論考

Thesis

アジアに誇れる高齢社会・日本を

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共同研究

1998/5/29

国会で介護保険の導入が決まった。しかし本当に日本は豊かな高齢社会を迎えられるのか。『日本の高齢者福祉』『世界の高齢者福祉』(岩波新書)などを著した山井和則(第8期生)さんに、福祉を研究する現役塾生・森本真治フェロー(第18期生)が聞いた。

山井

日本は経済力のわりに福祉が非常に遅れている。風通しのいい政治・行政があればもっといい福祉を実現できる。このことを塾生だった時、約8カ月間アメリカやスウェーデン、デンマークなど各国を回って、老人福祉の現場でボランティア活動をする中で確認しました。
 老人福祉は、医療、年金、介護の3つに分けられます。誰もがすぐに医療にかかれる国民皆保険を持っているのは日本だけですし、そのことが平均寿命世界一にもなっている。年金はまだまだ問題があるとはいえ、欧米先進諸国に肩を並べるぐらいになった。ところが介護は、アメリカに比べ寝たきりのお年寄りの数が人口比で5倍、北ヨーロッパの約8倍と非常に多い。

森本

なぜ介護が遅れているのですか。

山井

現在、寝たきりや痴呆症のお年寄りは全国で約300万人、介護で困っている人は家族を含め1000万人以上と言われています。しかしそれを政治に訴える力がない。なぜなら利権につながらず政治課題になりにくいから。だから、政治を正さなければいつまで経っても長生きが喜べない社会というのは変わりません。

森本

国会で介護保険の導入が決まりましたが、どう思われますか。

山井

医療も保険、年金も保険、ところが介護だけは今まで税金でやってきました。象徴的な話が、お年寄りは「他人の世話になるのはかなわん」といって福祉サービスを拒む。ところが同じお年寄りが、毎日病院に通い開業医を渡り歩いている。その方が費用もかかるのに。理由は「医療は保険料を払ってきたからその見返りに保険証を持っている」ということです。ですから介護も同様に保険にすることによって、意識改革になっていくと思います。
 兵庫県の加西市では過去10年間で寝たきり老人が半分以下に減っています。医療費が兵庫県下で一番低い。早めに福祉サービスを利用して寝たきりを予防しているから、長期入院をするお年寄りが減って医療費が減る。

森本

導入が決まった今回の制度について問題点は何だと考えますか?

山井

「保険あって介護サービスなし」と言われるように、このまま行けば保険料を払っても十分なサービスが受けられない可能性があります。鶏が先か、卵が先かの議論になってしまいますが。

森本

私の故郷の広島でも、ちょっと早すぎるというか、施行までの間の準備期間が短いというので、行政も動揺を隠せない状態でした。人材をどう確保していくかという問題も残りますね。

山井

効率的なサービスのためには、シルバービジネスの参入も必要だと思います。官民で競争して、一番いいサービスをより安く提供するところが生き残っていくということになったらいいと思います。ただ難しいのは、サービスの質が維持されているかどうかきちんと把握できるかどうかということです。

森本

チェック機関がどうしても必要になってくる。不服請求をできるようになっていますが、まだ十分ではないですね。

山井

根本的なチェックは市場原理に任せる。サービスが選べる段階になったら「このヘルパーさんあかんな、替えて」ということになります。しかし老人福祉の場合は替えられる代替物がない。一日も早く介護サービスの供給量を増やし、いい意味での市場原理、自然淘汰が働く形まで持っていかないと駄目ですね。

森本

なるほど。

山井

また、介護保険は革命的な面を持っています。今までは広島市で福祉が遅れているとしたら、住民は厚生省に文句を言うわけですね。ところが介護保険では「地方分権で市町村が保険者ですから直接言ってください」ということになる。地方分権は市民にとっても非常に厳しい。

森本

厳しい時代ではあるけれども、市民がこれまで以上に政治や社会、地域のことに関心を持っていくというのが、これからの時代なんですね。

山井

私が十数年研究した結果分かったのは、お金持ちのほうが寝たきりの割合が少ないなどということはないということです。お金も家族も絶対ではないとすれば、どこの自治体に住んでいるかで老後が大きく左右される。今まで貯金を貯めよう、家族の絆を強くしようと思った労力の一部を、いい議員を選んで、いい地域をつくっていくことに割かねばならない。住民の最期まで面倒を見ることのできない市町村というのはおかしいでしょう。人生の最期こそ、一番住みなれた場所にいたいのではないですか。
 私が老人福祉で世界を旅した理由は、寝たきりや痴呆症になった時にどういう扱いを受けるかによって、その国の本当の豊かさがはかれると思ったからです。そういう意味では、残念ながら今の日本は非常に貧しい国です。物が豊かなわりには、本当に社会の助けを必要としている人には十分な援助がなされていない。

森本

私も、人生の最期に「生きてきて良かったな」と本当に悔いなく人生を終わることができるのが、人にとっての豊かさだろうと思います。

山井

21世紀のアジアは中国を筆頭に急速な高齢化を迎えます。日本はより良い高齢社会を創る処方箋を示す必要があると思います。限られた財源で効果的な福祉をやってきたというノウハウを提供する。それは、今、日本が苦しんでいるように簡単なことではありません。でもそれこそが、これからアジアの国に提供できる大きな援助だと思います。だから私の夢は大きくて、日本を解決して、アジア全体の高齢化、ひいては世界の高齢化問題の解決に貢献できる仕事をしたいと思っています。日本のめざすところは人間を大事にする社会だ、それを先頭切って実現する、そういう姿にしていきたいです。

森本

私も故郷で「何とかしてよ」という声を聞き、「自分がやらなければ」という使命感が非常に湧いてきています。自分の足で自分の目で直に見ていくということを、これからも常にやっていきたいと思います。

山井

松下幸之助塾主は「今までと同じ政治家になるんだったら塾生が政治家になる必要はない。今までの政治家が取り組めなかった問題に取り組んで欲しい」と言っています。私にとってそれは福祉の問題です。21世紀は高齢社会で、老人福祉が政治の一番重要なテーマになってくる。ところがこれは大事な問題だけれども、解決が難しくてお金儲けにもなりにくい。松下塾主はそういう問題にこそ取り組めと言っているのだと確信しています。

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