論考

Thesis

地域通貨成功の条件

地域通貨の「成功」とは何であろうか。地域通貨導入の目的としてコミュニティ内の相互扶助の活性化、地域経済の活性化などが設定されている場合、その目的の達成度合をもって成功、失敗がいえることとなろう。しかし地域通貨自体について直接的に見る場合、流通量と存続期間の長さを一応の目安とすることができる。

 地域通貨が一般に認知され始めて数年が経った。そして現在ではブームがまだまだ広がる一方で、地域通貨に取り組んだグループによる、地域通貨の取り組みは失敗であったという総括も出始めている。

 柄谷行人氏は、自ら関わった地域通貨Qが失敗したと、「Qは始まらなかった」と題する文章の中で述べている。

 ここで失敗と判断した理由として、流通量の少なさが挙げられている。つまり、地域通貨を使おうとしても、地域通貨で何も買うものがない、あるいは逆に買いたいものがあっても地域通貨を得る方法がないというわけである。もっとも、「失敗した」という意識はグループの中で一致した認識ではなかったらしく、柄谷氏の文章は一度Web上に公開された後、一旦削除されるなどの経過を経た。

 こうした「流通量の少なさ」という問題は、他の地域通貨でも問題となっている。北海道の栗山町で実験されている「クリン」でも、なかなか流通量は増えていない。平成13年9月より始められた第3次流通実験のデータによると、参加登録者644人に対して、利用した人数は183人(28.4%)、利用回数は205回であった(平成14年2月24日現在)。利用者一人当たりの平均利用回数も1.12回である。なお、利用者率に関しては計測期間が長くなればそれだけ増えるため、第1次、第2次流通実験では7割程度となっている。しかし平均利用回数に関しては、2回に達していない。つまり、参加登録してはみたものの、実際には使用しなかった人がある程度いる上、利用した人に関しても、多くの人は1回試してみたきり、ということになる。

 こうした例がある一方で、スイスのヴィア(WIR)という地域通貨が成功事例としてよく挙げられる。ヴィアは1934年にチューリッヒで開始された。当初16人のメンバーによって始められたヴィアは、60年後の1994年には会員8万人、年間取引額は25億スイスフラン(2000億円以上)に達した。もちろん、現在でも続いている。ヴィアは中小事業者の間で、スイスフランと同じような感覚で使われており、支払いに際してはヴィアを40~50%、スイスフランを60~50%の割合でともに使うことが通常のようである。

 最近始まった海外の事例では、カナダのトロント・ダラー、アメリカ・ニューヨーク州のイサカ・アワーなどが紹介される。これらも、どちらかというと普通のお金と同じような感覚で使えるタイプの地域通貨である。

 これらの例をあわせて考えてみると、流通量を増やすためには、地域通貨を設計する際に円やドルといった国家通貨と混合して使えるようにするのがよさそうである。

 円やドルと同時に利用できるようにしたからといって、地域通貨の意義が失われるわけではない。例えばトロント・ダラーのように、カナダ・ドルとの交換の際に10%をNPOへの寄付として控除するようなやり方もあるだろう。またそうでなくとも、通貨発行件を地域に取り戻す、国家通貨の不安定性を回避するという効用は少なくとも確保される。

 あるいは、もう少し意思を込めた状態の地域通貨を流通させるにはどうすればいいのだろうか。ここで住民の代表たる地方政府の役割が大きくなってくる。つまり、地域通貨の使い道を公的主体が創造すればよい。具体的には、税の支払いを地域通貨で受けるようにすればよい。地域通貨で税を受けるようにするということは、ある意味で社会奉仕活動の義務化と似ている。納税の義務は憲法で定められる三大義務の一つであるが、税をお金でしか受け取らない制度というのは、絶対的なものではない。もともと、労役の代わりとして金品を納めることを許容する制度などが普通であった。それを考えてみれば、税というものを、お金のある人はお金で、お金はないけれども労働力と時間のある人は社会貢献活動で納めればいい。外形標準課税の議論などでも、公共サービスを利用することへの負担の問題が注目されているが、地域通貨は個人のレベルである程度この問題をも解決する。地域通貨を「成功」させようとする場合、市場と政府への挑戦という面を抱えつつも、経済面での市場との親和性、社会面での政府との親和性はやはり重要である。

 

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原田大の論考

Thesis

Dai Harada

松下政経塾 本館

第21期

原田 大

はらだ・だい

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地域通貨を活用した新しい社会モデルの構築 環境配慮型社会の創造

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