論考

Thesis

投票率を上げるには

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1996/3/29

昨年の参議院選挙は戦後最低の投票率だった。93年の衆議院総選挙もしかり。いま、投票率の低下に民主主義の危機が叫ばれている。投票率を上げるにはどうすればいいのか。世界各国がとる対策を参考に、日本の対応策を考える。

私が日本で初めて見た選挙は、1992年の参議院議員通常選挙である。そのとき私は、日本語集中コースの学生として滋賀県彦根市の一般家庭にホームステイしていた。そこはかなり積極的に政治活動を行う家庭だった。しかし、そこで私の興味をひいたのは、熱心に政治に参加する彼らの姿ではなく、彼らを政治、とりわけ投票という行動に駆り立てる動機だった。

 他の先進民主主義国と同様、日本も投票行動に重きを置く。投票は政治参加のうちで最も簡単な行為であるにも関わらず、多くの人は自分の持つ一票の価値を軽んじ、政治家や政策の決定に与える力を過小に評価して、棄権する。

 1993年の衆議院議員総選挙の投票率は67.26%、95年の参議院議員通常選挙は44.5%だった。これはともに戦後最低の投票率である。第2次大戦後の最高は衆議院で76.99%(58年)、参議院で74.55%(80年)である。ちなみに米国は、94年の連邦議会選挙(上院、下院)の投票率が44.6%で、戦後最高は64年の57.8%、最低は90年の33.0%である。

 投票行動と投票率の話に入る前に、投票率はどのくらいあればいいのかということについて言及しておく必要があるだろう。95%か100%か。簡単に答えは出せないが、高投票率が民主主義国家の暗黙の目標となっている理由は、それが民主的な統治と政治的指導力に正当性と信任を与えると考えられているからである。

 しかし投票率は日米とも驚くほど低い。原因は有権者の政治不信と無関心から、魅力ある候補者や政党の不在までと様々ある。ある研究によれば、有権者の社会経済的な地位(socio-economic status)も政治参加や投票率に大きな影響を与えるという。投票行動はある特定の有権者にとっては、より「コストのかかる」行動となる。たとえば、投票のために一時的に仕事を離れなければならない人は賃金ロスとなるし、投票所が不便な場所にある人は利便性についてコストがかかる。一般に、経済的に余裕があり、仕事の融通性が高く自由になる時間のある人ほど投票の可能性が高くなる。

 一方、なぜ投票に行くのかという理由も、いかない理由同様いろいろある。ホームステイ先を例にとってみよう。現在82歳のおばあさんは投票を「特権」だと考えているので必ず行く。1946年に20歳以上の全ての国民に普通選挙権が認められ、翌年、総選挙が行われるまで女性は投票できなかった。だから彼女は33歳になるまで投票できなかった。その経験から彼女は82歳の今日まで熱心に投票に行く。一方、長男と嫁にとって投票は憲法で保障された「権利の行使」だ。政治家や政党を評価し、彼らの考えを政策に反映させる手段である。これが孫の世代になると投票は「社会的義務」や「責任」になる。必要だから仕方なしに行く。大人になることに伴う責任だ。しかし重要なのは、どのような動機であろうと投票する、ということだ。

 では投票率を上げる手段について考えてみよう。
 最も簡単な方法は投票を強制・義務にすることである。この方法はわずかにオーストラリア、ベルギー、イタリアで実施されている。だが投票率は100%ではない。投票に行かないペナルティが大きくないし、行かなくてもそれを告発する手だてが限られているからである。とはいえ、この方法は確実に投票率を上げる。しかし民主主義の性質に馴染まないという欠点はある。

 次に考えられるのは、投票した人の税金面や財政面での優遇だ。少額の税金の免除や割引、民間金融機関の協力を得て、選挙に行った人の投資やローンなどを有利にする。

 もっと広範囲に投票率アップを望むならメディアを利用する。米国では重要なメッセージを送る特別キャンペーン、たとえば飲酒運転の防止、エイズへの注意などが頻繁に行われている。同じことが投票にもいえる。 また、タレント、有名人の起用もある。日本での「タレント」はものすごいアピール力を持っている。彼らが呼びかければ投票に行かせることができるに違いない。米国では「ROCK THE VOTE」というキャンペーンで多くの若者が地域、州、国政レベルの選挙人に登録した。さらに投票を大学の単位にするという手もある。

 これらの中にはすでに他国で実行されているものがある。社会と政治の進歩に関心のある市民には十分考慮に値するだろう。
〔文責・訳 編集部〕

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