Thesis
「100年後に国際社会で生き残れる主権国家日本の実現」。私の志は、日本が将来にわたって存続し、日本国民を守り抜くことのできる姿を目指している。しかし、その志の実現は、ますます困難になっていると言わざるを得ない。日本は戦後最も厳しい安全保障環境の中において、国家主権及び国民生活が従来の延長線上では維持できない可能性を内包している。ロシアによるウクライナ侵略は、世界の平和に責任を持つべき国連安保理常任理事国が、国際法を無視する形で一国の平和と独立を蹂躙し、力による現状変更を断行する姿を国際社会に見せつけた。イスラエルとガザ地区における紛争は、市民を巻き込んだ戦闘行為が誰をも幸せにすることができないことを、双方による死傷者、捕虜、都市の破壊が伝えている。加えて国際秩序の安定を長年支えてきた米国は、国内世論の分断や政治的疲弊を背景に、国際社会に対する関与をためらう場面が増えている。主権国家の存立は国際社会が担保するものではなく、その国自身の意志と実力を以て守るものということが、ウクライナ侵略以降の世界の常識になりつつある。
このような状況において、我が国が進むべき外交安全保障の選択肢は何か。インド太平洋地域の平和と安定を確保することが、日本の生命線であると私は考える。エネルギーの85%以上、鉱物資源のほぼ100%を海外からの輸入に依存している日本経済は、その規模と享受してきた豊かな暮らしとは裏腹に、あまりに脆弱である。この現実を踏まえると、日本は海洋国家としてインド太平洋地域の平和と安定、それがもたらす自由な海上交通路(シーレーン)の確保が必要不可欠である。戦争のない平和な社会というものは、人々の素朴な願いであると同時に、日本の繁栄を支える礎なのである。
日本が位置するアジア諸国はどうか。今世紀半ばには中国及びインドが人口規模及びGDPで世界の中心的地位を占め、インドネシアやベトナムといった新興大国も存在感を増してくる。かつて世界の工場といわれた中国の役割は、徐々に東南アジア諸国に広がっていったが、アジアが製造業の中心的地位であることに変わりはない。日本を含む各国が資源や原材料を輸入し、製造業を通じて付加価値を付けて、他国に輸出するという経済モデルは、自由な海上交通路を前提としている。商船の航行に支障が出る状況になれば、原材料の輸入コストが上がり、エネルギーの調達に困難が生じ、商品の輸出コストも上がる。そうなれば世界は不可逆的なインフレに見舞われ、人々の生活は極めて不安定なものになるだろう。世界中の人々はウクライナ侵略によって、エネルギー価格及び小麦価格の上昇によるインフレに大変苦しめられた。アジアが戦禍に見舞われれば、ウクライナ侵略以上のインフレが発生し、人々が貧困に苦しめられる。アジアの平和と安定は、外交当局と軍の将兵だけの問題ではなく、人々の豊かな暮らしを根底から覆す恐れのある、極めて死活的なテーマであることが分かる。
だから私は、我が国がインド太平洋地域の平和と安定に、強くコミットすることが重要であり、今後ますます求められると確信している。前述のような文脈の中において、麻生太郎元首相による「自由と繁栄の弧」が提唱され、第二次安倍晋三政権によって「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific, FOIP)」として華開いたことは、広く理解されている通りである。FOIPは2010年代後半〜2020年代において、世界中の多くの国々、特に自由貿易体制によって利益を享受する国々に広く支持され、日本は国際社会の中心的役割を果たしてきた。とりわけ第二次安倍政権は7年8ヶ月にわたる長期政権の中において、日本の戦後外交に決定的な役割を果たしたと言えよう。それは安全保障法制をはじめとした安全保障能力の強化のみならず、G7の中において中心的役割を果たすことができたことにある。
他方私は、FOIPが時代の変化に取り残され、「過去の遺産」として扱われてしまうことを強く危惧している。FOIPを初めて外交ビジョンとして示した首相は安倍元首相であり、その先見性や戦略性は、日本外交史において特筆すべきものである。しかしどれほど優れた構想であっても、世界は絶えず変化する。安倍外交が築いたFOIPを「過去の遺産」として固定化してしまえば、FOIPそのものが時代遅れとなり、国際社会での説得力を失いかねない。だからこそ重要なのは、安倍元首相が示したFOIPを出発点として、時代の要請に応じて不断にアップデートし続けることである。誰が首相になっても継承し、磨き上げ、そして次の世代へと受け渡す。FOIPを国家全体の戦略として持続させてこそ、「自由で開かれたインド太平洋」は、未来においても生きた力を持ち続けるはずだ。そうした認識のもと、私なりの提言を述べていきたい。
日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、戦後外交の中で最も戦略性と理念を兼ね備えた構想のひとつである。自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値観を共有する国々による多層的な参画が可能な地域ビジョンは、成熟した日本外交の結晶だ。しかし、FOIPを次の段階へと進化させ、国際社会において実効性のある構想へと位置づけるためには、いくつかの課題を冷静に見つめ直す必要がある。
第一の課題は、理念先行で実利が見えづらいことが挙げられる。自由や法の支配という価値観は重要だ。しかし、中所得国や発展途上国にとっての政治課題の核心は、いわゆる自由主義諸国が考える「自由」ではなく、「経済」先行である。国民の貧困を解消し、雇用を創出し、インフラを整備することが最優先となる国にとって、FOIPの求める基本的価値観は時に「負担」になる恐れすらある。価値を守ることは重要であるが、「なぜ自由が必要なのか」を理解してもらうために、政府開発援助や官民による投資促進などの経済的実利を提供しなければ、FOIPは理念として美しくとも政治的求心力を持ち得ない。私が訪問したインドネシアでは、中所得国の罠から抜け出し先進国入りを目指すことが至上命題となっており、政治的透明性などは政治課題の劣後となっている場面に幾度のなく遭遇した。したがって、まずは各国が経済的豊かさを実感できる仕組みを提供し、そのうえで自由主義の意義を自ら理解し、納得してもらうプロセスが不可欠である。価値の共有は、経済的安定と将来にわたっての繁栄があって初めて根付くのだ。
第二の課題は、対中包囲網と誤認されやすい構造的リスクである。米中対立がますます激しくなる国際社会において、FOIPが対中包囲網として受け止められてしまうと、参画する国々の足並みが乱れる原因になりかねない。かつて「自由で開かれたインド太平洋戦略」と呼称されていた際に指摘された問題は、名称から「戦略」を外しても完全には払拭されていないと言えよう。私は、このFOIPが持つ対中戦略的要素を外形上取り除いていくことが、中長期的に見て日本の国益に資すると考える。なぜなら東南アジア及び南アジアの多くの国々は中立性を保つことによって国益を最大化させており、米欧または中露の一方に偏重することを避けてきたからだ。私が訪問したベトナムでは、ベトナム戦争・中越戦争を経験した歴史的経緯もあり、想像以上に全方位外交を志向していることが理解できた。これらの国々にとって、FOIPへの参画が「どちらか一方の陣営に与する」ことを意味するように映るならば、参加への心理的・外交的ハードルは高いままである。我が国が重視すべきは、FOIPが「対中包囲網の旗印」ではなく、「地域の安定と繁栄を支える公共財」であることを丁寧に示すことである。そのためには、外形上のバランスを整え、全方位外交を採用する国々が安心して参加できる制度設計を施す必要がある。理念として対国家資本主義的な性格を持つことは否定できないが、外交の現場では誤解を避け、より多くの国々が参画できる環境を整えることが不可欠である。
第三の課題は、持続的に駆動する「仕組み」が欠けていることだ。FOIPはあくまで日本のインド太平洋戦略であり、条約機構等ではない。ゆえに、構想を持続的に前進させるための制度的エンジンが弱いという構造的課題がある。各国がそれぞれ独自のインド太平洋戦略を策定する中で、日本が追加的な価値を提供するためには、アジア諸国の国益の最大公約数を定義し、参画国のコミットメントを確認する実務者会合や、外相級・首脳級の年次会合といった場を日本が主導して設計することが必要である。理念を掲げるだけでは構想は動かない。制度化し、可視化し、継続性と予算執行を伴うプロジェクトに落とし込んではじめて、FOIPは「動く戦略」として国際社会に浸透していく。我が国がインド太平洋地域共通の利益を強く打ち出し、共感を生んでいくことが理にかなうと私は考える。
以上の三点「理念と実利の不均衡」「対中誤認リスク」「制度設計の脆弱性」を踏まえると、「従来のFOIP(FOIP1.0と呼称)」は理念としては光を放っているが、国際社会において「美しいが実効性に乏しい構想」と評価されかねない。だからこそ我が国は、FOIP1.0を価値中心の構想にとどめず、共感と実利を両輪とする「将来のFOIP(FOIP2.0と呼称)」に進化させる必要がある。日本の対インド太平洋戦略を踏まえつつも、より多くの関係諸国が参画でき、地域の平和と安定にコミットメントできる枠組み。アジア諸国の共感を呼び、実益をもたらし、そして持続的に駆動する枠組みへと再設計することこそが、次世代の日本外交の使命である。私はこれを「共感と実利のFOIP2.0」として提唱し、その具体像について述べていく。
FOIP2.0を実現させるにあたり、「我が国はどのような国を目指すのか(国家ビジョン)」を再定義したい。日本はエネルギー及び鉱物資源の多くを海外に依存する海洋国家であり、その経済的繁栄は安定した国際秩序の上に成り立っている。それゆえ日本は、国際秩序が混乱すればするほど、主体的に秩序づくりに関わらざるを得ない宿命を持っている。だからこそ我が国は、分断と対立が深まる今日の世界において、その溝を乗り越え、新たな協力関係を生み出す役割を担わなければならない。
現在、世界は「分断か、協調か。」の岐路にある。自由主義国と権威主義国の対立は固定化しつつあり、価値観の差異が地政学的緊張に直結している。しかし我が国が目指すべきは、どちらか一方を選ばせる世界ではなく、対立を緩和し、共通利益を基盤として協力を引き出す世界である。他国を「正す」国ではなく、選択肢と利益を提示し、各国が自主的に関与できる余地を広げる国。これこそ、海洋国家としての経験と、平和国家としての歴史を持つ日本だからこそ果たせる役割である。自由主義国としての日本が掲げる価値は、理念の押しつけであってはならない。むしろ理念を維持しながら、同時に実利を提供し、パートナー国が「日本と組むことに確かな意味がある」と感じられる秩序を構築することが重要である。価値を尊重しながら利益を創り出すという二重のアプローチは、権威主義国家には模倣できない。情報統制と価値抑圧を前提とする体制では、「自由で開かれた」国際秩序の創出は本質的に不可能だからである。
だからこそ我が国は、自由、民主主義、人権、法の支配を土台としつつ、その価値を各国との「共創」を通じて育てていく姿勢を示す必要がある。日本が世界から尊敬されてきた理由は、経済規模やODAだけではない。「誠実さ」「信頼」「責任を果たす姿勢」といった人的資源こそが、我が国最大の価値である。「戦前戦中を通して多大な被害を出した東南アジア諸国において、戦後日本は官民を挙げて信頼回復を成し遂げた。その結果、日本は世界で最も信頼される国の一つになった。」この事実を、私はASEAN諸国の現地現場で何度も耳にした。この日本への信頼を活かし、分断の時代にあっても安定と協力を実現するための「信頼のハブ」としての国家像を確立することが、将来の日本の存在意義を決定づける。100年後の国際社会において日本が、信頼され尊敬される国であり続けるためには、国際秩序を共創する国となることが必要だ。その実現に向けた思想的基盤がFOIP2.0の「三原則」であり、それを国際社会で動かす制度及び仕組みが「三つのドクトリン」である。以下、その具体像を示すこととしたい。
私が構想するFOIP2.0は、FOIP1.0を理念の枠組みにとどめるのではなく、アジア諸国が具体的な利益を実感し、自ら参画し続ける「共創型の地域秩序」へと発展させる試みである。その中心にあるのが、次の三原則である。これらは単なる理念ではなく、我が国がインド太平洋で安定した国際秩序をつくる際の判断基準である。FOIP1.0が抱えていた「理念と実利の不均衡」「対中誤認リスク」「制度設計の脆弱性」といった課題を解決するための三原則は、諸外国のFOIP2.0への参画を「共感と実利」に変える。
(1) 包摂性(Inclusiveness)
第一の原則は、インド太平洋地域に利益をもたらし、利益を享受し得るあらゆる国が等しく参画できる余地を確保することである。政治体制の違いを理由に排除するのではなく、共通の利益を基盤とした参加の枠組みを広げることを重視する。特定の国を念頭に置いた「排除の秩序」ではなく、できる限り多くの国が関われる「参加型の秩序」を設計することを目指す。例えば海洋安全保障では、必ずしも民主主義を共有しない国であっても、シーレーン防衛や海賊対処、沿岸警備協力といった実利的な協力には参画できる。参画の幅が広いほど、地域は対立ではなく安定へと向かう。包摂性は、理念を現実に根づかせるための「入口」であり、秩序の持続可能性を支える基盤である。
(2) 有益性(Mutual Benefit)
第二の原則は、参加国が「この秩序に関わること自体が自国の利益である」と実感できる仕組みを整えることである。理念は行動の強い動機にはなり得ない。人々の生活や経済成長につながる「具体的な利益」こそが、発展途上国を巻き込んだ国際秩序を支える真の推進力である。日本はインフラ投資、製造業及び関連技術、教育、医療、災害対応、人材育成など多様な強みを持つ。これらを政策として提示することで、日系企業との合弁事業による雇用創出、技術協力による産業高度化、保健医療分野での制度設計支援など、パートナー国の生活に直接寄与するメリットを提供できる。理念を掲げる国ではなく、「実益をもたらす国」であることこそ日本の信頼を高める。
(3) 透明性(Rule-based Transparency)
第三の原則は、ルールに基づく透明性を確保し、意思決定の過程や利益の流れを明確化することである。国際秩序は不透明な利益配分や水面下の取引によって容易に揺らぐ。とりわけ権威主義国による国際秩序創出は、しばしば利益配分が不透明かつ過度に自国利益に偏重しているとの指摘も多い。透明性が担保されれば、参加国は安心して長期的な関与を続けることができる。日本は戦後一貫して、透明性や説明責任、法の支配を重んじることで国際社会から信頼を得てきた。透明性は理念ではなく、日本外交の実績そのものである。だからこそ、日本が主導するFOIP2.0においては、予算の公開、事業評価の共有、意思決定プロセスの明確化など、透明性を徹底する姿勢が不可欠である。それは秩序の信頼を担保し、世代を超えた持続性を生み出す基盤である。
以上の三原則は、FOIP2.0を理念にとどめず、実際に「動く秩序」へと転換するための思想的な基盤である。包摂性は参加国を広げ、有益性は参画の動機を強固にし、透明性は秩序維持の信頼を支える。しかし、原則だけでは秩序は動かない。秩序を動かすためには、具体的な制度、協力枠組み、合意形成の仕組みが必要である。そこで必要になるのが、FOIP2.0を実際に機能させるための「三つのドクトリン」である。これらは三原則を現実の政策や制度として具現化し、我が国が主導しながらも他国と共に秩序をつくりあげるための行動指針である。
ここまで私は、FOIP1.0が抱える課題と、その課題を克服するための三原則について整理してきた。次に重要になるのは、この三原則をどのように現実の政策として動かしていくかという点である。包摂性、有益性、透明性という三原則は、FOIP2.0の思想的基盤であるが、それだけでは秩序は動かない。三原則を実際に機能させるためには、制度設計と実施のメカニズム、つまりドクトリンが必要である。以下では、前述の三原則を再整理し、FOIP2.0を支える三つのドクトリンとして再構成したい。
(1) 公共財保護ドクトリン(包摂性の実現)
第一のドクトリンは、海洋安全保障と包括的協調外交を統合した「公共財保護ドクトリン」である。日本にとって海上交通路の確保は国家の存立に直結するが、同時に広く国際社会全体にとっての共通利益でもある。この普遍的な利益を軸に据えることで、自由主義国だけでなく、政治体制の異なる国々も参画しやすい協力領域が構築される。海賊対処、違法漁業対策、環境保護、海難救助など、軍事色を最小化しつつも地域の安定を支える分野は多い。海上警察及び海軍種同士の連携強化はその象徴的な取り組みであり、国境を越えた日常的な協力を可能とする。また防災、感染症、気候変動など、市民生活に密着した協力も加えることで、より広範な国々が参加しやすい「インド太平洋の公共財」を保護する枠組みが整う。これにより、対立ではなく協調を基調とする包摂的な秩序を構築できる。
このドクトリンは「包摂性」を具体化する役割を担う。特定の国を排除しない設計とすることで、国際社会の分断を緩和しながら、安定した地域秩序を共創することが可能になる。
(2) 経済連携ドクトリン(有益性の実現)
第二のドクトリンは、経済・技術・人材育成を一体として扱う「経済連携ドクトリン」である。従来の経済連携やインフラ整備、人材育成といった要素を包括的に統合し、日本が各国にとって「未来を共に拓くパートナー」として位置づけられるように再設計する。具体的には、日本の強みである質の高いインフラや製造技術、電力、通信といった分野で協力を深化させ、経済成長に直結する成果を提供していく。さらに企業誘致、技術移転、スタートアップ支援といった民間活力を組み込み、現地の雇用創出や産業基盤の強化に寄与する。これらの取り組みは単なる経済協力にとどまらず、人材育成や制度構築支援など、人間の安全保障の分野にまで広がる。教育・研修プログラムを支える協力は、各国の生活水準を実質的に向上させ、日本への信頼を深めるだろう。
このドクトリンの核にあるのは「有益性」である。理念ではなく、目に見える利益を提供し続けることで、各国が自発的に秩序に関与し、長期的にFOIP2.0へコミットする動機をつくる。すなわち、日本と組むことで経済的繁栄への確実性が高まるという実利を提示することが、日本外交の最大の強みとなる。そして何より経済の相互依存を強めることは、戦争を回避する知恵でもある。
(3) 統治機構・社会保障ドクトリン(透明性の実現)
第三のドクトリンは、「統治機構・社会保障ドクトリン」である。従来の統治機構支援は、西欧的な価値の押しつけという批判を受けやすかったが、日本が目指すのは制度移転ではなくより望ましい「共創」である。重要なのは相手国の主体性を尊重し、その国が自国の文脈に合った統治体制を発展させることを支援する姿勢である。具体的には、選挙制度の改善、地方自治の高度化、行政透明性の向上といった制度構築への支援、フェイクニュース対策やメディアリテラシー強化など、社会基盤を支える協力が挙げられる。更には医療・保健・福祉など人間の安全保障に繋がる支援は、人々が安心して暮らすための政治基盤そのものであり、「良き統治」が人々の生活に直結することを示す。
ここで中核に置くのは「透明性」である。透明性は単なる理念ではなく、自由主義を支える実践そのものであり、長期的な信頼と安定の基盤となる。透明な意思決定、説明責任、法の支配を共に強化することで、地域全体の統治水準を底上げし、持続可能な国際秩序を築くパートナー国を増やしていくことができる。
これら「三つのドクトリン」は単なる外交方針にとどまらず、100年後に国際社会で生き残れる主権国家としての日本を実現するための、いわば「生存戦略」についての考察である。日本が国際社会に対して「共感と実利」を提示するための道具であり、同時に秩序共創のための鍵なのだ。だからこそ我が国はこれらの政策分野において、積極的に国際的な議論を主導していくべきである。
「三原則」及び「三つのドクトリン」を踏まえ、FOIP2.0を具体的に実装していくにあたり、私は柔軟な制度設計が更なる可能性の幅を広げるのではないかと考える。具体的には条約機構のような硬直的な枠組みをつくるのではなく、「有志国連合」という柔らかなマルチレイヤー型協力体を提案したい。条約機構となれば義務や拘束力が伴い、参加のハードルが高くなる。しかし、有志国連合であれば分野ごとに協力を選択でき、状況に応じて参加国を増やし、段階的に関与を深めることができる。
日米豪印を中核としつつも、ASEAN各国をはじめとしたインド太平洋にまたがる国・地域、さらには英国・フランスといった海外領土を持つ国々も関与できるネットワーク。公共財保護であれば海上交通路確保や海賊対処、経済連携であればインフラ投資や製造技術、統治機構・社会保障であれば医療・保健・福祉といった形で、多層的な協力を積み上げる。国によっては公共財保護には加わらなくても経済では積極的に関与する、といった柔軟さを認めることが重要ではないか。
この有志国連合の最大の特徴は、強制力ではなく「共通の利益」を原動力に協力が進む点にある。だからこそ、各国にとって「参加することが自国の利益になる」と思わせる実利を伴う設計が不可欠だ。理念の押しつけでは国際秩序は持続しない。実利を提供しながら価値を重ね、共感に繋げる。これこそがFOIP2.0が掲げる秩序共創の姿である。
私は、このFOIP2.0という地域ビジョンを実現することで、100年後に生き残れる主権国家日本の実現を目指す。それは単なる外交構想ではなく、国民一人ひとりが「自分たちの国は何を守り、どこへ向かうのか」を共有するための羅針盤である。国家の進む道が定まれば、政策は初めて意味を持ち、社会は前へと進む。ビジョンを欠いた政策は、その場しのぎの対症療法にすぎない。だから私は、時代が変わっても揺らがない国家の方向性を確立し、国民が誇りを持って語れる未来像を示したい。
このビジョンに至るまでには、私自身の経験が大きく影響している。高校時代に抱いた民主主義への問い、フランス政治から学んだ国家の尊厳、自衛隊での実務を通じて感じた「国家とは誰のためにあるのか」という根源的な感覚、そして中国、台湾、韓国、インドネシア、ベトナム、フィリピン、カンボジア、エチオピア、南アフリカ、そして何より米国で得た多様な価値観。その全てが「日本は世界の分断を乗り越える国になれる」という確信に繋がっている。だからこそ、これは私個人の研修の成果であると同時に、日本の未来に対する責任でもある。
日本の戦後の歩みは、他国に価値を押し付けず、自由貿易の下で相互の豊かさを築くという「平和国家」としての道であった。その歩みの延長線上に、「共感と実利に基づく自由で開かれたインド太平洋」という国際秩序を提言したい。世界が分断へと向かう時代にあって、アジア及びインド太平洋の平和と安定のリーダーは誰か。理念だけではなく、共感と実利を伴う秩序を共に創り、国民に誇りを与える国家ビジョンを掲げる国。その役割を担うのは日本であり、私たち日本国民である。
だからこそ私はFOIP2.0を掲げ、外交実務に精通した政治家を志す。子や孫の世代が「この国に生まれてよかった」と胸を張って言えるように。日本が尊敬され、信頼される国家であり続けるために。100年後も主権国家日本が国際社会で生き残れるように。
私の使命は、我が国日本の「自由で開かれたインド太平洋」のバトンを、次世代に繋ぐことである。
本レポートを作成するにあたり、元統合幕僚長 折木良一氏より多大なるご指導を賜った。また、米国、インドネシア、ベトナムをはじめとする諸外国及び国内での研修において、関係者の皆様より貴重なご助言とご協力をいただいた。ここに記して心より感謝申し上げる。
・安倍晋三『新しい国へ 美しい国へ 完全版』文藝春秋、2013年
・五百旗頭真編『戦後日本外交史〔第3版補訂版〕』有斐閣、2010年
・折木良一『国を守る責任 自衛隊元最高幹部は語る』PHP研究所、2015年
・岸田文雄『岸田ビジョン 分断から協調へ』講談社、2021年
・北岡伸一/細谷雄一編『新しい地政学』東洋経済新報社2020年
・北岡伸一編『西太平洋連合のすすめ 日本の「新しい地政学」』東洋経済新報社、2021年
・高坂正堯『国際政治 改版』中央公論新社、2017年
・谷口智彦『安倍総理のスピーチ』文藝春秋、2022年
・ジョセフ・S.ナイ・ジュニア/デイヴィッド・A.ウェルチ著、田中明彦/村田晃嗣訳『国際紛争 理論と歴史〔原書第10版〕』有斐閣、2017年
・ピーター・ナヴァロ著、赤根洋子訳『米中もし戦わば 戦争の地政学』文藝春秋、2019年
・マイケル・ピルズベリー著、野中香方子訳『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』日経BP社、2015年
Ryuki Saito
第45期生
さいとう・りゅうき
Mission
100年後に国際社会で生き残れる主権国家日本の実現