松下政経塾 The Matsushita Institute of
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Report
1999年6月

塾報

中央アジアの戦略的重要性
金子将史/卒塾生     小林献一/卒塾生     松浦元子/卒塾生

 昨年度の入塾生は、中央アジアをテーマに共同研究に取り組んできた。その成果は本誌でも発表したが、読者から「なぜ中央アジアなのか」という声をいただいた。そこで中央アジアの重要性について詳説する。

 
 「中央アジア」(ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス、カザフスタン、タジキスタン)と言われて、即座にイメージが湧く日本人はそうはいないだろう。ソビエト連邦に帰属していた長い間、日本人にとってこの地域は限りなく遠いところだった。ソ連の崩壊によりこの地域との相互交流が可能になったが、その結果、日本がこの地域とどう関わっていくのかという新たな課題が生じた。

中央アジア諸国概要

 カザフスタンウズベキスタンキルギストルクメニスタンタジキスタン
面積(万km) 271.7 44.719.9 48.814.3
人口(万人) 1670('97)2380('97)460.0(97)488.0('97)597('97)
首都 アクモラタシケント ビシュケクアシガバード ドラシャンベ
民族構成 カザフ人:46.0%
ロシア人:34.7%
ウクライナ人:4.9%
ドイツ人:3.1%
ウズベク人:2.3%
ウズベク人:75.8%
ロシア人:6.0%
タジク人:4.8%
カザフ人:4.1%
キルギス人:60.8%
ロシア人:15.3%
ウズベク人:14.3%
タタール人:1.5%
トルクメン人:77.0%
ロシア人:6.7%
ウズベク人:9.2%
タジク人:58.8%
ウズベク人:22.9%
ロシア人:10.4%
タタール人:2.1%
キルギス人:1.3%
言語 カザフ語、ロシア語 ウズベク語、ロシア語 キルギス語、ロシア語トルクメン語、ロシア語 タジク語、ロシア語
宗教 イスラム・スンニ派 イスラム・スンニ派 イスラム・スンニ派 イスラム・スンニ派 イスラム・スンニ派
主要資源 石油、天然ガス、石炭、鉄金、銅、天然ガス、石油 金、石炭、水力 天然ガス、石油石炭、アンモニア、銀、
金、タングステン

■ユーラシア・バルカンの危険性

 1997年7月24日、橋本前首相は「太平洋から見たユーラシア外交」を提唱した。この中で「シルクロード外交」という言葉が用いられ、中央アジアとコーカサス地域に重要な位置づけが与えられた。中央アジア諸国は、いわゆる「シルクロード」国家で、中国の影響を多分に受けている。日本政府による中央アジア重視の姿勢の背後には、このように歴史・文化を共有していることからくる親近感もあるだろうが、より重要なのはこの地域に豊富な天然資源が埋蔵されていることである。米国務省の『カスピ海エネルギー開発報告』は、カスピ海周辺には中東に次ぐ世界第2位、約2000億バレルの石油資源があり、世界第3位の埋蔵量の天然ガスがあるという(*1)。現在世界の石油・天然ガスの供給は中東に大きく依存しており、エネルギー供給源の複数化という観点からみて、このことは大きな意味を持っている。
 以上の点は先のレポートでも強調したが、特に見落とされやすい中央アジアの「戦略的重要性」を強調することが本稿の趣意である。

 第一にその地理的な位置がある。コーカサスを含むこの地域は、ロシア、トルコ、イラン、そして中国といった大国や、地域中大国に隣接しており、安全保障上、政治上の関心の的になっている。中央アジア諸国は独立後日が浅く、政治体制が不安定なため、近隣諸国の介入を招きやすい。複雑な民族構成とあいまって、ブレジンスキーが指摘するように、この地域は「ユーラシア・バルカン」と呼ぶに相応しい不安定性を抱えている(*2)
 日本の繁栄が世界の平和と安定に依存するものである以上、この地域の不安定化を防ぎ、日本に直接間接に及ぶ影響(ロシアの覇権主義化、イスラムと欧米との対立の激化、市場アクセスへの障害等)を低減することは望むところである。

 第二に、中央アジアは対ロ外交の観点から見て高い重要性を持っている。一つには、イスラム原理主義の浸透を恐れるロシアにとって、日本の関わりがロシアの安全保障に死活的な重要性を持つこの地域の安定に何らかの形で寄与することは望ましい。米国と異なり、日本に政治的影響力を行使する意図(と能力)がないことが、ロシアにとって日本の関与を受け入れやすい素地を作っている。また、日ロ関係の改善の中で、ロシア側が持つ最大のカードは、シベリアやサハリンのエネルギーであるが、その有力な競争相手となる中央アジアのエネルギー開発に日本が関わることは、日本の交渉力を増大させ、一定の主導権の確保を可能にする。

 第三は、イスラムへのチャネルとしての重要性である。中央アジア諸国は政教分離を基本方針としており、ウズベキスタンに見られるようにイスラム原理主義の浸透を厳しく押さえつけている。とはいえ、人口の大半が穏健なイスラム教徒であり、ソ連の崩壊後、EOC(経済協力機構)やイスラム諸国会議機構を通じてイスラム世界とのつながりも強めてきた。日本がこうした地域に一定のプレゼンスを確保することは、イスラム諸国に対する外交政策に奥行きを与える。

■対中外交のカードとして

 第四に、中央アジアへの関与は、対中外交の観点からも大きな意味を持っている。近年、中国をはじめ東アジアのエネルギー需要は急増している。逼迫するエネルギー需要を緩和するためには、シベリア、そして中央アジアのエネルギーに注目せざるをえない。日本にとってはコスト面で難しいこの地域のエネルギー利用も、隣国中国にとっては解決できる問題だろうし、供給経路の安定性という面から見ても魅力的である。財界や通産省が注目する中央アジアのエネルギーは、中国カードという観点からも再考の余地がある。
 また、中国は中央アジアに隣接する新彊ウイグル自治区に、中央アジア諸国と民族的に近いトルコ系住民を抱えている。他にもチベット、内蒙古等抱える中国は、活発化する国境を越えた民族交流がやがては独立の動きへと発展するのではないかと警戒している。実際に江沢民は98年7月カザフスタンからの帰路、5日間にわたってこの地を視察し、優遇措置を約束した。新彊ウイグルと中央アジアの関連を直接日本外交の戦略のオプションに利用できるかどうかは別として、中国の裏事情を認識しておくべきである。

 第五に、日本が国連外交等国際舞台での外交を展開するにあたって、親日的な中央アジア諸国は信頼できるパートナーとなる。例えば愛知万博招致にあたり、中央アジアの票は決定的な役割を果たした(*3)。外務省内には、日本の安保理常任理事国入りにおける中央アジア諸国の支持を高く評価する声もある。常任理事国入りの是非はおくとして、国際交渉の場で日本の立場を積極的に支持してくれる国が存在することはありがたい。ただし、それによってどのような見返りを期待されているのかは見極めておく必要がある。
 この他、アジア主義的な観点から中央アジアの重要性を強調する向きもあろう。しかし、私たちはこの点はあまり強調すべきではないと考える。日本がアジアの代弁者に祭り上げられ、欧米に対立する構図は明らかに日本にとって不利である。さらに、中央アジア諸国が日本をモデルにするという場合、それは独裁的政権の肯定のロジックであることに注意しなくてはならない。

■「わかりにくい」時代の鍵として

 冷戦が共産主義体制の敗北という形で終結したが、そのことが自由主義陣営の勝利と「歴史の終わり」を導くものでなかったことは改めて言うまでもない。「世界新秩序」というかけ声も、その内実を明らかにすることなく色褪せ、事実上唯一の超大国となった米国は世界秩序の全体像を描けず、それを押し付ける力もないことが明らかになりつつある。今や世界は、米国に荷担していれば事足りていた時代とは根本的に性質を異にする「わかりにくい」世界になっている。私たちが中央アジアに注目するのはこのような時代認識を背景にしている。冷戦が終結した現在、北東アジアに安定した安全保障システムが構築できるかどうかは、ロシアと中国という二大国とどう渡りあっていくかにかかっている。その意味からも両国の「裏庭」とも呼べる地域に、新たに5つの国家が誕生したことは意義深い。

 最後に、我々が銘記すべきことは、この地域の未来は依然として不確定であり、確実な進路など存在していないということである。この地域の運命は最終的にはこの地域の諸国民によって決定されなければならない。しかしそれは何らの働きかけを行わないということではない。日本政府と日本国民は、この地域の動向に絶えず注意を払い、中央アジアの人々はもちろん我々日本人にとっても国際社会全体にとっても望ましい方向へと中央アジアを誘いかけていく必要がある。
(『塾報』本年1月号2月号の他、日本外交への具体的な提言を含め、同筆者による拓殖大学海外事情研究所『海外事情』5月号「中央アジアとユーラシア外交」を参照いただきたい。)

<注>

 *1
『国際資源』98年3月号所収、古原寛『中央アジア及びコーカサス地方の石油・天然ガス埋蔵量』参照
 *2
Z.ブレジンスキー『世界はこう動く』日本経済新聞社 1998年刊
 *3
1998年8月財団法人松下政経塾東京分室における千野野村総合研究所理事長の講義

1999年6月 執筆
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