論考

Thesis

第20期生共同研究(上・福祉編)

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松下政経塾

2000/1/29

松下政経塾では、今日的な課題に取り組み政策論争を巻き起こすこと、塾生が共通の問題意識・研究手法を確立すること、この2点を目的に1年目の塾生を中心に共同研究を行っている。昨年秋に、第20期生がEUで行った研究を今月から2回にわたり紹介する。

1980年代には「オランダ病」、「ユーロ・ペシミズム」といわれ、失業率が12%を越えたオランダ。それが大胆な改革により、失業率は4%台にまで下がり、今では「オランダの奇跡」とまで言われている。経済不況の続く日本に、オランダ・EU(欧州連合)モデルから活路を見出すことはできないか、そのような問題意識で第20期生9名が共同研究に取り組んだ。具体的には「ユーロ研究」、「高齢者福祉研究」の2班に分かれ、日本国内での事前調査の後、昨年10月2日から17日まで地で政治家、経済人、研究機関などと議論を行った。今月は高齢者福祉研究班(喜友名智子五味吉夫畠中光成田中百合子)について報告する。

キーワードは「自立」と「共生」

 昨年9月時点で日本の65歳以上(高齢者)人口は推計で2116万人を数え、総人口の16.7%、人口の6人に1人が高齢者となった。それが2015年には3188万人(25.2%)に達し、4人に1人になるという。日本は今、速いスピードで超高齢社会への道を走っている。そして読売新聞の調査によれば、7割の人が「老後に不安がある」と答えている。
 よりよい高齢社会を考えるとき、日本より先に高齢社会に直面したヨーロッパから学ぶことは多い。中でも質の高い福祉を効率的に提供しているオランダは参考になる。そこで、オランダの高齢者福祉から「自立」と「共生」という二点について報告する。
 高齢者といえども、学びつつ成長するという意味において、未来への可能性を持っている。また高齢者には知恵と経験を次世代に伝えるという役割もある。そうした面からも高齢者の自立は、本人にとっても社会にとっても望ましい。オランダは高齢者が自立した社会だ。街のいたるところで歩行補助用カートを押したり、電動車椅子に乗って買い物を楽しむ高齢者の姿をみかける。ある人は「一人暮らしをしているが社会サービスが充実しており不安は無い。子供の人生を邪魔してまで世話をしてもらいたくないし、その方が自分のためにもよい」と話す。子供世代との同居率は、日本が65%であるのに対しオランダは9%である。「自分でできることは自分でやる」というオランダ人の生活信条が、福祉という社会政策にまで徹底していることを感じる。

 社会にはさまざまな人たちが存在する。高齢者も社会で活動する主体であり、他の世代とともに学び合う。すべての世代において一人ひとりが成長し、充実した生活を送る。これが高齢社会における共生である。日本では、各種のアンケート調査を見ても、世代間のコミュニケーションや、高齢者の社会参加の場が十分とは言い難い。オランダの福祉政策の根底には「特定のグループの人が社会で隔離されることがないように」という考えがある。ライデン市で給食サービスを行っている組織を訪問したが、ボランティアとして登録している175人のほぼ全員が70歳以上だった。望むときに望むものが得られるよう十分な選択肢を与えた上で、何を選ぶか、「それは人それぞれだから(It’s depends on person)」と個人の意思を尊重するところにオランダ人の生き方をみた。

 オランダの高齢者政策は、「ある年齢以上の人々を『老人』として一律に区別するのではなく、高齢者も他の人々同様社会の一員とみなし、彼らが必要とする助けを必要なときに選択できる福祉のメニューをつくる」ことにある。つまり、ここには「高齢者=介護を要する人」という発想がない。あるのはその個人が助けを必要とするかしないかという線引きだ。それゆえ、施設ケア、在宅ケア共に「自立」という概念に支えられ、社会・地域・コミュニティーとの「共生」がつくりあげられるよう考慮されている。自立を支える選択肢として、施設ケアの部門では、医療・看護を提供するナーシングホーム(全国で320施設・ベッド数5万1300、なおオランダの人口は約1550万人)、ケア付き住宅である高齢者ホーム(1500ヵ所・入居者13万人)がある。また、在宅ケアの部門では、訪問看護婦(全国700組織・常勤看護婦9000人)、ホームヘルパー(全国200組織・4万人の常勤ヘルパー)、給食サービス、高齢者向けの住宅改造などがある。
 これらのフォーマルな社会サービス以外に、家族、コミュニティ、ボランティアによるインフォーマルケアも重視されている。かつてキリスト教がオランダの家族やコミュニティに与える影響には絶大なものがあった。しかし近代化や宗教の世俗化によって、施設ケアや在宅ケアは、従来の宗教に基づいたものから専門化した完全な社会サービス(フォーマルケア)へと変化した(この点、家族介護に重きを置き、社会サービスが立ち遅れている日本の高齢者福祉と大きく異なる)。しかし、フォーマルケアは整備されたものの、コストの削減や精神的な充足感から再びインフォーマルケアの促進を図る動きが起きている。オランダでは介護は、特別医療費保険制度(AWBZ、日本の介護保険に当たる)により専門的なサービスとして提供されてきたが、その一方で1995年7月1日から従来の現物給付に並行して、使途は要介護者が決定するという現金給付が開始された。現金給付の試みによって、家族やコミュニティといったインフォーマルケアに対してインセンティブ効果が発揮されるか注目される。とはいえ、現金給付の成否はまだ結論が出ていない。私たち研究チームが、帰国後、松下政経塾出身の国会議員の前で報告会を行った際にも大いに議論となった。

話して、話して、話す

 オランダの介護保険制度は非常に古い。日本は介護保険の導入にあたり、そのモデルをドイツに求めたが、そのドイツが実は隣国オランダの制度を参考にしていた。オランダの医療保険制度は3種類に分類される。長期(Long-term)は日本で言う介護保険、短期(Short-term)は医療保険、第3カテゴリー(3rd category)と呼ばれるのは民間の生命保険会社が販売している医療保険(特約)に近い。長期・短期は、正確に言うならば、介護・医療という区別ではなく、その治療・療養に要する時間の違いである。それゆえAWBZ(介護保険)は高齢者のみならず若年層も対象となる。AWBZは強制加入となっており、保険料は国と地域の運営主体の両方に納める。前者は課税所得の10.25%という定率で、後者は運営団体によってそれぞれ一定額を納める。また、短期と第3カテゴリーには競争原理が取り入れられているのもオランダの特徴である。
 オランダが介護と医療でなく、長期の介護(care)と短期の治療(cure)に分けて考えているのは参考になる。また、福祉(税・所得の分配)でまかなうか、社会保険(保険料・リスクの分散)でまかなうかといった問題や、競争原理の導入が可能な部分とそうでない部分はどこか、公私の適正な役割分担は何か、といった課題もオランダの事例は示唆に富む。

 「オランダ人が10人いれば10の政党が生まれる」といわれ、オランダはコンセンサスとネゴシエーションの社会である。これは一人ひとりが自分の意見を持ち、対立する場合には双方が納得するまで議論し、調整することによる。福祉についてもこの精神は機能しており、需要者(国民)と供給者(政府・福祉施設)との間で活発な議論が交わされ合意が形成される。社会文化計画局(Social Cultural Planning Office)の担当者は、このような精神を「話して、話して、話す」と表した。政策決定メカニズムが日本と異なり、早い時期からさまざまな議論が国民の目に触れるシステムが完成されている。たとえば日本の審議会が法的拘束力を持たないのに対し、オランダでは同様の組織に国民の代表が加わり、決定は政府を拘束する。その意味で日本より開かれている(城西大学の大森正博氏)。このネゴシエーションとコンセンサスの精神によって、一方が得をするのでなく、相互が譲り少しづつ利益を得るという「共生」を創り出し、「自立」した高齢社会を支える幅広い福祉メニューが整えられている。それを感じたオランダでの調査であった。

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