活動報告

Activity Archives

地方におけるインフラ維持管理の現状① ~富山市から学んだこと~

1.インフラ老朽化の現状と予防保全型の維持管理に対する疑問

 日本は、高度経済成長期に鉄道、道路、港湾、空港等の各種交通インフラの整備を集中的に行った。図1に建設後50年以上経過する社会資本の割合を示す。この図は参考文献[i]を基に、筆者が作成したものである。建設後50年以上を迎える構造物は増加の一途を辿っており、2040年には道路橋、トンネル、港湾岸壁の半数以上が建設後50年以上経過することが見込まれている。さらに、2012年12月に発生した中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事故[ii]以降、インフラの老朽化が機能不全やサービスの提供を不可能にするだけでなく、人命を脅かす事態を招くことが社会に広く認知されるようになり、構造物の老朽化が社会問題となっている現在、維持管理の重要性が高まっている。
 次に、図2に橋長2m以上の道路橋の建設年度別施設数[iii]を示す。1960年代から1970年代にかけて多くの橋梁が建設されており、その大部分は市区町村の管理となっている。国土交通省は、構造物の機能に支障が生じていないが、早期に措置を講ずることが望ましい状態において、早期発見・早期対策を行うことにより、ライフサイクルコストの最小化と構造物の長寿命化を図ることを目的とする考え方を予防保全と捉え、従来の「事後保全型」から「予防保全型」への転換を全国の道路橋へ展開している[iv]。国土交通省が2019年8月に公表した1巡目の道路橋点検結果(2014~2018年を対象)[v]によると、定期点検実施率は都道府県・政令市、市町村ともに99.9%であった。その一方、予防保全型と判定された橋梁の修繕進捗率は都道府県・政令市で平均4%、市町村で平均6%となっている。さらに、通行止めまたは通行規制されている橋梁が全国で1393橋あり、2008年4月から578橋も増加している。このような状況において、修繕計画の実践が進まない多くの自治体では、財政力不足、職員不足、専門的知見不足が大きな課題となっている[vi]
 国交省は、さらにインフラ老朽化が進行する将来に備えて、今後の負担を減らしていくために予防保全維持管理への転換と呼び掛けている。しかし、今日までの50年間ほとんど手を加えてい

図1 建設後50年以上経過する社会資本の割合

図2 橋長2m以上の道路橋の建設年度別施設数[iii]

なかった大量の構造物に対して予防保全型の維持管理への転換を目指しても円滑な実装は難しいのではないか。先に述べたように、地方自治体は日常点検や健全性Ⅲ・Ⅳ箇所の修繕で手一杯なのが現状である。一度、リセットし、全てが真新しい状態の構造物に対して予防保全型の維持管理を取り入れるのなら「転換」は可能かもしれない。

2.持続的かつ適正な橋梁マネジメント(富山市)

2020年に放送されたNHKクローズアップ現代の『老朽化インフラ 教訓はなぜ生かされていないのか~笹子トンネル事故8年~』の中で富山市の橋梁マネジメントが紹介されていた。富山市では、2070年までに必要な全橋梁の維持管理費をシミュレーションした結果、約6億円不足することが判明し、担当者の「橋梁を守るために市が破綻するのか、市を残すために橋梁を減らしていくのか。」と頭を抱える様子が印象的であった。
今回、富山市政策参与(インフラマネジメント担当)の植野芳彦さんと同建設部道路構造保全対策課計画係長の黒﨑智治さんからお話を伺う機会を得た。ここでは、富山市の現状とそこから見える課題についてまとめた。

2.1富山市の現状

富山市は、「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」を政策の中心として、交通沿線地区への居住を推進してきた。この背景には、2005年の7市町村の合併の影響がある。合併により、新富山市の面積は旧富山市の約6倍、人口は1.3倍になり、人口密度は5分の1となった。人が分散することから市としての一体感の醸成や効率的な自治体運営が難しいことが課題となった。
 インフラに関して、道路と橋梁に着目する。市が管理する道路の延長は、市町村合併後から152km増加し、2021年4月時点で3,115kmである。合併直後は旧富山市とその他の6市町村を結ぶアクセス道路の建設、その後は国道や県道が市道に移管されること、民間主導の開発事業により新設された道路が市道に認定されること等が影響し、延長は増加している。さらに、市の面積が広く、道路延長が長いこと、さらには常願寺川と神通川の2つの一級河川が市内を流れるという地形的な特性から同規模の自治体と比較して橋梁数が多いことも特徴である。
 図3に富山市が管理する橋梁の現状を示す。この図は参考文献[vii]を基に、筆者が作成したものである。
 老朽化の状況を示す健全性[viii]については、健全性Ⅰ(健全)が全体の約66%、健全性Ⅳ(緊急措置段階)が0.2%という状況である。富山市では、「措置段階」となる健全性Ⅲ(早期措置段階)と健全性Ⅳの箇所の修繕等は進んでいるが、予防保全段階の健全度Ⅱの措置にまで手が回らない状況である。ちなみに、道路メンテナンス年報によると、地方公共団体の修繕が必要な橋梁(健全性Ⅲ、Ⅳ)の措置着手・完了率は着手のみが75%、うち完了が56%であり、低水準である[ix]ことがわかる。健全性Ⅲ、Ⅳは次回点検までの5年間に措置を講ずるべきとされているが、約23%の橋梁は修繕等が行われていない状態であり[ix]、地方公共団体の厳しい状況が伺える。
 図4に富山市の道路・橋梁関係費の推移を示す。この図は参考文献[x]を基に、筆者が作成したものである。
 道路・橋梁関係費の合計額は2005年以降減少傾向であり、2015年の約36.4億円を底にそれ以降はやや増加する傾向である。最新の2022年の合計額は約45.0億円であり、ピークである2007年の約88.3億円の半分程度となった。道路・橋梁に投資できる財源は確実に減少していること、また、2014、2015年を境に、整備費と維持管理・更新費の金額の大小関係が逆転したことも確認できる。これは、1970年代前後に建設した構造物が50年を迎えるタイミングが影響していると推察できる。
 このような状況の中、増え続ける老朽化インフラを維持していくため、富山市では橋梁トリアージに基づく選択と集中によるメリハリのある橋梁マネジメントを推進している。具体的には、重要な橋は優先的に修繕や更新を進める一方、他の橋は重量制限や通行止めによって安全性を確保するとともに、必要性が低下した橋などは集約化・撤去を含めた対応を行っている。メリハリのある橋梁マネジメントを行うことで、橋梁の健全性を確保しながらも50年間の維持管理に必要な費用を約730億円程度縮減できる試算結果[vii]となった。

図3 橋梁の現状

図4 道路橋梁関係費の現状

2.2インフラの選択と集中の課題

 限られた予算の中で必要な都市機能を維持していくためにインフラやハコモノの絶対数を減らすことは合理的である。インフラとハコモノは同じ公共施設であるが、公共施設の規模や総量の縮小を考える上で全く別物と考えた方が良い。
 病院や学校といったハコモノは、利用者側が老朽化による快適性およびサービス機能の低下を直接感じることができる。そのため、利用者側の当事者意識が高く、統合・再編によるメリット、デメリットをイメージしやすい。さらに、稼働率等の定量的な判断基準もあることから人口動態等の実態に即した将来ビジョンから存続可否の検討がしやすい。ただし、この場合、既存の施設に公共交通手段等でアクセスしていた利用者が統合・再編後の施設へのアクセスする際に大きな負担にならないことが前提である。一方、道路や橋などのインフラは、その場所に存在することが当たり前となっており、多くの利用者は恩恵を感じることなくインフラを使用するため老朽化への関心が低い。ハコモノであれば周辺に利用者が居ないことを理由に廃止の判断を下しやすいが、インフラの場合は、インフラがある場所と離れた所に住む利用者や利用頻度は低いがそのインフラを使わなければ目的地に到達できない利用者の事も考える必要があり、利用者は不特定多数と捉えることができる。ハコモノは場所が変わっても機能と利用機会が失わなければ、利用者にとって大きな不便はない。しかし、インフラはその場所にあることに大きな意味があるため、撤去はもちろんのこと集約に対しても慎重にならざる得ない状況である。
 また、インフラやハコモノは存在するだけで修繕費や維持管理費等のランニングコストが必要になる。仮に、1人しか使わない図書館があれば他地区の図書館と統合する案が出るだろう。しかし、インフラはハコモノとは異なる。仮に、1軒の民家に通じ、利用者が1人だけの橋であっても、その人にとって唯一のアクセス手段であれば住民の生活利便性のために管理する必要のある重要度の高いインフラと行政は判断する。このようなケースで、インフラの維持管理費と移転補償費を比較すると、前者の方が安価であることが多い。税の公平な使途という観点では、橋を撤去し、住民が別の土地へ移転することは合理的であるが、憲法22条の「居住、移転の自由」への介入とみなされる可能性もあり、行政の都合だけでインフラの再整理を推進することはできない。
 このような背景から、多くの自治体では、インフラの再整理を前面に出さず、既存のインフラを維持していくことを前提に、効率的にインフラの質を保っていく方法を模索している。富山市では、インフラの選択と集中の下、2023年11月現在の時点で道路橋2橋撤去済、2強が撤去計画中ということだった。富山市を訪問する前は、コンパクトなまちづくりを推進しているから富山市だからこそ、インフラの選択と集中という方針が抵抗なく住民に受け入れられたのではと思っていた。しかし、富山市を訪れ、植野さんや黒﨑さんから話を聞くことで、多様な考えや価値観を持った住民と落としどころを見つけながら、住民の気持ちに寄り添いながらインフラの選択と集中を推進する姿勢が伺えた。また、行政の予算案は議会に提案され、議会の議決を受けた後に予算が決定する流れとなるため、過疎地域や山間部のインフラを縮小する事業を実行するためには地元議員との調整等、議会との連携も不可欠である。コンパクトなまちづくりを推進していたからできたのではなく、コンパクトなまちづくりを通して培った合意形成の経験やノウハウが活かされていることの方が、インフラの選択と集中の実現に寄与していたのではないかと考えが変わった。インフラの再整理が工学的、財政的なマクロな視点から合理的であっても、社会に実装する過程では人との対話や合意形成が慎重になされており、行政の土木職員の守備範囲の広さに驚いた。
 冒頭に紹介した「橋梁を守るために市が破綻するのか、市を残すために橋梁を減らしていくのか。」は多くの日本の地方自治体が直面している状況である。全ての自治体が、直ちにインフラの選択と集中に舵を切ることは難しいが、住民と対話し合意形成をすることが実装へのカギとなるのではないか。手遅れになる前に、インフラの選択と集中へ舵を切ることができる地方自治体が増えることを願うばかりである。

3.おわりに

人口減少下の日本において、安全・安心・快適な社会を維持していくために今あるインフラを全て守り続けていくことは難しい。インフラの「量」と「質」の両方を追求する時代から自治体や地域の特性、構造物の重要度や必要性に応じてどちらかを選択しなければならない転換期を迎えているのではないか。豊かな生活を持続させるためには、国土強靭化や国際競争力強化のための新設財源も必要である。手遅れになる前に既存インフラの「量」をとるか、「質」をとるかを慎重な判断を下すことが求められている。
 インフラ老朽化問題を起点にこれからの日本のあるべき国土の在り方を考えていくにあたり、対処療法ではなく、既存の構造システムを変えられるような提案とその実現を目指し、今後も研鑽を続けたい。

参考文献

[i] 国土交通省,インフラ長寿命化計画(行動計画)(令和3年6月18日),
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001409546.pdf (参照日2022-06-30)

[ii]国土交通省:トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書,2013.6

[iii]国土交通省道路局,道路メンテナンス年報,2021.8.

[iv]竹田宣典,江良和徳,濱崎仁,山口明伸,田中博一:既設コンクリート構造物の予防保全を目的とした維持管理の現状と提案,コンクリート工学,Vol.59,No.10,pp.857-864,2021.10.

[v]国土交通省道路局:道路メンテナンス年報,2019.8.

[vi]小澤一雅:インフラ資産のアセットマネジメントの現状と将来展望,コンクリート工学,Vol.51,No.1,pp.99-103,2013.1.

[vii]富山市:富山市橋梁マネジメント修繕計画,2023.8.

[viii]国土交通省道路局:道路橋定期点検要領,2019.3.

[ix]国土交通省道路局:道路メンテナンス年報(令和4年度),2023.8.

[x]富山市:富山市社会インフラマネジメントの概要,2022.10.

Back

並松沙樹の活動報告

Activity Archives

Saki Namimatsu

並松沙樹

第44期生

並松 沙樹

なみまつ・さき

Mission

次世代へプラスの財産となる社会資本整備の探究と新土建国家構想

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門