論考

Thesis

私がリーダーになって一番大事にし、実行する経営理念
〜実践経営哲学の現場から〜

【本稿では、松下幸之助塾主研究の一環である経営現場での実習を通じて考えた、私がリーダーになって一番大事にし、実行する「まず相手と同じ方向を向く」という経営理念について論じる。本稿は、この経営理念が株式会社日電社での研修にどのように結びつくのか、そして実践経営哲学とどのように関係するのか考察した。】

 本レポートでは、松下幸之助塾主(以下、塾主)研究の一環として、2022年5月11日~6月10日に研修した株式会社日電社の概要と研修の内容を概観しながら、研修を通じて私が見たこと、聞いたこと、体験したことから感じ、学んだことに触れる。それらを踏まえて、私がリーダーになって一番大事にし、実行する経営理念である「まず相手と同じ方向を向く」ことについて論じていく。
 私が研修をした株式会社日電社は、社長の田所文男社長が1968年に創業して54年が経つ相模原市南区東林間3丁目にある「街のでんきやさん」だ。従業員数は10人前後だが、年間の売上高は2億4000万円に上る。電球の交換から、リフォーム、オール電化など、相模原市を中心に地域に密着した活動をされている。「商業人たるの本分に徹し電化商品の普及に努力し、潤い社会の実現に寄与せんことを期す」を綱領とし、「新商品の情報紹介と技術の習得をもとに、常にお客様の立場に立った電化アドバイザーとなる」を信条とする日電社での研修の内容は、外回りや営業活動、訪問活動、設置工事への同行と戸別訪問に分けられる。
 まず、私が外回りなどの活動に同行して感じたことは、「信頼関係」が商売において最も大切であるということである。さまざまな現場に同行しながら見聞きした日電社を中心とする人間関係は非常に強いものであった。日電社と顧客や取引先の間には「信頼のパイプ」が構築されていたように思われる。日電社は、相手方に対して、たとえ用事がなくても、こまめに連絡をとり、日頃の状況を伺い、問題があれば一緒になって考えていた。そして、相手方の質問や心配事には非常に丁寧に対応していた。信頼のパイプは、こうした活動を地道に繰り返されてきた末の賜物であるのではないだろうか。
 以上のような地道な活動を支えるのは何であろうか。社長をよく観察してみると、様々なことをよく知っていることに気がつくことができる。社長は、顧客のニーズや世帯状況、家の構造、人付き合い、教育方針を知った上で、自分たちに何ができるのか提案されていた。つまり、商品の種類や特質、強みをよくご存じで、ニーズを実現するために、従業員の得手不得手を把握した上で、誰を配置するのかを考えておられた。社長は、真剣に相手に、自分に、従業員に向き合っていらっしゃった。
 私が取り組んだ戸別訪問はそれらを踏まえて実践する必要があった。私が戸別訪問に回ったのは「コンフォールさがみ南」というUR都市機構が管理する団地である。約600の戸口を一件一件訪問していく過程で考えさせられるのは、「どのようにして話を聞いてもらうか」「どのように自分の思いを伝えるか」ということである。その意味においては、「困りごとを発見する」ということが重要ではないだろうか。なぜなら、どこに困っている人がいて、何に困っていて、日電社としてどのように貢献できるのかが綺麗に噛み合うことですんなりと物事が進むように思われるからである。
 しかし、困りごとというものは教科書に書かれているものではない。ならば、困りごとを発見するにはまず相手をしっかり観察する必要があるのではないだろうか。たとえば、カメラの付いていないインターホンを見れば、長年入居し続けてこられたことがわかり、高齢者が入居していることが多いことを発見できる。一方で、扉の前に置いてある子供用の靴や自転車を見れば、家族層が入居していることがわかる。高齢者には自分だけで電球の交換が難しい方も多いが、家族層にとっては、自分達で問題を解決でき、また出費の多さからサービスはより安い方が良い場合が多い。ここにおいて、日電社が貢献できる困りごとの持ち主が高齢者だとわかるのである。
 困っているかもしれない高齢者がどこにいるのかわかっても、何に困っているのかはまだわからない。本来ならば、本当に困っていることを探すには、訪問活動のように、家に入れてもらわなければならない。しかし、コロナや押し売りが警戒されている中で、日頃の信頼関係もない人間が家に入ることは非常に困難である。その状態でできることは、「向こう側」に思いを馳せることではないだろうか。住居の向こう側にいる住人、家電の向こう側にいる実際に使っている人がどんなことに困っているだろうかと思いを馳せるのである。
 これらの経験を通じて、私がリーダーになって一番大事にし、実行する経営理念は「まず相手と同じ方向を向く」ことである。「相手と同じ方向を向く」とは、お互いに向かい合って考えるのではなく、相手の側に立って考えるということである。そして、相手の側に立って、相手の問題解決に貢献することが、価値の創造と言えるのではないだろうか。つまり、常にお客様の立場に立って、商業人たるの本分に徹するということである。振り返ってみれば、これこそ私が外回りや営業活動、訪問活動、設置工事への同行、戸別訪問の際に実践を求められていたものであるのではないだろうか。物事をマネジメントする際は、「まず相手と同じ方向を向」いて考えるということが、最も大事な経営のコツ、理念であると考える。
 塾主は、「この会社は何のために存在するのか。この経営をどういう目的で、またどのようなやり方で行っていくのか」という経営理念の確立が経営の健全な発展を生むために必要な根本であるとした[1]。その時初めて、企業は、社会の公器として、社会と共に発展することができるのだという[2]。そのためには、素直な心で社会と向き合い、世間の声に耳を傾けることが必要であるというのである[3]。塾主は、戦前・戦中・戦後という動乱を経験しながらも、松下電器が発展し続けることができたのは、たとえ社会状況が変わろうとも、一貫した1つの経営理念に立ち、従業員や取引先に対して、適切に対応してきたからだという[4]
 現場におけるその実践について、塾主は、商売のコツや経営者の心得などとして様々な指針を示している。本研修において、社長を含め全員が顧客や取引先との信頼のパイプを通じて、その生活に根付いている日電社を塾主の言葉を借りて表すならば、「お得意先の仕入れ係」として「声をかけるサービス」を提供していると言えるのではないだろうか。日電社は、地域とのつながりを重視し、特に不足や故障のない時にも心配りを忘れず、こまめに連絡をとる「声をかけるサービス[5]」によって、相手方との信頼を築いていた。
 そして、相手方の声をしっかりと聞き、何を必要としているのかを知り、何を提供できるのかを考える「お得意先の仕入れ係[6]」として信頼されていた。これがすなわち、素直な心で「衆知を集め」、「主座を保」ちつつ経営するというものではないだろうか。まずは、自分の欲望や感情といった私心にとらわれることなく、相手の声に耳を傾ける。そして、あくまで自分を主体として、相手の側で価値を提供する。現場には、こうした塾主の精神がしっかりと活かされていたように思う。
 以上、私が研修を通じて培った経営理念は、「まず相手と同じ方向を向く」ということである。これは、本研修先である株式会社日電社において、「お得意先の仕入れ係」として「声をかけるサービス」を提供する最初の一歩になるのではないだろうか。そして、これは、塾主にいう自分の利害や感情にとらわれない素直な心で衆知を集めることと共通しているのではないだろうか。これによって、商売や経営において大切なものを的確に掴むことができたならば[7]、企業だけでなく、社会も共に発展させていく一歩となると考える。

参考文献

松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』(PHP研究所、2014年)

松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(PHP研究所、2014年)

松下幸之助『すべてがうまくいくー素直な心が奇蹟を起こす』(PHP研究所、2016年)

松下幸之助『日本の伝統精神―日本と日本人について』(PHP研究所、2015年)

[1] 松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(PHP研究所、2014年)22頁。

[2] 松下幸之助・前掲注1)54頁。

[3] 松下幸之助・前掲注1)54頁、111頁。

[4] 松下幸之助・前掲注1)24頁。

[5] 松下幸之助『商売心得帖・経営心得帖』(PHP研究所、2014年)42頁。

[6] 松下幸之助・前掲注5)62頁。

[7] 松下幸之助・前掲注1)196頁。

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