松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1999年3月

塾報

アジア経済危機と松下幸之助
甲斐信好/卒塾生

 生前、松下幸之助は「共産主義は21世紀まで持たない」、「21世紀はアジアの時代だ」と言っていた。今、アジアは経済危機の真っ只中である。あの言葉は正しかったのか。本当に21世紀はアジアの時代になるのか。

 
 筆者は1982年(昭和57年)4月に第3期生として松下政経塾に入塾した。創設者・松下幸之助は、当時、若い私たち塾生に繰り返し次の2つのことを言った。それは「共産主義は21世紀まで持たない」と「21世紀はアジアの時代だ」という予言的なメッセージだ。
 1980年代初頭といえば東西冷戦の真っ只中で、レーガン米大統領のスター・ウォーズ構想が注目を浴びていた時代。「共産主義は21世紀まで持たない」。「なぜですか?」「なぜなら人間の本質に反しているからや」と言われても、目の前に強大なソ連という国家が存在している。実は腹の底で「はたしてそんなことがあるのだろうか」と思っていた。政経塾へ講義に来たある高名な国際政治学者でさえ、「ベルリンの壁が崩れることは21世紀まで絶対にありえない」と断言していた(実際はそれから数年で崩壊した)。実は松下塾主の話には「だけど資本主義もアカン。共産主義でも資本主義でもない第3の選択が必要やな」という続きもある。
 もう一つの「21世紀はアジアの時代」という予言も、半信半疑で聞いていた。当時アジアはまだまだ「貧しい」地域の代名詞だった。中国の改革・開放政策も緒に就いたばかり。日本企業が怒涛のように東アジア(NIES、ASEAN、中国)に投資を行い、需給両面で「日本効果」を引き起こし、この地域が「世界の成長センター」と呼ばれるのは85年のプラザ合意以降のことである。世界銀行が「東アジアの奇跡」という報告書でこの地域の経済発展の原因を探るのは(それも「奇跡」というタイトルにその困惑ぶりが窺えるが)10年以上経ってからである。

■今、課題となっていること

 その東アジアが経済危機に見舞われて1年半が経った。一昨年7月のタイ・バーツの暴落に端を発した経済危機は、またたくまにインドネシア、韓国をはじめとした東アジアの国々に波及した。1年経った現在も大半の国が出口の見えないトンネルに苦しんでいる。日本もその例外ではない。ロシアがIMF(国際通貨基金)に緊急支援を要請し、マレーシアも危機的状況にある。さらに南アフリカやブラジルまで飛び火するに至って、もはや「アジア」経済危機という言葉は実態にそぐわない。ニューエコノミーと銘打ち、「景気循環なき好況」を謳歌していたアメリカの背後にも、危機が忍び寄りつつある。
 また、経済危機はそれぞれの国で劇的な政権交代を促した。一昨年、チュアン政権への交代をやむなくされたタイ、初めて野党候補・金大中が大統領となった韓国。昨年には32年間盤石であったインドネシアのスハルト体制さえ、経済政策の失敗でエリートや中間層から見放されて終焉を迎えた。日本でも6月、橋本政権が参議院選挙でまさかの大敗を喫した。マレーシアも現在、建国以来最大といってよい政治危機の中にある。経済危機による「政権のドミノ倒し」が指摘されるところだ。政治・経済とも東アジアは混沌の中にある。
 このような状況に至った原因はさまざま指摘されているが、いずれにせよ外国からの短期資金に依存したことや、その流れを監視する仕組みを持たなかったことが大きな理由であることに異論は無いだろう。また、これまで東アジアが維持してきた政治・経済のシステム(たとえば縁故主義による不透明な経済運営)が問題だというのも否定できないだろう。
 「ミスターYEN」こと大蔵省の榊原英資財務官は、このような現状を「グローバル・キャピタリズムがバーチャルな情報戦争の段階に入った」と表現している。私たちが直面しているのはアジア地域だけの問題でも通貨だけの問題でもなく、グローバルなシステムの再構築という課題なのだ。主権国家に束縛されず、どのような外貨準備も蹴散らすマネーは、未だコントロールの道が見出されていない。まさしく「資本主義もアカン」という状態だ。

■アジアはよみがえる

 さて、このままアジアは沈没してしまうのだろうか。今年1月通貨統合をスタートさせた欧州に比べ、東アジアの国々はそれぞれが再浮上の道を模索することに必死で、アジア全体が地盤沈下したかに見える。
 もともとアジアという概念自体があいまいなものだ。明治時代、岡倉天心が「アジアは一つ」と喝破したのは、実はアジアは植民地化された屈辱において一つという意味である。当時もそして現在もこの地域を形容する言葉は一様でなくむしろ多様性こそアジアのキーワードである。その多様なアジアが、今度は植民地化ではなく経済危機という大きな波をもろにかぶっている。
 しかしフランスのシラク大統領が言うように「危機の『機』は機会の『機』」だ。もしあのまま経済成長が順調に続いていたら、縁故主義やクローニーキャピタリズム、また生産性の低い政治など、さらに高いステージに進むための阻害要因はそのままであったかもしれない。危機に晒されたことによって、東アジアの国々は政治・経済・社会の根本的な変革に迫られている。また、マネーをいかにコントロールするかは、当初、対岸の火事視していた欧米諸国だが、火の粉が降りかかるにおよび、サミット(先進国首脳会議)やASEM(ASEANとEUのミーティング)の場で、全世界的なシステム構築について議論するに至った。
 一方で東アジア諸国の経済的な体力は決して悪くない。今回の危機から得た大きな教訓の一つが、外国から流入する短期資金に頼っての経済発展がいかに危険か、ということであることは先に述べた。では、自前の資金である貯蓄率について世界レベルで見ると、実は一番高いのが東アジアである。先進国で30%を超えるのは日本だけであるし、タイ・マレーシア・インドネシアでは36~37%、中国は42%という高さである。貯蓄に応じた投資を目指す、言い換えるならば足が地につかないバブルを夢見ずに身の丈にあった成長率を心がけるならば東アジアは再浮上する十分な力を持っている。
 また発展を引き起こすのは何よりも人の力である。東アジアの経済発展を通じてそれぞれの国民の中に形成された能力は、短期間で消え去るものではない。人的資本の形成には時間がかかるし、しかもいったん出来上がったものは不可逆的(逆戻りしない)である。たとえば東アジア諸国の貧困率(国民の中に占める貧困層の割合)はこの20年間で大幅に減少している。その一方で、教育のレベルは飛躍的に向上した。たとえば1960年代にはわずか2%であったタイの大学進学率は今や25%になろうとしている。これらの人材は経済 危機がやってきたからといってなくなるものではない。
 昨年末、タイに滞在する機会を得たが、10月には中央銀行が景気の底打ち宣言を出し、バンコク商工会議所メンバーの日系企業の大半も今年は景気は上向くとの予測を発表している。1年前に訪れた時に比べると街にも活気が戻りつつあるように見えた。
 マクロ的には経常収支も良化しつつあり、バーツも安定してきた。予断は許さないが、少なくとも危機の発信地であるタイでは、トンネルの先が見えてきたようだ。
 今から20年前、松下幸之助塾主はエズラ・ヴォーゲル・ハーバード大学教授と対談した。そのなかで「世界の繁栄はエジプトに始まって、ヨーロッパ、アメリカへ行って、今度アジアに来る。そこに日本がある。その時に間に合う人間、そういうアジアを支えていく人材を育成するというのが(松下政経塾の)基本概念です」と話している(『サンデー毎日』での対談 1979年9月23日号)。是非そうなりたいものだと思う。
 今回の危機が、実は資本主義全体の危機であるならば、いち早くそれに対応できた東アジアが再び世界の成長センターとなる可能性は大きい。古いシステムの変革に各国がそれぞれ成功したときには、また「アジアの時代」が来ると私は信じている。


1999年3月 執筆
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