松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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教育
2008年5月

塾生レポート

「ホンモノの教師が必要なんだ!」
宮川典子/卒塾生

教育問題、子どもたちに関わる悲しいニュース、教育の低迷。こんなニュースを目にするたびに、胸が締めつけられるのと同時に、手に汗握るほどの焦りを感じる。日本の教育をよくするために、今の私にできること―。辿り着いた答えの一端を、ここに記しておきたい。

 

 フランス革命の中心人物でもあったダントンは、こんな言葉を残している。
 「パンとワインの次には、教育が国民には最も大切なものである」

 基本的にキリスト教圏にはない私たちにとって、突然「パン」「ワイン」と言われてもピンとこないはずだ。フランス人であるダントンがおそらくキリスト教信者だったことを鑑みると、キリスト教における「パンとワイン」について説明せねばならないだろう。

 キリスト教において、「パン」はイエス・キリストの肉体、「ワイン」はイエス・キリストが流した血を表す。聖書に「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」という一節があるくらい、信仰の大切さをわかりやすく指し示している例えである。生きる上で神を信じることが力となると考えるダントンにとって、教育はそれに次ぐ重要なものだったのであろう。革命を進めていく中で、教育を国民に施すことがフランスという国を動かす力につながるということに気がついたことを、この言葉から推測することができる。つまり、国の発展や成長を願う時、国を構成する素晴らしい人材を育む「教育」を度外視することはできないということだ。教育にこそ、発展の原動力があるのである。

 では、現在の日本はどうか。教育は混乱を極め、問題は夥しく山積している。これでは日本という国の発展や成長は望めない。今、どうしても教育について取り組んで、この危機的状況を改善していかなければならない。日本のために、日本国民のために、人類の幸せのために。

 そこで、私は教育問題の中から、教員制度に着目して、特に養成と就業後の研修の見直しについて研究を進めていきたいと考えている。以下に、その具体的内容を示しておく。

(1)自身の教育理念の構築

 私は5年間、私立の中高一貫校で教鞭をとっていた。直接子どもたちとふれ合い、多くの現場経験を積んでいる。素晴らしい経験も、悲しい経験も、苦しい経験も、5年間の中にはあふれていた。だからこそ、官僚的で現場の実情を鑑みていない「教育とは・・・である」という言葉には心動かされない。子どもたちや現場から乖離した一般論には、現実味がないからだ。

 教育が整然と行われている学校の特色は、その学校独自の理念が明確であり、教職員はもちろんのこと、保護者や子どもたちにまでそれが浸透しているところにある。これが示すのは、教育がうまくいくかそうでないかは、確たる理念があるかどうかにかかっているという事実である。したがって、私は研究を進めるにあたって、まず自分なりの教育理念をきちんと構築していかなければならないと考えている。「理念なきところに進歩なし」と言うように、現場や子どもたちを知り、政治的アプローチで教育改革をしようとする私にしか構築できない、明確で筋の通った理念があるはずである。また、この理念は、これから行う教員制度の見直しの中核となっていくだろう。これにはじっくりと時間をかけて、修練された国家観・人間観を含む教育理念を創り出していきたい。

(2)「教師」が握る問題解決のカギ

 先述の通り、現在、日本には本当に多くの教育に関わる問題が山積している。あまりに数が多いため、その対策を行っていくには、実に多角的な解決手法を考えねばならない。無論、対策を一気に進めることは難しく、やはり効果的な手法から一つひとつ着実に行っていって、一歩一歩全体の解決へとつなげていくしかないであろう。

 そこで、私がその「一歩」として着目したのが教員制度の見直しである。現場経験を通して思うのは、教師のあり方が子どもたちに多大なる影響力を与えるということである。教師が自己の中で能力的にも精神的にも満ち足りている時は、子どもたちも落ち着いて教育活動に臨んでいく。しかし、ひとたび教師が不満や疑念や悩みをもち始めると、子どもたちの感性が敏感に働き、その教師が担当する学級などの雰囲気が明らかに変わってしまう。つまり、教師の技能云々よりも、もっと感覚的なところで子どもたちは影響を受けているのであるし、だからこそ、ここで教師のあり方をもう一度深く考えることが大切なのである。教師が常に自信と創造性に満ち、本来の「子どもたちのサポーター」という役割を全うしようとする時に、やっとその教育活動は子どもたちに安心感と親近感を与えられる、本当に意味あるものとなり得るのである。

 本研究で見直していく教員制度は2つに区分することができると思うのだが、まず一つは、高等教育機関における養成制度、もう一つは教師になってからの研修制度である。どちらにも問題点や改善点が多くあるので、それらについては後節にて言及したい。

(3)教員制度の実態調査・分析

 2区分される教員制度だが、その問題点をここでは整理しておきたい。

 まず、養成制度についてだが、現在の流れで最も注目しないといけないのは教育学部廃止の動きである。これまでは教育学部、特に国公立大学の教育学部が昔の師範学校の流れを汲んで、教育のプロを育成する機関として大きな役割を果たしてきた。それに乗じて私立大学でも教育学部が設置され、国公立大学に対抗しながら独自のカリキュラムで運営をしてきた。しかし、国公立大学の独立行政法人化が進み、近年志望者の少ない教育学部が廃止される動きが強まってきてしまっている。有能で人間性のある教師を育んできた師範学校を基礎とする国公立の教育学部がなくなっていく―。これは、日本の教育が破綻する未来を予測させるような一大事である。

 現在、教師として仕事をしている人たちの中で、実は教育学部出身者の数は減少傾向にある。教師の多くは一般学部(人文科学系学部や社会科学系学部、理工系学部など)で勉強しており、「教育」を学問として体系的に学んだのはおそらく教職課程での数時間の講義と、公立学校の教職員であれば教員採用試験の時の教育教養くらいであろう。哲学的観点から言えば、教育とは人間の深部を探っていく学問であるし、それは実際に子どもたちの前に立って教鞭をとる上でも決してなくしてはいけない観点である。しかし、人間を知るという作業を学問的にすら行っていない人が教職に就くという矛盾が、現実として存在しているのである。また、教科教授法なども積極的に行われておらず、教職課程を履修すれば成績の優劣に関係なく修了証が発行されてしまうのでは、「教職とるのなんて簡単だ」という安易な風潮を打破することはできない。このような不十分なカリキュラムを第一に改善せねばならないだろう。

 続いて、研修制度についてだが、これはどの都道府県・市町村でも教育委員会を中心として行われているが、実態は形骸化の一途をたどっているとしか言いようがない。本当ならば、どこの教師もアクセスしやすいような立地条件にあるはずの教育センターが、中心地から車で1時間以上行かないとなかったり、長期休暇中に行われる研修も、資料を持ち寄って各学校の状況を話すだけに留まったり、さらには講演会ばかりで実質的ではないなど、その内容についての議論は尽きることを知らない。確かに、一昔前と比較すると、教師の研修時間は長くなった。しかし、それは時間がむやみやたらに長くなっただけで、内容が伴っていないのがほとんどである。そんな状況下で、教師の質は着任当初から右肩上がりに向上するだけではなく、日々変わっていく教科内容に戸惑い、後退することも十分にあり得る。

 教師は、教職課程を履修したから、免許が取れたから、採用試験を通過して学校に配属されたからといって、立派な教師になれるわけではない。私は、教師はいろいろな経験を通して「教師になる」ものだと思っている。机上の勉強や教育実習においては経験できなかったこと、予想もしなかったことが現場では起こっている。想像と現実がこうも違う現場において、ただ免許をもっているからといって安座しているような教師では、現代の教育界にある問題を解決することなど、到底できない。子どもたちの学びを促進させるためには、まず教師が有意義かつ効率的に学び、子どもたちを学びの楽しさへと導くことが大切なのである。

 現代の教育政策は、子どもにばかり視点が置かれているが、実は子どもの成長を最も促す方法は、彼らを取り巻く大人を変えることである。子どもたちは、私たちが想像もつかないくらい教師のことを見ている。信頼したいから、生きるヒントをもらいたいから、一緒に歩んでほしいからこそ、教師の言動を本当に細やかに観察している。翻って考えれば、子どもたちにとって教師とはそれほど大切な存在なのである。教育者にとって、それほどまでに求められていることを喜びとしなくてはいけない。この「喜び」を忘れず、いつまでも続いていく向上心を、教師にはもっていてほしいと願うところである。

(4)理想の教師を育てる会「ピーシェイプ(peashape)」の設立

 そんな想いを抱いている私が現状を分析するならば、現存の組織では、私が思うような教員育成システムを見つけることができない。ならば、私自身の手でその組織をつくりあげ、小さいながらも継続させていくことが大切だと考えるに至った。まさに、「先駆開拓の事」である。

 現場の教師の声に耳を傾けると、やはり聞こえてくるのは「学ぶ場がない」「社会経験の少なさに自信をなくしそうになる」「何か発展的にやろうと思うと、職を辞するか諦めるかしかない」などの話だ。子どもたちの前に立ち、常にプレッシャーにさらされていると、自分の能力不足や見聞の少なさに不安を抱くようになってくる。そうした時、職を辞さずとも、諦めずとも学べる場、また教師を目指す人たちが就職前に社会体験や技能を深める場を設けたい。

 私が考えるに、現代の教師に必要なのは次の3つの力が必要だと思っている。「感察力」「教育力」「決定力」がそれらだが、それを育成するために「理想の教師を育てる会『ピーシェイプ(peashape)』」の設立に、残りの塾生生活の中で尽力していきたいと考えている。以下に、現時点で見えている設立目的や理念のほか、先述の教師に必要な3つの力の育成を中心とした会の方針を、簡単に示す。

ア)設立の目的

 何よりもまず、子どもたちの幸せのために全力を注ぐという信念をもち、確固たる教育理念と教育力、そして子どもたちを惹きつける人間的魅力と見聞を有する人材を育成する。

イ)設立理念

 会の名称「ピーシェイプ(peashape)」(仮称)には、教師に必要な素養が表現されている。

P・・・perseverance(粘り強さ)
E・・・enthusiasm(熱意)
A・・・affection(愛情)
S・・・see(目で見る)
H・・・hear(耳を傾ける)
A・・・and(そして)
P・・・pleasure(喜び)
E・・・educator(教育者)

 難しいことではない。粘り強さ・熱意・愛情をもって子どもたちや親に向き合い、見聞を広げながら、机上の勉強では簡単に得られない活きた人生のヒントを彼らに提供する。そして、そのことを喜びと感じ、「教員」ではなく、本当の意味での「教育者」になってほしい。そんな願いがこめられている。

ウ)活動内容

 教師に必要な3つの力「感察力」「教育力」「決定力」がある。これらを育むようなカリキュラム作成を念頭に置き、以下のような具体的活動を展開していきたい。

①観察力・・・現場実習(主に自然と密着した第一次産業を中心とする)
 「教える」ということをしないこの会では、現場実習を「感察力」を育む場とする。この「感察力」とは、自らの感性を研ぎ澄ましながら物事の本質に目を向ける、という意味の造語である(宮川考案)。目に見えないもの、それに携わる人から得るものは非常に大きいと考える。
 この会では、特に第一次産業に力を入れて研修を計画し、自然の中で感性を働かせて、そこで得たものを自然体験の少ない子どもたちと共有してほしい。

②教育力
 どんなにいい人間性をもっていても、この教育力がなければ教師は務まらない。教科教授法のみならず、人間関係構築力や学級経営・学校経営に関わる座学およびワークショップ形式の講座を設置し、「明日から使える方法!」をモットーに教師に必要な中心的能力の向上を図る。
 また、教師と同じように教育の根幹を支えている行政職の人々(文部科学省職員や教育委員など)との意見交換を通して、教育がなぜ荒廃のスピードを増すばかりなのかということを知り、現場感覚だけではない多角的な視点で事象を捉えるようにしていきたい。

③決定力
 私が最も重視したいのは、実はこの「決定力」である。最近の現場でよく見かけるのは、教育理念や自らの信念の欠如から、少しでも批判を浴びるとそちらに流されてしまうケースである。教育者たる者、理念や信念を曲げることは教育することを放棄したも同然である。
 しかし、これを教師だけのせいにはできない。理念や信念を紡ぎ出す作業、すなわち哲学・倫理・教育学などを教職課程の中でほとんど勉強してきていないからである。それならば、今一度それらを勉強し、「日本の未来を拓く人材育成」という観点にたって各人独自の教育観を磨く場としたい。

エ)運用方針

 まずは、私個人運営で小規模からの活動開始とする。告知方法はHP、DMを学校に送ったりする方法はひとまずとらない。周囲にいる教育従事者から意見を収集し、在塾期間は1泊2日~2泊3日程度の研修を2ヶ月に一度は開催したい。

 活動場所は関東(山梨県を中心として、神奈川・東京・埼玉も視野に入れる)を基本とし、可能な限り全国展開をしていきたい。講師などはその都度、私からアプローチをしていく。開催当初は資金面での不安が予想されるが、この組織が定着するまでは、身銭を切るつもりで、しかし経営面の向上もしっかりと視野に入れて企画を進めていく。

(5)今後の研修方針

 「書物よりは見聞、地位よりも経験が第一の教育者である」という、アモス・オルコットの言葉がある。教師生活を5年しか経験していない私も、見聞や経験が少ない人間の一人である。この私が「教師を育む会」を立ち上げたとしても、一体何人の人を納得させることができるだろう。もしかしたら、反発を受けることのほうが多いかもしれない。だからこそ、これからの研修においては、私自身も「見聞」を広げることに集中し、どこに行っても、教育の発展のために重要だと思われるエッセンスを抽出できるような感性を磨くことを主軸としたい。

 形骸化しているとはいえ、現実に行われている養成と研修の現場を観察しつつ、自分なりに「こういうことを教師に知ってもらいたい!」と思う現場実習を行い、それを「ピーシェイプ」に還元できるような体制をつくっていきたいと考える。

2008年5月 執筆
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