論考

Thesis

日本の基幹電源の将来像を考える(3/前編)

我が国に「エネルギー政策基本法」というエネルギー政策の根幹を決定する法律があることはあまり知られていない。私は日本のエネルギーを考える上で、全てのエネルギー関係の政策の基本となるこのエネルギー政策基本法を見直すことが必要と考える。このエネルギー政策基本法の改正私案を作成したので、それについて述べる。

 我が国に「エネルギー政策基本法」というエネルギー政策の根幹を決定する法律があることは多くの国民には知られていない。食料とエネルギーの自給は現代の我々の生活を支える根底である。国家の安全保障を考える上で、その二つの自給率はそれぞれ100%を超えることが望ましいが、現代においてそれをなし得ている国は少ない。特に先進国においては貿易というツールを使って各国が互いに補完しあっている面が大きいので、二つの自給率は下がる傾向にある。我が国においては、食糧自給率が40%、エネルギー自給率が4%(原子力を再生可能なエネルギーと捉え“準国産エネルギー”とする場合は20%)まで低下していることは広く知られている。

 我が国は、食糧自給率の低下には意識が高い。1993年の作況指数は七五という冷害凶作米をきっかけとした米の輸入解禁が大きな話題となったように、米の輸入により食糧自給率を下げることは好ましいことではないと思っている方が大多数であることが伺える。

 それに対し、エネルギーの自給率を上げることには、おそらく殆どの方が興味を持たれていないと思う。日本人は、エネルギー、特に電気はそれほど苦労せずに届くものと感じている。石油に関しても、1973年の石油ショックを覚えている方は若干の不安を持っていると思うが、現在において石油がこなくなることに不安を抱いている方は相当少ないと思う。

 これには、過去における国営的な電力供給が大きく影響している。まず、我が国における電力供給システムの構築は“安定”を第一に考えられた。言うまでもなく電気は現代生活の根幹である。原子力はいくら金がかかっても安全を確保すると言われた。政から官には、その時々の世界情勢の中で安定して電力供給が出来るよう要求が出された。その中で、中東危機が発生した場合といった“もしも”については全くケアされてこなかった。現在においては、石油輸入元の多角化、各国における自主開発油田の推進といった方策がとられているが、それでもアメリカが行っているような長期展望におけるケーススタディのようなものが我が国で行われているという話は聞かない。例えば、明日サウジアラビアで政局不安が発生したら、例えば明日マラッカ海峡が封鎖されたら。現在の日本において、これら対処する体勢は整っていない。

 日本の電力供給は、平時において間違いなく世界一の安定を誇る。機器故障時の対応といった技術的なシステムとしては完璧といってよい。それは、一般家庭における年間平均停電時間、アメリカ73分、イギリス63分、フランス57分に対し日本が僅かに9分という結果(電気事業の現状2001-2002、電気事業連合会より抜粋)が象徴的に物語っている。

 これにより、日本人は電気が来ないということへの恐怖感をほぼ完全に忘れた。果たして今使っている電気はどこから来ているのだろう、どういう過程を経て供給されているのだろうと考える機会を全く失ってしまった。よく「日本人は平和と水と空気はタダと思っている」と言われるが、私はそこに電気を加えてもよいと思う。

 エネルギー政策基本法は、一般に天然資源に乏しいと言われている我が国のエネルギーの供需給体勢に関する政策を決める大変重要な基本法である。しかし、この法律が制定された2000年において、それがニュースになった記憶はない。もし、食料・農業・農村基本法が大幅に改正され、国家による米の需給調整を行わない、または農村への保護政策を変更するとなったら、それは大きなニュースとして扱われるだろう。しかし、エネルギーに関してはそれに関係する基本法すらなかったことに驚きを覚えると同時に、成立時もニュースにならないことはもとより、その内容についても殆ど知られていないことは、我々国民は問題意識を持って認識しなければならないのではないだろうか。

 確かに、国民が電力供給に関心が薄れているために、たとえニュースにしても注目を集めない記事では無いと思う。しかしよく考えれば、これは食料・農業・農村基本法と同等、もしくはそれ以上に非常に重要なニュースであることは容易に分かる。

 現在の日本のエネルギー供給体制は、国際情勢が比較的安定した平時には問題なく世界一の品質で電力を供給できるが、ひとたび国際情勢が変化すればたちまち供給が滞る可能性を含んでいる。

 太平洋戦争後の混迷期には平時における電力の安定供給が至上命題であったことは理解できる。それが達成された今、我々は、様々な世界情勢に対応できうる、平時に加えて非常時にも対応できるエネルギー供給体制を築いていく必要があると思う。エネルギー政策基本法はまさに我が国の将来のエネルギー体制を構築していくための法律である。私はそのような意識を持って現在のエネルギー政策基本法を精査した。そして様々な改善点を持っていると考えるに至った。

 私は日本のエネルギーを考える上で、まずは全てのエネルギー関係の政策の基本となるこのエネルギー政策基本法を見直すことが必要と考える。

 私はこれまで数年にわたって我が国を取り巻くエネルギー事情を、内政面、外交面、技術面、住民感情等から多角的に検討を重ねてきた。そして今回、これまでの検討の結果を踏まえ、現時点で考えるエネルギー政策基本法の改正私案を作成した。このレポートでは、その逐条解説をさせて頂きたいと思う。今回は前編として第1条から第8条、次回は後編として第9条から第14条を解説したい。

 この改正試案はあくまで現時点までの検討の結果を踏まえたものであり、決して最良のものとは考えていない。これからも検討を重ねて更なる改良を加えたいと思っている。貴重なお時間をとって頂いて本稿をお読み頂いた後には、是非筆者宛にご意見をお送り頂きたく思う。是非多くの方からご意見を賜り、私の現時点での検討に足りない視点、新しい考え方など、これからの私の検討の糧にしたいと思う。

 以下、改正私案を逐条で解説する。

―――――

 エネルギー政策基本法 (第一改正私案)

(目的)
第一条 この法律は、エネルギーが国民生活の安定向上並びに国民経済の維持及び発展に欠くことのできないものであるとともに、その利用が地域及び地球の環境に大きな影響を及ぼすことにかんがみ、化石燃料以外のエネルギー利用への転換が必要であることを確認し、エネルギーの需給に関する施策に関し、基本方針を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、エネルギーの需給に関する施策の基本となる事項を定めることにより、エネルギーの需給に関する施策を長期的、総合的かつ計画的に推進し、もって地域及び地球の環境の保全に寄与するとともに我が国及び世界の経済社会の持続的な発展に貢献することを目的とする。

 人類の持続的な繁栄のためには、空気中に放出する二酸化炭素の削減が急務であることは疑いようがない。現在のペースで二酸化炭素を排出し続けると100年後には人間の呼吸すら危うくなるという試算もある。化石燃料を用いる火力発電所は、発電の結果発生する廃棄物である二酸化炭素を空気中に垂れ流しており、空気中に放出しないための技術開発、脱二酸化炭素技術の開発は全く行われていない。原子力発電の廃棄物については、課題はあるものの少なくとも発電の過程で生じる全ての廃棄物の処理に関する技術確立のメドはついている。原子力発電が廃棄物までケアしているのに対し、火力発電が全くケアしていないことは決定的な違いである。二酸化炭素は一般的な物質の中で特にエネルギー準位が低く、水と並んで最も安定した物質の一つである。そのため、二酸化炭素を処理して別の物質に変えることは物理的に難しい。原子力発電については賛否両論あるが、私は原子力発電の未来を悲観していない。廃棄物の面から考えても、原子力発電に優越があると考える。我が国の将来、人間社会の将来のためには、一刻も早く化石燃料の利用を転換する必要があると考え、その確認を法の目的を著す第1条に加えた。

 「エネルギーの需給」という言葉は中央政府の監督によって需給だけを満足させる体勢を意味するので、環境面や住民意識等も含めるという意味から、単に「エネルギー」とした。なお、この「需給」を削除する点は、その理由は若干異なるが、削除するという点でシンクタンクである構想日本も同様の考えをもっている。私も構想日本の考えに全く同意するとともに、更に検討を加えた上で、「需給」という文言を削除した。多くの方もこの点にはご賛同頂けるものと確信する。

(安定供給の確保)
第二条 エネルギーの安定的な供給については、世界のエネルギーに関する国際情勢が不安定な要素を有していること等にかんがみ、石油等の一次エネルギーの輸入における特定の地域への過度な依存を低減するとともに、我が国にとって重要なエネルギー資源の開発、エネルギー輸送体制の整備、エネルギーの備蓄及びエネルギーの利用の効率化を推進すること並びにエネルギーに関し適切な危機管理を行うこと等により、エネルギーの供給源の多様化、エネルギー自給率の向上及びエネルギーの分野における安全保障を図ることを基本として施策が講じられなければならない。
2 他のエネルギーによる代替又は貯蔵が著しく困難であるエネルギーの供給については、特にその信頼性及び安定性が確保されるよう施策が講じられなければならない。

 この条文については、特に改正の必要はないものと考える。

(環境への適合)
第三条 エネルギーの需給については、エネルギーの消費の効率化を図ること、太陽光、風力等の化石燃料以外のエネルギーの利用への転換及び化石燃料の効率的な利用を推進すること等により、地球温暖化の防止及び地域環境の保全が図られたエネルギーの需給を実現し、併せて循環型社会の形成に資するための施策が推進されなければならない。図られるよう、エネルギーの消費の効率化を図ること、化石燃料以外のエネルギーの利用への転換及び化石燃料の効率的な利用を推進すること等の施策が実施されなければならない。
2 前項を達成するために、特に太陽光を利用したエネルギーの利用を推進する施策が実施されなければならない。
3 前項において、太陽光を利用したエネルギーとは、太陽光を直接利用したエネルギー及び太陽光によって短期間で成長し、エネルギーとして利用出来、且つ短期間で再生する植物を利用するエネルギーを言う。

 現行の第1項は将来的に化石燃料から転換することを目標とする旨の明示であるが、太陽光(現行法での「太陽光」は"太陽光発電"の意味合いが強いものと思われる)、風力はあくまで現時点で期待される一技術である。今後新しい技術が開発される可能性もあり、特定の技術を例示しないよう改正した。

 第2項は「太陽光」の利用を促進するための例示である。ここでの「太陽光」は“太陽光発電”を意味するものではない。植物は太陽光を利用して二酸化炭素にエネルギーを加え、よりエネルギー準位の高い炭素と酸素に分解する。植物はそれから得た炭素を利用して呼吸し成長する。食物連鎖によってそれが動物の存在へと繋がる。木を燃やしてエネルギーを得ることは、木が生長するときに浴びた太陽光のエネルギーを利用していることを意味する。化石燃料から得られるエネルギーは数億年前に地球に降り注いでいた太陽光のエネルギーを利用している。風力など自然エネルギー、持続可能なエネルギーと呼ばれているものの多くはそのエネルギーの源を太陽光に持つ。それら「太陽光を利用したエネルギー」は現在のところ環境への負荷が小さいと考えられている。第2項はそういった広義での「太陽光」の利用を促進する旨規定である。

 なお、地球外から地球に入るエネルギーと宇宙空間に出るエネルギーが均衡している場合、地球は持続可能である。温暖化は二酸化炭素による温室効果によって宇宙空間に出るエネルギーが減るために問題となる。しかし、温室効果のみが宇宙空間に出るエネルギーを減らすわけではない。例えば太陽光発電などは、元来地上で反射されていた太陽光をエネルギーに変える、いわば地球を黒体化してエネルギーを得ている。そのため超長期の視点でみると地球温暖化に繋がるかもしれない。現時点では問題視されていないが、その可能性があることは留意すべきである。

 第3項は化石燃料のような数億年前の太陽光をエネルギーとして利用するのではなく、短期間で生長する植物を燃料として用いることを規定した。植物を燃焼させた場合、その植物が生長する際に吸収した以上の二酸化炭素を出すことはない。植物の燃焼はカーボンフリーである。化石燃料が問題となるのは、数億年前から化石燃料として地中に固定化されていた二酸化炭素を空気中に放出するためであり、植物が生長したときに吸収した二酸化炭素が、数年後にその植物の燃料によって再び空気中に放出されても、空気中の二酸化炭素濃度が上昇することはない。この植物の燃焼とは、太陽光のエネルギーの利用であることは前述の通りである。私は、この“植物を媒介とした太陽光エネルギーの利用”は、これから人類が持続的に発展していくためのキーテクノロジーの一つであると考えている。私は短期的に成長、再生する植物として一年草である稲(及びその実である米)が適していると考えている。しかし、稲の育成、即ち農業は土地の利用、人材の確保、大規模農業のための農業機械技術の開発など、単なる技術的克服では一朝一夕に変更できないものである。私は今回改正私案を作成するにあたって、今後のエンジニアの努力による技術開発を見込んで極力特定の技術、資源をエネルギー政策基本法から削除する方向で検討したが、この“植物を媒介とした太陽光エネルギーの利用”は、将来必ず必要であることが疑いないと考え、また、その実施には長時間の準備が必要であると考え、早急に条文に明示する必要があると判断した。

(市場原理の活用)
第四条 エネルギー市場の自由化等のエネルギーの需給に関する経済構造改革については、前二条の政策目的を十分考慮しつつ、事業者の自主性及び創造性が十分に発揮され、エネルギー需要者の利益が十分に確保されることを旨として、規制緩和等の施策が推進されなければならない。

 第1条と同じ理由で、「需給」という文言を削除した。

(国の責務)
第五条 国は、第二条から前条までに定めるエネルギーの需給に関する施策についての基本方針(以下「基本方針」という。)にのっとり、エネルギーの需給に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。
2 国は、国民の生活と公共の福祉を確保するために必要なエネルギーを確保するために必要な施策を実施しなければならない。
 国は、エネルギーの使用に当たっては、エネルギーの使用による環境への負荷の低減に資する物品を使用すること等により、環境への負荷の低減に努めなければならない。

 電気をはじめとするエネルギーは現代生活の根幹であり、その安定供給は国の発展にとって必須条件である。しかしながら、過度の政府による干渉は技術の独創的な発展を妨げ、また保護政策は停滞を促す。そのため、エネルギーに関しても出来るだけ市場原理の基に体制を構築した方がよい。

 ただ、カリフォルニアやニューヨークの大停電などの例を見ても、過度の競争原理は時として不具合を招く。一般市民はそれに対し、電力会社を選ぶことが出来るし、その結果として停電を招くのであればそれも自己責任であると思う。しかしながら、最低限の保証は政府が行わなければならない。そこで、第2項には、「国民の生活と公共の福祉を確保するため」のエネルギー確保を国の責務とした。ここで「国民の生活」とは最低限度の生活であることはいうまでもない。

 また、第1条と同じ理由で、「需給」という文言を削除した。

(地方公共団体の責務)
第六条 地方公共団体は、基本方針にのっとり、エネルギーの需給に関し、国の施策に準じて施策を講ずるとともに、その区域の実情に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。
2 地方公共団体は、エネルギーの使用に当たっては、エネルギーの使用による環境への負荷の低減に資する物品を使用すること等により、環境への負荷の低減に努めなければならない。

 第1条と同じ理由で、「需給」という文言を削除した。

(事業者の責務)
第七条 事業者は、その事業活動に際しては、自主性及び創造性を発揮し、エネルギーの効率的な利用、エネルギーの安定的な供給並びに地域及び地球の環境の保全に配慮したエネルギーの利用に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施するエネルギーの需給に関する施策に協力する責務を有する。
2 事業者は、エネルギーの効率的な利用を促進するために、エネルギー需要者に対し必要な情報を提供し、エネルギー需要者のより効率的なエネルギーの利用に協力しなければならない。

 これまでの我が国においては、安定供給に注力するあまり、供給する電力会社側が、需要の伸びに100%応えられる体制を築いてきた。そのため需要が拡大するに従って発電所の増設をしてきた。アメリカやドイツにおいては、電力会社が電気を商品として顧客に販売するのではなく、電気を使うことによる生活環境の向上を商品と捉え、同じ消費電力でより質の高い生活を送るための取り組みを電力会社から顧客に提案することを行っている。これを需給サイド管理(DSM:Demand Side Management)と呼ぶ。DSMによれば、顧客は使用する電力量を増やすことなくより質の高い生活を得ることが出来る。また電力会社側も、増大し続ける需要に対応して闇雲に発電所を増設するのではなく、顧客により効率的な使用方法を提案することによって、発電所の増設をすることなく、より質の高い生活を提供できる。

 日本では1990年代からこのDSMの概念を導入したが、未だに電力会社の第一線の方でもDSMを省エネ運動と勘違いしている場合が多いと聞く。「効率的な利用を促進するために・・・情報を提供し・・・協力」することで、消費電力の伸びを抑制し、より適正なエネルギー消費を促すことを事業者の責務とした。

 第1条と同じ理由で、「需給」という文言を削除した。

(国民の努力)
第八条 国民は、エネルギーの使用に当たっては、その使用の合理化に努めるとともに新エネルギーの活用に努めるものとする。

 この条文については、特に改正の必要はないものと考える。

(前編終わり。次回、日本の基幹電源の将来像を考える(3/後編)に続く)

以上
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福田達男の論考

Thesis

Tatsuo Fukuda

福田達男

第24期

福田 達男

ふくだ・たつお

VMware 株式会社 業務執行役員(公共政策)/公共政策本部本部長

Mission

デジタル政策、 エネルギー安全保障政策、社会教育政策

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