論考

Thesis

日本を海洋大国にするための第三歩:国際捕鯨委員会(IWC)総会に参加して

はじめに

筆者が水産業へ関心を持ったのは、捕鯨問題がきっかけである。山口県下関市や和歌山県太地町、アイスランドの捕鯨基地など、国内外の関連地や捕鯨産業の様々なステークホルダーを訪れ、研修を重ねていく中で、捕鯨問題は、「捕鯨か、反捕鯨か」の二者択一で容易く片付けられる問題ではないと身にしみて感じている。 今回のレポートでは、水産庁、日本捕鯨協会をはじめとする各関係者のサポートを受けながら、筆者が初めて参加した、国際捕鯨委員会(IWC, International Whaling Commission)の第68回目の総会の様子や、国際政治の場面を実際に見て、改めて捕鯨について考えたことを紹介する。

1.日本脱退後の初めてのIWC総会

2019年6月に、日本は、IWCを設立した国際捕鯨取締条約(ICRW, International Convention for the Regulation of Whaling)を脱退し、商業捕鯨を再開した。新型コロナのパンデミックで延期になったため、今回が日本脱退以来初めてのIWC総会である。10月17日から21日の5日間にわたり、スロベニアのポルトローズで開催された。 IWCへの意気込みと参加人数には関係があるのか、ブラジルやアメリカ、スペインなどの各国からは、二ケタを超す参加者がいた。オブザーバーの日本からは、各関係団体から約15名が参加。一人か二人しか来ないという国も多いため、対外的には日本がIWCに未練たっぷりに映ったようだ。しかし、日本の関係者には全くそういった感覚はない。

(議長はスロベニア人のAndrej Bibič氏。人の良さが滲みすぎていた。今回が議長として最後のお勤めである。休憩時間になるとカーテンを開けてくれるので、アドリア海が見えて清々しい気分になる。)

(ジブリ映画『紅の豚』でお馴染みのアドリア海が目の前に広がる。スロベニアという国は、イタリアとクロアチアに挟まれているのだと分かるホテルに滞在した。)

捕鯨国のうち、戦時下のロシアやカリブ海の国であるセントビンセントは出席しなかったが、コロナや経費高騰などを理由にした欠席も目立ち、最終的には、加盟国88カ国中57カ国のみの出席。しかし、分担金を何年間も払っていないアフリカの6カ国には投票権が認められず、実質、51カ国だった。ちなみに、前回の総会では85カ国が出席していた。 初日は、前回の総会後から本総会前の閉会期間中に、小委員会やワーキンググループで決められた内容などが報告されるだけで、スムーズに進んだ。目的別に分けられた小委員会やワーキンググループでは、組織効率向上や経費節減、予算、捕殺手法と動物愛護、先住民生存捕鯨、違反、財政などについて話し合われた。

(科学委員会からの報告の様子。科学委員会からは、日本が提出したデータへの謝意も聞かれた。)

(森下丈二農林水産省顧問と同水産庁資源管理部国際課・捕鯨第1班の飯田健氏の後ろ姿)

「IWC破綻か!?」というニュースが先行していたので、IWCが財政的に苦境に立たされていることは知られている。加盟国はGNI(Gross National Income、国民総所得)の水準によって4つにグループ分けされている。結局、GNIが比較的高い先進国グループ3、4の加盟国の分担金の負担が増やされる一方、各小委員会のミーティングを対面からオンラインに切り替えたり、毎年開かれていた科学委員会も二年に一度にしたりすることで支出を減らすこととなった。もちろん、オブザーバーである日本には、関係ないことである。

2. 持続的な利用支持 VS 反捕鯨

日本の“一票”がないことが影響してしまうのは、南大西洋のサンクチュアリ(保護区)設置提案の議題であった。投票国の4分の3の票が集まれば、議題は可決され、国際捕鯨取締条約の付表が修正される。日本は、「鯨類を含むすべての水産資源は、科学的根拠に基づき持続的に利用すべき」であり、「鯨の保護の理論が拡大されれば、他の水産資源(マグロ等)にも同様の危機が生じるおそれ」[1]があり、それを回避していくという態度を貫いている。この同じ理念や考え方を共有している国々を「鯨類の持続的な利用支持国」、通称「SU(Sustainable
Use)国」と呼んでいるが、今回の参加国17カ国のうち、11カ国しか投票権がなかった。反対に、反捕鯨国は40カ国参加しており、40カ国とも投票権があった。投票権のある51カ国×0.75=38.25なので、反捕鯨国の40票がまるまる入るとなると、サンクチュアリ設置提案が通ってしまい、インド洋、南氷洋に次ぐ三番目の保護地域が増えることとなる。日本には直接関係ない場所とは言え、日本の信条に反しており、喜ばしくない。南米反捕鯨国の代表団たちは、「サンクチュアリを設定しても、他の漁業に影響はない。この設定はコストが発生しないので予算に影響は出ない。鯨類は、海を健全な状態に維持してくれるのだ、海を守るのは将来に対する責任だ」と主張していた。一方でSU国からは、「漁業管理機関は漁業管理を包括的で生態学的なアプローチでやっているわけで、一つの種だけを除外し、その海域における漁業に全く影響を与えないと発言する意味がわからない。コンセンサス、バランスを求める国際機関になっていない」などといった発言があった。第四日目に議決をとる場面になって、なぜかSU国のうち10カ国が席を外し、88加盟国の半数を超える45カ国の定足数を満たさなかった。そのため、表決されなかったが、定足数についての議論は白熱した。閉会期間中に定足数の定義を検討し、次回の総会冒頭で細かく定義付けされることになった。

(左・カンボジアの代表と右・アンティグア・バーブダの代表、真ん中が筆者)

3.海産哺乳類は食料安全保障にならないのか

その他の議題としては、IWCの意思決定において食料安全保障確保の必要性を考慮することを要請した提案があった。アフリカやカリブ海の島国は、食料安全保障の観点が最優先であり、海からやって来るものが食料となることは当たり前だと主張したが、決着がつかず継続審議の議題となった。 発展途上国ではないとは言え日本も島国で、輸入に多くを頼り、食料自給率は40パーセントを切る。日本は自国の領海と排他的経済水域(EEZ)に限った捕鯨活動に限っている現状を説明し、自国の鯨類を含む水産物を捕る権利と、捕鯨は食糧安全保障のひとつであるという立場を表明すべきである。また、捕鯨活動が途切れてしまえば、造船や刃物などの道具といった技術面や人的資源もどんどん脆弱になっていくであろう。何事も一度停止してしまうと、また始めるのに、困難や障害を伴うはずだ。

おわりに

IWCでは、「捕って利用する」か「全く捕るべきではない」という価値観が対立している。捕鯨国も反捕鯨国も、自国の主張を通すために、捕鯨なんて関係ないという国をどんどん巻き込んで、自分たちに賛同してくれる国々を囲い込み、成立している組織なのである。 しかしながら、現実には、一頭たりとも獲ってはいけないという、クジラの保護に重きを置いた国々からの歩み寄りが全くない。科学委員会の結果に基づき、持続的な捕鯨活動を管理するという観点からは、もはやIWCは機能不全になっていた。 そのような情勢でも、日本は継続して自国のスタンスを貫き、相反するイデオロギーに真っ向から対峙しており、まるでサムライのようだと気づいた。反捕鯨国も、かつては捕鯨していたと言っても、それは鯨油のための捕鯨であった。食肉としての捕鯨ではなく、そもそも日本とは捕鯨に関する認識が違っていたことに思いが至った。両者の議論はいつまで経っても交わることのないのだと悟り、日本が脱退したことや、フィリピンやインドネシア、カナダなど、先住民生存捕鯨をしていても非加盟を選択する国があることも理解できた。 日本国として、日本人として、捕鯨が生み出す様々な事象にどう向き合って、どう行動していくのか、これからも問われるのだろう。昨今、ワシントン条約締約国会議などの国際会議の場では、サメや陸ガメ、ゾウなど、他の生物に対する捕獲制限への動きがあるが、その前例がクジラである。日本政府の中では、一貫した鯨類に対する考え方がある。生物多様性の維持は食料安全保障に関わり、鯨類だけを特別扱いをして完全なる保護下におくことは理解しがたい。海の食物連鎖の頂点に位置するクジラだけが増えると、生態系も崩れてしまう可能性がある。捕鯨は世界の潮流に抗ってでも守っていくべき日本の歴史文化であり、それは地球上の生物多様性を維持するためにも有益だ。そうした観点を大事にして、これからも筆者は捕鯨問題と向き合っていきたい。

[1]水産庁、「捕鯨をめぐる情勢」2頁、https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-51.pdf
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松田彩の論考

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Aya Matsuda

松田彩

第42期生

松田 彩

まつだ・あや

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米中関係を踏まえた総合安全保障の探求

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