論考

Thesis

自治体病院~「お荷物」か「お宝」か

筆者は1999年より医師として主に千葉県内の病院で働いてきた。地域医療の崩壊に危機感を持ち、2008年に松下政経塾に入塾、医療研究会を立ち上げる一方、全国の医療現場を訪れて衆知を集めている。多くの病院が課題として「医師不足」を挙げており、自治体経営の中で自治体病院経営と医師不足をどうとらえるかを中心に述べる。

総論 自治体病院の「負のトライアングル」

 雑誌『日経メディカル』は2007年にある特集を組んだ。特集の名は「自治体病院の末路」、表紙には「金なし、医師なし、未来なし」の文字が躍る(1)。

 現在、日本の医療は崩壊の危機にあり、地域医療はその最前線に立つ。これは構造的な問題であり、それぞれの病院や地域の個別の問題にとどまるものではない。

 自治体病院が抱える問題を簡単に図式化すると、働く場としての魅力低下、医師・看護師不足、経営難、の三点が相互に原因となり、同時に結果となる「負のトライアングル」の構造が見えてくる。

 医師の36時間連続勤務などの労働環境の悪さや訴訟リスクや悪質なクレームの急増などが働く場としての魅力の低下につながり、その結果医師が「立ち去り型サボタージュ」(2)を起こす。勤務医一人当たりの医業売り上げは年間約1億円ともいわれ、医師不足の結果病院の経営難は進む。病院の経営難が続くと人員を補充することも出来ず、医療の質を上げたり、労働環境の改善をしたりする余裕がなくなり、その結果医師の燃え尽きを招き医師不足がもたらされる。

 こうした自治体病院の「負のトライアングル」が続いていくと、自治体病院の存在が先細りしていくだけでなく、地域自体の縮小にもつながっていく。社会全体の高齢化と人口減少は、自治体間の住民獲得競争を意味する。安心で住みやすい自治体には人が集まり、そうでない自治体からは人が出ていく。

 そうした自治体病院の疲弊とそれにともなう地域の縮小には、どのようにして歯止めをかければよいのだろうか。

 国全体の問題として、医療費を国の規模に対して低く抑え過ぎていること(3)、人口あたりの医師数が少ないこと(4)、訴訟リスクが急増している(3)だけでなく、「トンデモ判決」(5)と呼ばれる医療の常識に反したこじつけに近い判決が続出していることなどが挙げられ、厚生労働省で進められている医療事故調査委員会の設置も、さらなる医療の萎縮を招くと懸念されている(6)。

 医師不足に関し、医学部定員増や医学部新設の検討などの方策がとられつつある。しかし、医師の育成には医学部6年間に加え10年近い修行期間がかかることを考えると、現在働いている医師が辞めないで済む方策をとることが先決であろう。医療の最前線から医師が次々に立ち去る状態のまま医師数だけを増やしても、穴の開いたバケツに水を入れ続けるようなものである。

 自治体病院は民間病院に比べて人件費比率が高いなどの特徴があり、医業収入よりも医業支出のほうが多い病院が大半である(7)。これに対し、総務省は自治体病院の経営改善のため平成19年に公立病院改革ガイドラインを定めている(8)。

 それではこうした「負のトライアングル」に対し、自治体や病院自身が取れる策はないのだろうか。マクロでは過度の医療費抑制が自治体病院の「負のトライアングル」の大きな原因の一つと考えるが、一方で個々の病院については状況改善の余地がある。

 埼玉県立四病院では類似病院との徹底比較、医師の評価制度導入、薬品などの共同購入、職員の意識改革などを通じ経営改革を行い、累積赤字を三年間で一掃した(9、10)。後述する兵庫県丹波市や千葉県東金市などでは、地域との連携により医師不足に対して向きあっている(11-13)。制約の中でも、まだまだ工夫の余地はあると考えられる。

一般論 経営形態の変更など

 自治体病院の経営の不安定さの原因はなんだろうか。一般的に、人件費や材料費、委託費などが高いこと、経営に習熟したスタッフがいないこと、院長などがリーダーシップを発揮しづらいこと、医療に対し地域住民の理解が必ずしも高くないことなどが挙げられる。

 民間病院では医業収益に対する人件費比率は約50%であるが、自治体病院では60%を越え、2008年に休止に至った千葉県の銚子市立総合病院では、休止の直前の人件費比率は79%に上ったという(14)。自治体病院では職員は公務員であり、年齢とともに給与も上がっていく構造になっており、下げにくい特徴がある。また、資格の有無に関わらず長く勤務している者が高い給与を得る構造も批判の対象となっている(14)。

 民間病院と比べ、自治体病院はスピード感のある経営が行いにくい構造もある。すなわち、最終的な人事権や予算権が病院本体にない。機器購入などの予算も、議会の承認を得ないと組むことができない。また猫の目のように変わる医療行政にスピーディに対応しようにも、病院内部で最終決定ができず、議会で可決されるまで動けないのが現状である。

 医療業界全体でコストの把握という意識が乏しい傾向にあることも指摘したい。「医療は営利活動ではない」という意識もあり、原価計算等とはかけ離れた世界であるが、「入るを量りて出づるを制す」が経営の基本ならば、コストの把握なしに経営の安定は図れない。診療行為には様々な職種が関わり、患者の状態により対応も異なるため、単純なコスト計算がしにくいのも事実だ。しかし赤字経営というのは人体の出血と同じで、どこからどのようにどれくらい出血しているかわかってはじめて、出血をとめることができる。

 自治体病院では救急医療など不採算部門を担うので赤字でも仕方がないというところから一歩進め、不採算部門にかかるコストがいくらで補助金がいくら足りず、地域の安心のためにはこれだけの金額がかかる、と明確にしていくことが必要ではないだろうか。

 経営のリーダーシップが発揮しづらいことも自治体病院の弱みである。病院では医師、看護師、技師、事務スタッフ等さまざまな分野の者が協働しており、皆が一つの方向を向くのが難しい傾向にある。医師は派遣元の大学医局の事情を気にし、事務スタッフは本庁の顔色ばかりを伺うのであれば、病院全体の一体感は出ない。

 人の動きが流動的すぎることも自治体病院の弱みだ。医師は派遣元大学の意向で転勤し、事務スタッフも役所からの出向であったりする。その病院での業務も慣れたころにまた大学病院や本庁に戻るため、経験が蓄積しない。数年で異動する者ばかりだと、問題があっても在任期間を無事過ごすためのその場しのぎになり、根本的改革がされないまま問題が大きくなっていく。

 ある医師が筆者にこう語った。「病院というものは、自分はその病院と心中してもよいと言うくらいの人がいないと改革できない」。

 万病に効くただ一つの万能薬が存在しないように、自治体病院改革にも唯一の解決方法は存在しない。別予算からの繰入金をある程度で抑えればそれでよいのか、それとも地域医療の安定をともに目指すのかによって解決方法は異なる。つまり自治体経営者たる首長が目指すビジョンにより取るべき策は変わってくる。

 前述の公立病院改革ガイドラインでは経営効率化、再編・ネットワーク化、経営形態の見直しを3つの視点として挙げている(8)。

 経営効率化では、数値目標を掲げて効率化を進めることを求めているが、実情にあわない数値の独り歩きしては意味がない。そもそも地域で自治体病院をどうとらえるか、目指すべき将来像は何かが明確でなければ、どのような数値目標が適切か決められない。究極的には、地域をこれからどう運営したいのか、その中で病院事業をどうとらえるか、という首長のビジョンが問われることになる。

 再編・ネットワーク化は、複数の病院を統廃合し再編成するものである。この背景には少子高齢化や過疎化などで設立時と地域の医療ニーズが変化したことや、医療技術の高度化・専門化に小規模の病院では対応しきれないこと、医師・看護師不足などがある。異なる自治体間での統廃合では総論賛成各論反対となることもあり、特に廃止・縮小となる側の病院の地域住民の説得・納得が一つの鍵となる。また、機能が似通った病院が近接してある場合でも、一方が公立、もう一方が民間であるなど設立母体の違いがハードルとなる。

 病院という建物物の耐用年数はおよそ約38年だという。つまり、老朽化した小規模の自治体病院を統合・再編し新たなセンター病院を新築する場合、本来ならばその地域全体が38年後までにどのような人口構成となり、どんな医療ニーズが出てくるのかまで予測しなければならない。

 経営形態の見直しでは、地方公営企業法の全部適用、地方独立行政法人化、指定管理者制度の導入、民間譲渡などが挙げられている。地方公営企業法の全部適用を行うと、予算や人事の権限が事業管理者である病院長などに移り、より現場に即したスピーディな経営判断ができる。しかし手続き上は全部適用となっているにも関わらず十分に権限が移譲されていない例もみられる。

 また指定管理者制度や民間譲渡は、よい引き受け手となる医療機関が存在するか地域によって異なり、経営形態の見直しといっても容易ではない。

 以上、技術的、手続き的なことを述べた。

各論 さまざまな知恵と工夫

 「負のトライアングル」に悩む自治体病院にとって、医師不足が大きな課題であるのは論を待たない。「最近の若い医者は都会志向で地方に来ない」、「最近の医者は報酬の良い病院を選ぶからうちの病院には来ない」等々、医師招聘が進まない理由はいくらでも挙げられる。しかし、西日本のある地域で行われたように、医師を高額な金銭的報酬で招聘するのではなく、働きやすさややりがいなど非金銭的なインセンティブを工夫することもできる。

 千葉県の国保旭中央病院、沖縄県の沖縄県立中部病院は、非都市部にありながら充実した実践教育体制を持ち、以前から全国の研修医が集う。このように、非都市部であっても実践教育の充実で向上心と熱意に満ちた若い医師を集めることも可能なのだ。

 長野県の諏訪中央病院などは、一人の患者を総合的にケアする家庭医・総合医の育成に力を入れている。はじめから検査に頼るのではなく、患者の訴えや今までの生活スタイル、職業などを十分聞き取り、視診・聴診・触診などを丁寧に行い、幅広い医学知識と照らし合わせ様々な病気の可能性を検討し診療するそのスタイルに、本来あるべき医師の姿を見て全国から医師が集まっている。

 29の地域の病院が協力して良い医師を育てるプロジェクト、『群星(むりぶし)沖縄』では、離島赴任した医師に対し感謝状を贈り、離島やへき地に赴任することが強制やペナルティではなく誇りであり名誉であるような文化を作り出そうとしている。国家による医師の強制配置を唱える論もあるが、このような文化のある地域には、それに呼応して良質の医師が集まるのではないだろうか。

 様々な病院でヒアリングをすると、ベテランの医師が「最近は患者さんに『ありがとう』と言われなくなった」ともらすことがある。

 兵庫県の県立柏原病院ではコンビニ受診などで小児科医が疲弊し、退職寸前の状態であった。丹波新聞でそれを知った地域の母親たちが、「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成、「1)コンビニ受診を控えよう。2)かかりつけ医を持とう。3)お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう」をスローガンに活動を行った。その結果、時間外受診は半減し、小児科医は辞めずに済んだ(11、13)。この活動は他の小児科医の心をも動かし、小児科医が感謝されるこの地域に貢献したいと、今では何人もの小児科医が柏原病院で働いている。

 地域で医療を育てる試みとして、千葉県東金市の「地域医療を育てる会」と東金病院の例がある(11、12)。研修医が地域住民の前で病気について解説し、質疑応答を行う。それを受け、研修医がわかりやすく説明したか、態度や言葉遣いはどうだったか等を住民側がフィードバックする。これを何度も繰り返すうちに、研修医のコミュニケーションスキルは上がり、住民にも「医師とははじめから完璧なわけではない、研修をして少しずつ成長していくものなのだ」という理解が育っていく。

 医師と患者の間には医療に対する認識のずれが存在する。すなわち医療は不確実なものだと医師は考え、完璧でなければならないと患者は考えている(15)。こうした医療に対する認識のずれが医療崩壊の遠因と考えると、こうした形で地域の理解が育つことで閉塞状況が打破できるかもしれない。

 地域で医師を育てる観点から、茨城県と神栖市、筑波大学のプログラムからも学ぶ点が多い。これは筑波大学の医学生が1週間神栖市に泊まり込んで、地域医療を学ぶプログラムである。現代の医学生の多くは都市生活者の子弟であり、地域医療が身近でなかったために卒業時の進路として地域医療が選択肢に上がってこない。これに対し、茨城県が筑波大学に寄付講座を開設、その教員が神栖市に派遣されて医学生をつきっきりで指導する。神栖市は全ての医学生の交通費と宿泊費を負担する。地域で活躍する臨床医の姿や地域に根差した医療の姿を見て憧れ、将来地域医療の道に進む医学生が出てくること、さらには神栖地域で働く日が来ることが期待されている。

 多くの中核病院では、夜間救急の担当医師は日中の業務を終えた後、そのまま当直として夜間救急診療を行い、さらに引き続き翌日の勤務に入る(16)。朝7時からまるまる一日働き、寝ずに翌日夜まで働くため、36時間連続勤務となることも多い。神奈川県の藤沢市民病院こども診療センターでは、シフトにあたった医師が夜間救急診療の時間帯のみを担当している。夜間救急診療を行う小児科医は夕方に出勤し、翌朝、夜間救急業務後に帰宅し休養する。もちろん小児科医が多く勤務しているからこそできることであるが、このような勤務体制を作らなければ、持続的に働いていくことは困難であろう。

 専門職集団である病院では、時に行政とは別の論理が働く。それに気付かない首長や議会の不用意な言動が医師の辞職を招き、自治体病院の医師不足につながる例や、市長が「病院や医師に対して『専門職』としての敬意よりも、『部下』としての叱咤で接してしまった」ことがきっかけで、病院機能を停止させた例もみられる(13)。

 行政側とは別の価値観が存在する病院は、行政側にとって時に「どう扱ってよいかわからない」存在かも知れない。様々な専門職が集う病院の人的マネジメントについて、ドラッカーの以下の指摘が参考になるだろう(17)。

知識労働者にとって重要なことは、第一に組織が何をしようとしており、どこへ行こうとしているかを知ることである。第二に、責任を与えられ、かつ自己実現することである。(略)第三に、継続学習の機会をもつことである。そして何よりも、敬意を払われることである。彼ら自身よりも、むしろ彼らの専門分野が敬意を払われることである。

まとめにかえて 自治体病院~「お荷物」か「お宝」か

 病院は赤字のもとであり自治体経営の負担であるという観点は、自治体病院を地域経営の「お荷物」として見る見方である。

 だが、自治体病院を地域経営の「お宝」として見ることもできるのではないか。国民の不安材料は常に老後と健康である。だが、自治体病院運営を通じ、自治体は安心を地域住民に提供することができる。人口減少時代には自治体間で住民獲得競争が起こるが、他地域に先んじてしっかりした医療体制を築くことで住民の流出を防ぎ、人口を増やすことすらできるかもしれない。

 さらに、人口減少時代に注目されるのが交流人口だ。その地域にいい病院があることで、周辺から通院・入院患者、さらには見舞客などの交流人口を増やすことが出来る。リーズナブルな医療を求め、国境を越えて患者が行き来する動きを医療観光、メディカルツーリズムと呼ぶが、市外・県外のみならず海外からさえも人を集め得るのが病院事業である。(ただし国レベルでの医療観光推進政策について、筆者自身は極端に消極的な立場である。国内医療需要さえ満たせない現状で、海外医療需要を取り込むことに矛盾を感じるためだ)。

 「お宝」である病院が地域に与える経済的効果も指摘したい。全国的に地価下落が進む中、静岡県の長泉町では住宅地地価が上昇傾向で、その要因は長泉町にある静岡県立静岡がんセンターだという。同センターは医療や周辺産業による地域活性化に貢献し、409億円もの地価下落抑制効果を地元にもたらしているとのことだ(18)。また、千葉県鴨川市の亀田総合病院とそのグループは、地域に約3700人の雇用を産んでいる(18)。

 住民・行政・自治体病院は、よりよい地域をつくる共同作業のパートナーだ。共同作業の秘訣は、「金や口より手・足・顔」である。一過性に金や口を出すだけでなく、ともに手を動かし、相手のところに足を運び、互いに顔見知りになることが基本だ。お互いによく顔を知っている関係であれば、巨額の投資で連絡用のITシステムを導入せずとも、電話一本で物事がうまくいく。いい医師は顔を見せるだけで患者に安心を与えられるという。住民、行政、病院がお互いの顔を見るだけで安心する関係を作れれば、自治体病院を「お宝」にして地域全体が発展することも出来るだろう。

 「地域のお宝」の病院とはどんなものだろうか。あたり前だが「お宝」病院とは「いい病院」である。

 創業以来48年間、連続増収増益を果たした伊那食品工業の社是は「いい会社をつくりましょう」だ。「いい会社」について、伊那食品工業はこう説明する。「いい会社とは、単に経営上の数字ではなく、会社を取り巻くすべての人々が『いい会社だね』と言ってくださる会社のこと」(19)。

 会社を病院に置き換えると、「単に経営上の数字ではなく、病院を取り巻くすべての人々が『いい病院だね』と言う」病院こそが「いい病院」である。

 建物が豪華で高価な医療機器がたくさんあっても、見通しのつかないまま赤字を垂れ流していては、納税者である住民や行政にとって「いい病院」とは言えない。「患者様」と様づけで呼んでもらったとしても、医療の質が低ければ患者にとって「いい病院」とは言えない。コンビニ受診のために労働環境が過酷となり人が辞めていき、最終的に休止や閉院に至ってしまっては、そこで働く人にとっても地域にとっても「いい病院」とは言えない。

 「どこでも、いつでも、誰でも」診療を受けられるのが日本の医療制度の美点だ。今、日本全体でも地域でも問われているのは、それを「いつまでも」続けるためにどうすればよいのかである。前述の伊那食品工業の会長、塚越寛はこう述べる。「会社をとりまくすべての人から『いい会社だね』と思って支えてもらえなければ、永続することはできません」(20)。

 自治体病院を地域の「お宝」にし、その地域全体を輝かせるためには、住民、行政、首長や議会、病院が一丸になって「いい病院」を作ろうと決意することがスタートである。

 自治体病院を取り巻く状況は厳しい。だが例示した病院の多くは県立や市立、組合立などであり、熱意と工夫で素晴らしい取り組みをそれぞれに行っている。

 厳しい状況の中、自治体病院を単なる「地域のお荷物」にするか、「地域のお宝」にしてその地域自身をも「お宝」として輝かせるかは、病院自身だけでなく、自治体の経営者たる首長と議会、行政、そして何よりも地域住民の判断と選択にかかっているのだ。

付記・「お宝」への処方箋

 自治体病院を「地域のお宝」へ変えるには具体的にどうすればよいのか。重複する部分もあるが、以下にまとめてみたい。

 なお、順番は短期的視野ですぐに着手できるものから、長期的視野に立ちじっくり取り組むべきものの順である。日本の医療全体をよくするためには国レベルの取り組みが不可欠だが、ここでは自治体や病院レベルでの処方箋に限定した。また、実現可能性を考え、電子カルテの導入や新病棟の建設などといった巨額のコストがかかるものはここでは外した。

処方箋1.リーダーシップの確立と仲間づくり

 前述のように、リーダーシップが発揮しづらいのが自治体病院の弱点の一つである。「いい病院」には必ずキーパーソンがいる。「誰々が中心となって活動をして、地域や病院を変えていった」「誰々が来てからなんとなく変わった」というふうに、変化を起こすのは必ず、「人間」である。地域のリーダーが病院外から働きかけることもあるだろうし、首長が積極的に関与することもあるだろうが、病院の変革を我がこととして考えられ、周囲を巻き込んでいけるのは多くの場合やはり病院長だろう。

 リーダーは一人ではリーダーたり得ない。仲間がいて、賛同者がいて、理解者がいてはじめてリーダーとなるのである。「この病院を地域の『お宝』にしたい。しなければならない」というメッセージを常に発信し、仲間ができて変革が始まる。

処方箋2.職員を知る

 変革を起こすのも「人間」ならば、病院の資産もそこで働く「人間」である。どんなに豪華な病棟も、どんなに高価な検査機器も、そこで働く「人間」がいなければ価値を発揮することができない。

 医師や看護師、検査技師や事務職など、職員がその病院をどう考えているのか、愛着を持ってずっとそこで働きたいと思っているのかを知らなければならない。もし職員がみな、内心「こんな病院つぶれちゃえばいいのに」と思っているとしたら、「いい病院」にはなり得ないだろう。

 特に、さまざまな事情で辞めていく職員からのヒアリングはもっと実施されてよい。何が原因で辞めていくのか、辞める立場からみて何がこの病院の弱点なのか、事情がどう違えば辞めずに働き続けられたのか、等々、ヒアリングでもらされる言葉のなかに、変革のためのヒントがたくさん隠れていることだろう。

処方箋3.今ある資産をまず活かす

 2の「職員を知る」を通して、病院の最大の資産である職員の状況が把握できたならば、それぞれの職員の能力が十分に発揮されているかを検討しなければならない。

 例えば病院によっては、リハビリテーションを実際に患者に施行する理学療法士や作業療法士といったスタッフの数は十分いるのに、リハビリテーションの指示を出すリハビリテーション科や脳外科などが医師不足により閉鎖になっていて、リハビリスタッフが能力を活かし切れていない状況もあり得るだろう。

 また、看護スタッフのモチベーション向上のために認定看護師の資格を取得することが奨励されている病院もあるが、せっかく取得した認定看護師の資格が十分に活かされているかなども検討していくべきだろう。

処方箋4.働きやすさと学びやすさ

 自治体病院の「負のトライアングル」の頂点の一つは、働く場としての魅力の低下である。処方箋2の職員ヒアリング、特に辞めていく職員のヒアリングを通して、働く場としてどんな魅力が足りないかが把握されているはずである。財政的理由から実現できないことも多いが、現在の体制で実現できることもあるはずだ。

 本レポートでは医師不足を中心としたが、並行して問題となっているのが看護師不足である。特にいったん入職した看護師が一年未満で離職してしまう問題は、改善の余地があるだろう。

 静岡県の聖隷三方原病院では、新人看護師が受け持ち患者の急変や死という「病院の現実」と直面しショックを受ける「リアリティショック」をやわらげるため、入職後2ヶ月までは18時半までには帰宅させることとしている。必要な研修もその時間内に盛り込むようにしているとのことである。

 病院で働く以上、受け持ち患者の急変や死を避け続けることはできないが、上述の「リアリティショック」を抱えたまま不規則勤務や過重労働が重ならないようにすることで、新人看護師の「心が折れてしまう」ことをある程度避けることができる。

 入職2ヶ月後の全員面接やワークシェアリングの工夫などで、離職率が下がったとのことだ。

 また本文の中で触れたとおり、その病院が「学べる場」かどうかは常に問い続けなければならないだろう。

処方箋5.地域を知る

 自治体病院の第一の役割は、地域の命と健康を守ることである。

 交流人口を増やすツールとして自治体病院が持つ可能性について本文で述べたが、まず足元を固めなければならない。

 地域の人口構成はどうなっているか、今後数十年でそれはどう変わると推測されているのか。地域の医療ニーズはどうなっているか。医療提供サイドの同志である開業医やほかの病院の医療供給能力と供給意欲はどう変化するのか。そうしたことを踏まえなければ、長期ビジョンは描けないだろう。

処方箋6.入るを量りて出ずるを制す

 医療界では「医療や病院は営利事業ではない」という意識が強く、お金の話は軽視されがちである。このためどうしてもコスト感覚が乏しいという批判を受けやすい。

 実際、ある調査では「すべての疾患について原価計算をしている」病院はわずか5%に過ぎない。

 自治体病院の「負のトライアングル」の別の頂点が経営難であり、適正な経営とは適正な収入と適正な支出によってもたらされるならば、支出が適正かの検討なしには適正な経営は成り立たない。

 救急医療などの赤字部門があることから、筆者は自治体本体から病院への繰入金の存在は否定しない。しかし、税収が横ばいか右肩下がりの時代において繰入金を確保するということは、他部門の予算から「分捕って」くることである。であるならば、予算を「分捕られる」部門も納税者も納得せざるを得ないくらいの説明能力が求められてくるだろう。そのためにも、支出が適正であることを証明しなければならない。

 福岡県の飯塚病院では、全て診療材料にバーコードと金額票がついているという。これにより診療材料コストの<見える化>と請求漏れが可能となっている(21)。

 しかし、この処方箋6において最も重要なのは、経営を担当する事務部門の育成であろう。可能であれば、市役所などの本庁から数年間だけ派遣されてくる事務担当者だけではなく、その病院生え抜きの医療事務のプロがいてこそ継続的で力強い経営が可能になるのではないだろうか。

処方箋7.外の風を取り込む

 病院組織は業務の特殊性から閉鎖的になりがちである。同業者であるほかの医療機関に対しても、「うちの病院ではこうだから」とかたくなになってしまうこともあるだろう。

 ボランティアの受け入れや、外来病棟廊下の壁をギャラリーとして市民写真愛好家などに開放することなどを通して、一般市民との接点を増やしたり、「病院出前講義」を行い病院外へ出ていくことで、一般社会との意識のズレを自覚することが出来るだろう。

 また、国内留学として医師や看護師をほかの医療機関で一定期間勉強させたりすることで医師・看護師のモチベーションやスキルのアップを図ることもできる。地元の大学病院の医学生・看護学生の研修受け入れが定期的に入ることで、心地よい緊張感を持って日常業務に取り組むことが出来る。

処方箋8.首長と病院長の強力タッグを

 自治体病院を「お宝」として輝かせ、さらには地域全体を輝かせるためには、やはり首長と病院長の相互理解と信頼が不可欠であろう。

 首長と病院長の強力タッグを通じ、自治体病院が輝き、地域が輝き、ひいては日本全体が輝くことを心より願ってやまない。

引用文献

(1)日経メディカル 2007年7月号『特集 自治体病院の末路』
(2)小松秀樹『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』 朝日新聞社 2006年
(3)近藤喜代太郎『医療が悲鳴をあげている』西村書店 2007年
(4)本田宏『誰が日本の医療を殺すのか 「医療崩壊」の知られざる真実』 洋泉社 2007年
(5)日経メディカル2007年10月号『医師を襲うトンデモ医療裁判』
(6)井上清成『医療再建 絶望の現場から希望の医療へ』毎日コミュニケーションズ 2008年
(7)日本政策投資銀行 『自治体立病院の現状と動向について(Ⅱ)』
 http://www.dbj.jp/reportshift/report/etc/pdf_all/0802.pdf
(8)公立病院改革ガイドライン
http://www.soumu.go.jp/c-zaisei/hospital/pdf/071224_zenbun.pdf
(9)武弘道『こうしたら病院はよくなった!』中央経済社 2005年
(10)『財界』編集部編『医療改革の旗手・武弘道は語る 病院経営は人なり』財界研究所 2009年
(11)平井愛山・神津仁ほか 『医療再生はこの地域・病院に学べ!』洋泉社 2009年
(12)平井愛山、秋山美紀『地域医療を守れ!』岩波書店 2008年
(13)伊関友伸『地域医療 再生への処方箋』ぎょうせい 2009年
(14)週刊ダイヤモンド 2009年8月15日・22日合併号『頼れる病院 消える病院』
(15)小松秀樹『医療の限界』新潮社 2007年
(16) 週刊東洋経済2008年11月1日号『医療破壊』
(17) P・E・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ 歴史が見たことのない未来がはじまる』ダイヤモンド社 2002年
(18)週刊ダイヤモンド2010年4月24日号『医療・クスリ・介護 巨大化する成長産業の全貌』
(19)坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版 2008年
(20)塚越寛『いい会社をつくりましょう』文屋 2004年
(21)麻生泰『明るい病院改革 誰も泣かせない新しい経営』日本経済新聞出版社 2007年

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高橋宏和の論考

Thesis

Hirokatsu Takahashi

高橋宏和

第29期

高橋 宏和

たかはし・ひろかつ

医療法人理事長

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