う介護食の未来」日経BP、2022年。
https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00003/042100275/
・関山直太郎『近世日本の人口構造』吉川弘文館、1958年。
・総務省「平成27年国勢調査」総務省統計局、2015年。
・総務省統計局「家計調査 用語の説明」
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・タマラ・ハフレーン『家族時間と産業時間』早稲田大学出版、1990年。
・内閣府「令和6年版高齢社会白書」2024年。
・日経新聞「共働き世帯1200万超、専業主婦の3倍に 制度追いつかず」2024年。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA123I60S4A910C2000000/
・ニッポンドットコム「晩婚晩産―第1子出生時の母の平均年齢30.9歳に : 1980年の第3子出産年齢は30.6歳」2021年。
・野沢慎司『ネットワーク論に何ができるか 「家族・コミュニティ問題」を解く』勁草書房、2009年。
・フィリップ・アリエス『<子供>の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』みすず書房、1980年。
・畠山勝太「“ひとり親世帯”の貧困緩和策――OECD諸国との比較から特徴を捉える」2017。
・増田光吉「鉄筋アパート居住家族のNeighboring」『甲南大学文学界論集』11、1960年。
・松岡亮二『教育格差』ちくま新書、 2019年。
・目黒依子『個人化する家族』勁草書房、1987年。
・ルース・ヴェネティクト『菊と刀』講談社学術文庫、2005年。
・レヴィ・ストロース『親族の基本構造』青弓社、2000年。
・山岸俊男「安心社会から信頼社会へ: 日本型システムの行方」中央公論新社、1999年。
・山岸俊男『日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点』集英社インターナショナル、2008年。
・山極寿一「インセストの回避がつくる社会関係」京都大学大学院理学研究科
https://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/symp0104/yamagiwa.html
・山極寿一『家族進化論』東京大学出版、2012年。
・山極寿一『共感革命 社交する人類の進化と未来』河出出版、2023年。
・山極寿一「ジェンダーと家族の未来」学術の動向 = Trends in the sciences、日本学術協力財団、2019年。
・山極寿一『森の声、ゴリラの目 人類の本質を未来につなぐ』小学館新書、2024年。
・山田昌弘「家族定義論の検討―家族分析のレベル設定―」社会学研究会ソシオロジ10巻、1986年。
・山田昌弘『家族というリスク』勁草書房、2006年。
・山田昌弘「家族のオルタナティブは可能か?」牟田和恵編『家族を超える社会学 新たな生の基盤を求めて』新曜社、2009年。
・山田昌弘「家族の歴史は、家族論の歴史である」山田昌弘編『家族本40 歴史を辿ることで危機の本質が見えてくる』平凡社、2001年。
・山田昌弘「変わる家族像 社会保障制度を個人単位に」日本経済新聞、2024年。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD281QY0Y4A520C2000000/
・山田昌弘『パラサイト難婚社会』朝日新聞出版、2024年。
・山田昌弘『迷走する家族 戦後家族モデルの形成と解体』有斐閣、2005年。
・米本昌平「今西錦司の思想と二一世紀の生命科学」今西錦司『岐路に立つ自然と人類 やま かわ うみ 別冊 「今西自然学」と山あるき』アーツアンドクラフツ、2014年。
・渡邊淳也、「認知モードの言語間比較」UTokyo Online Education、2020年。
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/pipili23_2020_friday_watanabe/
The purpose of this study is to examine the current state of “family” from a fresh perspective, critically review existing family theories, and explore family dynamics through the lens of primatology. By doing so, it seeks to provide new insights into the stagnating field of family studies in Japan and the Japanese conceptualization of family, ultimately aiming to propose possible future directions for family structures.
One of the primary reasons for the stagnation in family studies is the influence of Western scientific attitudes, which often attempt to forcibly dissect and categorize family phenomena. This “visual centrism” in Western thought has treated nature and life as mechanistic entities, promoting analytical fragmentation. Japanese family studies, having been influenced by this approach, seem to have fallen into a cycle of analysis for analysis’ sake, lacking substantive depth. In contrast, postwar Japanese primatology, which explores the origins of human society and families through primate social structures, offers an alternative approach to the rationalist focus of Western frameworks. Kinji Imanishi’s critique of anthropocentrism as an overextension of human rationality, and his emphasis on re-examining the relationship between humans and nature, provide a valuable perspective for family studies. If families cannot be objectively defined, it becomes even more crucial to explore how they can be understood through uniquely Japanese methodologies.
Through the advancements in primatology, it has been revealed that a defining feature of human society lies in its “layered structure” of families and communities. Humans form communities by bringing together multiple families and fostering cooperative childcare. This process has culturally established shared practices, such as communal eating and concealing sexuality, enabling the development of complex human relationships. Such a layered structure is the foundation for children to grow amidst diverse human interactions, distinguishing it from the closed family models predominantly theorized in Western-centric discourse.
In conclusion, the family’s future should be envisioned as a space where children first develop a sense of identity and empathy—not necessarily bound by blood ties or legal contracts, but rather formed through shared time, space, and communication. This implies a need for broader acceptance of diverse family forms, including de facto marriages, same-sex marriages, and shared parenting arrangements. The assumption of a two-parent model should also be reconsidered. Families, as the initial site where children cultivate trust and empathy, must extend these qualities into the larger social community. To achieve this, society should be designed to facilitate individuals’ sensory connections with others. This study thus proposes a hypothesis at the intersection of primatology and family sociology, offering a new framework for reimagining the future of family and society.
Thesis
Masashi Mito
第43期生
みとう・まさし
Mission
多様化する家族観を包摂する社会の探究