論考

Thesis

ベスト・バリュー

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松下政経塾

2000/5/29

この春、地方自治の先進国・英国で新しい試みが始まった。地方自治の近代化をめざし、英国はどのような手法をとろうとしているのか。英国の挑戦と日本の地方自治の現状を比較しながら、日本の自治体経営の今後を考える。

「ベスト・バリュー(Best Value)」。
 今年の初めに行った英国のスーパーでよく目にした。値札の脇に書かれている。日本語で言えば「お買い得品」という意味だろうか。客は買おうとする商品が本当にお買い得なのかどうか、よく吟味している。レシートの下には代金の他に「得した金額」という欄もある。物の値段に厳しい英国人の姿が伺える。
 この「ベスト・バリュー」、もてはやされているのは買い物においてだけではない。この4月から政府が全自治体(公安委員会、消防当局を含む)に導入した新施策の名でもある。

 中央政府が地方自治に強い指導力を発揮する英国では、保守党のサッチャー政権以降、様々な取り組みが政府主導で行われてきた。とくにサッチャーが行った公的部門への競争原理の導入や、大都市圏にあったカウンティ(県)を撤廃する法案など、その政策はドラステックであった。しかし、18年ぶりに政権を奪回した労働党も様々な政策を試みる点では負けてはいない。中でも地方自治近代化政策は、地方自治体の新しいあり方を探る試みとして注目を集めている。この政策の実現のために政府が打ち出したのが、先の「ベスト・バリュー」である。一体、地方自治において何がどのようにお買い得なのか。サッチャーが進めたCCT(強制競争入札)との比較を通じて、ベスト・バリューが示唆するものについて検討する。

英国地方自治の特徴

 英国の地方自治を論じる上でまずおさえておかねばならないのは、日本と異なるその構造・権限である。日本の地方自治制度では、議会と行政のトップたる首長は住民の直接選挙によって選ばれるが、英国では行政と立法機関が同一の議会委員会制で、公選の市長というものは存在しない(注1)。議会は「カウンシル」と呼ばれ、意思決定機関であると同時に執行機関でもある。議長は通常任期1年の名誉職にすぎず、実際の統治権は「リーダー」と呼ばれる多数党の指導者が担い、行政執行部門は議会から直接指揮・監督される。事務方のトップは「事務総長(chief executive)」で、通常議会の選挙後に公募される。
 権限と役割については、日本は国と地方自治体との分担領域が重なるいわゆる「縦割り行政」なのに対し、英国は住宅・教育・図書館など細かい分野毎に区分・役割が決まっている「横割り行政」である。さらに、日本は地方自治法によりその権限は例示された包括的権限をもつが、英国は法律により個別に授権された行為のみ処理できる。このため権限外の仕事は権限逸脱として違法となる。
 このような地方自治の特徴を押さえた上で、最近の英国の地方自治を巡る大きなトピック(CCTからベスト・バリュー)について概観する。

競争原理とサービスの質

 CCTは行政を震撼させた施策であった。行政・公益事業の事務には無駄が多い・非効率と、従来タブー視されていた「競争」を取り入れたからである。
 CCTは、地方自治体が行うある一定のサービスに対し、地方自治体に民間業者との競争を義務付け、民間・自治体直営いずれでも落札した者にその事業を委ねる。当初は道路や下水道の建設・管理など一部の現業部門に限られていたが、次第にその範囲を広げ、メジャー政権下の92年には、内部管理部門などホワイトカラーにまで及んだ。言うまでもなくCCTは自治体の現場職員には不評だった。落札しても一定の利益、つまり自分の職を確保するための徹底した経費と業務の見直し・削減が要求されたからである。

 このように、CCTは行政に民間の発想・手法を取り入れたと評価される一方、サービスをなおざりにしたコスト追求、行政内部の依頼人と契約人の役割分断による組織内部のアイデンティティ喪失、全国一律の手続き基準による地方の独自性・自己決定権の弱体化など、問題点が指摘されている(注2)。そこで、97年に政権をとった労働党は、それまでの保守党の行革路線を継承する一方、サービスの質の向上・顧客志向へと政策を転換した。
 この4月に英国の全自治体に適用された「ベスト・バリュー」は、提供するサービス全てがコストと質において最も経済的・効率的・効果的であることを義務づけている。つまり費用対効果において最高のサービスを要求しているということである。これにより地方自治体は毎年ベスト・バリュー業績計画を作成し、それを5年以内に実行しなければならない。さらにレビュー(業務見直し)には、俗に4C’sと呼ばれる4つのCをおさえておかねばならない。4C’sとは、①挑戦(challenge):いかにして目標を達成するか、なぜ行政が主体となりサービス提供を行うか、を考慮する必要性、②比較(compare):客観的なサービス業績指標に照らし評価する、もしくは優秀な他の自治体を参考にする必要性、③競争(compete):より能力のある第三者に委託することや、組織力・ノウハウ等をもつ民間団体やボランティア組織と協力してサービスすることを考慮する必要性、④協議(consult):業績評価や目標設定の際に住民・関係機関・納税者のニーズを確認・考慮する必要性、の4つである。そして、地方自治体は全てのサービスの継続的な達成について説明責任を負う。

 一方、政府が「ベスト・バリュー」導入にあたり示した枠組みは次の4点である。①自治体は地域が求めているビジョンを描き、それを達成するための手段を検討する。②レビューは前述の4Cに留意し、5年間で全ての事業に対し行う。③レビューで出された問題点を踏まえ、業績と目標を設定し公表する。④独立機関による監査や検査を実施する。その結果、計画の失敗や、目標達成が不十分と認められた場合には、改善勧告や大臣による直接介入が行われる。
 一般に、ベスト・バリュー施策はコスト重視に傾きすぎた前政権の政策に対する反動と受け取られているがそれだけではない。住民の地方自治に対する関心を呼び起こす役目も期待されている。英国では70~80%の投票率を誇る国政選挙に比べ、地方選挙の投票率は10~15%と極めて低い。そこでベスト・バリューは住民の巻き込みを図る一方策と考えられている。また、地方自治体の自主性の回復も負わされている。画一的なCCT実施が地方行政からサービス提供への創意工夫を奪った。これを是正し、地域の実状にあった最も良い施策を地方自治体主導で構築させる。
 このようにベスト・バリュー施策は、保守党政権によって弱体化した地方自治の回復を企図している。

■表 ベスト・バリュー制度とCCT制度の比較

ベスト・バリュー CCT
サービスの継続的な改善 入札時におけるコスト削減競争
すべてのサービスに適用 法律で指定されたサービスのみ
CCTに比較して柔軟
(住民ニーズの重視・多様な手法が可能)
法律どおりの厳格な施行
(創意工夫がない)
アウトカム重視・クオリティの追及 コスト・効率性への偏重
公平性・公正性の重視 公平性・公正性の軽視
他の部門との協調・パートナーシップの重視 他の部門とは競争関係

ベスト・バリューが示唆するもの

 ベスト・バリューの枠組みを概観すると、今日本の自治体で盛んに導入が行われ、また検討されている「行政評価」の取り組みに酷似していることに気づく。業務の見直し、住民への協議、業績評価の設定、測定、公表、監査など、そこには行政評価の理想の形があると言っても過言ではない。この意味でベスト・バリュー施策が示唆するものは大きい。以下、5つの視点から整理する。

(1) 評価
監査委員会(audit commission)(注3)で評価を行う効果について取材した際、「よりよい成績を出すという方向に向けること。実際に測ること」という2点を指摘された。実際に業績を測り(評価)公開することで、足りない自分たちの業績を上げようとする傾向が生じてくるのは英国で実証済みである。
(2) レビュー
ベスト・バリューの中で最も重要な位置を占めるのがこれである。レビュー抜きにはベスト・バリューの到達は困難である。レビューは、えてして挑戦を忘れてしまいがちな行政の現場に、変革・前進の機会をもたらしている。
(3) 関係者・職員の意識改革
新しい分野への改革・挑戦を行う際に、上から下まで同じ考え・姿勢で臨まなければ成功しない。それには議員を含めた職員・関係者の研修が必要である。
(4) 住民の巻き込み・関与・関心
ベスト・バリューを進める際に、行政側がいかに住民のニーズを調査しようとも、肝心の住民の参加がなければ業績計画・業績指標は作れない。レビューに関しても同じことが言える。ベスト・バリューの枠組みやパイロット自治体(注4)の取り組み事例から言えることは、いかに住民を巻き込むかに心を砕くことである。
(5) 責任所在の明確さ
英国では各サービス毎にどこが責任を負うのか責任の所在が明確で他者の関与がない。そのためサービスに対する見直しや改善が容易にできる。日本の場合には、国などから様々な介入が行われ、その結果、誰に対してのサービスなのか、最終的な責任は誰がどこに対し負うのかといった点が不明朗になり、評価システムそのものを上手く機能させることが難しい。
ベスト・バリューのフロー
(出典)improvent and development agency for local government
    http://www.idea.gov.uk/bestvalue

住民参加の真の地方自治

 住民不在、自治体主導の地方自治には自ずと限界がある。右肩上がりの成長を続けていた時期は、それでも数多くの事業執行によって住民の満足は散漫ながら遂げられていた。しかし、今日のように限られた予算の中では事業(行政サービス)は厳選せざるをえない。舞台(地方自治)を成功させるためには役者(住民)と、ショー(行政サービス)を最も効果的に上演するシナリオ(行政評価システム)が必要である。これらのいずれが欠けてもショーは成立しない。
 英国のベスト・バリュー施策を、ブレアが進める地方自治回生策の切り札とみなすならば、我々も今一度、地方自治とは何かといった基本に立ち返り、行政評価をいかに使うか考えねばならない。さらに、その行政評価システムの最も効果的な上演には、地方自治のあり方に目を向ける必要がある。本来行政が提供するサービスは、地域住民が最も快適な生活を送るために行われるべきであり、それが「地域住民の役に立つ所=役所」のあるべき姿である。これを行政存在の第一義と考えるならば、日本の地方自治制度をその追求に適したものに変えねばならない。それには、財政を含めたサービスの権限を地方に移譲し、真の意味で地方が責任を持てる地方自治制度を構築することが望まれる。現状のような、サービスの対象・責任も不明確なままでは、いくら素晴らしい行政評価システムを構築しても、真の意味で責任ある地方行政の執行は難しい。国や上位自治体からの介入がなく、責任の所在を明確に出来る地方自治制度の構築を早急に推し進めるべきである。これによって初めて、舞台を見る観客(感動を与える対象)も揃い、「地方主体の地方自治」というショーの開演も可能となる。

(注1) 住民投票により大ロンドン県(greater London authority)が復活され、2000年5月に公選の市長が誕生した。また、地方自治近代化政策の一環として全国一律な制度ではなく、自治体により公選の市長採用など選択できる施策が採られている。
(注2) 榊原秀訓「ブレア政権のベストバリュー制度」『住民と自治』1999年7月号
(注3) 1982年地方財政法(Local Government Finance Act)に基づき設立された独立性の高い外部監査機関。運営費のほとんどは手数料によって賄われ、政府からの補助金は一切受けていない。また、どの省庁にも属さない。
(注4) 2000年4月からの本格導入に向け、1998年から37の自治体によりベスト・バリューパイロットが行われた。

参考文献
・高寄昇三『現代イギリスの地方自治』勁草書房 1996年
・島田晴雄・三菱総合研究所政策研究部 『行政評価』東洋経済新報社 1999年
・財団法人自治体国際化協会「英国における地方議員と地方行政」『CLAIR REPORT 72号』1993年6月
・財団法人自治体国際化協会ロンドン事務所「英国の地方自治制度(1999年度)」1999年9月
・稲澤克祐「英国の地方行財政改革に学ぶ①~⑤」『地方行政』1999年6月17日~7月1日
・稲澤克祐「英国のベストバリュー施策」『地方財務』2000年2月号

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