論考

Thesis

GPIFをヒントに「収益分配国家」を目指す

1.無税国家を越えた先の「収益分配国家」

 松下電器産業(株)(現:パナソニックHD(株))創業者の松下幸之助(以下「塾主」)は、産業人の立場から、必要以上の税金を徴収する政治に異議を唱えていた。例えば1979年、読売国際経済懇話会において「私の無税国家論」という演題で、こう語っている。

 今、高率の税金で非常に国民は苦しんでおるわけでございます。その高率の税金にもかかわらず、政府は財政窮迫をいたしておりまして、一定の税額の収入だけでは国費が足りませんので、赤字国債を発行し、国費にあてている次第でございます。
 そういう状態でございますから、非常に前途暗澹たるものがございます。[i]

塾主はそうした、税に苦しむ国家・国民の姿は繁栄、平和、幸福を追求する人間にとってまことに不幸であると考え、その克服の為に「無税国家論」を提唱する。「一年ごとに予算を使い切るのではなく、むしろそれを調整して収益というか、剰余金を出すような制度[ii]」によって、毎年一定額を国庫に積み立て、その運用金を政府支出に充当する。毎年1割程度の政府支出を剰余金にすれば、理論上は100年間で政府支出の10年分程度の剰余金が積み立てられる。5%の利回りで運用すれば、政府支出の半年分はこの運用益から拠出が可能となり、税金は半分で良くなる。この流れの中で「税金を半分」から「税金をゼロに」という動きを作ることが「無税国家論」の概略である。
 しかし塾主の構想は「無税国家」に留まらない。「無税国家」を達成した後に、政府支出を超える利回りが発生した場合の運用益を、国民に分配するという「収益分配国家」に思いを馳せ、その国家像を大胆に提言している。本レポートにおいては「収益分配国家」についてその背景及び内容を解説し、現代での実現を目指して提言を図る。

2.「収益分配国家」のモデルと必要な改革

 塾主は1978年、PHP研究所発行の提言誌「Voice」において、「収益分配国家」のモデル像をこう述べている。

サウジアラビアでは、石油による収益の剰余金をオイルダラーということで、世界的に運用していますね。その金利収入が(中略)人口比で考えると、日本で三十兆円余りの金利収入があるのと同じことですね。つまり、今年度の予算にほぼ等しい額です。[iii]

 外貨収入の大きな柱となるような天然資源を持たない日本は、産油国のサウジアラビアのように一挙に剰余金が集まる状況にはないことを断りつつも、100〜200年の間をかけてコツコツと剰余金を貯めていくことで、「低負担・高福祉」の国家が実現できることを提言した。「産油国は、税金を取らずに、国家の収入を国民に分配している[iv]」ことを念頭に、そうした国家の収益を国民がひとしく享受できる社会を、塾主は夢見たのである。
 そうした「収益分配国家」について、塾主は2つの改革が必要であると述べている。1つは「所得格差の是正」である。いくら無税といっても、極度の貧富の格差が広がると社会不安が増大し、勤労意欲を失うなどの弊害が発生する。したがって「収益分配国家」においても、「富の格差というものは富裕税一本をもって調整できますから、ある程度適当に保つことができる[v]」という具合に、富の再分配の機能を持つ税金には唯一肯定的であった。この点、現代で言えば所得や収益にばかり税金がかかり、資産そのものには税金が十分にかかっていないという問題に対する、塾主の先見の明がある。
 もう1つが「抜本的な行政整理」である。いくら「無税国家」だ、「収益分配国家」だといっても、肥大化する行政ではいつまでも無税にはならないと考えた塾主は、「何としてもこの行政整理に取り組み、これに成功していかなくてはならない[vi]」と考えた。その為に十分な経済的保障と名誉を与えて、一定数の公務員に退職していただき、それによって得た剰余金もまた、国庫に積み立てれば良い。自主的退職にかかる諸費用は、国民から借りて、行政整理によって生まれる剰余金から返せば良い、という発想も、産業人たる塾主らしい考え方といえる。
 「収益分配国家」が実現すれば、収益を分配される国民は勤労意欲を失うのではないかという批判や懸念がある。しかしこれは誤解だ。あくまで収益が分配されるのは「公共サービス」に対してであり、ベーシックインカムのような国民に対する給付金ではない。従って国民は引き続き、自らの衣食住を得るために働く必要があり、その意欲や能力、勤務時間によって収入に差異が生まれる。資本主義社会が健全な形で機能することで、適度な貧富の差が生じ、勤労意欲は減ることがない。むしろ所謂「天引き」と言われる社会保険料や各種税金が減免されていくことで可処分所得が向上し、勤労意欲はむしろ高まるというのが筆者の見立てである。

3.現代での実現モデル「GPIF」との共通項と、今後の将来性

 筆者はこの「収益分配国家」構想に触れた際、日本の「GPIF」と比較・検討を行いたいと考えた。GPIFとは「Government Pension Investment Fund」の略で、正式名称を「年金積立金管理運用独立行政法人」という。日本国民の国民年金及び厚生年金の積立金を管理・運用し、その運用益を将来の年金給付に充てているという点で、「収益分配国家」のモデルに近いと考える。
 GPIFが適切な運用益を出すことによって、現役世代の年金負担を抑えているという部分こそ「収益分配国家」の核心に近い要素を持つ一方で、その差分は原資の性質であろう。GPIFの原資は年金積立金であり、「世代間扶養」の考え方のもとに中長期的に国に託されたお金といえる。対して税金は「公共サービス」の対価として短期的に国に託されたお金と考えられ、その中長期的運用については考えられていない。昨今においては単年度会計がもたらす弊害が一層強まり、特に道路や橋、トンネルなどの社会資本整備に対して、その維持費をどう捻出するかという議論の中で、税金の積み立ても徐々にではあるが国民的理解が広がりつつある。私はこうした中長期的視野を持った公的資金の運用に理解が広がる今日の情勢を踏まえ、特定財源ともいえる目的税による「収益分配国家」のモデルを提言したい。
 例えばアフターコロナ・円安の恩恵を大きく受けている「観光立国」日本のインバウンド需要に目をつけ、外国人観光客から1人1万円を徴収するのはどうだろう。そうすれば年間1000万人の外国人観光客から1000億円を集めることができる。こうした政策を100個実行すれば、塾主の提言した国家財政の1割にあたる10兆円を集めることができる。そうした政策の総動員で、「収益分配国家」を実現する足掛かりに出来ないだろうか。

4.まとめ

 塾主は税による社会への弊害を憂慮した上で、財政上の工夫を凝らすことで「無税国家」を実現し、その先にある「収益分配国家」による繁栄を目指した。しかし「単年度会計主義」に基づき、かつ国債残高が増加の一途を辿る現在の財政状況では、とても剰余金を出す状況にないことは明らかである。
 その為に私は、「単年度会計主義」から独立させた特定財源を作ることで、「収益分配国家」の基礎となる基金を作り出すことを本レポートで提言した。当該基金に対して100年という単位で積み立て運用することで、その運用益を元手として先ず「無税国家」を実現する。「無税国家」を実現した後には、その運用益を公共サービスとして国民に分配することで「収益分配国家」を実現する。国家の運営上必要不可欠な公共サービスはもちろん、教育や福祉といった現代では家計に大きな負担を強いているようなものまで運用益から賄うことができれば、日本国民は可処分所得の高い、より豊かで幸せな暮らしが享受できるのではないだろうか。これからも税制を1つのキーワードとして、塾主の目指した「繁栄による平和と幸福」を考えていきたい。

引用・参考文献

[i] 「私の無税国家論」読売新聞国際経済懇話会第七十五回講演会(1979年11月7日)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 10』PHP研究所、1991年、p.346)

[ii] 21世紀をめざして6「日本を税金の要らない国に」『Voice』(1978年7月号)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 41』PHP研究所、1992年、p.245)

[iii] 21世紀をめざして6「日本を税金の要らない国に」『Voice』(1978年7月号)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 41』PHP研究所、1992年、p.251)

[iv] 松下政経塾一年生への講話(1982年3月5日)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 44』PHP研究所、1993年、p.299)

[v] 「私の無税国家論」読売新聞国際経済懇話会第七十五回講演会(1979年11月7日)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 10』PHP研究所、1991年、p.353)

[vi] 21世紀をめざして7「思い切った発想で行政整理を」『Voice』(1978年8月号)
(PHP総合研究所研究本部「松下幸之助発言集」編纂室『松下幸之助発言集 41』PHP研究所、1992年、p.256)

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