松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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外交・防衛
2006年3月

塾生レポート

実効性のある国民保護のために ~「危機管理士(仮称)」育成の提唱~
日下部晃志/卒塾生

「国民保護」という響きは、どうしても保護される立場としての国民の姿を連想させてしまう。しかし、多様化、突発化する脅威に対して「保護される」という受け身のままでいいのだろうか。国民がプレーヤーとして参加でき、真に実効性な国民保護を考える個別テーマレポート第3弾

 

1 はじめに~対岸の火事でなく~

 今年の3月20日で地下鉄サリン事件から11年の歳月が経ち、今年も慰霊の儀式が厳かに執り行われた。関係者は「今後とも警戒・警備に当たり、二度と起こらないようにすることをお誓いした」と話し、被害者の家族は「一日も早く被害回復される対策を講じてほしい。日々、苦しんでいる人がいる現状を改めて知ってほしい」と訴える。

 もちろん、あのような事件が二度とあってはならないし、未だに後遺症に苦しむ方々がいることも忘れてはいけない。しかし、実はもっと目を向けるべきところがあると私は考えている。それは、次に同様の事案が生起した場合に、その場に居合わせた人々はどういった「対応行動」をとるべきかについて、この11年間ほとんど顧みてこられなかったことである。もちろん、警察、消防、自衛隊のレベルであれば、有毒化学剤に対処する防護服や除染装置については整備され、対処行動が訓練されてきてはいる。しかし、国民レベルではどうだろうか。例えば、サリンとおぼしき物質が撒かれたとして、その際の適切な行動がとれるような知識を持ち、訓練を積んだ人がいるだろうか。知識や訓練が国や地方自治体から提供されただろうか。答えは「否」である。この11年間、国民は放っておかれたのである。有毒化学剤を用いたテロという新たな脅威に対して、自らの身体・生命を防護する手段を与えられてこなかったのである。日本国憲法第13条には、

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
とあるのだが、かかる現状で、本当に「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が「最大に尊重」されているといえるのだろうか。

 戦後の60年という時代は、ほぼ一貫して、防衛や危機管理に関して口にすることが禁忌とされてきた。政府や自治体の論理として、国民のいやがることを押しつけたくはないというのは、一面において理解はできるが、そもそも、国民の安全を守ることは、国家と自治体としての重大な責務であるはずだ。にもかかわらず、国民の身体・生命を守る術を提供しないということは、実は憲法違反の疑いすらあるといっても過言ではない。

 また、一方で、この状況に疑問を持つ国民が果たしてどのくらいいただろうか。地下鉄サリン事件という未曾有のテロ事件も当事者を除けば、「対岸の火事」のように思っている人が多かったのではないか。もし、同様の事案が我が身に降り掛かったとき、どのようにしてわが身を守るのかについて考えようともしなかったし、その方法を提供するよう、政府や自治体に要求することもなかった。本来「最大の尊重」が必要とされるはずの「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が放擲されていることに多くの人は気づくことはなかったのである。

 よくよく考えてみれば、わが国は、国民主権の国であるはずなのに、多くの国民は、自らの主権をどう守るかについてあまりにも無関心で在り続けてきたのではないだろうか。

2 国民保護法・計画の実効性

 もとより、現代社会は、有毒化学剤を用いたテロに限らず、かつてないほど様々な脅威にさらされている。地震、津波、火山の噴火、台風のような自然災害もあれば、人為的な災害や大規模な感染症、非国家主体による大量殺傷テロさえ想定される。そうした一連の脅威からいかにわが身を守るかについて、いつまでも無関心で在り続けていいものだろうか。

 「国民保護法」が成立したのは平成16年のことである。つまり、戦後59年経って初めて、「国民保護」と銘打った法律が出来たのであるが、そもそも国民の安全を守ることは、国家としての重大な責務である。やや穿った見方をすれば、日本国政府は、その責務を怠ってきたともいえるのである。ただ、遅まきながら、問題に気づき、国民を守るという国家の責務についての見直しがなされてきたのは一つの希望である。

 これに基づき平成17年度には、各都道府県が、18年度には各市町村が「国民保護計画」を定めることになっている。ただ、現状では、法体系が整備されただけで、計画の実効性は担保されていない。

 原因として考えられるのは、防衛や危機管理というものに対して、未だ根強いアレルギーがあることである。戦前の防空訓練や隣組の記憶などが、戦後歪曲されて伝わったためか、本来、国民の生命・財産を守るための制度が、国民の私権を制限するものだと考えられているからではないだろうか。

 この風潮に配慮してか、国民保護法には国民の義務に関する規定がない。国民保護法上、「国民の協力」は、「避難住民の誘導や被災者の救援の援助」「消火、負傷者の搬送、被災者の救助の援助」「保健衛生の確保に関する訓練への参加」四つの局面に限定して国民の協力を要請する範囲を特定しているが、これらの要請に応えるかどうかは、国民の任意であり、義務ではない。確かに、有事において、なし崩し的に私権の制限が拡大されることがあってはならないが、そもそも、個人の権利を保障するものは国家であるから、その国家が危急の際に私権が大事だと言うことが許されてもよいものなのか。その当否はここではおいておくとしても、国や地方公共団体が国民保護措置に万全を期すには、その補完体制としての国民の協力と相互の共助は必要不可欠なのである。

 国民保護が法体系として整備はされつつあるが、法体系のみでは国家国民を緊急事態から救うことはできないのである。法体系はこれを実施し、履行する体系たるシステムとソフト(情報・経験・知恵・協力・団結・信頼等)によって、国家と国民の総体が法体系に基づいて有機的に結合され、機能しない限り、その目的は達せられない。

 この点から考えると、国民保護の現状は「仏を彫って魂入れず」と言わざるを得ない。一所懸命に、法律は作ったものの、実効性が担保されていないのである。では、国民保護における「魂」とは何か。それは国民の主権者としての当事者意識にほかならない。

 地下鉄サリン事件のような大規模テロであれ、自然災害であれ、対岸の火事ではなく、当事者として、わが身を守る知識・術を提供するよう、もっと政府や自治体に対し要求し、積極前向きに訓練に参加し、国民保護の実効性を官民相互の努力により高めなければならない。なぜならば、国民保護が実効性を持たぬということは、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が尊重されていないことをも意味するからである。

3 これまでの取組み

(1)地方自治体における人材育成

 では、実効性をもたせる、つまりより多くの人に当事者意識を持ってもらうために、何が必要だろうか。前回のレポートで、

方法論としては、地道に普及啓発していくしかないと考えられる。しかも、今流行のe-learningなどではなく、フェーストゥフェースの教育である。本来は、防災や危機管理に関する教育は自治体であったり、公教育の場で行われるのが相応しいのだが、警察や消防、自衛隊などのOBを活用して、普及啓発の任を担ってもらうでも良いし、費用対効果が見込めるのであれば、PFIを危機管理分野に導入してもよいだろう。つまり、自治体や公共組織という「官」が持っている情報や技術を「民」にバイパスし、「リアリティー」を持ってもらうしか手はないのではないか。テロやゲリラ、着上陸侵攻などの武力攻撃事態について正確にイメージできる住民はそう多くないと思われる。専門的な知識や訓練のないままに武力攻撃事態に本当に対応することが可能なのだろうか。大災害時における自助・互助・共助の割合は7:2:1だといわれるが、これを実現するためには、平素からの地域における危機管理力の維持・向上が不可欠となる。そのためには「リアリティー」をもって自然災害のみならず、武力攻撃事態にも対処しうる「地域防災力・危機管理力」をコーディネートする知識と技能と意欲をもった人材が地域で啓発・教育を行うのが望ましい。
と述べたが、ここで問題となるのは、
(1)そもそも「地域防災力・危機管理力」をコーディネートする知識と技能と意欲をもった人材がいるか
(2)地域の危機管理力向上に資する人材を誰が育成するのか
(3)人材を育成したとしてどのように運用するのか
であろう。

 (1)については、前回レポートでも述べたが、日本国内の各地域には多少の格差はあるものの、消防や自衛隊のOB、消防団、水防団等、自主防災組織、災害ボランティアやNPO等、危機管理の知識・技能を有する人材は少なくない。その中から、有志を募ることは可能であろう。

 (2)については、私は、地方自治体が適当であろうと考える。そもそも、危機管理は行政の重大な責務であって、その危機管理に関する人材を育成するのであれば、当然、地方自治体の責任において育成しなければならない。各地域においては、ちらほらと動きは出始めている。

 主なものを列挙してみると、

  • 愛知県防災局(あいち防災カレッジ)
  • 三重県防災危機管理局(みえ防災コーディネーター育成事業)
  • 兵庫県企画管理部防災局(ひょうご防災リーダー)
  • 鹿児島県危機管理局(地域防災推進委員養成講座)
  • 静岡県総務部防災局(静岡県防災士養成講座)
  • 福岡市市民局(博多あんあん塾)
  • 茨城県生活環境部(いばらき防災大学)
  • 東京都世田谷区危機管理室(世田谷区地域防災リーダー研修)
  • 松山市消防局(防災士研修講座)
となる。この中でも、昨年、私が約2ヶ月研修した福岡市の防災・危機管理課が実施している「博多あんあん(安全安心の略)塾」について触れておきたい。昨年3月の福岡県西方沖地震を契機として、地域の防災力の向上を目的として、「博多あんあん塾」講座が福岡市の防災・危機管理課の主催で行われている。受講者は約130名で、毎週土曜日に講座を受講し、約7ヶ月かけて、防災士の資格取得を目指す。カリキュラムは図1の通りであるが、震災を契機に開始したものであるから、あくまで、自然災害への対処を念頭においているのが特徴的で、今のところ、国民保護が想定しているような武力攻撃事態や緊急事態については、想定はしていない。この点には今後考慮が必要だが、地域防災に関わる人材を地方自治体の施策として育成しようとしている。


図1「博多あんあん塾カリキュラム」

 動きが出ていることは望ましいことではあるが、やはり自然災害のみを念頭においている防災の人材育成だけでは不十分に思われる。ただ、国民保護法の付帯決議の第5項には、

武力攻撃事態、緊急対処事態等における惨禍をできる限り軽減し、その被害を最小限にするため、国際人道法の精神等を踏まえ、自助・共助の精神に基づく民間の仕組みを含め、実効性のある施策を検討すべきこと。
とある。国民保護法成立当初から、「実効性のある施策」を検討する必要性は国会においても認識されているのである。緊急事態における国と地方自治体の役割分担については、武力攻撃事態法第7条に、
国においては武力攻撃事態等への主要な役割を担い、地方公共団体においては武力攻撃事態等における当該地方公共団体の住民の生命、身体および財産の保護に関して、国の方針に基づく措置の実施その他適切な役割を担う
とあり、緊急事態における地方自治体の役割を考えれば、「実効性のある施策」を考えるべきは、国よりもむしろ、地方自治体といってもよいのではないか。

 (3)について、人材を育成したとしても、地域において、どのように運用するかが最も肝心である。前述の「博多あんあん塾」の場合は、

受講者修了者については本人の承諾を得たうえで「博多あんあんリーダーバンク」に登録してもらい人材のデータベース化を図る。
【その後に期待する活動想定】

  • 既存自主防災組織の関係者にあっては、組織活動の活性化や充実のためのリーダー
  • 自主防災組織未結成地域在住者にあっては、自主防災組織結成のための啓発など
  • 市民局や消防署が地域や企業で行う出前講座や防災訓練の際の事業のサポート
  • 企業関係者にあっては、当該企業内及び事業所所在地域における事業者間の防災活動に関する連携のための啓発など
としているのだが、具体的にどのように活動するかは、各人の自主性に任される。受講生を大別すれば、既に地域で自主防災組織などの活動に携わっていたり、防災関連の企業であったり、という人と今回初めて防災に関心を持ち、受講した人に分類できよう。前者ならば、自主性に任せても活動してくれることは期待できるが、今回初めて防災に関心を持ち、後者については、資格はもらったものの、どうすればよいかわからないという人がほとんどではないか。

 最終的には、防災士の資格を取得し、地域の安全・安心リーダーとして認定されることにはなっている。高い防災意識と専門知識を持った住民が増えるのは大変好ましいことではある。しかしながら、現行のままでは、ただ無造作に防災士を増やしているだけになるおそれがある。

 あんあん塾の運営予算としては、昨年度でも、(ここで金額は書けないが)莫大なお金が費やされているわけではない。費用対効果としても、それほど悪くはない印象を受けた。しかしながら、運営資金は小なりといえども、元をたどれば市民からいただいた税金である。また、せっかくの「人」への投資である。元本だけではなく、より大きな利益を回収できるようにするために、養成したリーダーの活用について、施策を検討しておくのが生産性の高い行政というものであろう。

 いくつかの地方自治体では、自然災害への対処を念頭として、人材の養成こそ始まっているが、残念ながら、国民保護が想定するような緊急事態、武力攻撃事態に関するものは未着手の状態であり、また、せっかく養成した防災リーダーについても、有効な活用が図られていないのが現状である。

(2)国民保護認知向上の取組み

 では、現状を打破するにはどうすればよいか。まずは、地道ではあるが、「国民保護法という法律がある」ということをより多くの人に認知してもらうことが肝心だと考える。

 国民保護については、まだまだ緒についたばかりであるとはいえ、その認知度は相当に低い。平成17年度名古屋市政アンケート(調査対象2,000人 有効回収数981人 有効回収率49.1%)の調査によれば、国民保護法について、図のような結果が出ている。


図2「国民保護に関する名古屋市アンケート」

 内容について「多少知っている」を含めても、2割強という結果である。

 現在、筆者が参与として関わっているNPO法人「埼玉県国民保護協議会(通称:さいたま国民を守る会)」において、国民保護の認知を広めようという目的で、平成18年3月25日に「国民保護セミナー」を実施した。その内容と狙いは以下の通りである。

●防衛の基本的な考え方と防衛計画の大綱
狙い:現在の日本を取り巻く安全保障環境と防衛に関わる基本的な考え方としての「防衛計画の大綱」について説明し、マクロな視点からの日本の安全保障政策を認識してもらう。
●国民保護法とその仕組み
狙い:国民保護法制定の経緯、自然災害と武力攻撃事態の違い、そして国民保護における国、自治体、住民の役割について説明し、国民保護法に基づく、措置の枠組みにについて認識してもらう。
●「さいたま国民を守る会」の役割
狙い:全国でも初となる国民保護協力団体である「NPO法人さいたま国民を守る会」の活動や役割、組織の編成について説明し、国民保護への住民参加の重要性を認識してもらう。

 因みに、今回のセミナーについては参加者は約90名であった。第一段階としては、地道に今回のようなセミナーや研修会を続けていくしかないであろう。その際に注意すべきは、消防団や水防団、自主防災組織などで活動をしている地域の方をどうやって引きつけるかである。つまり、セミナーをやり、というわけには放しにするわけにはいかないのであって、地域の活動にどのようにして結びつけていくかが肝心である。

(3)国民保護にも対応できる人材の育成

 国民保護という法・制度が、世間の耳目を集めることができれば、第二段階として、前述した防災の人材育成に付加するかたちで、国民保護の人材の育成が見えてくるのではないか。まだ、構想の段階であるが、「さいたま国民を守る会」では、自治体が行う国民保護措置に関して協力することのできる知識・技能をもった人材を養成するプログラムを準備している。単発のセミナーではなく、比較的長期に亘って、教育を施していく形を想定している。課目については、図に示す通りである。


図3「国民保護人材育成プログラム(案)」

 仮に、人材の育成が出来たとしたら、その活用法についても考えなければならない。先ほど防災士の例を挙げたが、資格を与えても数だけ増やしても、効果は低い。その人材が活動できる枠組みも必要であろう。

 考慮事項として、第一には「どういった資格を付与するのか」であるが、「公的な資格」を付与することが望ましいと考える。既に自主防災組織がある地域では、そこの防災委員でもよいし、防災アドバイザーでも就任できる資格として認めることが必要である。

 NPO等が認定する私的な資格では、「何の権限があって」という批判を招きかねないし、防災や危機管理は、優れて公共性の高い活動であり、その活動に任ずる人物の使命感を涵養し、誇りを満足させるためにも、「○○市認定」のような資格を与えるのが妥当である。

 第二には、どのくらいの範囲を活動範囲とするかだが、自主防災組織のカバーエリアということでよいのではないか。例えば、福岡市の場合、144の「校区(中学校の通学範囲を基準とした地域)」があり、その校区毎に自主防災組織が組織されているが、この場合であれば、各校区において、自主防災組織と連携する形をとり、各校区における地位・役割は、それぞれの地域の特性、自主防災組織の状況に応じて決めればよい。また、自主防災組織がない校区では、自治協議会、消防団等と連携しつつ、組織を立ち上げてもらう。つまりは、教育によって得た知識と技能を現場で活かす仕組みを作ってやることが重要である。

 第三には、配置された後、何をすればいいのか、つまり任務は何かということである。それは、平時では「地域防災力の開発」となる。そして有事には「地域防災力の総合発揮のための指揮・調整」になる。

 前回レポートでも述べたとおり、災害に起因する問題を処理する技術的人的能力には事欠かない。病院や消防機関、政府機関、自衛隊、NGO、消防団、水防団、個人のボランティアともに意識の高い人々がおり、質の高い救急救助の設備施設が備わり、最新の電子機器による災害探知・警報システムが導入されており、危機管理の様々な局面に関して豊富な知識経験を有する多くの市民がいる。つまり、「地域防災力の総合発揮」とは、具体的にいえば、これらの人的、物的資材を有機的に、運用することに他ならない。具体的には、

平 時
・自主防災組織、消防団、住民の連携を促進(避難計画、非常食の備蓄等)
・半期に1回の実働訓練又はDIG(災害図上演習)の実施(年2回を基準)
・防災用器材の保守管理・使用法の教育
・民生委員との協力(災害時要援護者への対応)
有 事
・基礎自治体(市町村、政令市であれば区)との連絡調整
・避難、応急対応、復旧の指揮・連絡・調整
を実施するものとする。

 国民をとりまく脅威を考えたとき、地震や風水害といった非人為的な脅威からテロや弾道ミサイルといった人為的な脅威まで、凡そ脅威というものは、いつか降り掛かってきてもおかしくはない。多様化する脅威に対応可能な地域づくりのためには、以上のような「行政との協働」という枠組みと人材の育成をセットで考える必要がある。
自然災害から武力攻撃事態まで、いかなる脅威にも対応して、市民の生命・財産の保全に貢献できる人材を「危機管理士(仮称)」として養成してはどうだろうか。

 防災士を育成しようという事業や、危機管理担当の自治体職員に専門教育を施すプログラムは既に存在しているが、地域で活躍する「危機管理士(仮称)」を育成するという事業は私が知る限り、全国でもまだないと思われる。

4 おわりに~観客でなくプレイヤーとして~

 防災・危機管理に関しても官(行政)が一方的にサービスを供給する方で、民(住民)はサービスの受け手である、という意識はまだまだ根強い。意識の上では最初に「公助」ありきだった。しかし、多様化・広域化する脅威に対して強い社会を作るには、住民自ら守るという「自助」、向こう三軒両隣で協力する「共助」の観念が必要不可欠であり、現場レベルで、どのように協働し、その合力を最大化するかが鍵になってくる。

 市民レベルでの取組の可能性を示すものとして、東京財団が2004年~2006年に実施した「大都市の危機管理体制のあり方(町守同心)に関する研究」(プロジェクトリーダー帝京大学教授・志方俊之氏)についても触れておきたい。

 この研究の目的は、「テロという緊急事態に市民は何が出来るのか、どのように対処すべきかを市民自らの手で演習を通して検証する」もので、本年2月に行われた演習では、自治体防災担当者、運輸・通信関連事業所職員、企業の危機管理担当者、地域自治会・商店関係者やPTA役員など約60名が参加し、私も、参加させていただいた。また、コメンテーターとして総務省、消防庁、東京都、港区、地元警察・消防、東京メトロから専門家が参加した。

 演習は、

  1. 日常に潜むテロの危険性の予期
  2. テロ発生状況下での行動要領
  3. テロの直接被害者としての行動要領
のステップに分けられ、自分がテロリストだと仮定すると、どこでどのようなことをするかをシミュレーションし、その準備活動は、予兆としてどのように現れるか、その予兆を察知した場合の連絡要領等について討議した。

 演習を通じて、危険性の予期という点では、劇物・薬物の管理体制や連絡体制について、そして対処行動については、二次災害に巻き込まれないこと、トリアージに協力することなど、細かな問題点も抽出されたが、総じて、実質的に、私たち自身がファーストレスポンダーということと、もはや危機管理において、私たちは当事者であり、どう守ってもらうかではなく、各機関、行政とどう協働して、被害を局限するかが重要であることが、参加者の共通認識であった。

 危機管理とは、きわめて公共性の高い活動であり、地域における危機管理体制をしっかりとしたものにする最終的な責任はやはり行政にある。ただ、それを行政だけで全て担おうとしても、それには無理がある。脅威が災害として発現するとき、それは往々にして人間の想像をはるかに越えた形でふりかかってくるのである。

 「国民保護」という言葉の響きから、住民は一方的に守られるという印象を持ちやすい。しかし、警報に反応し、誘導に従って避難地域に向け移動をするのは住民自身であり、救助や治療等に求めに応じて協力するのも住民である。行政、関係機関、そして住民の緊密な連携があってはじめて、「国民保護」は機能するものである。いうなれば、住民は、もはや「観客でなく、プレイヤー」なのである。この発想の転換ができれば、「危機管理士(仮称)」を育成しようという構想もあながち荒唐無稽には聞こえないのではあるまいか。

<参考文献>

・務台俊介/レオ・ボスナー共著「高めよ!防災力」ぎょうせい
・森本敏/浜谷英博共著「早わかり国民保護」
・国民保護法制運用研究会編著「有事から住民を守る-自治体と国民保護-」東京法令
・市町村アカデミー監修「防災対策と危機管理」市町村アカデミー叢書
・磯崎陽輔著「国民保護法の読み方」時事通信社
・東京財団研究報告書「大都市の危機管理体制(町守同心)のあり方に関する研究」
2006年3月 執筆
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