論考

Thesis

ユニバーサル社会立国~松下幸之助塾主研究から考える国家百年の大計~

【本稿は、松下幸之助塾主研究から考える国家百年としてユニバーサル社会立国を宣言するものである。本稿では、松下幸之助塾主の理念と現状を比較しながら、ユニバーサル社会が松下幸之助塾主の国家ビジョンにどのように関連し、100年後の日本の理想のかたちを考察した。】

 松下幸之助塾主(以下、塾主)は、新党を構想した際に、当面の実現十目標として、「生きがいを高める社会の実現」を挙げている。生きがいを高める社会の構築のため、本レポートでは、塾主のビジョンを概観していくとともに、それを踏まえた国家百年の大計を宣言する。
 まず、塾主は、『21世紀の日本―私の夢・日本の夢』において、「生きがいを伴う社会福祉」として、「人間らしい温かい互助の精神でこれを助けて生かし、まだ働ける人にはあえてその力をおさえないで、大いにその働きの場を提供して、働きがい、生きがいを味わっていただくようにする」という精神に基づく方針を提示している[1]。塾主は、日本が、病気や障がいのためのセーフティーネットを整備しつつも、高齢者福祉国家」を目指すべきであると主張しているのである[2]
 生きがいについて、塾主は、天分という言葉を用いて説明している。天分とは、我々に与えられた異なった特質や個性、才能のことをいう[3]。人は、一人ひとりの顔かたちが異なるように、天分もまた違っており、「そのそれぞれに異なった天分を発揮しつつ、みずからの人生を全うしていくという使命がある」とされている[4]。そして、それぞれ違った天分に従い、それを生かすことができたならば、「たとえ社会的な地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができる」と述べている[5]
 塾主は、この天分を自由に生かすことのできる社会を「楽土」と表現した。そして、天分を生かすことが人間の人生における成功といえ、そういう人が多ければ、「互いの共同生活にもより豊かな活力が生まれ[6]、」「社会全体の発展、繁栄の程度もより高いものになる[7]」と説明する。つまり、生きがいとは、国民一人ひとりが天分を発見し、それを最大限に生かすことであり、楽土こそ、生きがいを高める社会ということができるだろう。
 政治の目的を「すべての人がいきいきと仕事に励み、楽しく生活していけるようにすることである」と考える塾主は、新党を構想した際に、「政治、経済をはじめ治安、国防、社会福祉その他、社会各面のあり方に再検討を加え」た先に、そうした社会の実現があると考えていた。これは、天分についての、「広く社会全体が、天分の発見に熱意を持ち、発見しやすいような環境、雰囲気を生み出していかなければならない[8]」との考えに立脚しているのではないだろうか。つまり、楽土の建設には、社会の中に、天分を生かすにふさわしい仕事が溢れるだけでなく、その仕事につきやすい環境を整えることが重要であると考える[9]
 しかし、今の日本の社会制度は、国民一人ひとりが天分を発見し、最大限生かすことができるものといえるだろうか。例えば、日本の生活保障システムは、性別分業型の近代家族モデルを前提としており[10]、男性の雇用を通じて女性や子どもの生活を保障していているため、女性の就労には、ケア責任の重さや労働慣行における男女格差の大きさから、時間的・経済的に高いコストが求められ、男性においても、重い稼得責任から長時間労働を強いられている[11]。加えて、その形態から外れてしまったひとり親世帯は、OECDの中で最も高い就業率を誇るもかかわらず、相対的貧困率も最も高く、働いても貧困から抜け出せないワーキング・プアに陥っている[12]。さらにその貧困が子ども世代に連鎖しており、教育格差につながるとともに、最近では、その閉塞感が「希望格差社会」や「親ガチャ」という言葉に表れているといえるのではないだろうか。
 塾主は、ともすれば不安感から将来への希望を失う人々に憂慮し、国民一人ひとりが未来に希望を抱いて生きることができる社会の実現に向けた政治の重要性を丹念に指摘していた[13]。そして、一人ひとりが天分を発揮し、ひいては社会を繁栄させる唯一の原理として、民主主義を挙げ、日本がおよそ民主主義国家として成熟していないとする[14]。なぜなら、アメリカなどの民主主義で繁栄している国家と比べて、日本人には自主独立の精神が欠けているからだ[15]。そして、民主主義とその繁栄には、国民一人ひとりが自己中心で勝手な振る舞いをするのではなく、完全な自主性を保つことが必要不可欠であるとした[16]。つまり、政治の役割とは、個々人の自主自立を促し、民主主義を発展させることにあるといえる[17]
 昨今、国内外の政治や経済における不安定さから個人の自立の重要性は、肯定されているように思われる。「老後200万円問題」をはじめとした、社会や国家に頼りきることができない状況から、「依存することなく、自立せよ」や「自己責任」という声をよく耳にするようになった。確かに、経済的にも精神的にも誰かに依存することなく、自分の行動と結果に責任が持てる人は近代国家が理想とする人物であろう。しかしながら、依存はそもそもそんなに悪いことなのであろうか。むしろ、人は何かに依存するからこそ、人として自立できているのではないだろうか。 
 人間とは依存と自立を両立する生きものではないだろうか。というのも、一見、自立しているように見えたとしても、この混沌とした世界の中を生きていく上では、何か「理念」や「信念」といった価値観を拠り所に生きている人もいるだろう。また、人間と社会の関係性を考えてみても、個人を取り巻く、大気や森林、河川などの自然環境や道路や電気、ガス、上下水道などのインフラストラクチャー、法律や金融、教育などの制度との関わり合いは切っても切り離せない。個人と社会の関係は、互いに影響を及ぼしながら、依存しつつ自立しているようである。 
 この意味において、自立とは、何にも依存せず、ひとりで生きていけることではなく、いざとなれば頼れるものがあることではないだろうか。そして、依存の選択肢が多ければ多いほど、何か一つに依存しなくてよいということになる。副業に代表されるこれは、「何か一つがダメになっても、もう一方があるから大丈夫」というリスク分散が人に安心や希望を与えることを示唆しているように思われる。つまり、自立のためには依存先を増やしていくことが肝要なのだ。依存だけでは、依存する対象に支配されてしまう。自立だけでは、社会から孤立してしまう。
 私たちが目指す社会は、相互理解の上に、お互いの長所と短所を補い合い、協力し合うことで、個人と社会がお互いに承認欲求や存在価値を認め、育む相互依存社会ではないだろうか。全ての人に公平に機会が与えられ、自由に天分を生かすことができること、容易に天分を発見でき、万が一失敗しても何度でもチャレンジできること、国民と国家の経済的負担が小さく、両者の持続可能性へ配慮されていれば、国民一人ひとりが自分の強みを発揮し続けるだけでなく、その強みが他者を支えるために生かされ、自分の弱みが他者の強みで補ってもらうことを可能にするための社会保障制度の再構築や共生の仕組み作りが必要となる。
 そこで私は、年齢、性別、地域、文化、国籍にかかわらず、国民一人ひとりが社会の中で「自立」した存在として、主体的に天分を発見し、最大限発揮できる「ユニバーサル社会立国」を宣言する。日本は、今後100年間に控える超少子高齢化、気候変動、災害といった危機に対して、日本に住む全ての人にとって、最大限可能な限り住みやすい社会をデザインし続けることを国是として、国家経営にあたる必要があるのではないだろうか。つまり、塾主の言葉を借りるならば、ユニバーサル社会もまた、自然や社会の理法の中で「ことごとく生々発展[18]」していくものとして考えなければならないだろう。
 ユニバーサル社会によって立国された日本は、誰一人排除されることなく、国民一人ひとりが性別や年齢、バックグラウンドといった個人差にかかわらず、「自立」した主体として、生き生きと活躍できる。そして、リーダーは、100年後も、子どもだから、高齢者だから、男性だから、女性だから、親だから、家族だから、障がいがあるから、外国人だからという理由に縛られることなく、全ての人が一人ひとり自立し、主体的に天分を発見し、生かし、生きがいを高めることができる「楽土」を目指して、社会制度をデザインし続ける。そして、国民一人ひとりが「自立」したユニバーサル社会の日本においては、民主主義が成熟していると考える。
 塾主の掲げた目標でもある「生きがいを高める社会の実現」には、国民一人ひとりが各々の天分を最大限に発揮できる楽土を構築する必要がある。100年の間に少子高齢化や人口減少、気候変動など厳しい局面を迎える日本において、その目標を達成するためには、変化し続ける社会や環境に適応できるユニバーサルな社会制度をデザインし続ける[金子1] ことが必要不可欠だろう。私は、それをユニバーサル社会立国として宣言し、国是とすることで、国民一人ひとりが自立して天分を発揮し続け、ひいては国家もまた繁栄し続ける社会を構築することができると考える。

[1] 松下幸之助『21世紀の日本―私の夢・日本の夢』(PHP研究所、1994)212ページ。
[2] 松下幸之助・前掲注1)205-212ページ。
[3] 松下幸之助『人生心得帖/社員心得帖』(PHP研究所、2014年)35ページ。
[4] 松下幸之助『PHPのことば(松下幸之助発言集第37巻)』(PHP研究所、1975)「第四章長久なる人間の使命」以下。
[5] 松下幸之助・前掲注1)36ページ。
[6] 松下幸之助・前掲注1)36ページ。
[7] 松下幸之助・前掲注1)37ページ。
[8] 松下幸之助・前掲注1)40ページ。
[9] 松下幸之助『PHPのことば(松下幸之助発言集第38巻)』(PHP研究所、1975)PHPのことばその四二」以下。
[10] 大竹剛「[議論]上野千鶴子「男性稼ぎ主モデルからの脱却急げ」」(2019)
[11] 畠山勝太「“ひとり親世帯”の貧困緩和策――OECD諸国との比較から特徴を捉える」(2017) 
[12] 桜井啓太「“子育て罰”を受ける国、日本のひとり親と貧困」(2019)
[13] 松下政経塾編『松下幸之助が考えた国のかたちIII』(PHP研究所、2010)131-132頁。
[14] 松下政経塾編『松下幸之助が考えた国のかたち』(PHP研究所、2010)80頁。
[15] 松下幸之助・前掲注4)日本人は自主性がない」以下。
[16] 松下幸之助・前掲注4)「その国にふさわしい民主主義を」以下。
[17] 松下幸之助・前掲注4)「その国にふさわしい民主主義を」以下。
[18] 松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(PHP研究所、2014)29-32頁。

参考文献

・OECD Employment Outlook 2019
・岩間暁子、大和礼子、田間泰子『問いからはじめる家族社会学–多様化する家族の包摂に向けて』(有斐閣、2015年)
・大竹剛『[議論]上野千鶴子「男性稼ぎ主モデルからの脱却急げ」』(2019)https://business.nikkei.com/atcl/forum/19/00024/082300011/
・桜井啓太「“子育て罰”を受ける国、日本のひとり親と貧困」(2019)https://synodos.jp/opinion/welfare/22579/
・畠山勝太「“ひとり親世帯”の貧困緩和策――OECD諸国との比較から特徴を捉える」(2017)https://synodos.jp/opinion/society/19382/
・松下政経塾編『松下幸之助が考えた国のかたち, II, III』(PHP研究所、2010)
・松下幸之助『実践経営哲学/経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(PHP研究所、2014)
・松下幸之助『人生心得帖/社員心得帖』(PHP研究所、2014)
・松下幸之助『21世紀の日本―私の夢・日本の夢』(PHP研究所、1994)
・松下幸之助『PHPのことば(松下幸之助発言集第37巻)』(PHP研究所、1975)
・松下幸之助『PHPのことば(松下幸之助発言集第38巻)』(PHP研究所、1975)

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三藤壮史の論考

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Masashi Mito

三藤壮史

第43期生

三藤 壮史

みとう・まさし

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多様化する家族観を包摂する社会の探究

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