松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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国家観
2006年7月

塾生レポート

「社稷」としての国家とその「独立」
日下部晃志/卒塾生

昨年度から国家観についてのレポートを書いてきたが、無意識のうちに、根本的な問いである「国家とは何か」という命題を避けていたように思う。果たして今の私にどこまで語り尽くせるかはわからないが、国家観レポートの締めくくりとして、真っ正面から論じてみたい。

 

1 はじめに

 日本は二千年以上断絶することなく存続した歴史と伝統を有する世界でも希有な国家である。一つの王朝が有史以来存在して、一つの国家、国民としてのアイデンティティーを保持しており、作為をしなくても国家が成り立つ。日本ではこの事実も「あたりまえ」である。しかし、他の国からみれば「うらやましすぎる」ことなのである。

 国家の統一にかかる政治的なコストがこんなにかからない国は稀である。想像してみて欲しい。例えば、旧ユーゴスラビアの統一のために、チトーがどれだけ腐心しただろうか。彼の死後、旧ユーゴスラビアは完全に解体したことを考えれば、統一の保持にどれだけ政治的なコストを必要としたことだろうか。例えば、一つの国の中で、ツチ族とフツ族が憎しみあい、殺し合うルワンダで、国家の統一に今後どれだけの時間と労力を要するだろうか。

 そのコストが日本には必要ないのである。いうなれば、日本における政治は、国民の生活の向上と安全の確保に全て振り向けることができるのである。それが、旧ソ連やアメリカなどの法制度的につくった国(人工国家)とちがった自然発生的な国家(カルチャーネーション)の強みである。

 この強みを我々は所与のものとして考えがちだが、それは祖先が残してくれた宝なのである。であればこそ、国民はこの歴史と伝統・文化を継承し、さらに次世代に伝えていく義務を有する、と私は考えている。本稿では、国家観レポートの締めくくりとして、そもそも「国家とは何か」を考え、その国家を永続ならしめるためには、わが国がどのような方向性を探ればよいかについて述べてみたい。

2 「社稷」としての国家

 考えてみれば、私が今在るのは、両親がおり、その両親にはそれぞれ両親がおり、そのまた両親には両親が・・・というように遡っていくことができる。もし、その途中がどこかでも途切れていたら、今の私は存在しないのである。先祖のたゆまぬ、不断の営みがあればこそ、いまここに私がある。そのことに感謝せずにはいられない。であればこそ、私たちは次の世代のため、引いては子々孫々のために、少しでも良き日本を残していく義務を有するのではなかろうか。

 私たちは終わりのないリレーの第何番目かの走者である。前の走者から引き継いだ「日本」というバトンを改善して、次の走者に渡していく。長い歴史の中で、ときに危機的な状況はあったが、これまで十分にそのリレーは機能していた。

 この時代を超えて働いた機能をいささか古めかしい表現だが「社稷」というのではあるまいか。
三島由紀夫が市ヶ谷において割腹自殺を遂げる前に記した「檄」に曰く

「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の本元(おおもと)を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んで行くのを見た」「今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ」

 三島の言う「国の大元」とは。そして「日本」とは。
単に統治機構としての日本ではないことは明らかであろう。「社稷」として祖先が守り続けてきたもの、現代の我々も守り続けるもの、そして子孫達も守り続けていくであろうものなのである。

 かつて、ベネディクト・アンダーソンは「国家とは、その構成員たる国民の想像に基づいたフィクションでしかない」と指摘した。この指摘のような感覚が現代日本にも蔓延しているのも確かである。確かに我々は我々自身が国民であるということ、そして守るべき「社稷」などを見たり、聞いたり知覚できるわけではないが、これを以て国家とは虚構に過ぎぬと結論づけてしまうのは、あまりに性急であろう。我々は、あまりにも、「空間的な存在」にのみ捕らわれていないだろうか。つまり、知覚でき、存在を感じるもののみを判断材料として価値判断をし、活動を営んでいるのではあるまいか。

 「社稷」とはいわば、「空間」の観念に「時間」の観念も加味して成り立つものである。いうなれば「国家の来歴」である。すなわち国家とは、ある政府によって統治された一定の範囲という水平的な共同体でもあるが、来歴によって過去・現在・未来が一つに束ねられた垂直的な共同体でもあるといえるのである。保守主義の始祖、エドマンド・バークは垂直的共同体としての国家観を『フランス革命の省察』のなかで、

国家は、現に生存している者の間の組合たるに止まらず、現存する者、既に逝った者、はたまた将来正を享くべき者の組合となります。
としている。また、同様の国家観は『正統とは何か』の中でチェスタトンによっても語られている。

 伝統とは、あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えるとことを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。

 また、西欧だけに止まらず、日本に於いても同様の国家観を示した君主がいる。江戸時代の財政改革者として有名な上杉鷹山公である。鷹山公は、世子治弘公に家督を譲るのに際して、

一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候
右三条御遺念有るまじく候事

という教えを残した。有名な「伝国の辞」である。その一番目にはっきりと「国家は先祖より子孫へ伝候国家」と述べてある。

 この国家観を理解できれば三島のいう「国の大元」の意味は自ずから明らかであろう。先人達が我々にいかにして垂直的共同体としての国家を引き継いできたのか。先人達の労苦に敬意を払い、深甚の感謝の念を抱いてこそ、現代に生きる我々もまた、偉大なる共同体を次代へと継承・発展させていこうという気概が生まれるのではなかろうか。

3 日本は「独立」しているだろうか

 さて、この「国の大元」からみると、現代日本はどうなのだろうか。「日本は独立国」であることは、国際法的にも一応、世界の常識と認識はされているだろう、と我々は考えがちであるが、そのような常識に委ねる前に、自らの主体性をどれだけ確保して、日本という国は国家活動を営んでいるのかを考えてみる必要があろう。「国民主権」と謳いつつも、その主権が特定の国のコントロール下にあることに気づいていない、またはその現実から目を背けているのではなかろうか。

(1)在日米軍基地や駐留軍に対する国内法の限界

 誤解のないように言えば、ホストネーションサポート(在日米軍駐留経費の負担)そのもののことを言っているわけではない。
それ自体は、安全保障に関わるコストを軽減するための措置であるから、これについては仕方がないと考えているが、日米地位協定の運用については改められなければならない部分がある。一例として、平成16年8月、沖縄普天間米軍基地所属の大型輸送ヘリが沖縄国際大学敷地内に墜落した事故があった。私もこの現場を平成17年7月にみてきたが、未だにヘリが激突したとされる校舎にはシートがかけてあった。この事故について、県警は再発防止のため、米軍と共同での検証を申し入れたが、拒否され、米軍憲兵が調査した「事故報告書」によってしか検証できなかったという経緯がある。日米地位協定第17条10(a)及び10(b)に関する合意議事録の第2項には、

日本国の当局は、通常、合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設もしくは区域内にあるすべての者若しくは財産について、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差し押さえ又は検証を行う権利を行使しない。ただし、合衆国軍隊の権限のある当局が、日本国の当局によるこれらの捜索、差押さえ又は検証に同意した場合は、この限りではない

とある。日本国民の安全を守るため、もし、米軍の装備品等に事故が起これば、日本の当局が、検証に立ち会うのは当然の道理のように思えるが、その道理が通用しないということは、少なくとも日米は対等の立場ではない、すなわち、主権が制限されているといってもよいのではないだろうか。

(2)共同研究におけるブラックボックス

 現在、航空自衛隊でF-2という支援戦闘機を調達している。当初は純国産でという声もあったのだが、当時(86年~87年)の日米貿易摩擦という国際情勢もあって、F-16を元に開発されることになった。高度な電子部品などはアメリカが技術移転を許さず、日本が全て自力開発することになっており、この意見には日本関係者が皆あきれ返ったという(電子部品は完成品を輸入するようにアメリカに勧められたが、それでは技術育成に全くつながらないとして、防衛庁の国内開発派がこだわった)。また、先端技術が多く盛り込まれており、日本の戦闘機として初のアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーの装備や、外板だけでなく内部の構造部材までも炭素系複合材(CFRP)で一体成形した主翼、日本独自の飛行制御技術による高機動性能などがある。だが、1988年の政府間覚書によって、これらの独自技術はアメリカへ全て公開するよう義務付けられていた。アメリカはすでに一昔前の機体を譲り渡すことで、日本が長年温めてきた技術を、「ただ」同然で移転することができたうえ、米国生産分は日本が代金を支払うのだから、日米のどちらが得をしたかは言うまでも無い。

 国家・国民の独立と安全を守る自衛隊の装備品の調達に関しても、何に基づいて判断せざるを得ないかおわかりだろうか。どう考えても、日本の国益よりアメリカの国益を優先しているとしか思えない。

(3)年次改革要望書

 駐日アメリカ大使館のホームページで日本語で閲覧できる文書に「年次改革要望書」というものがある。電気通信、情報技術(IT)、エネルギー、医療器機・医薬品、金融サービス、透明性およびその他の政府慣行、民営化、法務制度改革、商法、流通とありとあらゆる分野におけるアメリカの要求を日本に実現を迫るもので、クリントン政権が発足した93年の宮澤・クリントン日米首脳会議で「日米間の新たな経済パートナーシップのための枠組み」の一部として合意され、その翌年から開始されたものである。

 要望書が登場して10年。その間米国側が取り上げたもので、その後日本で法改正や制度改正が行われた主なものは、
・持ち株会社解禁(97年)
・NTT分離・分割(97年)
・金融監督庁設置(97年)
・時価会計(00年)
・大規模小売店舗法の廃止(00年)
・確定拠出年金制度(01年)
・法科大学院(04年)
・郵政民営化(05年)
である。

 国民にしらされぬまま、アメリカによる日本改造が進んでいるのである。確かに、アメリカは同盟国であるが、「要望書」によって要望するのは、日本人の便宜を考えてのことではない。日本の国富をどのようにして、アメリカが吸い取るか、すなわちアメリカの国益を考えてのことなのである。

 現代は、冨の奪い合い、マーケットの奪い合いを露骨な「武力」によって行う帝国主義の時代ではない。しかし、マーケットを求めて各国が外国へ飛び出していくという構造は変わっていない。変わったことは、その手段なのである。マーケットを奪うために用いる手段が極めて洗練され、巧妙になっているのである。その「最大のやり手」こそ、わが国の同盟国であることは明らかであろう。

 時代は「洗練された帝国主義」に突入している。そのことにまず我々は気づかなければならない。
『拒否できない日本』著者の関岡英之氏は

いまの日本はどこかが異常である。自分たちの国をどうするか、自分の頭で自律的に考えようとする意欲を衰えさせる病がどこかで深く潜行している。私が偶然、アメリカ政府の日本政府に対する『年次改革要望書』なるものの存在を知ったとき、それが病巣のひとつだということはすぐにはわからなかった。 だがこの病は、定例的な外交交渉や、日常的なビジネス折衝という一見正常な容態をとりながら、わたしたちの祖国を徐々に衰退に向かって蝕んでいるということに、私はほどなくして気づかされた。まるで癌細胞があちこちに転移しながら、自覚症状の無いまま秘かに進行していくように、私たちの病はすでに膏肓に入りつつある。
と述べているが、傾聴すべきであろう。

(4)防衛力の整備に関して

 かつて、ナチス・ドイツがズデーテンを併合した後、チェコスロバキアへ侵攻したのは、イギリスやフランスが極度の宥和政策をとっていたためで、ヒトラーに足下をみられたからである。つまり、侵攻したのはナチス・ドイツだが、それを誘発したほうにも責任はある。ジョゼフ・ケネディの『英国はなぜ眠ったか』には「予算の大きさは自国の戦争努力ではなく、他国の戦争努力に関連させて考えなければならない。英国の間違いの一つは、前年の基準で予算の年々の拡大を測ったことである。それゆえ英国は、かなり大きな拡大だと思って努力の大きさに自身を持っていたが、それはドイツの戦争努力(英国の4倍以上の予算)を無視した根拠のない満足感であった」とある。

 中国や韓国、北朝鮮は日本の防衛力整備に関して、「日本の軍拡がアジアの戦争を招く」など鼓吹しているが、実態は全く逆である。日本が過剰ともいえる自己規制と融和政策で近隣諸国に配慮を示そうとしている間に、軍拡をしているのは誰かということである。

 無論、自国を守るための努力であれば、何をしたって構わないというわけではない。しかし、少なくとも、周辺国の軍事力に応じて相対的に有効だと思えるほどの防衛力すら整備できないのであれば、国民の生命や財産も守れるという保証はないわけであり、そのような国家ならば、存在する意義に疑義を持たれてもしようがあるまい。

(5)北朝鮮による拉致問題

 また、北朝鮮による拉致事件を考えてみれば、日本の主権が3重に侵害されていることがわかる。領海侵犯、不法入国・上陸、日本政府の施政権下にある罪のない国民を拉致していった行為という3重の主権侵害が白昼堂々と行われていたのである。多くの人は、拉致被害者・そして家族に対して同情的である。しかし、国家の主権が侵害された怒り、同胞の主権が侵害された怒り、として憤りを感じる人は少なかろう。

 北朝鮮だけではない。私が在塾している間にも、中国の潜水艦による領海侵犯、韓国による竹島周辺領海の海洋調査など、主権の侵害が頻発している。主権侵害に対して同様の手段でやり返せ、などと威勢のいいことをいうつもりはないが、結果をみるにつけ、唯々諾々と現状を追認するだけの国家になりさがっているような気がしているのは私だけだろうか。

 事程左様に、およそわが国は国家活動を営むに際して、その主権に制約を受けているのである。それが現実だから仕方がないと、ニヒルに構えてよいのだろうか。建前としての「独立」でしかないのだろうか。このまま、次の世代にこの国を引き継いでよいものなのだろうか。

正道を踏み、国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従するときは、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受くるに至らん。
とは、西郷南洲の言葉であるが「彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する」日本でよい、という価値判断が往々にしてまかり通っているように思える。

4 真の独立国家にして真の道義国家へ

命もいらず名もいらず。官位も金も望まざる者は御し難きものなり。
然れどもこの御し難き人にあらざれば艱難をともにし国家の大業は計るべからず。
とは、西郷南洲の言葉である。西郷の言う「国家の大業」とは何だろう。「御し難きもの」のみがなしうる「国家の大業」とは。それこそが、これまで縷々述べてきた「国の大元」を正すことに他ならない。

 明治維新を遂行した西郷にとっての「近代化」とは、ただ近代国家としての様態を整えるだけの近代化だけでなく、彼自身の国家観の芯ともいうべき「道義を守る」国としての「文明化」を強烈に意識している。『南洲翁遺訓』には、

文明とは道の普く行わるるを賛評せることにして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言うには非ず。(中略)予嘗て或人と議論せしことあり、西洋は野蛮じゃと言いしかば、否な文明ぞと争う。否な野蛮じゃと畳みかけしに、何とて夫れ程に申すにやと推せしゆえ、実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導くべきに、左はなくして未開蒙昧の国に対するほどむごく残忍の事を致し己を利するは野蛮じゃと申せしかば、其の人口を莟めて言なかりきとて笑われける。
とある。

 西郷は「文明」とは、正義が広く行われること、と言っている。国家の「みてくれ」だけ整えても、それは近代化ではあるかもしれないが、真の文明化にはほど遠い。道、即ち正義が内にあってはひろく踏み行われ、かつ、国際社会においても、正義を踏み行う国であれ、としているのである。その点からすれば、未開の国に対し、苛烈な扱いをして、搾取する当時の西洋の国々は、とても文明国などではなく、彼にとっては「野蛮」だったのである。

 黒船の来襲により、日本は「近代」と邂逅した。明治維新という「近代化」の成功により日本は独立を保ち得た。そこには、維新の志士たちの自らの生死を省みない尽忠報国の精神と獅子奮迅の働きがあったことは疑いえない。それでもなお、「国の大元」を考えるとき、明治日本が受容した「近代」というものを問い直さなければならない。

 昨今の拝金主義の横行や社会秩序の崩壊は、豊かな人間性を喪ったとしか形容のできぬ出来事であるが、その人間性喪失の根本にはこの「近代」の問題が直結しているように思われてならない。

 坂本多加雄氏は『日本は自らの来歴を語りうるか』のなかで、

そもそも「文明」とは単にcivilizationのことを指すのではない。それは中国の文物、とりわけ歴代の中国の王朝が統治の理論として採用した儒教文化が、普及している状態を指す言葉であった。(中略)その際注目すべきは、政治理論としての儒教は「徳」による統治としての「王道」と単なる「力」による支配に過ぎない「覇道」とを厳格に区別していたことからも明らかなように、統治を、何よりも道徳的な「教化」として把握するものであった。そして、その関連で、力の裏付けを必要とする「法」も、「徳」に比して低い評価しか与えられていなかった。いわゆる「法治」に対する「徳治」の優位である。すなわち、「文明」とは、このような「徳」の理念を基礎とし、その中心的な模範としての「中華」を仰ぐところの一つの秩序だったのである。
と、近代以前までの日本の「文明観」について述べている。

 しかし、開国から幕末にかけて、欧米の国力の強大さが認識されるに及んで、「文明」は専ら欧米の文物を示す言葉として捉えられるようになってしまったのではないだろうか。すなわち、「徳」「徳治」という儒教的、東洋的な考え方の文脈から、完全に切り離されてしまったのではないだろうか。

 日本が受容した「近代」とはかつての「文明」の意味を取り違え、「徳の理念を基礎」とせざる「文明」として発達してきてしまったのではないだろうか。

 そこに厳しく対峙したのが西郷だったと考えている。国家の独立こそ、保ち得たけれど、本来の「文明」の意味をすてて省みない国になってしまったことに抗ったのが西郷だったのである。こう考えれば、西郷の言う「国家の大業」とは、「真に独立した国家にして、真の文明国にすること」だと考えることができる。

 国民が生きていくだけならば、食べていくだけならば、国家としていろいろな選択がある。しかし、「他国の意志に屈し、服従するだけの『隷属の平和』」でよいのだろうか。

 私は、日本のみが独立しておればよいなどとは毛頭思わない。国際社会においては、それぞれの国が独立しつつ、相互の歴史・文化の違いを認識・理解した上で、助け合っていくべきだとも思う。日本が果たすべき nobless oblige は必ずあるはずだと考えている。それはとりもなおさず、他国のために、地域の安寧のために貢献する国であらんとすることであろう。真に、地域の安寧に寄与せんとするならば、国家の独立を保持し、国力を己の望む方向に指向する自由意志を確保することが肝要なのである。これによってのみ、世界の平和と安定により積極的に貢献できるはずである。

 これが出来る国を実現することが西郷のいう「国家の大業」だと私は考えている。

 「真の文明にして真の独立国」たる日本、「社稷」を永続的に継承していくために、微々たるものかもしれないが、力を尽くす所存である。

<参考文献>

内村鑑三著『代表的日本人』 岩波文庫
山田済斎編『西郷南洲翁遺訓』 岩波文庫
坂本多加雄『日本は自らの来歴を語りうるか』 筑摩書房
坂本多加雄『国家学のすすめ』 筑摩新書
岩田 温著『日本人の歴史哲学』 展転社
関岡英之著『拒否できない日本』 文春新書
2006年7月 執筆
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