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きっと貴方は自身のココロを好きになる
〜『笑ゥせぇるすまん』喪黒福造と哲学者・池田晶子からみる「心の金継ぎ」〜

 「私の名は喪黒福造、人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。ただのセールスマンじゃ御座いません。私の取り扱う品物はココロ。人間の心で御座います。オーッホッホッホッホ。この世は老いも若きも男も女も心のさみしい人ばかり。そんな皆様のココロのスキマをお埋め致します。いいえ、お金は一銭も頂きません。お客様が満足されたらそれが何よりの報酬で御座います。さて、今日のお客様は……。ホーッホッホッホッホッホッホッホ。」

 アニメ『笑ゥせぇるすまん』[1]冒頭に発せられる口上である。
 皆さんは、この『笑ゥせぇるすまん』なる作品をご存知だろうか。本作は、藤子不二雄Aこと安孫子素雄氏の描く全6巻[2]のブラックユーモア漫画を元にしたアニメである。黒いスーツを身に纏い、大きな垂れ目と、これまた大きな赤い口が特徴の不気味なセールスマン喪黒福造が主人公である。彼は、悩める一般人の小さな欲望を満たす手助けをするのだが、毎回ひとつ忠告を行う。大抵はその忠告を一般人は無視してしまい、破滅に陥る。喪黒福造は主人公の顔面を指差し、「ドーン!」なる呪文を唱え、主人公の悲惨な末路を見届け、高笑いしてその場を去る、というのがお決まりの流れである。

 漫画の連載は1969年から1971年[3]。まで、アニメの放映は1989年から1992年までと少々過去の作品だということもあり、背景や作風からはやや時代を感じる。しかし、人間本性が正確に掴み取られていることから、現代の我々の心にも存分に響く内容となっており、本作から学ぶことは非常に多い。人間の欲望とはなんと深いことか。人間の心とはなんと繊細で壊れやすいものか。そんなことに気付かされる。
 現代の日本では、精神的困窮が進んでいる。精神疾患者数や不登校・引きこもり児童生徒数は増加の一途を辿り、自殺率も非常に高い。「生きづらい」と感じてしまっている人が多いのである。すなわち、ココロのスキマがどんどんと広がってしまっているのだと言えよう。
 では、どうするか。一つには、喪黒福造がしてくれるように、小さな欲望を満たしてゆくことだろうか。これには一定の価値がある。ただし、ここで注意しなければいけないことは、先述した通り、人間の欲望は大変深いものである、ということ。欲望を満たす過程で、さらに大きな欲望を抱き、それがまた自身を苦しめるとの負の回帰へ陥ってしまう可能性があることである。したがって、匙加減を間違えるとむしろ不幸へ落とされてしまう麻薬なのである。

 また、現代社会はココロのスキマが広がり過ぎて、最早喪黒案のみでは埋め切ることが叶わないのやもしれぬ。喪黒案にて埋められるスキマはあくまでちいちゃなもののみである。ゆえに、この案のみを解決策とするのでは些か物足りないだろう。
 私はここで、「池田案」を推薦したい。これは、哲学者でありかつ文筆家である池田晶子氏の考えを元にした案である。この案は、ひと言でいうと「哲学しろ」というものである。ここでいう哲学の意は、「言葉に配慮し、とことん考え続けろ」といったものである。この考え方の背景には彼女の以下の考察がある。彼女も社会での生きづらさに関して問題意識を抱いていたわけであるが、著書『ロゴスに訊け』[4]において、その生きづらさの原因をIT革命にみた。IT革命による利便性の追求により携帯電話などの伝達手段が発展し、「言葉」が氾濫したことによって、「言葉」の価値が下落してしまった。その結果、言葉で生きる我々の「生」の価値をも喪失してしまい、精神的困窮が進んでいったというわけである。あるいは、IT革命において発展した情報伝達とは、読んで字の如く、事象を情報として捉えその伝達を目的とするものであり、情報は変化するものであるため、「考える」行為が関わる事象の根底にある変化しない本質と対極にある。したがってIT革命後の高度情報化社会においては、この本質が目的にされることがない。本来、情報は手段であり、本質が目的となる。しかし、現代社会では、この手段と目的が転倒しており、情報が目的となり、本質がなおざりになってしまっている。そして、本質を考えるとは、そのことの価値を知ることに他ならない。ゆえに、本質を目的にしないことは価値から離れてゆくこととなる。だからこそそれが、生の価値の疎遠に繋がってしまっているというわけである。
 だからこそ、「言葉に配慮して、とことん考え続ける」こと、すなわち「哲学する」ことにより、言葉の価値を上昇させ、また本質を目的にし直すことで、生の価値を取り戻すこと。これが、現代の生きづらさを打開し、精神的困窮を食い止める策になり得るのではなかろうか。

 そして、ここにきて、喪黒案も最大の効力を発揮する。喪黒案の懸念点は欲望の暴走にあった。哲学するとは理性を働かせることであり、理性とはプラトンに言わせると、気概と欲望の手綱を握ることにある[5]。したがって、理性により欲望を扱うことが可能となるならば、小さな欲望の充足はそれのみで完結し、人生に彩りを与えてくれることであろう。
 これらの、ココロのスキマを埋める方法は、割れてしまった茶碗の修復にでも例えられようか。池田案である「言葉に配慮して、とことん考え続ける」、すなわち「哲学する」ことによって、割れたり欠けたりしている部分を接着する。そしてその上で、喪黒案である「小さな欲望を満たす」ことによって装飾する。それはさながら「金継ぎ」のようである。漆によって接着し、金粉で装飾して仕上げる。そう考えると、スキマが出来る前よりも、修復後の方が、味が出て趣深くなると思考することができるかもしれない。

 心にも金継ぎを。そうすれば、きっと貴方は自身のココロを好きになる。


[1] 笑ゥせぇるすまん. テレビ朝日, 1989 – 1992. (アニメ番組).

[2] 藤子不二雄A, 1989年, 『笑ゥせぇるすまん』(1巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉
  藤子不二雄A, 1992年, 『笑ゥせぇるすまん』(2巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉
  藤子不二雄A, 1992年, 『笑ゥせぇるすまん』(3巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉
  藤子不二雄A, 1992年, 『笑ゥせぇるすまん』(4巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉
  藤子不二雄A, 1992年, 『笑ゥせぇるすまん』(5巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉
  藤子不二雄A, 1992年, 『笑ゥせぇるすまん』(6巻), 中央公論社〈中公コミック・スーリ〉

[3] 藤子不二雄名義にて、実業之日本社『漫画サンデー』にて「黒ィせぇるすまん」として連載。

[4] 池田晶子, 2002年, 『ロゴスに訊け』, 角川書店.

[5] 『パイドロス』(プラトン著 藤沢令夫訳, 1967年, 岩波文庫.)内の魂の三分説を説明するために用いられた「馬車の比喩」を参照した。馬車の比喩とは、御者が理性、右手の馬が気概、左手の馬が欲望とされ、御者が二頭の馬を扱い真実在(イデア)を観照するといった内容のものである。ちなみに、右手の馬は、端正な容姿で節度と慎みを持ち、鞭を打たずとも言葉にて命令するだけで従う善い馬であるが、対する左手の馬は醜悪な容姿で放縦で高慢であり、鞭を打つことでようやく言う事を聞く悪い馬であるとされる。すなわち、欲望は理性による訓練があって初めて良いように働くというわけである。

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