論考

Thesis

黄金郷ジパング立国宣言~松下幸之助塾主研究から考える観光立国~

(ジパング)  本レポートでは、松下幸之助塾主(以下、塾主)の提唱する観光立国を基に、塾主研究の集大成としての私なりの国家百年の大計を考えた。日本に与えられた天分とは何か?そして観光資源として世界に誇れる日本の良さ、美しさとは何か?塾主の言葉を適宜引用しながら観光立国の具体的施策について述べる。

1. 黄金郷浪漫立国宣言

 マルコ・ポーロにより黄金郷「ジパング」として紹介され、現代まで多様なイメージを持たれる日本であるが、「黄金郷浪漫」立国宣言と名付けた意図としては「一度は日本を訪れてみたい」という思いを世界中の人に持ってもらうことを第一の目的に据え、奥深い日本の豊かさを様々な観点から世界に発信することで日本にロマンを抱いてもらうことがある。これを塾主が提唱した観光立国 を実現させる上で私が目指す国のかたちとし、次章から塾主の理念を交え展開していく。 

2. 塾主が考える日本の資源と観光立国 

 まず塾主の考える観光立国、日本の観光資源についてまとめる。塾主曰く、「日本の富の一番大きなもの」は「景観美」であり[i]、観光立国という政策は、経済的な利点のみならず日本の景観美を世界に共有するという博愛の精神、さらには国土の平和に資するという崇高な理念からも推進すべき重要な立国方策であるとする。景観を整備し、自然を保全していく中で国民の意識が変わり公害防止技術が発展したように、副産物として他産業の発展、企業の創出も推進され日本全体としても物心ともに利を得ることができると説いている。また、国家安全保障の観点からも「日本がその国土開発、自然美創造に成功し、いわば世界の人々にとっての”聖地”になるならば、一朝事がおころうとも、どの国も、この”聖地”だけは戦火から免れさせようとするのではないか。(中略)そのためには単に自然の景観が美しいというだけではいけない。いわば世界の聖地たるにふさわしく、物心ともにあらゆる面において高く評価される国にならなければならないと思う。(中略)だから、ここでいう観光国家はすなわち徳行国家でありマナー国家である。」[ii]と述べており、日本が覚悟をもって観光立国を目指し、本来の豊かな精神性を発揮し外国人をもてなすことで日本は聖地として世界中の人から憧れられる旅行先になるだけでなく、文化保全の観点からも結果的に国防につながるとしている。「何と言っても観光立国によって生み出されてくる最大の利益は、日本が平和の国になるということです。(中略)わが国も、観光立国によって全土が美化され、文化施設が完備されたならば、その文化性も高まり、中立性も高まって、奈良が残され、京都が残されたように、諸外国も日本を、平和の楽土としてこれを盛り立ててゆくことでしょう。これほど大きな平和方策は他にありますまい。」[iii]とある。例えば、「唯一の被爆国としての日本」という面を強調し平和学習で世界中から学生が訪れるほどになれば、国際社会における日本のプレゼンスにも有益であり、物心両面において日本国内だけでなく世界に貢献できることからも、観光立国への取り組みを通じて得られる将来性は大きい。 

 塾主は「日本よい国」[iv]で日本特有の四季と生き生きとした自然の美しさを強調している。さらに、日本人の備え持つ精神性についても「自然だけではない。風土だけではない。長い歴史に育まれた数多くの精神的遺産がある。その上に、天与のすぐれた国民的資質。勤勉にして誠実な国民性。」と述べており、日本が徳行国家として物心両面から尊敬され、一目置かれるような、そんな国になれるはずであり、そもそも日本にはその確固たる素地が備わっているとしている。つまり、日本には自然美という物質面での光、そして長い歴史によって育まれた文化や精神性・感性といった精神面での光が放ついわば物心一如の輝きがあり、それを通して世界に素晴らしい価値を提供できるということである。このことをまずは日本人が再認識し、風土や郷土に対する健全な誇りと愛着を持つこと。そして失われつつある古き良き「日本人らしさ」や美しい言葉に改めて向き合い、変わっていく日本社会にどう日本の美を残し継承していくのか、あるいは歴史に淘汰され風化してもかまわないのかについて改めて考えることが重要である。日本人一人ひとりがそれぞれの立場で日本の美しさや歴史に思いを馳せ、日本を改めて知るきっかけを作ることが観光立国を実現させる上での第一歩となるだろう。

3.コロナ禍における日本の観光業の現状と予測 

 2019年から続くCO-VID19の流行により、世界中の観光産業が打撃を受けている。日本も例外ではなく、外国人観光客の入国を制限した結果2021年の外国人入国による経済効果は3,600億円まで減少し、年間7. 1兆円の損失が生じた。新型コロナウイルス問題が生じる前の2019年には、インバウンド需要が4.8兆円、留学生など長期滞在者の経済効果が2.7兆円、合計で7.5兆円の経済効果が生じていたと試算され、年間の名目GDPを1.3%押し上げていたことからもかなり大きい経済的損失であった。[v]これを受け日本政府も今年6月から[vi]水際対策の緩和を進めている。観光庁は2030年の目標訪日観光客数を6,045万人とし15兆円の経済効果を見込んでいる。[vii]2019年における外国人訪問者数で日本は世界12位、アジアでは4位という結果になったが、訪仏観光客数8000万人を超える観光大国フランスは30年連続世界一をキープしており、[viii]2122年の日本が世界でも指折りの観光地になるために確固たる戦略と観光国家としての経営理念をもつことの重要性がうかがえる。バーチャル空間の発展やヒト・モノ・カネの国家間移動が飛躍的に容易になると予測される100年後の世界では、実際に現地に赴くという「体験すること」の価値は今と比較にならないほど上がるだろう。そんな観光市場で勝ち残るために最も重要なことは、やはり日本の地方活性化である。地方創生により日本全土に伝統的な街並みを復元し「美観地区」を増やすなど、地方それぞれの魅力を存分に生かすことで、日本を訪れる人が差別化された多様な「体験」を通じてコアファンとなり、ひいては彼らがアンバサダーとして日本を宣伝してくれるようになる。洗練された都会と古き良き日本らしさの残る地方の特性を効果的に保存していくことで、何度でも訪れたい日本にすることが肝要である。

4.具体的方策

 歴史的遺産が放つ光、文化・高い精神性が放つ光、そしてその二つの物心一如の輝きを世界に発信していくということが、塾主の考える楽土の建設につながる。AIが人間の知能を上回るシンギュラリティポイント後の世界において想定される社会問題として、人対人のつながりが希薄化し孤独感を抱える人が増えることが予測される。そこで、いかに技術が進歩しようとも人間には再現できない雄大な自然に癒されるべく進化したVRを利用し、主にオンラインでの観光PRを推進する。ここで、いかにリアルで日本を訪れてもらうかが命題となるが、バーチャル空間において日本をコンセプト化し忍者・侍・芸者タウン等をつくり、そこで得た通貨を日本で使うと価値を10倍とするキャンペーンを実施するなどして集客する。さらには無料で日本の「道もの」を体験させることで日本の伝統精神を五感で体感していただく。顧客ターゲットとしては富裕層に絞り、彼らがいかに長期滞在をしてくれるかに着目した戦略策定をすることが肝要であると考えている。日本への関心を寄せ、如何に集客するかが問題となるが、オーバーツーリズムへの対策としてもやはり第二、第三の東京、京都をつくっていくイメージで、アクティビティの質を重視し回遊性のある地方創生に取り組みたい。

 また、塾主の提唱する「新国土創成論」において、国土の70%を占める山岳地帯の20%を国家の新事業として開発し、有効可住国土とする考えがある[ix]。例えば山を削り島を創成するにしろ、自然環境への配慮や景観美の他あらゆる分野において国民の理解を得、衆知を集めることが肝要となるが、新事業として雇用を生むなど景気変動にも対応させることで日本経済の調整弁としての役割も担うことができるという[x]。塾主の「新国土創成論」は日本における長期的展望の無さからくる社会の停滞感を打破する上でも画期的なアイデアである。

 塾主の提唱された新国土創成を行うことで、例えば美観地区を一から設計できることは観光立国の観点からも大きなポテンシャルがある。世界の富裕層をターゲットに、特区として税制を定めいかにも江戸時代の日本のような景観を備えたスマートシティをつくっても面白いかもしれない。また、「時間旅行のできる国日本」として、日本の歴史の中でもアイコニックな時代を選びそれらをコンセプト化して各特区を作りこみ、旅行に限らず居住も可能とすれば、国全体を一つの巨大なテーマパークのように観光スポット化できるだろう。これにより日本への移住検討者の増加にも貢献し、長期的には少子高齢化による人口減少に歯止めをかけることにもなるかもしれない。他にも、バーチャル空間ですでに存在するような未来都市を作り人気アニメのワンシーンがショーとして実際の街で毎晩演じられるなど、エンターテインメント要素も大いに取り込むべきである。このように、想像力を働かせれば観光立国に秘められた可能性は無限大であり、新国土創成の過程で新たなイノベーションが生まれることも期待できる。そのような観点からも、日本の新たな成長路線として観光立国と新国土創成は非常に相性の良いプロジェクトである。

 他にも、塾主の言葉に「(台風の)被害を防ぐためにも、また進んでこれを活用するためにも、台風の雨を一気に流してしまうのではなく、(中略)最大限そこ(人工の谷や河川)に蓄積できるようにし、それらを徐々に流すことによって、飲料水、農業、工業用水、さらには水力発電に活用していくのである[xi]」とある。英知が終結しイノベーションによって自然の驚異が恵みに変換される技術が多数生まれることで、日本は環境問題における課題解決先進国として世界をリードすることもできるのではなかろうか。

5.国家百年の大計としての観光立国

 私の考える日本の強みは何と言っても豊かな自然と文化、そして日本人に本来備わっている精神性である。世界に誇るべき日本の美しい自然と四季を守り、環境を保全しイノベーションを起こしていくことで環境先進国としても世界をリードすることができる。観光立国を実現しリアルで日本を訪れてもらうためのプロモーションとして、やはりメタバース,インターネットやエンターテインメントを通じた映像やVRで発信することが最も有効な手段であると考える。

 かつてマルコポーロは日本を黄金の国と記述し、[xii]明治期に日本を訪れたイザベラ・バードは日本人とのふれあいの中でその精神性に触れ、日本を「桃源郷」に例えた。[xiii]「観光」という言葉は『易経』にある『觀國之光利用賓于王』(國の光を觀るもって王に賓たるに利し)[xiv]に由来しているとされ、その意味するとことろはその土地(国)の光を観ることである。日本の歴史的遺産が放つ光、文化・高い精神性が放つ光、そしてその二つの物心一如の輝きを世界に発信していくということが、塾主の考える平和・繁栄・幸福の調和する楽土の建設につながる。国に与えられた天分を生かし、日本にしか出せない色で世界に発信し続けること。そして観光立国を通して成長していく中で、日本人が日本にいながらにして世界中の人と関わり合い、日本を客観視し、相互理解を深めていくなかで改めて日本の伝統や文化、精神といった真の価値を活かした国造りができるのではないだろうか。その結果、混沌とした世界を照らす精神大国日本として、新たな時代を模索する上で日本は世界に貢献していくことができ、回りまわって観光立国にも寄与できると考えている。

 少子高齢化や経済の低迷による日本のプレゼンスの低下に反し、観光立国とそれに伴う新国土創成は世界中から注目を集めるだろう。大規模な国家プロジェクトとして世界初のケースとして日本は関心を向けられることになる。国力が衰え尻すぼみになると思われていた日本が黎明を見出し、世界に新しい価値を提供できることは、まさに伝説だと思われていた埋蔵金が発見されたかのような衝撃を世界に与えるだろう。その意味ではまさに日本には観光立国による大いなるまさに黄金のようなポテンシャルが眠っているとも言え、黄金の国ジパングがその真の姿を現すのだという期待も込めて、黄金郷ジパング立国を宣言した。予想される国内での変化として、海外を意識した戦略を策定する中で世界の中の日本をどう捉えていくかへの視座が得られ、日本の個性とグローバリズムのバランシングについての議論もより一層活性化すると考えている。こうした活動により国際競争力を高め、観光を日本の基幹産業にまで押し上げることで観光先進国としての日本を実現し、日本が国内、そして世界中から愛される国になる未来の展望としたい。

[i] 昭和27年9月立花大亀禅師との対談
[ii] 『崩れゆく日本をどう救うか』昭和49年12月
[iii] 『崩れゆく日本をどう救うか』昭和49年12月
[iv] 松下幸之助、『道をひらく』PHP研究所、1968、p270
[v] 水際対策緩和の経済効果試算、出入国在留管理庁「在留資格別外国人新規入国者数の推移」、「外国人及び日本人帰国者数の推移」、観光庁「訪日外国人消費動向調査」を基に野村総合研究所作成
[vi] 訪日外国人数(2022.4.)、Japan National Tourism Organization
[vii] 「明日の日本を支える観光ビジョン」観光庁
[viii] 国連世界観光機関(UNWTO)
[ix] 松下幸之助、「新国土創成論」1976年6月2日
[x] 『現代』1976年9月
[xi] 松下幸之助、「新国土創成論」1976年6月2日
[xii]マルコ・ポーロ、長澤和俊訳、『東方見聞録』
[xiii]イザベラ・バード、時岡敬子訳、『イザベラ・バードの日本紀行』
[xiv]高田真治・後藤基巳訳、『易経』

参考文献

『21世紀の日本-私の夢・日本の夢』松下幸之助 
『松下幸之助が考えた国のかたちⅠ』松下幸之助 
『松下幸之助が考えた国のかたちⅡ』松下幸之助 
「明日の日本を支える観光ビジョン」観光庁 
『松下幸之助発言集第九巻』松下幸之助 
『松下幸之助発言集第四十一巻』松下幸之助 
『松下幸之助発言集第四十四巻』松下幸之助  
『これからの日本人へ-自分の生き方を問い直す311のメッセージ』松下幸之助 
『「日本よい国」構想-豊かで、楽しく、力強い日本を!』山田宏 

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清水紀沙の論考

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