論考

Thesis

さとうきび畑の保育園から

 仕事を持つ親にとって、子育てと仕事の両立は最大の懸案事項であろう。

 沖縄の雇用、労働問題の研究を進めていく上で、子育て環境を把握することは必要なことと感じた。

 そこで、この2月、沖縄県大里村のあおぞら保育園にて保育実習をさせていただいた。この実習は、子育て経験、知識のない私にとって非常に新鮮であり、また様々な問題に気付かせてくれた。この実習で、託児と保育の大きな違いを学ぶことができたことは私にとって大きな収穫だった。

 今回は、あおぞら保育園での実習の模様と課題についてお伝えしたい。

あおぞら保育園の様子

 那覇から東南方向に車で20分。密集した市街地を抜け、緑の景色が目に入る頃になると大里村にたどりつく。

 この大里村、近年はベッドタウンとなりつつあるが、まだ豊かな自然が残っており、沖縄本島南部の原風景とも言われるさとうきび畑がいたるところで見渡せる。

 今回実習させていただいたあおぞら保育園は、なだらかな丘陵一帯に広がるさとうきび畑にすっぽりと包まれて所在している。

 自然とさとうきび畑に囲まれながら、育つ子供たちはさぞかし伸び伸びと成長していくのだろうと感じた。



 現在、この保育園では、0歳児クラスから5歳児クラスに約90名の児童が通園する。非常勤を含め約20名の保育士は、子供たちの大脳の発育を引き伸ばす保育に取り組んでいる。大脳は3歳までに80%、6歳までに90%発育するといわれており、この間の保育が発育に大きな影響を与える。大脳の発育を促すためには、子供たちの触感を刺激させるといいと、園長先生から聞いた。この保育園では、0歳児から5歳児クラスまでの全てのクラスにおいて、床のハイハイ運動やリズム運動などを取り入れるなど、触覚を刺激し大脳の発育を促している。また、園児には、よほど体調が思わしくない限り、なるべくTシャツ、半ズボン、裸足で過ごさせている。この取り組みも、皮膚感覚という触覚を刺激することにつながっており、また薄着の励行は風邪などへの抵抗力をつけさせるためにもなるということだろう。実習をした2月は、沖縄といえどもかなり肌寒かったが、それでも子供たちは、運動場を薄着姿で元気いっぱい遊んでいた。

 このような環境のもと、私は毎日違うクラスに配属されることになり、各保育士の先生の側で実習させていただいた。 

実習の模様

 保育の経験と知識が全くない私にとっては、実習といっても、子供たちとただ一緒にいることと、子供たちの安全に注意を払うだけで精一杯であった。室内では子供たちが駆け寄ってきて、「おんぶ、だっこ」とせがんでくる。一人の子供におんぶをしようものなら、たちまち他の子供たちも集まってくる。また、子供たちが絵本を手にして代わる代わるやってくるので、一冊一冊読んであげる。一冊を読み終えるとまた違う本を持ってくるので、延々と読み聞かせの時間が続く。おんぶ、だっこ、そして絵本の読み聞かせが繰り返され、そうこうしているうちに、昼食、昼寝をして、あっという間に一日が過ぎていく。一日が終わり保育園を出る頃には、私はくたくたとなっていた。そんな私の実習を振り返ってみると、保育士実習というより、むしろ保育園児実習といえるかもしれない。

保育は託児ではない

 しかし、ただおんぶやだっこ、絵本の読み聞かせをすることだけが保育の仕事ではない。私が背中に子供を乗せている間も、保育士の先生方は、一人一人の能力を引き出す作業に懸命であった。例えば床のハイハイ運動の場合、先生方は、子供たちが両足でうまく床を蹴り上げられるよう注意して見守り、うまくできない場合には手を差し伸べるなど各自に応じた適切な援助を行っていた。また、能力を伸ばすことに加え、子供たちの成長に異常があれば早期に発見し、直していくことも役割の一つだ。そのため、マット上に子供たちを寝かし、背中をゆらし体の緊張をほぐす作業も行う。この作業は、子供たちの背骨や姿勢が曲がったまま発育しているケースを早期に発見し、矯正することを目的としている。

 こうした保育者の姿勢を見ると、能力を引き出そうとする保育を心がければ、一人一人に割く時間が増えるし、また、子供の発育に注意してみるためにも、知識や経験が必要とされることがわかる。

 ここで感じたことは、保育とは、ただ子供を預かるだけではないということであった。そのため、保育園では、子供たちの能力を引き出すための環境を整える必要があり、なかでも保育知識、経験といった保育者の質が問われてくるのだ。

 あおぞら保育園では、保育士20名のうち、保育経験が20年以上のベテラン保育者が4名、10年以上の保育者が5名おり、その経験や質も優れていると感じた。また、保育の質を高めることにも常に関心を払っており、園内での勉強会の開催、外部勉強会などへの積極的に参加をしている。

 そのような園の姿勢や保育者の姿勢にもかかわらず、現在の保育者の数だけでは十分ではないように思えた。実際、保育中、先生方は慌しく動き回っており、私が話かける時間すらなかった。そんな先生方に、ほっと一息つけるわずかな時間に保育環境について尋ねたところ、みな一様に人手が足りないとこぼしていた。私から見ても、各クラスにあと一人くらいのベテラン保育士がいれば、かなり余裕の持てる保育ができるのではないかと感じられた。

ある保育施設での体験

 二つの保育の現場で共通して言えることは、子供たちの能力を伸ばすためには、保育者の知識や経験が必要であると同時に、それぞれの現場に応じた保育者の数が必要であるということだ。保育への姿勢は、施設によってそれぞれ違うものだが、それでも現状の保育士の配置体制には、質の面、数の面で問題を抱えているのである。このことは、ただ子供を預かるだけでなく、子供の能力を伸ばすことに熱心になればなるほど悩みは大きく深いものとなってゆくのだろう。

 あおぞら保育園に通う子供たちは、すばらしい保育士の先生方のもと、非常に恵まれた環境にいることを実感した。ただ、保育者の立場からすると、子供たちの能力を伸ばすためにはもう少しの余裕が必要で、そうすると保育者の質を向上させつつも、人手不足をどう解消していくのか、ということがこの園の課題といえるだろう。

 一方、現在ある保育園全体を見ると、あおぞら保育園のような質の高い保育者のそろった保育園ばかりではないことが考えられる。質の向上と人手不足を解消できるような取り組みは、いたるところで望まれているのだろう。

今回、実習で保育園に来て、保育をめぐる様々な問題を肌で感じることができた。市町村の厳しい財政状況、または社会変化に伴う核家族化や共働き世帯の増加という背景に保育環境も厳しくなってきている。これらの背景から、公立保育園の民営化や効率化、幼保一元化などの様々な問題が噴出している。それぞれ厳しい財政のもと、または待機児童の増加など必要に迫られた改革の実施を迫られているが、保育現場の現状を望ましい方向に変えていくには到っていない。

 限られた財政、資源の中でいかに経営していくかを政治は求められており、保育への予算を一方的に増やすことは許されないかもしれない。また、とりわけ沖縄県では待機児童率が全国ワースト1位となっていることから、とにかく子供を「預かる」場を提供する必要に迫られている実情も理解できる。

 しかし、たとえただ預かるだけの保育園を増設し、待機児童ゼロにしたとしても、現場の実習で見たような、子供たちの能力を伸ばすために必要な保育の質が伴うとは限らない。保育の問題を考えるにあたっては、あくまでも子供に必要な環境を与えることを最優先するという視点を欠いてはいけない。従って、新設の保育施設をいかに増やすかというだけではなく、現状においても十分な保育環境を整えるような支援が不可欠である。

解決に向けて

 今回のレポートでは、保育の現場には、知識と経験に裏付けられた質の高い保育者とその十分な数が必要であることを中心に述べてきた。子供たちの能力を伸ばしたい保育者の立場からすると、理想とする子育て環境へ辿り着くにはまだまだ問題が山積している。これらの問題解決に向けた取り組みが今、各地域、施設で迫られている。一つ一つ解決に導いていくことの重要性については言うまでもないが、その過程において持つべき基本認識として、子供たちは次世代を担う重要な人的資源である、ということだ。この基本認識に立てば、国家にとって、社会にとって、子供の能力を伸ばすことへ力を注ぐことは当然のことである。この社会を持続的な成長を続けていくためには、次世代の担い手の育成が必要であることを強調してもしすぎることはないだろう。

 少子社会を迎える今、子育てを初めとする「人間の成長を促す」分野に政府は更に力を注ぐべきである。

 最後になるが、実習を受け入れて下さった仲原園長にお礼を申し上げたい。保育の知識や経験などほとんどない、ましてや保育士志望でもない私を受け入れていただき、感謝の念でいっぱいである。また、実習したクラスの各先生方には、私が足手まといとなったはずなのに、笑顔で優しく応対していただいたことを感謝している。

 あおぞら保育園の皆さんには深くお礼申し上げ、私も、少しでも理想とする子育て環境づくりを目指していきたい。

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上里直司の論考

Thesis

Tadashi Uesato

上里直司

第23期

上里 直司

うえさと・ただし

沖縄県那覇市議/無所属

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