松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1999年4月

塾報

「防衛協力ネットワーク」構築
甲斐信好/卒塾生

 松下政経塾19期生の金子将史塾生が、防衛庁主催の「より安定した安全保障環境のために、防衛庁・自衛隊に期待すること」において防衛庁長官賞を受賞した。安全保障をテーマに特集した今月号の締めくくりとして、その受賞論文(要旨)を紹介する。

 
 平成7年に決定された新防衛大綱では、我が国の防衛と災害等への対処に加え、「より安定した安全保障環境の構築への貢献」が、わが国の防衛力の役割として明記された。そこに記されているPKOや国際緊急援助活動、安全保障対話・防衛交流による信頼醸成、軍備管理・軍縮への協力等の領域で、自衛隊は、従来の役割を超える新しい活動に着実に取り組んできている。新防衛大綱はまた、日米同盟がより安定した安全保障環境を構築するために重要な役割を果たすことをうたっている。我が国の基本方針は、先述のような諸活動(PKO、信頼醸成、軍縮)と日米同盟を効果的に組み合わせることで、より安定した安全保障環境の創出に寄与していこうとするものと考えてよい。短期的にはこのような方針は正当なものであるが、さまざまな予期せざる混乱を乗り越えて安定を実現していくためには、積極的に望ましい安全保障環境について構想し、その実現に努力していく必要がある。ここでは、日本が優先的に取り組まなくてはならないアジア太平洋地域の安全保障について論じていく。
 周知のように、アジア太平洋地域の安全保障システムは、ヨーロッパにおけるNATOのような集団的同盟機構ではなく、日・韓・比・豪等と米国が二国間での同盟関係を結ぶハブアンドスポーク型のシステムである。近年になってようやくARF(ASEAN地域フォーラム)等の信頼醸成への取り組みが始まった。冷戦期に成立した日米同盟等の二国間関係を引き続き維持し、多国間主義についてもこれを推進するというのがこの地域における現在の安全保障秩序であるが、この秩序の範囲内では解決できない問題がいくつかあるように思われる。
 第一に、この地域における米国との非対称な同盟関係は、「同盟のジレンマ」や過度の対米従属をもたらしやすい。沖縄の少女暴行事件でその一端が垣間見られたように、交渉における米国の圧倒的優位が反米感情の源泉となる可能性もある。また、二国間の同盟関係では、両国の間に起こった問題(経済摩擦、裁判権問題等)が同盟の意義自体を疑問に付すことに直結し易い。第二に、信頼醸成措置は、敵対的関係にある国家間で行うものとしては意義があるが、例えば日本と韓国の間ではそれにとどまらない協力が可能なはずである。第三に現状では、過去の歴史的な経緯から、日本がこの地域の安全保障に積極的な役割を果たしていこうとすると、関係諸国の危惧を呼び起こす可能性が高い。以上のような問題点を解決するためには、現存するパーツをより望ましい形で編み直していく作業が不可欠である。日米同盟か多国間主義かという単純な二元論は後退したが、両者を併存させてことたれりというのでは安易すぎる。二つの選択肢の間には広大なミッシングリンクが存在している。すなわち、米国の同盟相手国間(日、韓、豪、比、タイ等)での防衛協力の推進こそが、この地域により安定した安全保障環境をもたらす実行可能かつ有望な方向性と考える。
 米国を介して間接的な同盟関係にある諸国間の防衛協力は不十分なレベルにとどまっている。私はヨーロッパの安全保障の中核であるNATOに学ぶべき点が多いように思う。NATOは同盟外勢力に対峙するだけでなく、同盟内での関係を調整する機能を果たしてきた。特にドイツはNATOの枠内で己の手足を縛ることによって再軍備を認められ、更に長い時間をかけて同盟国との間に強固な信頼関係を培ってきた。NATOの同盟内において半世紀にわたって平和が保たれたことの意義は、NATO成立以前のヨーロッパ史と比較して、歴然たるものがあるだろう。高度な制度化・組織化と、密接な防衛協力がお互いの不信感を抑制する効果を持つことを見逃してはならない。米国との交渉に際しても、多国間な関係のほうがよりジレンマは少ないであろう。したがって倒錯した反米感情を惹起しなくてよい。これに比して、アジア太平洋におけるハブアンドスポーク型の安全保障システムの脆弱性は明らかであり、それは多国間主義の導入によって糊塗できるものではない。既存システムの利点を生かしつつ先述したような問題をクリアしていくためには、民主主義と市場経済、そして米国との同盟関係といった価値を共有する諸国間での防衛協力を進展させることが最適と考える。ただし、かつてのヨーロッパのように明示的な仮想敵国が存在しないことや、日本の憲法問題や韓国における反日感情のような国内問題を勘案すると、NATOのような同盟を構築することは難しいだろう。したがって情報交換や訓練、海難救助といった平時の協力を推進しつつ、各国の国益がオーバーラップする領域において役割分担を進めていくというのが現実的である。米国との二国間同盟の束を礎に、他の二国間協力や米国を含む三国間協議を折り重ねていくことが適切であろう。このようなシステムをさしあたり防衛協力ネットワークと呼ぶことにする。
 このような防衛協力が進むならば先述した既存システムの問題もある程度解決される。第一の「同盟のジレンマ」については、他に協力関係にある国が存在するということ自体が安心をもたらすであろうし、また裁判権や基地問題等についてネットワーク内に合同の協議委員会を設けることも可能であろう。このネットワークが二番目の問題である、間接的同盟諸国との協力可能性というリソースの放置を解消するものであることはいうまでもない。ネットワーク内での役割分担が進めば、装備にかけるコストの削減も可能になり、無用な軍拡も避けられる。直接的な協力関係が進めば第三の問題である対日不信感は徐々に解消されるであろう。このようなネットワークによる制約と支持を背景としてはじめて、日本は集団的自衛権の問題に正面から向き合うことができる。防衛協力ネットワークの成立は、アジア太平洋地域の不確実性をかなり低減するだろう。
 このような政策を推進していくかどうかは、最終的には政治の判断となるが、防衛庁・自衛隊は間接的な同盟国との防衛協力の可能性について米国を交えて検討を進めてるべきである。間接的な同盟国との防衛協力という土台があってはじめて信頼醸成措置や軍備管理も十分に機能するものとなる。こうした努力を重ねる中で、自衛隊は地域の安定にとって真に必要とされる存在へと成長を遂げていくはずである。


1999年4月 執筆
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