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尾崎行雄杯演説大会について

リード

筆者は2022年11月19日に行われた第20回尾崎行雄(咢堂)杯演説大会[i]において、最優秀賞を得た。本稿ではその経緯や所感を述べる。

―最優秀賞は、『変人こそが、日本を再生させる』というタイトルにて演説された、中田智博さん―という些か大げさな結果発表を壇上で耳にしたとき、胸に浮かんだのは喜び、というよりは、意外だな、という驚きだった。出場した大学生・社会人の部は、決勝大会に私を含む5名が出場。殆どが弁論経験者に見え、その演題や趣旨、弁論技術も私のような、あわや物議を醸すようなものでなく、優れたものに見えたからだ。一方で私は弁論の未経験者であり、松下政経塾内の錬成会(演説大会の練習会)でも演説趣旨には賛否両論であった。然 し、それでも最優秀賞の誉に与ったからには相応の理由と価値があったと考える。よって、下記にその経緯と意図等を記す。

1.応募の経緯

 上述の通り、私は弁論の未経験者であった。二十歳を過ぎる頃までは、人前で話すことが大嫌いで徹底して避けてきた。余りにも嫌すぎて学年全体を前にしてのプレゼンの時に、その前の登壇者に私の分のプレゼンまで喋るのを頼み込んで代わって貰ったこともある。
 そこまでして私が嫌っていた話すことへのイメージを変えてくれたのは、とある一冊の本だった。高校生のとき、北海道旅行への飛行機に搭乗する前になんとはなしに手に取った「ヒトラー演説」[ii]という中公新書は、マイクロフォンとスピーカー、そしてラジオ(加えてフィルム)が急速に実用化される1920年代以降のドイツにおいて、独裁者がいかなる演説技術を用いて、大衆の熱狂に後押されその椅子までの道程を登ったのかを説明するものだった。ドイツを独裁と崩壊へと導いた「演説」なるものに、私は初めて関心を抱いたのだった。その後、小泉純一郎やウィンストン・チャーチルの演説などに強く惹かれた。

 その後も演説下手・苦手意識は続いたが、大学に進んだ私は参加したあるインターンにおいてプレゼンテーション技術を学んでから人前での発言に恐れなくなった。

2.準備において

 本大会へは、入塾後、数回選挙応援において度々マイクを持つことがあったので、自分の演説技術の向上の機会にと応募した。本大会は決勝前に原稿による審査があった。当初の原稿には様々な粗があったが、趣旨は一貫しているような気がした。そこで、主に、語彙や言い回し、スピーキングの点から再検討した。例えば、「~を創造することは想像に難くありません」というのは同音が重なり聞き取りづらいので、他の表現にした。また、当初「優等生」を「エリート」としていたが、悪印象を与えかねないので、換言した。他にも、難解な語彙は平易にし、同趣旨の段落は削除した。

3.大会において

 実は大会当日まであまり練習が出来ず、慌てて前日に24時すぎまで練習はしたものの原稿の暗記ができていなかった。不安を感じたものの当日、それを嘆いても仕方ないと思い、精神的な安定感やケアレスミスの対策に発声練習のみに注力した。行きの電車では昨年出場した塾生から貰った尾崎行雄の伝記漫画[iii]を読み、尾崎行雄のその生涯、弁舌に感動した。
会場入りしてからは、出場者に大学同期がいたこともあり、旧交を温めながら、なるべく明るく振る舞った。幸い出場順が最後だったため、直前まで発声とリハーサルに打ち込むことができた。スピーチの本番中の詳細についてはあまり記憶がないが、心より訴えることができたとは思う。演説後は汗が滴った。

 冒頭に記した結果発表の声に私は些か驚いたが、壇上で賞状と立派なリリーフを受け取ると、初めての全国優勝に喜びと誇らしさ、そしてこの演説に様々に携わってもらった人々への感謝の念が湧き上がった。しかし、とりわけ嬉しかったことは、表彰式の前、楽屋に全く知らない方が感動を伝えに訪ねてきてくれたことであった。その方は自らも当事者として苦しむ中で、私の演説に感動したとその想いを語った。この邂逅により私は値千金、値万両の心境に至ったのである。自らの志はまだ道途上であるが、この道の先に人々の感動と日本の成功を信じ得る、そして自らの人生を賭けられる、と思えた一日をかけがえなく振り返る。

[演説動画] 
https://youtu.be/u6qbbPf0Kpc

[演説全文]
 神奈川県下の有名進学校から、早稲田大学を卒業し、今は、松下政経塾の塾生。皆様は、この経歴を聞いて、どんな人を想像されるでしょうか。今、目の前に登壇するこの人間は、どんな人生を歩んできたと思われるでしょうか。 

 私は松下政経塾の塾生として活動しています。順風満帆な優等生の様な経歴を歩んできました。しかし、塾生として活動し、社会の様々な問題に直面した時、私は自分の人生を振り返って、自分を苦しめたギャップに気が付いたのです。

 私の人生は決して、順風満帆などではなかったのです。むしろ、落伍者の烙印を押されることのほうが多かった、と回想します。小学校時代より周囲になじめず、問題行動からスクールカウンセラーには精神病院送りにされかけました。中学受験で有名進学校に進んだものの、中高では成績不良で17学期連続で赤点。大学時代、就職活動では100社以上落ちました。いつどこでも変わっている変人奇人の類として扱われ、疎外を経験してきました。優等生の顔をした落伍者だったのです。

 だからこそ、一見鮮やかな私の履歴書と、私の人生の回想にはギャップがあるのです。それが私の苦悩の源泉でした。努力で勝ち得たものを、私の行動や話し方、考え方や感じ方が人と異なることから否定されてしまうのです。その原因を求めて精神科を訪れると、発達障害、ADHDと診断されました。注意力が散漫で、時間や締め切りが守れない一方で、過剰な集中力を示すなど、周囲の人とは一風変わったこの形質は私に変人の烙印を押し、集団から排斥したのです。

 私の友人も同じように変人奇人が多いですが、彼らも社会適合に問題を抱え、副作用の強い発達障害の薬に苦しめられたり、パートナーの精神的な問題での自殺を経験したりしています。しかし、“死にたい”が口癖の彼らは一般よりも高い創造性や付加価値を発揮する仕事についていたりもします。このギャップとは何なのでしょうか。人と違う変人であることは何がいけないのでしょうか。

 日本は、集団への同調を過度に求める社会です。学校ではみんなと同じ事を言う、普通の子が良いとされます。会社では、文句も言わずルールに従う社員が評価されます。日本社会には暗黙のルールがあって、それに従わなければ、集団から孤立してしまうのです。協調的な反面、怒らせると怖いこの社会は、生まれつき認知構造が異なる私たちには同化しづらい、生きにくい社会なのです。

 一方で、太平洋を挟んだ対岸のアメリカ西海岸に目を向ければ、多くの変人が人類史上に残るイノベーションを起こしています。エレベーターで同席した社員をイライラしていたからという理由でクビにしたスティーブ・ジョブズは、iPhoneやMacを産んだアップルを創業しました。発達障害を公表するイーロン・マスクは、電気自動車と宇宙船で今や世界一の大富豪です。彼らはアメリカに巨万の富と社会的なブレークスルーを与えました。普通とは違う思考や行動で物事を認知し、活動する彼ら奇人変人が新しい概念や文物をつくることは想像に難くありません。

 彼らの居るアメリカではニューロダイバーシティ運動つまり、自閉症やADHDをはじめとする発達障害などの神経的な多様性を尊重する運動が始まっています。人種やジェンダーと同じく、神経的な多様性を尊重する社会は、実は日本にも大きな経済的な恩恵と革新をもたらすと私は考えます。野村総合研究所の調査によると、ニューロダイバースな人々、つまり発達障害者が社会的に排除される日本の経済損失は2.3兆円にも上ります。しかも、この中には先ほど申し上げた変人による偉大なイノベーションの機会損失は含まれていないのです。

 何人のスティーブ・ジョブズを、何人のイーロン・マスクを、そしてそこから生まれるはずの何兆の富を日本は失ったのでしょう。アメリカの約3分の1の人口を擁する日本の、ユニコーン企業数、つまり急成長を遂げた新興企業の数はアメリカの約100分の1です。人間の出生が平等ならば潜在的なイノベーターは国に拘らず等しく存在するはずです。このギャップは即ち、日本の起こし得たイノベーションの可能性と損失を示唆します。

 ニューロダイバースな人々が自由に生きることのできる社会は日本に巨万の富と成功を与えると私は確信します。そしてそれは同時に、苦しむ変人奇人の才能を開花させ、苦しみを幸福に変容させる社会なのです。しかも、自分らしい思考や行動、言動を矯正することなく生きることができる社会は、奇人変人のみならず万人に生きやすい社会なのではないでしょうか。

 私は今年こうした変人奇人の創造性を活かした日本再生の可能性に思い至り、どうにかして苦しみ燻る変人たちの活躍する国を作れないかともがいています。現在、国内では地方の中小企業に対し、社員の変人性を向上させ会社を再生させる、変人能力開発プロジェクトを行っております。国外では、この年末から第2のシリコンバレー、テキサス州オースティンと変人の街、オレゴン州ポートランドに赴き、アメリカの最先端の変人研究を行ってまいります。

参考文献

[i] 主催:尾崎行雄を全国に発信する会
https://gakudo.net/enzetsu.htm

[ii]高田博行「ヒトラー演説 – 熱狂の真実」中公新書,2014

[ⅲ]川越智子「漫画尾崎咢堂」耕出版,1994

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