論考

Thesis

いまなお健在な中華思想

9月初め、7年ぶりに北京へ出かけた。最近の中国の変貌ぶりは聞いていたが、税関がノ ーチェックだったり、空港の外に高級車が並んでいるのには驚いた。中国のGDPはこの7年 間で2倍近くに増え、いま、世界で一番ロールスロイスが売れている国だというが、まさにそれを目の当たりにしたという感じだった。また、街には美髪店(美容院)が溢れ、街 をゆく女性の姿は服装も化粧も先進国の女性のそれとなんら変わるところがなかった。

 一方で経済の急発展につきもののアンバランスも目についた。政府系シンクタンクの建 物の上には東芝や三星の公告が掲げられ、研究室の一部は民間企業に賃貸されていた。収 入も政府系シンクタンクの研究員は月500元(約6500円)なのに、タクシーの運転手は4万 円近いという。

 開放政策はGDP比で年間10%以上の経済成長をもたらしたが、外資と技術の導入は必ずしも国内産業の育成にはつながっていないようだ。北京在住の松下政経塾研究員李光鎬に よれば、「韓国ではあっという間に財閥が育ったが、中国ではこれという企業が育ってい ない」と言うことである。

 『中国可以説不』(ノーといえる中国)という本がヒットしていた。『ノーといえる日 本』の中国版だが、国家意識が高揚している証拠である。今年の夏、日経新聞が組んだ「 米中時代」という特集記事には、米中は密月時代に入ったとあったが、私の実感ではむし ろ反米感情は高まっている気がする。もっともこれは、アメリカだけにかぎったことでは なく、ほとんどの外国に対してそういう傾向にあるようだ。対日感情も、首相の靖国神社 参拝や従軍慰安婦、尖閣列島問題などの影響だろうがあまり良い印象ではない。

 5000年の歴史と世界の5分の1の人口を占める自負に基づく中華思想は、いまなお健在で ある。中国をWTOなど国際ルールの場に引っ張り出しても、この巨大な国の人々の精神構造を変えることは不可能だろう。

 毛沢東の読書番で、中国随一の哲学者と言われる任継愈北京図書館長は次のように語っ ている。「大きな国というのはいいことだ。どこかを侵略されてもどこかが残り、どこか が凶作でもどこかが豊作だ」。

 日本がこの国と互していくには、単に10倍の経済力を持ってしてもだめである。経済格 差は年々縮小するし、一人の中国人が日本人の10分の1稼げば、それで国家全体としては日本の経済を追い越すことになる。しょせん近代合理主義や技術は、5000年の歴史の中で はつかの間の発明品にしか過ぎない。日本に必要なのは、この中華思想に対抗しうる強度 をもった思想と歴史観だろう。

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岡田邦彦の論考

Thesis

Kunihiko Okada

岡田邦彦

第1期

岡田 邦彦

おかだ・くにひこ

オカダ・アソシエイツ代表

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