論考

Thesis

公益を考えるのは誰か

次世代をリードするシンクタンクとして1997年に設立された「構想日本」。その運営を中心となって担っている代表の加藤秀樹氏に、設立意図と現在の活動内容、現代日本が抱える問題などについてインタビューした。

岡田   以前は大蔵省にお勤めだったと聞いています。「構想日本」設立のきっかけは何だったのですか。
加藤   役所の枠から離れて政策をきちんと作り、それを世の中に反映させる仕組みが必要だと考えたことです。どうしてそれが役所ではダメなのかと言うと、いくつか理由があります。ひとつは、今のような変化の速い時代にあっては、これまでの役所の分け方では対処しきれなくなっているということ。役所には当然所管があるし、それを簡単に変えることができない。それを超える仕組みをつくりたかった。もう一つは、役所というのはどうしても過去の経緯やこれまでのやり方に囚われてしまう。そこをなんとかしたい、と思ったことです。


岡田   縦割り行政と前例主義の打破ということですか。
加藤   後者についてはそうです。前者については、もはや世の中が求めてるものが役所の範囲を遙かに超えてしまっているということです。


岡田   「自治体のバランスシート」に熱心に取り組んでいますね。詳しい内容とその狙いを教えてください。
加藤   バランスシートの作成というのは、財政改革の準備段階です。企業でバランスシートと言えば、その会社の健康診断書です。それを見て企業は事業展開を考える。ところが日本の行政や財政にはこれがない。歳入歳出はありますが、ただお金の出し入れを記しているだけで出納簿にすぎない。これだけのお金を使ってこんなものを作ってこれだけの効果がありましたとか、これは無駄だとか、これはもっと注ぎ込んでもいい、といった評価は何もない。要するに自分の健康状態が分からない。そういう意味で、行政改革だ、財政改革だと言うならば、まずバランスシートが必要だと、始めたわけです。
 1年ほど前に日本国政府のバランスシートの試算を作りました。それが話題になって国会で質問されました。いずれ国のバランスシートが政府から発表されると思います。これは財政、行政サービスに関する一番基本的な情報公開です。
 それから、このバランスシートは国だけやっても不十分で、地方自治体も全てやる必要がある。徹底するならば国の一般会計、特別会計、特殊法人、公益法人、それに都道府県、市町村、全ての連結財務諸表が作られて初めて日本全体の健康状態が分かる。今、9県と15の市区町村に一つの基準でバランスシートを作ってもらおうとしています。ここで日本のナショナルスタンダードをつくりたい。歳入歳出はただ正確に書けばいいのですが、バランスシートを含め財務諸表には判断が必要となる。公的な資産の評価をどう考えるか、減価償却するのかしないのか、など評価判断が要る。その基準が各自治体でバラバラでは困る。


岡田   この他に力を入れて取り組んでいるプロジェクトは何ですか。
加藤   いろいろあります。ひとつは行政を官から民へ移行させるという流れです。それは単に公的なことを市場に任せるということではなく、公的なことを民自身がやる仕組みに変えるということです。これはNPOがカギを握ると思うので、NPO支援のための条例を作ったらどうかとか、税制を変えたらどうかとか、国がダメなら地方から始めようとか、いろいろやっています。
 それから、この問題とセットで財政の話があります。財政改革についてはいろいろな人がいろいろなことを言ってますが、具体的に何をどうするのかということは誰も言わない。われわれは地方交付税の見直しを検討しています。地方交付税は、日本の国家予算85兆円の内15兆円と極めて大きな比率を占めている。これが国と地方の関係をいびつにしている。


岡田   話は変わりますが、今の日本社会全体を見て、何がもっとも問題だとお考えですか。

加藤   今、グローバル・キャピタリズムということが盛んに言われていますが、この資本主義というものをどういう形にするのか、という議論が正面から、しかも現実のこととして行われてないことです。それを実現していく政治の仕組み、これもまったく議論されていない。現状は、議会制民主主義とそれを選ぶ選挙が基本になっていますが、それをこの先どうしていくのか。
 私自身の考えは、市場に対し何らかのルールを作る必要があるというものです。それから、それを実現する国の仕組みについて言えば、今の議会制民主主義や選挙の仕組みがすぐに変わるとは思っていませんから、制度をどうするかということよりも、現状の基本形を維持した上で、今の制度をいかにうまく機能させるかということだと思います。


岡田   具体的にどういうルールが考えられますか。
加藤   非常に難しい問題ですがひとつの示唆としてヨーロッパの動きがあります。米国は「市場に任せろ」と口では言いますが、いったん事が起これば非常に強い力で介入する。それに対しヨーロッパはEU型社会民主主義とでもいうのか、市場の動きに任せながらも一方ではある種の規制をかけ、ルールの必要性を主張している。
 このあたりにヒントがあるように思います。たとえばWTOの自由化について言うならば、私は農業や林業などの一次産業には自由化に優先する規制が必要だと考えます。たとえば熱帯雨林やロシアのタイガの森木資源は外に出してはいけないといった規制を設けて、まず環境に関する国際的な社会的規制を確立する。それから金融に対する何らかの歯止めを作る。そういう形で共通のルールを作り、資本主義の爆発をある程度コントロールする。


岡田   大変興味深い意見ですが、自由貿易主義と対立しそうですね。
加藤   そうです。私はもう5年ぐらい前から10年以内にWTOは破綻すると言っています。しかし、何にでも規制が必要だと言っているわけではありません。日本にはいらない規制もいっぱいある。
 それでこれは先ほどの「公的なことを民自身がやる」という話につながるのですが、私は日本全体に一律に通用できる「公益」は存在しないと考えます。日本全体について議論できるのは、せいぜい外交や安全保障。住んでいる場所や属する社会によって公益の中身は異なる。だから公益というのは民自らが決めて実行するものであって、役人が「これだ」と決めてやれるものではない。そういう意味でこれまで全国一律でやってきたやり方には無理がある。これからは分散的にやることが大事だと考えます。


岡田   ありがとうございました。

<加藤秀樹氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1950年生まれ。
京都大学経済学部卒業後、大蔵省に入省し、証券局、主税局、国際金融局などを経て、1996年大蔵省官房企画官を最後に退官。同年10月、構想日本を設立。構想日本代表・慶應義塾大学総合政策学部教授。

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岡田邦彦の論考

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Kunihiko Okada

岡田邦彦

第1期

岡田 邦彦

おかだ・くにひこ

オカダ・アソシエイツ代表

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