松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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2000年4月

塾報

中国社会科学院との交流
甲斐信好/卒塾生

 松下政経塾は中国社会科学院日本研究所から毎年、特別塾生を受け入れている。先ごろ2人のOBが政経塾を訪れ、『塾報』のインタビューに答えてくれた。中国のテレビで日本解説番組のレギュラーとなっている2人との議論を紹介する。

 
 松下政経塾は1991(平成3)年12月に、中国政府のシンクタンクである中国社会科学院日本研究所と友好協力議定書を締結した。それに従い日本研究所から92年度より毎年研究員を茅ヶ崎の政経塾で受け入れている。毎年1、2名の研究員が派遣され、中国インターン(特別塾生)として、アソシエイト(1年目の塾生)と一緒に研修を行う。2000年までの9年間に社会科学院日本研究所からやってきたインターンは13人に上る。
 2月18日に2人の中国インターンOBが政経塾を訪れた。来塾したのは1995年に16期生と一緒に研修を行った高洪(ガオ・ホン)さん(現在、中国社会科学院日本研究所政治研究室主任)と、97年に第18期生として在籍した王新生(ワン・ジンシェン)さん(同日本研究所研究員、北京外国語大学日本学研究センター客員教授)。2人は日本の国際交流基金の招きで、中国社会科学院日本研究所副所長の高増傑(ガオ・ゼンジェ)さんらと共に来日し、忙しいスケジュールの合間をぬって懐かしい茅ヶ崎を訪れたのだ。

 2人を含む4人の中国社会科学院日本研究所の研究員は2月16日に、東京大学東洋文化研究所で「日本の外交姿勢」と題するシンポジウムを行った。これは日本の外交問題を日本の思想史からアプローチをして考えようとするもので、政経塾訪問の際にもさっそく話題となった。このテーマを選んだ理由を、高さんは次のように説明する。「日本の外交政策については数え切れないほどの研究がなされています。そこで、中国人研究者として何か新しい視点がないだろうかと考えました。外交はその時代の社会環境を基礎として行われます。そこに着目し、社会をリードする人たちが、どのような理念を持っていたかを頭において日本の外交を分析しようと思ったのです」。
 研究作業は、高さんが江戸時代末から明治前半までを、王さんが明治前半から第2次大戦前までを担当して行われた。具体的には、王さんの場合は、徳富蘇峰の「大日本膨張論」や高山樗牛の「日本主義」に始まり、大正デモクラシーを経て、石橋湛山の「小日本主義」や幣原外交を経て、北一輝や戦争に至るまでを分析している。そして、この研究から、「日本の政治は責任が不明確。したがってリーダー研究でなく、社会の基盤である思想史からのアプローチがこれまでの研究とは違った視点を提供することになるのでは……」という自信が伺えた。シンポジウムでは、猪口孝・田中明彦両東大教授からも高い評価を受けたという。

 高さん、王さんの2人は中国の国営放送、中央電視台で討論番組に出演している。特に日本をテーマにした番組の常連で、影響力も大きい。2人で論争しながら日本を紹介することを心がけているという。王さんは政経塾在塾中に日本共産党本部を訪れ、政党研究を行った。この時の経験を中国に帰って発表し、それが逆に日本の『読売新聞』に取り上げられて、日中共産党の復交の一因ともなったという秘話も紹介してくれた。
 和やかな雰囲気で行われた政経塾での討論だが、日本のODA(政府開発援助)を巡ってはホットな議論も。中国へ日本からODAを供与することに対して、厳しい経済状況とも相まって日本国内では疑問の声も聞かれるようになった。それに対して高さんは「一般民衆のレベルでは、確かに日本が中国にODAを供与していることを知らない人が多いかもしれない。しかし研究者や政治家は決してそうではありません。私も社会科学院から出した『冷戦以後の日本経済』の中で日本のODAについて詳細に書いています。日本の戦後復興でも世界銀行の資金が使われ、たとえば東海道新幹線や東名高速道路はそれによって建設可能になりました。しかし、そのことを知らない日本人がほとんどでしょう」と反論した。さらに「北京や上海だけを見ると日本のODAはもはや必要ではない、という印象を抱くかもしれませんが、中国にはまだまだ恵まれない地域があります。もっと長い目で見てほしい」と付け加えた。

 日本の政治に対しては、「日本の政策決定過程ははっきりしません。いくつかの政治勢力によってなされていることはわかるが、実際には責任者がいないこともしばしばです。日中関係でももっと透明性・政策過程をはっきりさせることが必要だと思います」と日本政治の専門家らしい厳しいコメントが高さんから出された。その一方、中国の国内政治については「政治改革は、1979年の改革・開放後、急速なスピードで進んでいます。村のレベルでは全体の8割(1997年3月現在で全国93万の村)で村民委員会の直接選挙が行われるようになりました。郷(末端の行政単位)のレベルでも首長選挙が始まりました。これから中国の発展段階にあった政治改革が広がって行くものと思われます」と述べた。これには王さんからも「人口の膨大な中国では、急速な変化は混乱を来します。郷を支える郷鎮企業の83%が個人企業です。経済の多元化は必ず政治の多元化に結びつきます」という意見が付け加えられた。

 「政経塾の空気を吸うと元気になります」という2人。当日は、懐かしい仲間の来塾に、北海道など地方からも塾生が帰ってきて旧交を温めた。
 政経塾での生活を振り返って王さんは、「日本の政治を研究する上で、市役所での研修や選挙など、普通では味わえない内部からの体験ができました」と、高さんは「日本研究者として日本での滞在も長いけれど、政経塾で本当の日本がわかるようになりました。中でも政治家のタマゴたちと同じ釜の飯を食べたことは、私の貴重な財産です。彼らはタマゴですが、タマゴがないと鳥にならない、政治家も生まれませんから」とそれがいかに有意義であったかを語ってくれた。2人が共に強調したのは、書物だけの理解でなく、政治は人が行うものであるから、政治家の考え、本音を理解することの大切さだった。

 最後に、2人揃って「中国社会科学院日本研究所にとって松下政経塾との交流が非常に大切なものであると同時に、将来の日中関係に大きなプラスとなるものだと確信します。私たちも細腕ですががんばります」と笑った。
 彼らの他にも、中国で第一の日本研究誌『日本学刊』編集長の韓鉄英(ハン・ティーイン)さん(第13期生)や、愛知学院大学で客員教授を務める範作申(ファン・ツォシェン)さん(第14期生)など、中国からのインターンは日本と中国を結ぶ重要なポジションで活躍している。松下政経塾にとっても、中国との交流は大きな意味を持つ。研修の核としてさらに交流を深めることが期待される。


2000年4月 執筆
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