松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1998年12月

塾報

アジアとつながる(続)
甲斐信好/卒塾生

 先月号では韓国・中国との松下政経塾の関わりを報告した。今月は引き続き台湾・モンゴルから松下政経塾へのゲストについて紹介する。

 
●台湾にも政経塾をつくりたい

 台湾で『遠見雑誌』、『天下雑誌』などを発行する出版社、天下文化出版公司の一行が10月6日に松下政経塾を訪れた。『遠見雑誌』は、政治経済を扱うハイクオリティな月刊誌で発行部数5万部を誇る。同社からは3月にも『天下雑誌』の編集部一行が来塾した。今回来塾したのは同社の創設者で社長の高希均氏、王力行・『遠見雑誌』編集長、林天来・同社副社長、中華航空事業発展基金会の馬紹章博士らで、塾スタッフ・第19期アソシエイトと意見交換を行った。
 天下文化出版公司の社員の4分の3は女性だという。高社長はこの点を「女性は有能だということを別にしても、月刊誌の場合は発行と発行の間が週刊誌などに比べて長いので、じっくり仕事をする女性向きです。短距離走は男性のものだが、マラソンなど長距離走は女性が強いでしょう? 松下政経塾にはまだまだ女性が少ないですね」と、ユーモアたっぷりに切り出した。冒頭からの鋭い突っ込みにスタッフは苦笑いだった。

 来塾の目的は、「政治の世界のアントレプレナーとして、中国人社会でも注目を浴びている松下政経塾」を自分の目で確かめること。「台湾でも豊かな人が自分のファミリーのためにお金を残すことはあるが、松下幸之助のように政治の世界でリーダーを育てようというハイ・レベルなゴールを設定した人はいない。松下政経塾の経験を台湾に持ちかえり、彼らへの刺激としたい。近い将来、台湾にも松下政経塾のようなものができれば……」と抱負を語った。また、この20年余りの早すぎる民主化に、政治家の意識改革やシステムの改革が追いつかない現状を指摘し、最大の問題は政治の世界に優秀な人が行かないことにあると述べた。
 博士号をもつ著名な経済学者でもある高社長に「昨年7月来のアジア経済危機に際して、台湾が比較的安定していたのはなぜか」という質問がスタッフから出た。「まず対外債務が少なかったこと、貯蓄率が高いこと、中小企業の競争力が強い、外貨準備高が大きい、最後に外国からの投資額が小さかったこと」というの返事が返ってきた。

 一方、塾生とのディスカッションでは逆に「日本の不況に今、何をなすべきか」と問いかけられた。
 林副社長からは「上手でなく名人をつくる、という松下幸之助塾主の言葉に感動した。松下塾主は政治家というより思想家をつくろうとしていると感じたが、それは大変困難なことだ。しかしとても重要なことで、もし松下政経塾の試みが成功すれば、日本の将来は幸せだと思う。人類は農業社会から工業社会、情報社会へと進歩してきたが、時代の変わり目に人々の生き方は変わる。その際に人材育成の方法も変わらねばならない。人材育成について、どれが普遍でどれが時代から離れていっているのかを見極めなければならない」と意見が述べられた。これに岡田邦彦塾頭は「松下幸之助塾主の考えの一番深いところ、いわば哲学的なところはこれからも必要だと思う。感謝や素直な心の大切さは時代を越えて存在するだろう。しかし一方で指摘の通り、人材育成の方法で何を残せて何を残せないか選別しなければならないし、それはまさに我々スタッフの切実な課題だ」と答えた。
 続けて、松下幸之助の考え方の根本であり、松下政経塾の人材育成の基本である「素直」についても活発な議論となった。素直とは、知識にとらわれない、経験にとらわれない、物事の真実を率直にみることであるという説明に、「素直な心から『水の中のものを見ようとするには、水が一番静かなとき、風が吹いたり、波が立ったりしていないときに中がよく見える』という中国のことわざを思い出した」と林英臣副社長。最後に高社長から「みんなと違う生き方をすることに自信を持ってほしい」というメッセージが岡田塾頭に送られた。

●モンゴルのストリート・チルドレン

 10月15日にはモンゴルからオユンナ児童基金プロジェクト・マネージャーのブルガン・ルーサンダンバさん(23歳)が来塾した。オユンナ児童基金は、日本でも活躍するモンゴル人歌手オユンナさんが「モンゴルの未来をつくる子供たちを救おう」と、1997年1月に発足した団体で、今年の春、塾生が活動の一環としてモンゴルを訪れた際にお世話になった。今回の来塾は、その時の活動協力に対する感謝と、モンゴルの政治・経済・社会について詳細を教えてもらうために松下政経塾が招いたたものである。
 ブルガンさんは専門学校を卒業した後、ウランバートルのホテルに勤めていたときにオユンナさんの活動を知り、活動に参加するようになったという。当初は、特別な目的もなく参加していたのが、貧しい家庭に古着を配ったり貧しい子供たちの世話をしているうちに、人々の顔が明るく変わるのを見て、「なんて素晴らしい仕事なんだ」と思うようになったという。

 来日直前、モンゴルでショッキングな事件が発生した。『塾報』6月号でインタビューした「モンゴル民主化の星」といわれた政治家・サンジャースレンギーン・ゾリグ社会基盤開発相代行が10月2日夜、ウランバートルの自宅で暗殺されたのだ。モンゴルの政治は、国民から直接選ばれた大統領と、同じく直接選挙で選ばれた議員の多数が属する政党とが異なる、いわゆるねじれ状態にある。しかも議会のメンバーから選ばれて大統領が承認する首相ポストが空白で、ゾリグ氏はこの最有力候補であったという。真相はまだ解明されていないが、政治の運営はさらに混迷を極めている。
 ほぼ70年間の社会主義政権を経て1990年から急速な民主化・市場経済化の始まったモンゴルでは、急激な変化と前述のような政治的混乱の中で貧富の差、失業、離婚など様々な社会問題が生まれた。そしてその影響で小さな子供たちが犠牲になっていった。4~8歳ぐらいの子供たちが数人集まってはマンホールの中などで一緒に暮らすストリート・チルドレンがその象徴である(『塾報』98年6月号参照)。ブルガンさんの話では、ストリート・チルドレンは人口230万人のモンゴル全土で現在6千人といわれているが、正確な数はわからないという。1万人以上という話もある。

 オユンナ児童基金の活動は大きく2つに分れる。ストレート・チルドレンを保護するケア・センター「テムーレル(夢)」の運営と貧しい家庭へのサポートである。「ストリート・チルドレンは、不衛生な環境で健康を損ないやすい。感染症や性的な病気にかかっている子供もいる。そして未教育で識字率が低い。また人間関係が未成熟で、麻薬や犯罪の温床になってしまう。結果として社会に受け入れられず、また家族計画の知識にも乏しいことから子供が子供を産んで『ストリート・ファミリー』化しやすいのです。これでは貧困な家庭がさらに貧困な家庭を生む、という悪循環が拡大していくだけです」、とブルガンさん。
 基金の活動は義援金とチャリティーコンサートなどの収入によって賄っている。ブルガンさん自身もコンサートのためにモンゴルを訪れた北島三郎さんのアテンドを務めた。

 モンゴル政府はストリート・チルドレンに対して有効な政策を取れないでいる。実際、有益な対策を行っているのは欧米を始めとする20を超えるNGOである。政府はNGOとの協力経験がなく、彼らと良好な関係を築けていない。しかし、NGOだけですべての子供たちの世話をすることは不可能である。スタッフも全員が十分な専門知識をもっているとはいえない。また子供間でのいじめなど問題は尽きない。
 しかし「やれる人が、やれる時に、やれることをやる」という考え方と「理論や方法論だけ先行していても何も始まらない」という考えから、少しずつ支援の輪は広がっている。NGO同士のネットワークもブルガンさんらの尽力で築かれ始めたという。
 これまで松下政経塾は塾生の活動を通じてモンゴルと関わって来たが、今後もさらに交流を深めていきたい。


1998年12月 執筆
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