論考

Thesis

温室効果ガス削減に追加策を

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2001/9/28

今月末からモロッコのマラケシュで第7回気候変動枠組条約締約国会議(COP7)が開かれる。ここで、京都議定書の運用ルールの採択が図られることになっている。京都議定書が採択されてから早4年。その間、地球の温暖化は直実に進行し、はっきりと目に見える形で我々の前に姿を現している。一刻も早く有効と考えられる実行可能な策を打つ必要がある。

地球温暖化による影響

 今春、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC:世界気象機関(WMO)と国連環境計画(NUEP)が中心となり100カ国2,000人以上の科学者で構成している)が発表した第三次評価報告書によると、地球の気温は過去100年間に約0.6℃上昇している。しかも、1980年以後の約20年間だけで約0.4℃の上昇である(注1)。これは破滅的な上昇率といえる。なぜなら、今後、この勢いで上昇が続いた場合、2100年ごろには地球の温度は約2℃上昇すると予測されるからである。これによって、動植物は生息に適した環境を奪われ、高緯度または標高の高い地域への移動を強いられる。同時にこれは食糧生産にも影響し、それはプラスよりもマイナスが大きいと予測される。さらに、温暖化は氷河や山頂の万年雪の溶解を招き、海面が2100年までに0.09~0.88m上昇する(最も可能性の高い予想値は約0.4m)(注2)。これは、海抜の低いところにあるモルジブやフィジーなどの島嶼諸国、またバングラデシュのような広いデルタ地帯を有する国にとっては国土の消失、国家の存亡にかかわる事態である。このように、温暖化はきわめて深刻な影響をもたらすと危惧されている。
 実際、すでに温暖化が原因と考えられる現象が起きている。近年、ニューヨークでは、それまで見られなかった蚊が媒介する脳炎やマラリア、ダニに由来するライム病が流行している。米国環境保護局の「ニューヨーク州の気候変動とその影響」によれば、こうした現象が起きた背景には、気候の温暖化によって蚊やダニなど病気を媒介する昆虫の生息範囲が広がっていることがあるという(注3)。

京都議定書の意義

 このような気候変動、地球の温暖化に危機感を抱き始めた各国は、1980年代末に、変化する地球大気に関する国際会議を持ち、1992年に気候変動に関する国際連合枠組み条約(気候変動枠組条約)を採択した。そして、1997年12月に、第三回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)を開き、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量の縮小にむけた具体的な話し合いをもち、京都議定書を採択した。
 京都議定書に定められたのは、先進国(西側先進国(日本を含む)と旧ソ連・東欧諸国の計38カ国とEU(気候変動枠組条約に批准していないトルコとベラルーシは除外))の温室効果ガス削減の義務づけ、国別の数値目標(ちなみに、米国は2012年までに1990年のレベルと比較して7%、同じく日本・カナダは6%、EU15カ国全体は8%の削減)、柔軟性措置(京都メカニズム)と呼ばれる制度(排出量取引・共同実施・クリーン開発メカニズム(CDM))、森林吸収の一部を削減に認めることなどである。しかし、詳細(運用ルールなど)についてはこの会議でまとめることができず、先送りされた。それから3年余り、各国の思惑が入り乱れ、運用ルールはなかなか合意を得られず時間がすぎた。ようやく合意に達したのは今年7月である。
この間、今年3月には先進国のCO2排出量の36%を占める米国が京都議定書から離脱し、京都議定書そのものの存続が危ぶまれた。米国の表向きの離脱理由は、京都議定書の実効性である。確かに、京都議定書は各国の利害がぶつかって生み出された妥協の産物という側面が強く、その実効性には大いに疑問が残る。実際、これを完全に実行したとしても、IPCCが要求している「大気中のCO2濃度を現在のレベルに安定化させるには排出量を直ちに50~70%削減しなければならない」(第二次評価報告書 1995年)という状況には程遠い。京都議定書は、世界のCO2排出量の約60%(1996年)を占める先進国全体(西側先進国(日本含む)と旧ソ連・東欧諸国の計40カ国とEU)で90年レベルの約5%の削減を目標としているからである。
 この合意にあたって積極的な役割を果たしたのはEU諸国だったが、もちろんEU諸国も京都議定書が実現できる限界を認識している。しかし、彼らはそれ以上に京都議定書に意義を見出している。京都議定書は、地球規模で気候変動に対処する象徴的な存在である。米国が国内事情、特に景気の減速を危惧するあまり内向き思考になり、京都議定書への参加を拒むのはある意味理解できる。また、地球温暖化を防止するという点で実効性に問題があることもそのとおりである。しかし、京都議定書の持つ政治的な意義を考慮した場合、米国は直ちに京都議定書を批准すべきである。その上で、京都議定書では不十分な部分を補う対策を採るべきである。次に私の考える補完策を提案する。

脱炭素・低炭素エネルギーへの転換

 地球温暖化を食い止めるには、その原因の60%以上を占める二酸化炭素(CO2 )の排出量を減らすことがもっとも確実な方法である。それには、CO2排出の主原因となる化石燃料の使用を減らすことである。そこで、化石燃料の使用に高い効率性を設定し、それによって化石燃料の使用を抑制し、非炭素あるいは低炭素エネルギーへの転換を促すのである。化石燃料の効率性は、一国の年間の化石燃料使用量と国内の総生産量との比率を計算すれば容易に算出できる。したがって、その監視も容易である。また、そうなれば各国は競って非炭素あるいは低炭素エネルギー資源から大容量のエネルギーを引き出そうと取り組むことが予想される。それがある程度進めば、太陽光・風力・水力や他の非炭素技術開発のコストが削減され、経済的に石炭や石油と見合うまでに抑えられる。その時には、発展途上国を含め、多くの国が進んで太陽光・風力・水力発電に切り替えるだろう。しかし、現時点では発展途上国に、エネルギーの近代化や技術開発を行う経済的余裕はない。そのため、工業国から資金を供出させる仕組みが必要である。その方法として有効と考えられるのがトービン税である。
 トービン税とは、1970年代後半以降、ノーベル賞受賞者のジェームス・トービンが提唱したもので、国際的な通貨取引に課税することによって資金を得る方法である。今日、国際通貨取引の合計額は一日あたり1.5兆ドルにのぼる。これに課税する。たとえば、1ドルにつき4分の1セントの課税をすれば、課税によって取引量が減少することを考慮しても年間2000~3000億ドルが徴収できる。これまでトービン税は、発展途上国の返済不能な債務を解決するための方法として検討されてきたが、これを発展途上国のエネルギーの近代化や技術開発に適用するのである。これによって得た資金を、発展途上国が環境に負荷のかからない(あるいは少ない)資源を購入、生産、配置するのに必要な費用に当てる。そうすれば確実にエネルギー転換を促すことができると考える。これは、第二次世界大戦後のヨーロッパの経済を再び活気づかせたマーシャルプランと同じように、発展途上国の経済発展にも寄与するだろう。

▲図1 海面上昇により土地が失われる地域
人口が密集する河口地域は、海面上昇に伴って発生する洪水や土壌浸食に大変脆弱である。高波による洪水の危険に直面する人口は推定で4600 万人になる。地球温暖化はこれらの問題を悪化させ、沿岸地域の社会基盤に悪影響を与える可能性がある。バングラデッシュでは、適応策がとられないなら、1m の海面上昇で、何千万人もの人間が土地を追われる事になる。(参考:IPCC「気候変動の地域別影響」1997年11月より)
▲出展:World Health Organization (WHO), Climate Change and Human Health, A.J. McMichael, et al., eds. (WHO, Geneva, 1996), Figures 7.3, p. 155.

(注1)http://www.gcrio.org/OnLnDoc/pdf/wg1spm.pdf(1961年~1990年の平均気温と比較)
(注2)http://www.gcrio.org/OnLnDoc/pdf/wg1spm.pdf
(注3)http://www.epa.gov/globalwarming/impacts/stateimp/newyork/

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