松下政経塾 The Matsushita Institute of
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歴史観
2012年9月

塾生レポート

日本について知らない我々現代日本人
林俊輔/卒塾生

我々現代を生きる日本人の若者は、自分たちの国、日本について語ることができない。この現状を理解し、これからの日本について何を考え、何を継承し、何を発信していかなければならないか考察してみる。

 

1)日本と日本人について考えてみる

 日本と日本人について、真剣に考える機会、それこそ実はあまり恵まれてこなかった。と言うよりも考えるきっかけすら持たずに生きてきた、生きて来られたことが実態である。これは世界的に見ると、少々異常なことらしい。この状況に学生時代に研究にて海外で生活する機会を得て初めて気づくこととなった。

「日本という国を説明してほしい」
「日本人ってどういう民族?」
「日本人は何のために生きているの?」

 海外生活では当たり前のようにこのような質問が浴びせられる。しかし、これに明確に答える術を持ち合わせていないのである。その時点で二十数年、日本で生まれ育ち、日本人として生きてきていたにも関わらず、このような素朴な質問に答えることもできないのである。それもそのはず、そんな他国では当たり前のことを考えることもせずに生きてきたからである。正確には生きて来られたのである。

 では何故、我々(少なくとも私は)、この単純な質問に答えることができないのであろうか?
 明治天皇の玄孫であり、史学者でもある竹田恒泰先生は、その著作『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』の中で、明快にその答えを示されている。それは「教えていないから」だそうである。
 現代の日本の教育では、特に世界では常識である「自分の国がいつできたのか?」について教わることはない。これでは日本について、知らなくても無理はない。確かに教えられた記憶もないではないか。
 戦後から現代のこの教育が続いているとすれば、日本について教えられていない親に育てられた我々が日本について語れるはずもなく、ましてやそのような我々が育てる子供達はどのように育っていくのであろうか。自ずと日本と日本人についての意識は薄れていく一方ではないだろうか。
 しかし、海外での経験で外から日本を考えるようになったり、外国の方々と接する機会に恵まれたりすると、日本と日本人の素晴らしさについて称賛を得ることも多々ある。薄れているといってもやはり日本という国で育まれた誇るべき特質は生きているのである。
 ではその日本人の特性とはどういったものなのか、考えてみたい。

2)我々、日本人の特性とは?

 松下政経塾を設立した松下幸之助塾主は人一倍、日本を愛し、誇りに思い、日本の伝統精神を大切にされてきた方である。

この政経塾においては、有為の青年たちが、人間とは何か、天地自然の理とは何か、日本の伝統精神とは何かなど、基本的な命題を考察、研究し、国家の経営理 念やビジョンを探求しつつ、実社会生活の体験研修を通じて政治、経済、教育をはじめ、もろもろの社会活動はいかにあるべきかを、幅広く総合的に自得し、強い信念と責任感、力強い実行力、国際的な視野を体得するまで育成したいと考える。

 松下政経塾の設立趣意書の中にもこのように表現されており、日本のリーダーを目指す我々政経塾生にも、日本の伝統精神を学ぶことを課せられている。

 では松下塾主の考える日本人の特性とはどのようなものであろうか。松下塾主は事あるごとに日本と日本人について考え、発言されてきているが、中でもとりわけ日本人の重要な特性として
 ・主座を保つ
 ・和を貴ぶ
 ・衆知を集める
この三つをあげられている。

 日本人は古来、中国より、近現代では欧米から積極的に文化、文明を受け入れ、取り入れてきたが、単純にそれらを導入するだけでなく、必ず日本に適した形に解釈をし直し、我々の文化、生活様式に沿った形で取り入れてきたのである。例えば文字にしても漢字は中国から入ってきたものであるが、ただ中国語としての漢字としてではなく、仮名文字を組み合わせ独自の文化として発展させてきた。
 また衆知を集める姿は古代の日本にも見られ、よりよいものを生み出していくため、時代に打ち勝っていくために必要不可欠な力である。
 和を尊ぶとは、自分だけを顧みず、お互いがお互いのことを慮り、行動するということであり、日本人の心そのものを表しているとも言えるだろう。
 しかし、翻って現代に生きる我々はどうであろうか。グローバル化が進む中、日本人としての主座を見失い、お互いが自分本位に陥っている姿が、まさに今の日本人の姿でないだろうか。
 一方、去る東日本大震災での日本人の姿は心が打たれるものがあり、まさに和の精神の発露とも言える状況が多々見られたのではなかろうか。失いかけたかに見えるこの日本人の精神が脈々と受け継がれてきた結果ではないかと感じる。日本人が忘れかけているこの特性は、私達のDNAに刻み込まれているのである。しかし、東日本大震災に代表される緊急事態に発露したとは言え、普段の我々の生活においては、薄れていっているのは間違いない。これを受け継いでいくことが大切なのである。

 また、政経塾生は日本の伝統文化についての探究をすべきという松下塾主の強い思いもあり、これらを学ぶために私達の研修において茶道、書道や剣道といった道研修が必須となっている。
 これらの道研修を通じて、上記の松下塾主が示した日本人の特性に加えて、現時点で私は二点のことが重要であると考えている。
 一点目は気を練り、自分と向き合うことである。これはひとえに集中し、自己観照をするということである。
 日本剣道連盟の掲げる剣道の理念にはこのように示してある。

「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」

 試合だけを一見すると剣と剣の交わりに見えるが、剣道の極意、真意は剣を学ぶことではなく、剣の理法を通じて、心を学ぶことにあるのである。
 古来より為政者達が好んでこれらの道に勤しんだことは、まさに自分自身と向き合う時間、空間を作り出すということに他ならないのであろう。常に第一線に立ち、人々を主導する立場にある為政者達の判断は影響力が大きく、その言動に対する責任は重い。だからこそ、自分自身を見つめ直す機会を持つことを重視し、重要な局面において自らを制し、少なくとも自分自身が正しいと思える判断を下すための胆力を養っていたのではないだろうかと思う。
 自らを律し、自己のためではなく、公のための正しい決断、行動を行うために、常に自分自身と向き合い、見つめ直す機会としてこれからも道研修に勤しんでいきたい。

 そして、二点目は空気感、雰囲気を整えるということである。
 例えば茶道では、ただ単にお茶を点て、お茶を飲むといった作法だけでなく、そこには膨大な準備に始まり、お客人に一杯のお茶を提供するために、おもてなしの心の限りを尽くした場の空気作りが最重要となる。相手のことを慮り、最大限の心を尽くすこの心構えこそ、日本人がこれまで培ってきた和の精神の極みに他ならないのではないだろうか。
 しかし、この空気感というものは、簡単に言語化できないという大きな課題を秘めているのも事実である。この言語化できないことが、日本人を形づくっている核となる部分を容易に伝達できないということに他ならない。日本型企業の特徴である、背中を見せて育てる、まさにOJTに依っているというのもこのことに起因するのではないだろうか。だからこそ、現代において日本の得意としてきた高い技術を持った職人が育たなくなっているということにも影響しているのかもしれない。

3)これからの我々の課題

 よく日本の伝統精神や文化の継承の議論の中で「古き良き日本」という言葉を耳にするが、果たして昔の日本を取り戻すだけでよいのだろうか。
 私はそうは思わない。単なる回顧主義に立脚するだけでは、そもそも衆知を集めて発展してきた日本人の特性にも反するものではないだろうか。また一度進んだ時計の針は絶対に戻らないのである。松下塾主はこの人間社会の特性として、「日に新た」ということを常々言っている。これは必ず世界、社会は生成発展していかなればならないということを説いているものである。
 今、我々に求められるものは、日本人として失ってはいけないものを正しく捉え、それを核として、更なる文化発展をさせていくということである。日本人として失ってはいけないもの、それは、まさに日本人が培ってきた「和」の心そのものではないだろうか。それがまさに世界に誇るべき日本人の姿であり、変えてはいけないもの、失ってはならないものであると考える。
 日本人は個々の力は小さくとも協力し合うことで大きな力を発揮してきた。団塊の世代が高度経済成長を支えてきたのもその証ではないだろうか。しかし、近年の個人主義の発達により、その日本人の強みが失われつつあるのではないだろうか。

 前出の竹田先生は「神話を教えない民族は必ず滅びる」と警鐘をならしている。国の成り立ちを知り、その誇りを培うこと、そしてそれを語り継いでいくことこそ、日本人が日本人として世界に立ち、日本人としての強みを今一度取り戻すことに繋がっていくのではないかと思う。
 そのためには、今一度、我々、現役世代が日本について学び、そしてそれを子供、孫世代へと語り継いでいくという重要な責務を果たさなければならないと考える。

 また情報化が進み、単純に国境線により隔たれた中だけで生活することができず、世界と多次元で繋がっている現代において、日本が日本としてあり続けるために、世界の中で日本が立ち位置を明確に持ち、役割を発揮していくためにも今一度意識しなければならない。
 今の日本が経済的にも、国際的にも弱くなってきてしまった原因の一つが主座を保てなくなってしまったことにあるのではないだろうか。日本の守るべきものが曖昧になってしまった結果、独自性が薄まり、強みとして転化できなくなってしまっているのではないだろうか。

 先日、研修にて、東南アジアのミャンマーを訪れる機会に恵まれた。そこでの第一印象は、とても人々が幸せそうに暮らしているということである。確かにこれまで国が閉ざされていたこともあり、経済的には非常に苦しい状況に陥っている。
 しかし、私の目には、人々は幸せそうに映るのである。周辺国が目覚ましい経済発展により豊かになる一方、見失ってしまったものがそこにはあるように感じた。確かに経済発展は必要なものである。しかし、周辺国が欧米式の経済発展を急ぐ余り、激しい競争に晒され、自国の国民の特性を失っていっているようにも思える。ミャンマーには周辺国とは違った自国の特性に合った発展の道を歩んで欲しいと思う。そこで日本の「和」の心が貢献できるのではないだろうか。進出する国々の一方的な利益だけでなく、相手のことを慮り、相手とともに歩む姿、これが今対象国であるミャンマーに求められていることではないかと思う。そしてこれこそが、日本が世界において、日本の特性を活かした形で果たすべき役割の姿ではないだろうか。
 日本が日本としての主座を保つことで強みを発揮してきたように、アジアをはじめとした周辺諸国の強みを引き出してあげるように日本が行動し、先導していくことこそが求められていることではないかと思う。
 そしてそこからまた衆知を集め、更に日本も世界とともに成長していくことができるのではないだろうか。

 しかし、一方で、日本は前述の言語化できない特殊な空気感を、相手が理解してくれるはずということに立脚していることが多いように思う。実際は、そんなことはないのである。この海によって隔たれた中で育ってきた日本文化、日本精神は世界においては異質な存在である。またグローバル化に晒され世界標準の中で育ってきた新しい日本人同士にとってみても、必ずしも阿吽の呼吸で分かり合うものでもないのである。
 だからこそ、日本人がこれからやらなければならないことは縦方向と横方向への発信、継承なのではないかと思う。
 縦方向とは自国民同志で日本人の心を繋いで、リレーしていくこと。そして、横方向とは国際社会において、日本以外の国々に対して日本について発信していく努力、これが求められることなのではないだろうか。
 そのためには、まずは日本と日本人について知ること、そして正しく理解すること、ここから始めなければならない。今後の研修を通じて、まずは自分自身、日々考えることから続けていきたい。

参考図書:

松下幸之助『人間を考える 第一巻』PHP研究所 1975年
松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年
竹田恒泰『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』PHP研究所 2011年

2012年9月 執筆
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