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地方におけるインフラ維持管理の現状② ~「民間が守る、地方のインフラ」 日本初の有料道路コンセッション事業から学んだこと~

1.はじめに

老朽化したインフラが増え続ける中、地方公共団体の土木費や土木技術職員数はここ最近、国土強靭化対策に伴い微増傾向が見られるものの長らく減少傾向である。このような状況下において、地方公共団体は民間企業と協力し、公共サービスの提供を続ける動きが加速している。本レポートでは、日本初の有料道路コンセッションの事業者である愛知道路コンセッション株式会社の取組みとインフラ維持管理におけるコンセッション事業の課題をまとめた。
 ちなみに私は愛知県の知多半島出身のため車で名古屋に出向く際には知多半島道路を利用している。コンセッションが始まってからは、「PAに有名なシェフのレストランがオープンした」や「南知多道路に新インターが建設される」等、地域住民の間でも道路が話題に挙がることが増えたためこのコンセッション事業に関心を持っており、今回訪問の機会を頂いた。

2.日本国内におけるPFIの現状

日本では、1999年にPFI法が制定され、この法律に準拠したPFI事業が実施できるようになった。PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)とは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法のことで、PFI事業の実施により、①一括発注・性能発注により民間ノウハウが発揮されコストダウンが期待できる、②民間収益事業を組み合わせることで市民サービスの向上が期待できる、ことを効果として期待している[i]
2011年にPFI法が改正され、公共施設等運営事業(コンセッション)方式が認められるようになった。コンセッション事業の対象となる施設は、2023年10月末時点では、道路、鉄道、水道、下水道、庁舎・宿舎、スポーツ施設、教育文化施設、集会施設、空港、新エネルギー施設等である。ただし、個別法により制限を受ける場合もあり、コンセッション対象施設の中に有料道路が含まれていないのも道路整備特別措置法による制限のためである。この法律の中で、通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を行えるのは、地方道路公社、道路管理者及びその代行者に限定しているため、民間事業者による有料道路の運営が認められていなかった。その後、構造改革特別区域法の一部を改正する法律が国会で成立するとともに、愛知県国家戦略特別区域が国により認定されたことから愛知県内において民間事業者による有料道路の運営が可能となった。このような経緯から2016年10月から日本初の有料道路コンセッション事業が始まった。この事業の民間事業者は、前田建設工業株式会社を代表とするコンソーシアムで構成された愛知道路コンセッション株式会社(以下、ARCと省略する。)である。

3.日本初の有料道路コンセッション事業 ARCの事業概要

 図1にコンセッション対象路線[ii]を示す。愛知県内の全8路線、総延長72.5kmが対象となっており、料金徴収期間は路線により異なる。コンセッションの期間は2016年10月から料金徴収期間満了日までの最長約30年間である。そのため、経済リスク、需要変動リスク、自然災害などによる不可抗力リスク、競合路線リスクなどコンセッション期間中に起こり得るリスクを洗い出し、官民でリスク分担することで事業全体の効率性を高めている。料金徴収期間が終わると、当該路線の運営権の存続期間も満了し、その後は無料の県管理道路となる予定である。すなわち、料金徴収期間が2029年6月までの猿投グリーンロードの運営権の存続期間の満了以降は徐々にARC管理路線が減り、事業が縮小していくことになる。
 ARCは、有料道路の利用料金を自らの収入として徴収し、自らの費用負担において道路の維持管理等を行う。ノウハウや創意工夫により生み出された利益はインセンティブとしてARCに付与される仕組みとなっており、対象路線の利用促進や地域活性化のための新規投資やイベント開催による交通量の増加や効率的な業務運営による経費節減が増収に繋がると期待される。
 愛知県道路公社は、ARCからの運営権対価により建設費の確実な償還を実施することができる。このように、コンセッション方式を取ることで、民間事業者と道路管理者双方にとって事業上のメリットは大きく、道路利用者や地域住民にとってのサービス向上にも繋がり、三方よしと言える。

図1 コンセッション対象路線[ii]

図2 コンセッション事業における役割分担

図2にコンセッション事業における役割分担を示す。事業開始前は、愛知県道路公社が資産・負債の管理、維持管理・運営業務、利便施設等運営業務を行っていた。コンセッション事業の実施にあたり愛知県道路公社とARCが運営権実施契約を結び、愛知県道路公社はARCに運営権を付与し、ARCは運営権対価を愛知県道路公社に支払う構図となっている。事業開始後は、既存業務の内、愛知県道路公社は、資産・負債の管理及び公権力に関わるものを引き続き行い、その他の業務はARCが実施する。また、事業開始に伴い、愛知県道路公社は運営権者のモニタリングという新たな業務が加わる。モニタリングでは、提供される公共サービスの水準を監視・評価している。

4.インフラ維持管理におけるコンセッション事業のメリット

管理主体が変わったことで、それまで愛知県道路公社が行っていたインフラ維持管理業務を見直す機会となり、民間の経営感覚を持ってインフラ維持管理に向き合える新たな風土が醸成されたと伺った。以下に、メリットをまとめる。

①維持管理のための財源の確保

円滑なインフラ維持管理ができない組織の大部分は、技術、人、費用の3要素が揃わない状況である。具体的には、小規模な自治体では土木技術職員が居ない、過疎地域等では十分な税収が確保できない等課題がある。
 愛知県内の有料道路事業は、愛知県道路公社が運営していた当時から黒字であったが、更なるサービスの向上や地域貢献を実現し、建設費用の確実な償還を行うためにコンセッションに踏み切ったという経緯がある。コンセッション事業とすることでインフラ維持管理の面では、有料道路の利用者の増加に伴う料金の増収により、維持管理に充てる費用を増やせるメリットがある。さらに、インフラの状態を良好に保つことは、間接的かつ長期的に見れば利用者に対するサービス向上に繋がる先行投資と考えることも出来る。

②予防保全型の維持管理の着実な実施

 2012年の中央道・笹子トンネル事故を契機に、全国的なインフラの長寿命化に向けた取組みが始まり、愛知県道路公社においても「インフラ長寿命化計画」の策定など、具体的な取組みが着手され、2016年10月のコンセッション開始とともにこれをARCに引き継いでいる。
 図3にARCが管理する橋梁の建設年代を示す。この図は参考文献[iii]を基に、筆者が作成したものである。管理している橋梁は全部で189橋である。路線毎に建設時期が異なるため、いくつかのピークが見られる。1970年代前半に建設された約50橋は既に50年以上経過しているが、その他の橋梁に関しては建設から20~30年程度経過しており、コンセッション終了間近に経年50年を迎えることになる。
 建設時期が一時期に集中していることから老朽化による修繕や更新時期が重なることが想定される。そのため、ARCにおいても、移管後から予防保全型の維持管理への移行を積極的に進め、事業期間内における維持管理コストの平滑化を目指している。コンセッション事業の開始から5年以上経過した現在、ARCでは健全度Ⅲだけではなく、健全度Ⅱの修繕まで進んでいるので予防保全型の維持管理への移行段階と言える。コンセッション方式が効率的な維持管理の実施に繋がっていることがわかる。

図3 ARCが管理する橋梁の建設年代

5.インフラ維持管理におけるコンセッション事業の課題


人と同じように物にも寿命がある。食品に賞味期限や消費期限があるように、家電製品や建築物にも耐用年数が定められている。家電製品の耐用年数が5~10年程度であるのに対し、建築物の耐用年数は50年程度となる。さらに、土木構造物は100年の耐久性を期待するような設計がなされている[iv]。このように、対象物の寿命から考えてみると、土木技術者にとって50、100年後を考えて仕事をすることはごく普通の感覚である。
 表1に日本における主たるインフラコンセッション事業を示す。関西国際空港等事業を除き、事業期間が20~30年程度であることがわかる。単年度契約以外のインフラ維持管理分野の民間委託の例として、コンセッション方式の他に包括民間委託や指定管理者制度があるが、契約期間は2~5年程度となっている。このように、コンセッション方式のメリットは、既存の民間委託とは異なり、多くの裁量が与えられることから民間企業の経験やノウハウを存分に活かすことができ、利益を生み出す仕組みを構築しやすい点である。
 ただし、課題もいくつかある。構造物の耐用年数中に移管と返却が行われる可能性が非常に高く、コンセッション開始に伴う管理者(地方公共団体等)から事業者(民間等)への引き渡しとコン

表1 日本における主たるインフラコンセッション事業

セッション終了に伴う事業者(民間等)から管理者(地方公共団体等)への引き渡しの手間が発生する。竣工図や点検データはもちろんのこと、進行中案件の引継ぎやデータの管理方法等、オペレーション面での手間も発生することが考えられる。
 このような業務的引継ぎの他に、事業主体の変化が維持管理に対するモチベーションにどう影響するかカギとなるのではないか。愛知県有料道路事業において、ARCは愛知県道路公社から引き渡されたアセットの状態を的確に評価し、コンセッション期間中に構造物としての役割を全うさせるべく、限られた予算の中で利益を確保しつつ計画的な点検、修繕に注力し、事業開始から5年で予防保全型維持管理への移行段階まで来ている。これは、事業期間内で効率よく収益を高めるために、ARCが早い段階から維持管理コストの平滑化や予防保全による維持管理費用の低減を意識していたからである。この例は、事業主体の変化がモチベーションをさらに向上させたが、コンセッション終了間際は逆の事が起こる可能性も避けられない。ただし、コンセッション事業の契約をする際に事業完了後の引き渡し条件を明示することで、モチベーションの低下を抑制できる可能性もある。例えば、「事業完了時の構造物の状態は、健全性Ⅰもしくは健全性Ⅱとすること。ただし、直近1年以内に健全性Ⅲ・Ⅳと判定されたものに関しては修繕工事中もしくは修繕計画があればこの限りではない。」等と引き渡し条件のみ仕様規定とする方法も取れる。一部で仕様規定を取り入れたとしても、大部分が性能規定であればコンセッション事業が期待している民間のノウハウや経験を活かした自由度の高い運営との両立が可能となる。
 もう一つの懸念事項は技術やノウハウの継承である。コンセッション事業は様々な企業のコンソーシアムで構成されるため各社からの出向者が事業を支えている。また、会社の存続期間がコンセッション事業期間に限られるため新卒採用を行うことが難しい。このような点から、組織の人の入れ替わりが激しく、技術やノウハウの継承に課題がある。本来、インフラを所有し、管理・運営を行っている組織にはインハウスエンジニアが存在し、何か不具合や問題が発生した際に簡単な事象であれば組織内で即座に対処する仕組みが整っている。インハウスエンジニアを雇用するメリットは、組織が培った長年のノウハウや知識を組織内で継承できることや構造物のライフサイクル全てに関わりながら、長期的な視点で構造物の維持管理ができる点である。官公庁の土木技術職員や鉄道会社、電力会社の土木職員等がこのような制度を取っている。ただ、昨今は官公庁等のインハウスエンジニアも直轄作業の割合が激減し、外注作業の発注・管理が主な業務となっており、インハウスエンジニアの役割も変化している。人材に関しては現状で解決策の提案ができないが、今後コンセッション事業が増えることを考えると組織内で技術やノウハウが継承できる仕組み等を模索する必要がある。

6.おわりに

 自由度が高く、民間企業の裁量が大きいという点でコンセッション事業への期待は大きい。ただし、耐用年数の長いインフラを管理する際、特有の問題が発生することから先に挙げた課題等の解消に取り組んでいく必要がある。
 最後になりますが、愛知道路コンセッション株式会社柘植浩史社長、道路運用部の山本和範様、伊勢野暁彦様、管理部の川本政彦様、お忙しい中対応してくださりありがとうございました。これまで、鉄道から交通インフラのことを考えていましたが、道路を通じた“まち”や“ひと”との結び付きへの関心が高まりました。今後ともご指導よろしくお願いします。

写真1 お世話になった愛知道路コンセッション株式会社の皆様

参考文献

[i]PFI事業の概要:内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室),
https://www8.cao.go.jp/pfi/pfi_jouhou/aboutpfi/pdf/pfijigyou_gaiyou.pdf(参照日2023-11-04)

[ii]有料道路運営等事業(有料道路コンセッション)について:愛知県,
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/douroiji/concession.html (参照日2023-11-05)

[iii]愛知県道路公社:愛知県道路公社橋梁長寿命化修繕計画,2014.6.

[iv]土木学会:2022年制定 コンクリート標準示方書[設計編],2022.

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