松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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人間観
2004年5月

塾生レポート

選挙を通じて“人間”を考える -松下幸之助塾主の言葉から-
福田達男/卒塾生

 「選挙は究極の人間勉強である」とは、現在衆議院議員をされているある塾員の言葉である。松下政経塾では、政治家になるためのテクニックを教えることは微塵も無いが、そう誤解されるほど塾員の選挙には共通して熱心な部分がある。その理由を松下幸之助翁の発言から考える。それがひいては「人間とは何か」に繋がるのではないか。

 
 「選挙は究極の人間勉強である」とは、現在衆議院議員をされているある塾員の言葉である。私もそう思う。2003年の統一地方選以降、今回の参議院選挙までに合計5回の選挙にかかわってきたが、選挙のたびに思うことは、選挙は思ったよりも有権者の総意が表現されているということである。

 世間においてよく誤解されているのは、松下政経塾ではスピーチの仕方だとか、選挙の仕方といった、政治家になるためのテクニックを教えているのではないかということである。実際にはそのようなことが微塵も無いわけであるが、そのように誤解されるほど塾員の選挙には共通して、そう感じる熱心な部分があるのであろう。その理由は、私は選挙ほど候補者の人間性が試されるものはなく、そして、政経塾で学んだ人間観、人間としての磨きがその効果を表しているのではないかと思う。私自身はその磨きがまったく不十分である。その上で、塾で残された期間をその精進にかけたいと思う。

 松下幸之助塾主が、政治に携わる者を育てるために松下政経塾を設立されたわけであるが、そのカリキュラムに選挙の手法を全く取り入れず、日本文化の理解、儒学、宗教など、まさに人間の根底に流れるものの習得、精進に重点を置かれたのは、結局のところその先にある政治家への道、選挙の過程で、人間性が最大の条件になることが十二分に認識されていたからであろうと感じる。

 私は幸之助塾主に直接お会いしたことは無い。今となっては絶対にかなわぬ希望である。塾主のことを書いた書物に頼るほかにない。今、私は何か精神的に不安定である。何がそうさせているのかわからないが、公の精神と個の精神との葛藤、自分の周囲を取り巻く状況の不具合等、様々な要因であると思う。その不安定は紛れも無く自らの未熟さによって生み出されているものであるから、このような人間ではましてや選挙には不十分である。私自身が塾主の言葉から学ばなくてはならない。

 今一度、文献で紹介されている塾主の言葉から、特に選挙において有益であること、即ち塾主の人間観について考えることをしてみたいと思う。それは即ち、「人間とは何か」を考えることと同意であると考える。

「確かに未来は不確実なものかもしれないが、未来は人間がこう有りたいと念願することでより確かなものになると思うな」(不確実性の時代に関するガルブレイス教授の講義を受けての発言)

 今回、このレポートを書くにあたって、改めて松下幸之助翁の言葉を読み返して最も強く印象に残ったのがこの言葉である。私が松下政経塾に入塾する以前に接した松下幸之助翁の言葉の中で、特に印象が強かったエピソードは、関西の財界人からダム式経営をする秘訣を問われた際に「とにかく強く願うことですわ」と答え、多くの出席者が「それじゃ答えになっていません」といって笑った中で、出席者の一人であった稲盛和夫氏の心を強く打って、後に京セラの経営理念にその言葉が取り入れられたというものであった。「未来は人間がこう有りたいと念願することでより確かなものになると思うな」という言葉は、まさにこの「強く願うこと」と同じ意味であり、場所を違えて同じような発言があったことは、松下幸之助翁の根底の部分にそのお考えがあってのことと思う。

 「強く願うこと」という言葉に、私は大変な感銘を受けざるを得ない。自分ごとで恐縮であるが、現在自分の個別実践活動で取り入れている、小中学生を対象にした自然体験キャンプの運営に当たって、最近恐ろしいほどにそのことを実感することが多いのである。少しこの内容に触れさせて頂くと、この事業は私が十数年来取り組んでいる人間修養の一つであって、特に1997年からは自分が主催者となって実施している事業である。しかし、自分が主催者になるにあたっては、それ以前の主催者からの引継ぎは無く、正に事業継続には雲を掴むような状況があった。その当時は学生から社会人に移る、ただでさえ不安定且つ自分の自由にならない時間が多い時期で、体力的にも精神的にも厳しい状態で、ただ一心に「その事業の継続は参加者、スタッフの今後に大きな影響を与える」と信じ、その事業継続に向けて努力を重ねたのである。不安定なまま何とかこれまで事業を継続してきたのであるが、昨年、今年と何故か思わぬところで人と人の繋がりを痛感したのである。それまで、個々に関係を築いてきた方々が、誰か一人を介して相互に繋がっていたり、その繋がりを伝ってこれまで長年苦労してきた課題が解決されたりと、何か、点と点が繋がって線になり、それがすぐさま繋がって面になるといったことを感じることが多かったのである。単なる偶然と言ってしまえばそれまでであるが、私はその時毎に「強く願うことですわ」という松下幸之助翁の言葉が頭をよぎったのである。何か一つのことを成し遂げようと必死で努力を重ねれば、何か人間の計り知れないところでその方向に物事が動き、結果として上手くいくのではないか。根拠は無いが、私はそう感じることしか出来なかった。

 選挙についてもそのことがいえると私は思う。選挙の度に感じるのが、選挙は候補者の人間性を試されているということである。一般に我々有権者の一人一人は、選挙は(1)候補者の良し悪しではなく、(2)なにか組織的なものによって動いていて、(3)我々が持っている一票にどれだけの効果があるかと諦めにも似た感覚を持っている、ことが多いであろうが、これまで何度か自分自身が選挙に携わらせて頂いて感じたのは、我々有権者一人一人はあまり実感していないけれど、一人一人が頭のどこかで感じている思いが、投票という行動を通じて大きな一つの「意思」として形作られていくのが選挙であるということである。

 新しい候補者であればたとえ大きな選挙でも、「仕事を投げ打ってでもその人を応援してくれる人」(ときにそれをA名簿という)を集めるところから始まる。昨今、組織的な応援だけで勝てるような時代ではない。組織的な票はある程度の土台としてあって、その上でその候補者自身が自分でとってくる票が無ければ到底当選はありえない。特に深く関わっておられる方々が熱を帯びてくるのは、予想される投票日の半年くらい前からであるから、その半年の間、有権者が候補者に接する前の段階で、お互い気付かぬ間にA名簿の方々からの候補者への審判が始まるのであろう。日々候補者と接していて色々な面が見えてくる。それを候補者が感じ取って自分自身を高めることに繋げられれば、A名簿の人がますます本気になって知り合いに輪を広めてくれるし、更にその先に輪が広がっていく。そこに見えるのは、候補者の「強い願い」ではなかろうか。

 最近の日本の有権者は、以前よりも政局を見極めて政党に投票するようになってきたと感じるが、それでもまだ諸外国に比べ、党に投票するというよりも、候補者本人の人間性を問うている部分が大きいと思う。従って輪の広がりがあるか否かが選挙の結果に繋がっている。現在の公職選挙法は、候補者が有権者に訴える機会をことごとく制限している法律である。そのため有権者の多くはポスターや選挙公報といった極限られたものに頼ってしか投票する相手を選ぶことが出来ない。しかし、おそろしいもので、そんな限られたものを透かして候補者の人となりや考えが見えてしまう。「強い願い」を持っている候補者はそう見えるし、人間的に大きな人もそう見える。そして、裏心ある人もそう見えてくるのである。

 強く願うこと。そのことは選挙での必須条件であって、それは即ち、人間として備えるべき最も重要なことなのではないかと私は考えている。松下幸之助翁の発言は数あるが、自分が読んでいて、取り上げられているもので意味の重なるものは少ない。その中で「強く願うこと」と「未来は人がこうありたいと念願することで、より確かなものになる」とは概ね同意であろう。それだけ、松下幸之助翁が「人間とは何か」と考える際に常に頭の片隅においてあった、最も重要なことの一つなのかもしれない。少なくとも私はそう考える。

 「選挙とは究極の人間勉強である」とは、自分自身が人間として成長するということと、自分自身が有権者が何をどう感じているかを理解し、それを自分の行動につなげていく方法を学ぶことの二つの意味があると思う。その何れにも、候補者本人が「強く願うこと」が必要である。強く願うことができるのは万物の中で人間だけであろうし、おそらく、その願いが何か見えないものによって一つに形作られていくようにも表現できるのも人間だけであろう。

 松下幸之助翁の「確かに未来は不確実なものかもしれないが、未来は人間がこう有りたいと念願することでより確かなものになると思うな」と「とにかく強く願うことですわ」という発言は、何か松下幸之助翁の人間観の根底にあるものの一つであるような気がしてならない。その精神が松下政経塾を卒塾された各方面の方々の根底にも息づいているのではないだろうか。

 精神的につらい状況に陥った時、この言葉の意味を考え直すことは、大変な益をもたらす。是非、多くの人に知って頂きたいし、私自身広めていきたいと考えるものである。
2004年5月 執筆
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