松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1997年8月

塾報

東アジアのエネルギー・環境危機
甲斐信好/卒塾生

 中国の電力需要増は巨大な三峡ダムでも1年分にも満たない―こんなショッキングな事実が政経塾も協力して行われたシンポジウムの中で明らかにされた。東アジアのエネルギー・環境危機に私たち日本人は何ができるのか。

 
 6月11日、「東アジアのエネルギー・環境危機 私たちに何ができるか」と題したシ ンポジウムが東京工業大学で行われた。主催はVALDES(東京工業大学社会理工学研究科価 値システム専攻)・「フォーラム・エネルギーを考える」。パネリストとして藤村幸義 ・日本経済新聞社論説委員、藤目和哉・日本エネルギー経済研究所常務理事、宮本みち 子・千葉大学教授、渡辺利夫・東京工業大学教授を招き、上田紀行・東京工業大学助教 授がコーディネーターを務めた。このシンポジウムでの議論を元に、東アジアの経済発 展とエネルギー・環境について考える。

◆深刻な中国の環境汚染

 東アジアは、世界の成長センターともてはやされるその裏側で深刻なエネルギー・環 境危機を抱えている。とりわけ中国の大気汚染は深刻である。シンポジウムでは、2週 間中国に滞在したが煤煙のため太陽を1日も見なかったとか、汚染が点から面に広がり、内 陸部の重慶ではかつて東京の大気汚染がもっともひどかった頃の3倍の汚染濃度を記録し 、3人に1人は呼吸器系の疾患があり、癌の発生率は従来の2倍、といった衝撃的な報告 がなされた。現在、中国は東アジア全体の7割にあたる二酸化硫黄を排出している。原 因は石炭がエネルギー源の74%を占め、しかも粗悪な点である。

 東アジア諸国が世界のGDPに占める比率は、2010年には10.5%になると予測されてい る(日本エネルギー経済研究所、以下同)。現在、中国の一人当たりエネルギー消費量は 世界で最も低い部類だが、いずれ問題が生じるのは明らかである。2010年には中国の排 出する二酸化炭素は世界の18%、硫黄酸化物は42%と予想される。こうした経済発展に 伴う環境汚染は、中国だけの問題ではない。
 さらに、石油資源確保のために中国が長大なシーレーン防衛に乗り出せば、東南アジ ア諸国は身構える。ASEANは経済が好調で平穏そのものであるが、その陰で武器購入が 盛んに行われ、軍備拡張しているという国際政治・経済上の問題も孕んでいる。

◆進むべき3つのステップ

 ではどうすればよいのか。シンポジウムでははフロアの参加者も交えて、「私たちに 何ができるか」を議論した。汚染は一人当たりのGDPが5000㌦に達した時点でピークに なり、それ以降は環境に気を使うようになるということが経験的に知られている。先進国だ けで豊かさを独占することはできないし、またすべきでもないが、資源・エネルギー・ 環境には制約がある。それを乗り越え、持続可能な社会をつくるには、次の3つのステ ップが考えられる。

 第1のステップは技術革新である。もちろん技術ですべてを解決できるわけではない が、現状よりもより良い状態へもっていけることは間違いない。たとえば日本に200万台 ある清涼飲料水の自動販売機は加温・冷却に相当の電力を使う。そこで電力をカットし断 熱材でカバーする機械を開発したところ、90万kWと原発1基分に相当する省エネが可能 となった。これは事業者の経済的利益が削減技術開発に結びついた例である。また、フロン のように科学者の主張が社会的・長期的立場での規制を生み出し、代替物の開発につな がったケースもある。

 この面で途上国は先進国が実用化した技術を利用できるので有利である。設備・周辺 環境などから単純に導入できない場合もあるが、たとえば脱硫が90%でなくとも60%で 可とする柔軟性な姿勢を取れば導入できる。

 また中国のエネルギー供給は送電線の不良から40%のロスを生じているが、これは電 線の交換で改善できる。さらに中国が計画している毎年5%の節エネは、ノウハウや技 術者の提供など日本に協力できる面がある。

 第2は社会システムや政策の問題である。これに関し、日本のODA(政府開発援助)の 責任は大きい。日本は「箱物」援助でアジアの経済成長を促してきたが、韓国・マレー シアなど大口援助先は卒業しつつある。今後は箱物ではなく環境に全額をつぎ込むべき 、という大胆な意見もあった。しかし環境援助は費用効果が低い(たとえば脱硫装置は 発電効果にはマイナスになる)ため、必ずしも歓迎されない。粘り強い働きかけが望ま れる。

 第3は意識改革である。個人が欲望のまま行動することを改めないと効果は上がらな い。サービスの質を上げると、それにつれてエネルギーの消費も増える。しかし個々人が 少しでも我慢したり待ち時間が増えることを許容できればかなり改善される。これは日 本人自身の問題でもある。日本は二酸化炭素の排出量について、2000年に1990年水準で の安定化を約束したのに、現実には逆に10%ほど増えている。環境コスト意識の教育も 不十分である。自分ができないことを他人に説くことはできない。ペットボトル飲料に リサイクルコストを織り込むなど、ドラスティックな改革を率先して実践すべきである 。

 以上見てきたように、東アジアのエネルギー・環境問題はなかなか厳しい。とはいえ 、かつて「経済発展のためには公害もやむをえず」と言って憚らなかった東アジアで、 「環境のために経済成長を犠牲にしても良い」という人が全体の40%にまで増えたのは 明るい兆しである(OECFなどの調査)。高い経済成長だけでなく、エネルギー・環境の 面でも東アジアは変わりつつある。


1997年8月 執筆
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