松下政経塾 The Matsushita Institute of
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1997年3月

塾報

東アジアにおける経済発展と民主化
甲斐信好/卒塾生

 世界の成長センターとして経済発展を続ける東アジア。発展の反面で遅れた民主化に対し欧米諸国が非難し、東アジア諸国が反発している。経済発展と民主化はどのように結びついていくのか。

 
 シンガポール建国の父、リー・クアンユー上級相はこう語っている。「もしある政府高官が麻薬中毒であるという噂が立ったとしましょう。シンガポールであれば即座に彼に麻薬の検査を行います。それに対して欧米諸国は人権無視だというかもしれない。しかし彼らは人権を重んじて、そのかわり社会的安定を失っているのです」。

 経済発展を続ける東アジア。一方で「民主化を抑圧している」という欧米諸国からの非難の声も大きい。リー上級相の言葉には経済発展を成功させた自負と、欧米の物差しで東アジアを計らないでくれという苛立ちがにじむ。経済発展と民主化は並行して進むのだろうか。あるいは東アジアでは経済発展のみが先行して、そのために民主化が犠牲にされているのだろうか。

 経済発展と民主化には相互作用があると考えられる。経済発展によって考えられる民主化の促進は、所得水準の上昇や生活水準の向上によって、国民の主たる関心が経済的側面から政治的側面に移行することである。また発展の過程で社会構造が変化し、都市人口の増大、中等教育の充実・高等教育の普及、専門的職業に従事する人口の増加、中間所得層の増加などにより、従来型の政治体制は次第に変化せざるを得ない。

 一方、民主化によって考えうる経済発展の促進については、より多くの国民が発展の成果を享受できれば、貯蓄、消費などが上昇し、勤労意欲も向上し、さらなる発展の遂行が容易になると考えられる。

 一般に経済発展は民主化を促進し、他方民主化は経済発展にプラスの作用を及ぼす可能性を持つ。しかし現実にはこのプロセスが単純に成立するわけではない。東アジアの諸国が抱えている問題点はまさにここにある。経済発展を優先させようとすれば民主化が遅れているという非難を免れない場合もあろう。一方で早すぎる民主化はいたずらに国内を混乱させ、経済発展の足どりをストップさせかねない。

◆開発主義の使命とその終わり

 東アジアにおける経済発展と民主化を考える場合、忘れてはならないのがこの地域がかつて「停滞」という言葉に代表される地域であったということだ。東アジアの経済発展に大きな役割を果たしたのは積極的な外資導入政策である。外資を導入するためには国内の安定は絶対に必要な条件であった。そのためにも東アジアの多くの国は「開発主義体制」と呼ばれる極めて強力な国家指導型体制を組んだ。

 開発主義は強力な軍・政治エリートが開発を至上目的として設定し、官僚テクノクラート群に経済政策の立案・実施にあたらせ、開発の成功をもって自らの正当性の根拠とするシステムである。この強引ともいえる上からの開発が「よい生活をしたい」と願う国民の心情と結びつくとき、その国は成長の道を歩み始めたのである。

 東アジアの国が置かれていた状況を考えた時、まず経済開発を推し進めたことはやむをえない選択だとも考えられる。歴史を振り返るならば、中国の首脳がアメリカ大統領に「民主化が大事だというなら、あなたたちは100年前に中国で何をしたのか」と語ったことにも十分な根拠がある。

 しかし、問題はこれからである。開発主義の成功は皮肉なことに、自らの存在理由を失わせる結果となるのだ。
 タイで軍部と民主化運動が衝突した1992年の「5月事件」の記憶はまだ私たちにも新しい。タイ国家社会学協会の報告では同年5月17日の民主化集会に参加した中から2000人を選んで調査した結果、その50%以上が、学歴では大卒以上、年齢では30歳から49歳、収入では月1万バーツから5万バーツ、民間会社に勤務、という同国における典型的な「中産階級」であったことを示している。
 彼らの意識は消費者としてのものであり、経済的基盤の共通点が自由競争であり、この自由競争の意識がタイの民主化を促進していることが指摘されている(神谷克己編『途上国の経済発展と民主化勢力の台頭に関する研究』の樋泉論文他。統計研究会1996年)。

 開発主義によって経済発展はある程度達成された。そして中産階級が生まれてくることになった。彼らが政治的な民主化を望むのは当然である。開発主義はその成功によって自らの必要性を失うというロジックが、今まさに東アジアで展開されようとしている。韓国と台湾の民主化を見ればそのことは一目瞭然であろう。

◆中国の民主化は? 今後の東アジアは?

 経済発展がなぜ民主化と直接結びつかないのか十分な説明はまだない。アメリカの社会学者リプセットは経済発展と民主化はパラレルに進むものと当初考えたが、あまりにオプティミスティックであったとして、その考えをのちに修正した。私自身は経済発展の初期局面では所得の不平等が拡大し、さらに進むことによって不平等が逆に縮小するといういわゆるクズネッツ仮説が民主化に影響するのではと考えている。

 いずれにせよ東アジアの国々、特に巨大な中国の民主化がこれからの世界に与える影響は大きい。またそれぞれの国のおかれた状況によって経済発展と民主化のパターンも分かれてくるであろう。
現在私は、東京工業大学社会理工学研究科に出向して東アジアの実態について研究しているが、経済発展と民主化、また国によるパターンの差がなぜ生じたのか明らかにしたいと思っている(誌面の都合により全ての参考文献を挙げられなかったことをお詫びする)。


1997年3月 執筆
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