Thesis
本レポートは、私が経営実習を通して掴んだ経営の要諦の一片を、かねてからの塾主研究を踏まえ「実践経営哲学レポート」としてまとめたものである。実習先での学びから、「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助塾主(以下、塾主)の経営哲学が現場にどのように活かされているのか考察し、最後に私自身の経営哲学について述べる。
群馬県館林市の社員9名のパナソニックのお店「ヤマノイ電器」にて、2022年5月11日~6月10日の一か月間の経営実習を行った。1957年創業、現在は2代目にあたる山野井秀樹社長が経営されており、年商は1億3千万円。1100軒を超えるお客様とのお付き合いを通じてまさに地域に根差した家族経営を行っている。
初めて点検に同行させていただいた際、時間が足りなくなるのではないかと心配になるほど丁寧に製品を点検されており、まさに塾主の「商品はわが娘のようなものである」という言葉通りで「商品、ほんまに娘やん!!」と衝撃を受けた。お客様に販売した製品の点検を行う電気店は多くあるが、従来の点検は販売促進を目的としており、ヤマノイ電器のように日々を通じて長期的に製品を点検する電気店は少ない。
ヤマノイ電器が、このような長期的な点検を始めたのも二代目社長に替わってからである。背景には、今いる顧客に売り切ってしまえば新規顧客獲得にしか成長が見込めないばかりかリピーターの維持も困難になるという当時の大きな不安があった。そこで目的を「10年後のお客様をつくる創客活動」とした。自分の店で売った製品への責任を果たすことを最優先とし、日々の点検を通じて培われるお客様との信頼という価値を提供することを掲げ方針転換を行ったのだ。
「二代目は熱意で勝負せよ」[i]との言葉にあるように、真の商売人であれば目先の利益よりも10年後の利益を追求するという覚悟を決め、熱心に点検活動を行うということ。そして何よりもお客様の目線に立ち相手のことを第一に考えるということが、社長が二代目として出した答えであり、まさに二宮尊徳の報徳仕法にある「至誠」[ii]の表れであるといえる。点検を続けお客様と関わる機会を継続的に確保することが、絶対的な人としての信頼を築き「ヤマノイ電器からしか買わない」とまでお客様に言わしめる所以なのだと分かった。
塾主の「魂を添えて売る」[iii]という言葉があるが、まさにこの点検を通して培われるお客様との信頼関係がヤマノイ電器の提供する「価値」すなわち「魂」であり、量販店よりも高くても売れる、営業をしなくとも口コミで新規のお客様が自然に増える結果を生んでいる。このような長期的なスパンで顧客を育てる営業は極めて日本的であり、地方ならではのコミュニティーが根付いていることに寄与する部分も大きいためどこにでもあてはめることはできない可能性も否定できない。しかし、地域性を理解し各家庭に合わせた価値観を提供することで地道に人間関係を築く姿勢は、結果的に他社への参入障壁となり強力かつ究極的な営業手法として汎用性が見込める。
1か月間に及ぶ経営実習期間中、日々のお客様との会話の中でヤマノイ電器は「安心」だから長く利用しているという言葉を何度も聞いた。この「安心」という言葉はヤマノイ電器の経営理念である、
「専門電気店として、地域の人たちに、電気製品をとおして、安心感と満足感と価値観を提供する」
に表されている。経営理念など知るはずのないお客様の口からこれらの言葉が出るということこそが経営理念が社内に浸透しており、そのサービスを受けるお客様の元へと届いていることの証明だと感じ大きな衝撃を受けた。
しかし、経営理念の浸透に際して社内では経営理念の唱和や理念浸透のための特別な方策はとっておらず、毎日の朝会での社長の所感と週に一日塾主の「一日一話」を利用したディスカッションの場を設けているのみである。ここに疑問を抱き社長に伺うと、「経営理念は本来命令・強制されるものではなく、じわじわと自分の中に浸透すべきものであると思う。」とおっしゃっていた。社長自身、そういう確固たる経営理念を持った自分が日々所感を話すことで社員それぞれが得心し理念を体得してほしいとのことであった。
また、朝会では「今日やること」ではなく「昨日やったこと」を報告してもらい社員の日々の業務に指示は一切出さない。社員に裁量を与え任せることで自主性を育み、一人ひとりがそれぞれの顧客を大切にする一人の経営者として自由に働ける環境をつくるところも松下電器の事業部制や自主責任制に通ずるところがある。
塾主は『実践経営哲学』で、どんな現場、仕事でも常に経営感覚を忘れず向き合うことで工夫やイノベーションが生まれるのであり、まさに『経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』と述べている。[iv]本章では、1か月という短い期間ではあったが、私なりに得た「経営のコツ」はここにあるのではないかと思うことを論じていきたい。
私が今後大切にし実行していく経営理念は「愛でお客様との信頼関係を育む」である。本実習を通して、ビジネスには無用だと考えていた人情や奉仕の心、継続性がお客様を確固たるファンにするためには欠かせないばかりか最も重要なファクターであることを肌身で感じた。さらに、経営実習での最大の学びとして分かったことは、これまで塾主研究を通して触れてきた塾主の経営哲学は私の経営哲学を構成する要素そのものであったということだ。「愛で信頼を育てる」という経営理念を具体的な行動に落とし込むと、塾主のおっしゃる「人情の機微を知る」になる。なぜなら、人間関係を築き人に信頼される商売をするためには人の機微やニーズを敏感に感じ取り、その取引に双方向かつ本心からの納得があるかを見なければ持続性がないからだ。
一塾生としてパナショップで研修させていただく中での学びが、改めて振り返るとまさに「松下幸之助の経営哲学」を実践していたことに気づいた。私が汗水垂らして自ら獲得したと思っていた経営の要諦が、熟慮してみると塾主の言葉にすべてのエッセンスが集約されていたことに気が付くという作業の繰り返しであった。まるで『幸せの青い鳥』の物語のように、己の経営哲学を見出すべく修行に出たつもりが気が付けば経営の神様の元に戻ってきてしまったという帰結がおもしろかった。塾主の経営哲学はあらゆる現場に適用できるまさに経営の神髄をついたものであるが、それは塾主が人生をかけて体得してきたまさに血と汗と涙の結晶である所以であるということを実感し、だからこそ名だたる経営者が塾主の言葉に導かれ、励まされるのだと感じた。
経営においては結果的には利益がすべてであることは間違いなく、今もその考えは変わらない。しかし、一見めんどうで儲からないとも思える「お客様との信頼関係を育む」ということこそが企業の基礎体力となって会社を支えるのだと分かった。つまり、今手に入る目先の利潤を追い求め一回きりの販売で終わってしまうのではなく、一つ一つのご縁を大切にし顧客のファン化による10年後の顧客を創る「創客」こそが会社にとっての長期的かつ安定的な利益向上につながるということである。
ヤマノイ電器においてはそのための顧客への奉仕や社会貢献活動が日常の業務なのであるが、無理な営業ノルマが存在しないことにより目の前のお客様のお困りごとに真摯に向き合うことができるという点からも、結果的にはお客様だけでなく従業員の貢献感やモチベーションの向上といった面でも良さがある。長期的な視点からその企業が何十年にもわたって繁栄するために、お客様や取引先といった顧客に必要とされ、愛され続けるということなくしてはどんなに成功している事業にも未来はない。すべての企業活動の下支えとなるのがブランドに対する信頼となるわけだが、これは一朝一夕に築かれるものではなく、逆に信頼を失うときは一瞬である。そういう意味では「信頼関係を培う」という一見非効率に見える作業こそが会社の中で最も重要な役割を担っており、品質のように数字には表れなくとも一番の業績をあげるのだと考える。
また、テクノロジーの進化に伴いサービスの多様化していく時代の中で、ある一定数のフォロワーを常に維持することができれば、商売の形態がいかに変容しようとも時代に適応できる。その観点からも顧客との間の信頼関係を培い、維持することが肝要であるが、経営者には塾主が最も大切にする「素直な心」でお客様のニーズを見抜き、時代の求める「価値」を読み取る力が問われている。
さらに、顧客が何を求めているのかを読み取ったうえでそれに応えるスキルとして求められるのが人の機微を読むということである。塾主のいう「人情の機微を知る」ことはすなわち人をみる能力を磨くことでもあり、例えば目の前のお客様が何に怒っているのかを考えることや、はたまた取引相手が信用に足る人間かどうかなど、商売の「勘所を知る」上でも非常に重要な力である。経営するうえでは人対人の関係性を築き営業していくことからは逃れられない。ならば人の機微を読み取り都度適切なコミュニケーションをとることで、相手にも自分にもベネフィットのある関係性を築くことを目指すべきであり、そこが経営者の腕の見せ所であるともいえよう。自らの利益を最優先にするのではなく相手のことを第一に考えることを心掛け、世のため人のため、「愛」ともいえる奉仕の心で信頼関係を育む。理想論かもしれないが、目先の利益に捉われることなく関係性を培いお客様との将来に投資することこそが、結果的には利益の最大化につながるのではないだろうか。
これからの時代を生き抜く経営の形として、先に述べたような事業を通して顧客や地球環境を想い社会に貢献しようとする姿勢が、事業を持続させる上では欠かせない要素になってくるように思う。ハワイ州をはじめとする一部の国や地域では、紫外線吸収剤がサンゴ礁などの環境保全に有害であるとし紫外線吸収剤を含む日焼け止めの販売が禁止された。しかし他国では環境に有害であっても販売することができるなど、私たちの生きる世界は依然として販売促進を前提とする利益追求型社会になっている。
しかし本当にそれでよいのだろうか?企業の社会的責任として、我々の地球環境を守り、利潤を超えた真に顧客のニーズを捉えた事業を行うことが新しい価値を産み持続可能な社会を創造していくことであり、それらは決してイメージアップを意図して戦略的に行われる罪滅ぼし的なチャリティーでは到達しえない。現に大企業程チャリティーやSDGsへの取り組みを積極的に行うなど、顧客のイメージアップに莫大な投資をしている。しかし、もう一歩踏み込んだ価値転換が求められている。自社のみの利潤追求から抜け出し、いかに社会貢献に自らの事業内容自体を近づけていけるかを理念とするような、言うなれば利他の精神を持った企業が、これからの社会をリードするのであり、そのような企業が増えることが塾主の提唱された物心両面の真の繁栄につながるのだと考える。
以上のように、「愛でお客様との信頼関係を育てる」とはすなわち「人情の機微を知る」ことの実践を通して顧客の真のニーズを満たしたときに達成されるものであり、目先の利潤を超えた利他的行為の結果、人と会社という本来無機質な関係性に信頼が芽生えるのだと学んだ。その点でまさに商人として人情を大切にし、信頼を育んできた塾主とのつながりを大いに感じることのできた実習であった。結論として、本レポートで繰り返し述べてきたことではあるが、私が経営者として今後最も大切にしていきたいものはやはり人間同士の「信頼」である。経営実習や塾主研究を通しての学びを踏まえ、まずは人として信頼感を持たれる社会人になるべくより一層精進していく所存である。
[i] 松下幸之助、『実践経営哲学』PHPビジネス新書、2014、p139
[ii] 松沢成文、『教養として知っておきたい二宮尊徳』PHP新書、2016、p11
[iii] 松下幸之助、『商売心得帖・経営心得帖』PHPビジネス新書、2014、p44
[iv] 松下幸之助、『実践経営哲学』PHPビジネス新書、2014、p192-196
『実践経営哲学/経営のコツはここなりと気づいた価値は百万両』松下幸之助
『人生心得帖・社員心得帖』松下幸之助
『商売心得帖・経営心得帖』松下幸之助
『指導者の条件』松下幸之助
『わが半生の記録私の行き方考え方』松下幸之助
『人間を考える』松下幸之助
『リーダーになる人に知っておいてほしいことⅠ』松下幸之助
『リーダーになる人に知っておいてほしいことⅡ』松下幸之助
『これからのリーダーに知っておいてほしいことⅠ』中村邦夫
『一日一話』松下幸之助
『同行二人松下幸之助と歩む旅』北康利
『すべてがうまくいく』松下幸之助
『21世紀の歴史』ジャック・アタリ
Thesis
Kisa Shimizu
第43期生
しみず・きさ
Mission
誰もが自尊心をもち、生き生きと幸福を追求できる社会の実現