松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1999年6月

塾報

世界と共生できる日本を
甲斐信好/卒塾生     賀来龍三郎

「追いつけ、追いこせ」の時代は終った。しかし次の国家理念を見出せないでいる日本。今こそ「世界との共生」に向けて国の仕組みを変える時だ。論客として知られる賀来龍三郎キヤノン株式会社名誉会長(松下政経塾理事)のアソシエイトへの講義から紹介する。

 
 日本がおかしくなってきている、ということを皆さん感じておられると思います。学者によってはバブル崩壊以後「失われた10年」という表現をする人がいます。私は日本が失なったのは10年間ではなく、バブル発生以後の15年間だと思っています。最初に「これはおかしいな」と感じたのは、1984年4月に品川の国鉄跡地が路線価格の4倍以上で売れた時でした。政府が決めた路線価格の4倍以上ですから「こんなことをしていたら日本中がバブルになるぞ」と思っていたのですが、誰も何も言わない。翌85年のプラザ合意後の金利下げもあり、86年にはみるみる土地の値段が上がってきました。その後バブルの崩壊を経て、現在の日本の状況に立ち至っているわけです。
 その現在の状況ですが、銀行が不良債権を大量に抱えている。取り付け騒ぎがおきたら大変だというので公的資金の投入が行われたわけですが、不良債権を抱えているのは都市銀行だけではない。地方銀行や信用金庫も今後問題が噴出してくるでしょう。それどころではなくて、ゼネコン、商社、あるいはメーカーに至るまで債権放棄をさせられるという話が出ています。端的に言えばバブルで失敗した責任を国民が税金で賄うことになるわけです。こんな馬鹿な話はありません。そんなことをすれば日本から責任を持って仕事をする人がいなくなってしまう。それが私の危惧なのです。

■future pullとpresent push

 上智大学のバロン先生がおっしゃったことなのですが、日本人の物事の進め方はプレゼント・プッシュ、つまり現在からの発想です。ある時点にベクトルが右を向いているかといって次の瞬間にはどこにいくかわからない。その一番不幸な例が先の大戦だと思います。大正デモクラシーを謳歌した日本が、わずかの間に軍国主義になろうとは誰も思っていなかった。それに対して欧米人の進め方はフューチャー・プル、つまり未来からの発想です。欧州統合を見ても、将来の目標を決めて数十年をかけてその実現に向けて努力する。それに対してプレゼント・プッシュの方は、時が変わると国がどこにいくかわからない。やはりやり方をフューチャー・プルに変えなければいけません。
 そのためには日本の向かうべき方向をはっきり定める必要がある。つまり国家理念とは何かということです。江戸時代は、参勤交代・御三家といった制度を見ると「徳川一族を永遠に存続させる」というのが国家理念であったように思われます。それが制度疲労や外圧やらで明治維新を迎えた。それ以後の日本は、ひたすら「追いつけ追いこせ」と一国繁栄主義の道を突っ走ってきました。それは敗戦後も、軍事が産業に置き換えられただけで変わらなかった。
 その一国繁栄主義の理念が終ったのです。日本は1964(昭和39年)まで経常収支は赤字でした。それが1965年に初めて黒字となり、68年にはGNP(国民総生産)が世界第2位にまでなった。2度のオイルショックを経て81年以降ずっと貿易黒字を続けて来て現在に至っています。「追いつけ追いこせ」はもう終ったのです。なのに新しい国家理念が出ていない。これでは国がおかしくなるのは当然です。官僚のスキャンダルが相次いでいますが、目標がなくなったのだから使命感を無くしてしまったのです。だからこそ新しい目標が必要となります。それが「世界との共生」なのです。

■共生のために

 私は共生を「living and working together for the common good」と訳しています。共に生き、働くことによって、平和・自由・人権・民主主義といった価値を実現することです。日本は一国繁栄主義を脱して、世界に貢献するような国になることが新しい理念です。そのような日本に変わるためには、国の仕組みを変えねばなりません。そこには4つの指針があります。
 まず、官主導から民主導への転換です。民間が自己責任を持った国への変換です。民間でできることは官僚がやる必要はありません。政府は行政改革を行いスリムになる。企業は自己責任を徹底する。もちろん国民も意識改革をせねばなりません。
 第2は生産者第一主義から生活者重視への転換です。「追いつけ追いこせ」時代には生産者を重視することも必要だったかもしれません。しかし現在、日本の消費者は業界保護のためにアメリカやヨーロッパの1.5~2倍もの価格で製品を買わされています。このような内外価格差を是正し規制緩和を行う。高齢者社会への対応や、地震に対する保険など国民が安心して生活できる社会を築くことが必要です。
 第3は中央集権体制から地方分権体制に移すことです。遷都を行って中央省庁をスリムにして、外交、防衛、司法などの業務に限る。そして全国をいくつかの地域に分け、道州制を確立して地方分権を行うことが重要です。
 そして第4は知識偏重教育から創造性・倫理道徳教育への転換です。教育も暗記中心でなく「自分で考える」時代になったのです。大学まで必死で頭に詰め込んで、入試が終ったら遊ぶだけというのでは「考える」頭脳が育ちません。また同時に人間の基本はモラルです。人間らしい教育を行わなければなりません。
 国内においてはそのような日本の仕組みの再編成を行い、世界に対しては現在世界が抱える大きな問題への貢献をすることが必要です。たとえば①先進国間のインバランス(不均衡)の解消(貿易摩擦)②貧富のインバランスの解消(先進国と発展途上国)③世代間のインバランスの解消(食料、エネルギー、環境)④紛争解決、平和への貢献のような分野で、日本は大きな役割を果たすことができるでしょう。
 やがて地球上には100億人の人間が住むことになります。どこの国もかつての植民地時代のようなやり方をすることはできません。地球から飛び出すことはできないのですから。今こそ共生にむけて、この国の仕組みを変えていくことを、若いあなたたちに望みたいと思います。(文責:編集)



<賀来龍三郎氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1926年愛知県生まれ。
54年九州大学経済学部卒業、キヤノンカメラ(現キヤノン)入社。77年代表取締役社長。
89年代表取締役会長、社団法人経済同友会副代表幹事(~95年)。99年名誉会長。
1999年6月 執筆
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